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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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323 事情1――巨乳はもげろ、そう思った――


 円錐状の家屋の中。エミリーの実家でもあるそこに神奈は招待されている。

 ホウケン村の人間ではない神奈に家はない。宿もないので誰かの家に泊るしかない。そうなると奴隷として一緒に過ごしたキリサメか、共闘した仲のエミリーくらいしか頼れる相手はいない。結局、異性よりは同性の方が過ごしやすいだろうということでエミリーを頼った。


 村に来て一日。作戦会議の後で帰ってきた二人は、木製のちゃぶ台の上に並ぶ料理を見ながら床に座っている。


 昼食となるそれらを眺めて神奈はゴクリと涎などを飲み、二人揃って「いただきます」と告げてから箸で食べ始める。野草の素揚げや干し肉と、昨晩の祝賀会より貧相な食事になったとはいえ、味だけは神奈が知る何よりも上等だと褒められる。もはや野草の素揚げですら、現代で食べた柔らかくジューシーな鶏の唐揚げより美味しいと思う。


「すみませんでした」


 干し肉を齧って飲み込んでからエミリーが謝罪した。

 旨味を舌で堪能していた神奈だが、食事時にいきなり謝られたのはなんのことか分からずに困惑する。本当はもっと美味しい料理を作れるのに手抜きをしたとか、適当に採取した野草なので毒が入っているとか、目前の料理に関する様々な憶測が頭に浮かぶ。


「ごめん、なんのこと? もしかして私の干し肉の方が味薄いとか?」


「そんなことで謝りはしません。……会議中にサイハ、あの質問していた黄髪の女性のことですが。彼女が少なからずあなたに敵意を向けたことですよ」


「ああなんだそんなことか。この料理のことかと思って損したじゃんか」


「私としてはそっちの方がそんなこと扱いでいいと思うのですが。味付けは嫌がらせしないで均等にしていますよ」


 料理のことは置いておき、神奈は別にサイハの言動を気にしていない。むしろ彼女の反応は至極真っ当なものだったのではと思っている。


「サイハだっけ、あいつの言葉は気にしてないよ。私なんてぽっと出の部外者なんだからサイハの警戒は正しいさ。重要な作戦の、これまた重要な役を部外者にやらせようなんてもっと反対意見が出てもおかしくなかっただろうし」


「確かにその通りです。サイハも悪気があったわけではないので、気にしないでくれるというのならこちらとしてもありがたいです。しかし……先程の会議中、神奈のサイハへの視線が妙に鋭かったというか……。何か気に入らない点でもあれば言ってください」


「いや何もない。強いて言うならもげろとは思った」


「……何が?」


 もちろんあの胸が、とは神奈も言わない。


「そういえば気になってたんだけど、ホウケン村の人間って随分と強いんだな。こんなに城から近いってのに帝王軍の侵攻を今も防いでいるんだろ? ああいやもちろん完全にってわけじゃないけど」


 帝王城という敵の本拠地が近くにあるということは危険も大きくなる。帝王軍の攻撃を受けやすい場所であるはずなのに、住民は半数が奴隷化していたが村自体には被害が少なかった。今もこうして生活出来ているのは侵攻を食い止めているからに他ならない。全員ではなくとも、エミリー程の実力者が数人いれば守るのも苦ではないだろう。


「……あの城は、あんな城は、当初建っていませんでした」


 食事を終えたエミリーが箸を皿の上に置いて告げる。


「つまり攻めている途中に建てられたってことか、呑気な奴らだな」


 自分達が攻めるのと同時に建築作業までするとはかなりブラックな職場ではないだろうか。しかしそんな兵士への心配も、エミリーの次の言葉により掻き消された。


「いえ、あの城は、帝王城は突然現れたんです」


「現れた? おいおい、その言い方だと一瞬であんなバカでかい建物が出来ていたって感じに聞こえるんだけど」


「事実その通りなのですよ。あの城はある日、唐突に出現しました。森の木々と数々の小動物を下敷きにしてふいに現れたのです。魔法や魔道具の類としても規格外すぎますし、そんな力があるとは聞いたことがありません。私達村人達はただ突発的な謎現象を呆然と眺めることしか出来ませんでした」


 エミリーが魔法に関して当然のように話したので、神奈は魔法をこの時代で隠す必要がないと理解した。

 ふいに現れたというのならやはり瞬間移動だろう。しかし神奈の知り合いである、瞬間移動の固有魔法を持つ天寺にそんなことが出来るのかといえばそう思えない。魔法の〈テレポート〉も自分が対象なのでおそらく城には効き目がない。


「城の瞬間移動は心当たりないな。腕輪は何か知らない?」


 こういった謎めいたことがあったら神奈は腕輪に一度訊いてみる。もっともまともな答えを欲しているわけでもなく、もし分かればいいなあ程度の気持ちだが。正解が分かるのならそれはそれでいいが分からなくても責めはしない。


「可能にする固有魔法はあるでしょう。望んだ物体を取り寄せるとか、創造するとか、色々やりようはあると思います。ただ固有魔法は個が有する魔法、これといった正解を私には答えることができません。まあ確かなのは帝王かその配下がそういった力を持っているということですね」


「う~ん、いずれにしろ厄介そうだなあ」


 どんな力にしろチート染みた能力であることに変わりないだろう。神奈もそれなりに強くはあるが、特殊な固有魔法使用者との戦闘は数える程しかない。苦戦は免れない厳しい戦闘になることだけは間違いない。まだ見たことのない敵との戦いに神奈は不安を募らせた。



 * * *



 ――キリサメの家。


 そこそこ広い家で奧にもいくつか部屋がある。一番広いだろうリビングで神奈達と同じように昼食を済ませたキリサメと、彼の家に厄介になると決めたエイル。だがエイルの姉アリアはまだゆっくりと食事を続けていた。


 姉弟の服装は奴隷時代と変わらないが、キリサメはすでに白衣へと着替えている。なぜ他の村人と違う服装なのかといえば実験などで異品混入を防ぐためだ。村の者が好んで着用している衣服は獣の皮から作られているため安心出来ない。ただ、根のところでは発明家っぽい衣装だからという理由である。


 アリアはまだ意識を取り戻したばかりで混乱していたが、二人の丁寧な状況説明によってなんとか奴隷から解放された事実を呑み込んだ。


 そんな彼女の体調はまだ優れないため、柔らかそうな白い羽毛布団に寝て過ごしている。食事をとるのにも少し枕の位置を調節して頭を持ち上げた状態で、エイルが口元に持ってきたスプーンに乗っかる熱々のお粥に息を吹きかけて冷ましつつ、飲み込むようにして食事をしている。


 奴隷時代の服を着ていても、こうしてのんびりと過ごせるだけで解放されたのだという気持ちは湧いて来るものだ。


「あつっ……ふふっ、こんなふうにエイルに食べさせてもらうなんて何時振りだろうね。なんだか懐かしぃ」


 現在の体調を表すような弱々しい笑みを浮かべるアリア。それに対してエイルは「六年くらい前だったかな……」と頬を指で掻きながら照れくさそうに答える。


「もうそんなに前かぁ、ほんと時間が経つのは早いよね。ほんと……もう私、助けられる側になっちゃったんだなって思うと、凹むかな」


「助けられる側とか助ける側とかそんなもの決まってないだろ」


 真っ白な湯気がもくもくと出ているお粥をスプーンで掬い、エイルはフーフーと息を吹きかけて冷まそうとする。そして湯気が出なくなったことで十分冷めたと判断するとアリアの口へ持っていく。


「姉弟なんだから、どっちが助けるとか決めないで助け合えばいいんだよ」


「……そうだね。でも私、エイルの足を引っ張っちゃうかも」


「姉さんは無自覚だけど俺を助けてくれてるからいいんだって。何も気にしないで、傍にいてくれるだけで俺は救われる。無事に傍にいるってことが一番の救いなんじゃないかって思うんだ」


「ふふ、なあにそれ。でも、そうかもね。私もエイルにずっと傍にいてほしいから頑張るね」


「頑張りすぎてまた倒れんなよ? 心配する人がいるんだからさ」


 食べやすい温度になったお粥を飲み物のように口に入れ、アリアは笑みを浮かべたまま「うん」と呟いて頷く。

 そんな姉弟の物語など興味ないとばかりにキリサメは考え事をしていた。だが家に何者かが近付いて来る気配を感じ取って入口を見やる。予想通りというべきか、入口の扉がノックされて何者かが扉を開けた。


「お前か、サイハ」


 入ってきたの少女の髪は眩しくなる黄色いゆるふわパーマ。サラシを豊満な胸に巻き、ロングスカートを穿いている少女サイハが足をキリサメ家へと踏み入れた。


「ええ昨晩振りね、キリサメ」


「何をしに来た? 作戦についてなら別に構わないぞ、だいたい予想出来る。大方メインの数人が突撃して、そいつらを守るその他大勢に分かれるくらいのシンプルなものだろう。ハヤテ辺りが考えそうな策だ」


「流石ね、でもここに来た理由はそれだけではないの。あの神奈という女のことをどう思っているのか訊きに来たのよ」


 ああそういうことかとキリサメは納得した。

 サイハがここへ来ることは珍しくないがいつもなら柔らかい笑みを浮かべている。だが今日はいつもと比べて真剣な表情と雰囲気で、同時にどこか不安を抱えているかのような瞳をしていた。


 神奈はホウケン村の住人ではない部外者。しかし重要な戦力ゆえにハヤテあたりが作戦参加を許可し、重要な役となる主戦力に数えられたのだろう。


 当初、解放した奴隷は主戦力を守るその他大勢に加わってもらう予定であった。だがエミリーが甘さから逃がしてしまい、村に連れてきたのは神奈、エイル、アリアの三人のみ。さらにアリアに関しては体がダメージを受けすぎていて回復には一週間程かかる。そんな現状のなかワイルドを倒した神奈だけでも加わるのは嬉しいことであり、何百人の一般奴隷を迎え入れるよりも遥かに戦力増強出来る。


 問題となるのは神奈が加わるのが主戦力だということ。

 ホウケン村の主戦力といえばエミリー、ハヤテ、サイハの三人であり、それが増えること自体は喜ばしいことだ。問題は奴隷だった大人達が主に所属することになる、一般兵士を抑え込む者達の数が足りなくなること。大勢の奴隷を加える予定だったのに追加がゼロとなれば戦力に不安が残る。サイハが危惧しているのはまさにそこなのだろうと、読心能力でも持っているような正確さで先程開かれていた作戦会議の全貌を推測した。


「正義感が強いせいか暴走しやすいが、戦闘力に関しては申し分ないだろう。主戦力として加える判断はおかしくないと思うぞ」


「それは、まあ、エミリーが嘘を吐いているとも思えないし強さは疑っていないわ。ただ私が聞きたいのはそういったことではなく、あの、率直に言って女性としてどういった方なのかと」


 腹の下あたりで両手の指を絡ませてもじもじしているサイハ。それを見てキリサメは作戦に関係ない話であることを悟る。


「なぜそんなことを訊くんだ。仲良くでもなりたいのか?」


「まあ、なれるならなるわ。理由は、昨晩あなたが言っていたじゃない。あの神奈という女性と過ごすことが多かったから最後あたりは暇していなかったって。だからその、キリサメが彼女をどう見ているのかと気になって」


 チラチラ目を向けたり逸らしたりを繰り返すサイハ。そんな彼女の姿を見て、エイルとアリアは問いの意味と真の理由に気付いた。


(この人、分かりやすいくらいキリサメさんのことが好きだ……!)


 そう、サイハはキリサメに異性として好意を抱いている。

 神奈について問いかけたのも仲良くなりたいだとか、部外者だから不安だとかそういったことではなく、ただ単にキリサメが二週間近く一緒に過ごしていたという女性が気になっていただけだった。その真意にキリサメは全くといっていいほど気がついていない。


「……頼りにはなる、かもしれない。あいつは仕草も性格も男っぽいから、女としてどうとかはまだ分からないことが多いがな。まあいい奴ではあると思うぞ」


「そ、それはつまり、好き、だと?」


「ん? まああいつのことはかなり好きだが、それがどうした?」


(キリサメさん、この人の気持ちに全く気付いていない……!)


 愕然としたサイハは震える口を動かす。


「じゃ、じゃ私のことは、好き?」


「まあお前のこともかなり好きだが、それがどうした?」


「ふ、二股じゃない! 私は私だけを見ていてほしいのにいいいい!」


 悔しそうに顔を歪めたサイハは身を翻してキリサメ家から出ていった。

 いきなり叫んで走り去ったのを見てキリサメは「なんだあいつ……」と呟き奥の部屋へと歩いて行く。そして、この状況を一から理解している姉弟は苦笑することしか出来なかった。


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