326 調査――ただの見回りです――
死体というか人骨発見が原因で朝から集められた神奈達は、それぞれペアを組んで村を見回ることにした。調査といっても手がかり一つないのだ、警戒する以上に出来ることなどない。
見回りするにしても奴隷時代の服では目立つが、神奈の服装は村に来て二日目の朝からホウケン村の住人に合わせた物になっている。
ほぼ成長しない胸部にサラシを巻き、ハヤテと同じような膝丈上のズボンを履くだけのスタイル。さすがに最初は羞恥心があって微妙に赤面していたが、今は慣れたもので平然と歩いている。
「グレン、さんだっけ? ああなった理由って自然現象じゃなくてやっぱり魔法の類だよな」
「でしょうね。しかも通常の魔法ではなく、個々が持つオリジナルの魔法でしょう。魔力を持つ者に範囲は絞られたけど問題は敵の居場所が不明という点ね。もっとも、あなたが敵だというのなら非常に単純なのだけど」
ペア決めで神奈にとって一番意外だったのはペアにサイハが立候補したこと。
初めはエミリーがペアを組もうとしていたのだが、キリサメとペアを組みたそうにしていたサイハが横から割り込んできた。これにはキリサメに性的に好意を抱いていることを知る本人を除いた村人達も目を丸くしていたものだ。
神奈はサイハの気持ちを知らなかったが、エミリーが「キリサメと組まなくていいのですか?」と問いかけたのと、周囲の反応からなんとなくサイハの恋愛事情を推測することは出来ている。いや、それと同時にサイハの考えもなんとなく理解出来ていた。
「お前な、監視目的なのは分かるけど……ちょっとは信じてくれてもいいじゃん」
懐疑的な目を向けてくるサイハに神奈はふてくされた表情で返す。
見た目が才華に酷似しているというのもあり、神奈はサイハからの目線に嫌な気分になっている。まるで親友の才華から信用されていないように感じてしまう。
「エミリーやキリサメの証言もあったしさっきよりも信じている方よ。まあ比率でいうなら信用が三、疑惑が七ってところだけど」
「それって信じてるって言えんの? もうそれ私が何を言っても疑われるレベルだよね? これ塩ですって渡しても砂糖じゃないかって疑うレベルだよね?」
「ははっ、まさか、まず食用かどうかを疑うに決まっているじゃない」
「信用してる比率三の要素どこにあんだよ」
村人達に不審な動きがないか目を光らせつつ歩き回る二人。
住民に怪しい動きはない。もっとも住民でなくどこかに隠れ潜む何者かが敵かもしれないので、この観察自体意味のないものかもしれないが。
他愛ない会話を繰り広げながら自然を装って行動する二人は、キリサメと大人の男性のペアが村人に怪しい者を見なかったかと聞き込みしているところを視界に映す。
サイハの視線がキリサメに釘付けになってしまい、気のせいか周囲に咲き乱れる花が見えた神奈は少し突っ込んだことを話の種にする。
「……なあ、サイハってキリサメのこと好きなの」
「は、はぁ!? いったい何を根拠にそんなことを言っているの!? 勘違いも甚だしい、確かにちょっとカッコよくて発明している時の熱心な表情で胸がキュンとするし子供の頃からしょっちゅう目で追いかけちゃうけど好きだなんてありえないわ」
「根拠はその態度だな。自白ありがとさん」
いくらなんでも分かりやすすぎる。慌てふためいて目が逸れまくる態度を取られれば誰でも分かるだろう。
一応落ち着いたらしいサイハが諦めたような吐息を漏らし、ジロッと神奈の顔を見る。
「誰かに言ったら私の必殺技を浴びせてやるから言わないで」
「安心しろよ、誰にも言わないって」
「なるほど言うつもりね」
「おいまず疑うのを止めろよ。話進まないよ」
なんでもかんでも疑われるのは神奈としてもたまったものではない。まず会話の腰が折られて話が進まなくなるし、疑いフィルターがかかった相手とは話す気力も徐々に失せていく。
「で、好きになったキッカケは?」
「……六歳の頃だったわ。高い魔力を持っていた私は親に従い、魔法訓練に大抵の時間を費やしていたせいで周囲に馴染めず一人だった。友達っていうか、対等な存在を欲していたそんなとき、キリサメは一人だった私に声を掛けてくれた。それだけで私はキリサメに惹かれていったの……笑う?」
「笑うかよ。……でもあいつが王子様みたいなことをするとは思えないな。どんなふうに声を掛けられたんだ?」
神奈のイメージではキリサメも霧雨と同じく機械狂いだ。嬉々としてロボットなどを作成して高笑いし、とんでも発明を続けることだけを生き甲斐にしているような男。
夢咲が霧雨と恋人関係になったのはなし崩し的にだろうし、霧雨が恋愛感情をどれ程まで持っているのか神奈には量れない。少なくとも恋愛や、一人の子供を救うために積極的に動くようには見えない。
「ふふっ、彼は照れながら『俺の発明に君の体を貸してほしい』って言ったのよ。今考えるとプロポーズみたいだわ」
(実験体として、なんだろうなあ……)
霧雨なら実験体としての意味合いで発言するだろうと神奈は思い、いたたまれなくなる。それはプロポーズだとか生易しいものではなく、人としての権利と肉体を頂戴と言われたようなものだ。どこか同情のようなものをサイハに覚えた。
「まあ、頑張ってアタックすればいけるんじゃね」
「……今もアプローチしてるけど彼は全く靡かないのよ。十年近く関わって分かったけど、彼、機械狂いなの。好きな人を問うと迷いなく機械ですって答えるくらいに」
(こりゃこの時代の方が酷いわ。現代のアレはアレでマシなのか)
現代の霧雨は同じような問いかけにそうは答えず、いないと即答するだろう。いや夢咲がいるので今は彼女の名前を答えるだろうが、交際以前はいくら機械好きでも『好きな人は機械だ』なんて答えないと神奈は信じたい。
「そうだ、今日はあなたと一緒にエミリーの家に泊まるから、そのときにキリサメを落とす案を一緒に考えなさい。一応一緒に寝泊まりしていたんだから多少は性格とか知ってるでしょう?」
「いや待て待て、その前にエミリーの家に泊まるってなんだ。まさかマジで一日中監視するとかいうんじゃないだろうな」
「何言ってるの? するに決まってるじゃない。あなたの疑いは全く晴れていないのよ、お分かり? か、ん、な、さ、ん」
事件発覚後の時とは違い柔らかい笑みを浮かべてサイハは告げる。
これは面倒なことになったと、恋愛相談で鷲本恵のことを思い出した神奈は内心愚痴を呟いた。
* * *
ハヤテとミュートのペアは、死亡したと思われるグレンの家に手がかりがないか探しに来ていた。
明るい酒場のような内装はグレンが家でも酒場のような気分を味わいたいと改装したものだ。実際にグレンが営んでいるのは武器屋である。酒好きだと村中に知れ渡っている程のグレンが武器職人になったのは、今はいない両親が代々武器職人であったからだろう。
「まさか、本当に昨日が最後になるとはな……」
「そうだネ。ミーも信じられないよ」
色々な片付けも同時進行しつつ二人は、過去の記憶に思いを馳せている。
幼少の頃からの付き合いだ。二人にとってはかけがえのない親友といってもいいくらいの仲であった。それが失われたということをハヤテは信じたくなかったし、今でもひょっこり帰って来るのではと淡い期待を心の深層に持っている。
「あいつはいい奴だった。仮に生きていたとしても危害を加えたことは間違いない、犯人は絶対に俺が斬り殺す」
「ミーも許せないよ。犯人、絶対に見つけよう」
「ああ……しかし、あいつの家にあるの酒ばかりだな」
段ボールに詰められた未開封の酒瓶。魔力エネルギーを原動力とする冷蔵庫に入っている開封済み酒瓶。誰から隠そうとしたのかベッドの下にある酒瓶。どこを調べて整理しても酒が出てくる。
「こっちには酒瓶のラベルコレクションがあったよ。こういうのも集めていたんだネ」
「ふっ、こっちは蓋が溜められていた。違いの分からない物が多いがな」
「全くとんだ酒狂いもいたものだよネ。それで酔って誰にも迷惑をかけてないんだからすごいよ。村長とかが酔ったら周りに当たり散らすっていうのにサ」
「……村長はもう少し酒癖を抑えてほしいな」
そこからしばらく片付けと手がかり探しを続けていると、ミュートが「トイレに行ってくる」と告げて出て行ったりしたこともあったが、無事に片付けだけは終了した。手がかりについては何も見つかりはしなかった。
「結局、何も見つからなかったか……」
「まあ仕方ないネ。あんな奇異な殺され方じゃあまともな手がかりが残っているとは思えないしサ」
一日で骨だけしか残らない異常な事件。
常識でははかれない非常識なそれに、常識範囲内の探し方で手がかりなど見つけられるわけもない。
――それから三時間後。新たな白骨死体が一体発見された。




