324 事情2――私は未来から来た――
――キリサメ家。
「はぁ、今度はお前か神奈。なんのようだ?」
昼食を終えた後、神奈はホウケン村を見て回るために散歩することにした。エミリーも付いて来ようとしたが、現在は体を休めるための期間なので神奈は拒否している。
村に詳しいのは当然その村の住人だろう。だが基本的にホウケン村には家屋しか存在せず、宝生町のように肉屋や魚屋などの食品はもちろん雑貨屋などすらない。店が存在していない村で探索することなどあまりないので付き添いはいらないと判断した。
キリサメに会いに行こうと思ったのは散歩後。
この時代が過去だろうがそうでなかろうが、キリサメの発明である時空超越機械生命体によって転移させられたのは確かである。それならば全てが終わってから責任を持って返してもらうため、今から頼んでおくのが筋だろうと神奈は思ったのだ。
住民に聞き込みして家を突き止めた後は訪問し、エイルとアリアの二人と遭遇。
エイルはアリアが目覚めたことを嬉しそうに報告してきて、アリアは仰向けに寝ている状態からお礼を告げていた。上体を起こそうとしていたがそれはエイルと神奈二人がかりで止めた。
キリサメがどこにいるのかを問いかけ、奥へ向かったという証言を得て現在に至る。
いくつもある奥の部屋の中で最奥、いや地下室といっていい場所で神奈達は対峙した。何かの研究施設のような内装でキリサメの発明品作りの場であると理解する。
「まあ色々と話したいことがあってな。それはそうと、この家から出てきたサイハに睨まれたんだけど何か知らない? なんか余計なこと言った?」
神奈がキリサメの家付近まで来たとき、勢いよく走ってきたサイハにジロッと睨まれてたじろいだ。作戦会議のときは仕方ないとはいえ、あそこまで睨まれる何かをした覚えがないので神奈は困り果てていた。
「はぁ? いや知らないが、サイハの奇行はたまにあるから気にしなくていいだろう。それで話したいこととはなんだ?」
「ああ、実はな……私、未来から来たんだ」
「……という夢を見たのか」
「いや違うよ! 本当なんだって、マジで私は未来人なんだって」
「という夢を見たんだな」
「便利だなその言葉!」
一向に信じてもらえない現状に叫びつつも、神奈はこれも仕方ないことかと内心思っている。
もし実際に自分が言われる立場だったらどうだろうか。知り合いが「実は未来人なんだ」なんて言ったとしても「はぁ? 何言ってんだお前」としか返せないだろう。急に頭が狂ったのかと疑っても文句を言われるいわれはない。
「未来人だというのならこれから起きることを当ててみせろ」
信じられないならどうするべきか。一番簡単なのは未来の情報を開示することなのだが、生憎とこの時代がどれくらい昔なのか神奈は理解していない。つまり未来の情報など一片も役に立たない。
「……この世界は遠くないうちに滅びを迎えるだろう」
「物騒な予言をするな。せめて予言なら吉報にしろ」
「キリサメは将来恋人が出来るよ」
心の中で神奈は、キリサメっていっても現代の方だけどと呟く。
「ほう、どんな機械だ?」
「あれ恋人って言ったよね? まあいいや、恋人はなんと機械ではなく可愛い女の子だ。そうなるきっかけは出会ってから約二年後、貧乏なその子がキリサメに寄生するのが恋のはじまりだな」
「おい俺には都合のいい金づるとして扱われているようにしか聞こえないんだが。寄生から始まる恋なんて絶対に碌なもんじゃないだろ」
と、このように神奈が伝えられる未来の情報など意味がない。だが意地でも信じてもらわなければ神奈も無事帰れる保証がないので、キリサメにだけはなんとしても信じてもらわなければならない。そして時空超越機械生命体を発明してもらわなければならない。
「はあぁ……神奈さんではダメですね。私が説明しましょう」
「えーお前に任せるとか不安でしかないんだけど」
「ほう、次はお前か知能搭載魔道具」
口ではそう言いつつ、神奈は腕輪を魔法の伝授以外のことでなら信頼している。仮にも万能腕輪なのだ、こうして困ったときくらい役立ってもらわねば「万能」の部分は自称になる。自称、万能腕輪である。
「キリサメさん、あなたは時空超越機械生命体を作成していますね」
時空超越機械生命体という言葉を耳にした瞬間、キリサメの表情が強張った。
「……驚いた。それはまだ開発途中だし、誰にも言っていない代物なのだが……どうやって知った?」
「言ったじゃないですか。未来ですよ、我々は未来から来たんですから知っている。当然じゃあないですかね」
空気が一変した。神奈は腕輪がやってくれたのだと密かに喜ぶ。
「最初はふざけているのかと思っていたんだが……どうやら、あながち冗談でもなさそうだな。もっと詳しく未来とやらの話を聞かせろ」
腕輪の代わりに神奈が詳細を語る。
マテリアル、アーティフィシャルの時空超越機械生命体である二人から、ホウケン村を助けてくれと頼まれて過去に遡ったこと。あの遺跡、帝王城跡で起きた事実を。
「――というのが今ここに私がいる理由だ。帝王を許せないと思ったのもあるけど、一番の理由はパンダレイに頼まれたからなんだよ」
「なるほど全て理解した。少々気になる点もあるが、重要なのはお前が元の時代に帰る手段がないということだな。未来人だと明かしたのは俺に時空超越機械生命体の製作を頼むためか」
時空超越機械生命体の開発についてキリサメは誰にも語っていない。それゆえに知っているのはキリサメのみであるはずだった。秘密を知られているのなら未来人だと信じることもやぶさかではない。
ただ、キリサメが引っ掛かる点が一つ。なぜ帝王城に飛ばされたのか。
時空超越機械生命体の開発を成功させたなら、まず間違いなく管理しているのはキリサメで、場所は帝王城ではなくホウケン村のはずだ。過去にいっても座標の変化はないとみていいはずだが、ならばいったいどうしてアーティフィシャル・パンダレイは帝王城跡地に存在していたのか。
神奈が見聞きしたことだけでは情報が足りない。これ以上の情報がないなら考えても徒労だと思い、キリサメは首を軽く左右に振る。
「で、どうだ? 作ってくれるのか?」
「お前に言われなくても開発は進める予定さ。だがまあ実は核となる時空超越システム搭載コアは完成しているんだ」
「おおじゃあ完成は近……いや完成してんじゃん。そのコア以外っていらなくね?」
「いいや、コアだけではシステムが作動しない。作動には大量のエネルギーを投入する必要があるからな。そのための機械生命体だ、想定では半永久エネルギー機関により何度でも時空超越を可能とする。まあお前の話では壊れかけていたというし、何かが足りないのかもしれないが」
実際に行ったパンダレイ二人の状態を見れば二度目以降は不可能。しかし神奈は帰れさえすればいいので、たった一度でも成功してくれれば何も問題はない。
「ふぅん、で、結局どれくらいで完成するんだ?」
「分からん、今は手詰まり中でな。生憎とそういったバイオロジーは知らないから手探りの状態だ」
「……マジか」
「そうはいっても神奈さん、元いた時代に送られるのなら時間が多少かかっても問題ないと思いますよ。送る際にミスがなければ元の時代、元の時間、元の場所に戻れますって」
腕輪の言う通り。今から必ず百年後に移動するなど確定しているわけではなく、時空超越は本人の意思でどれだけ過去か未来に移動するのか決められる。さすがに神奈が何年もこの時代にいると、もう十九歳を過ぎたのに高校生するという奇妙なことになりかねないが。
「あー、じゃあ気長に待つか。でもなるべく急いでくれよ」
「神奈には助けられたし出来る限り協力してやる。まあ、待っている間は帝王軍との戦いに集中してくれ」
「分かってるって、絶対勝ってやるよ」
未来へ帰るための手段も手に入れたので、神奈はキリサメの邪魔にならないよう部屋を出ていく。
今集中すべきは目の前のこと。帝王軍とホウケン村の住人との戦いまで日数はそれ程ない。帝王に対して神奈は闘志を燃やし、エミリーの家へと帰っていった。




