322 準備――七日の休息――
「ああ神奈、紹介しておきましょう。彼はハヤテ、弱冠十六歳にしてこの村で最強の男です。ちょっと冷たく当たるかもしれませんが根は良い人なので嫌わないであげてください」
不思議そうな神奈にエミリーが紹介した。
呆けていた理由はハヤテが速人に似ていたからだが、一先ず挨拶くらいはしようと思い神奈は会釈する。
「……どうも、神奈です」
「ふぅん、貴様がエミリーの言っていた戦力となる女か。一見ただの村娘にしか見えないが評価されるだけの働きはしたんだろうな。まあ精々足を引っ張らないようにすることだ」
ここまで似ているものかと神奈は戦慄する。もはや隼速人と違うところなどハヤテには僅かしかない。世界には同じ顔の人間が三人いるなどとはよく聞くが、同じ顔どころか同じ声と口調の人間はそういないのではないだろうか。酷似していることで神奈はなぜか実家のような安心感を覚える。
ハヤテの服装は速人らしくはなく、エミリーと似たようなものだ。
上はなぜか胸元に巻いているサラシ一枚。そのせいですらっとしたボディーライン、シミ一つない綺麗な褐色肌、六つに割れた腹筋が惜しみなく披露されている。下の素材は同じようだが腰巻きではなく、膝丈上のズボンを穿いていた。服装と肌の色さえ変えればもう本物と区別がつかなくなるだろう。
「まあ、やるだけやるさ。それでお前、何かエミリーに用があったんじゃないのか?」
「特に用事という用事はない、今回の奴隷解放作戦成功で浮かれすぎていないか確認しに来ただけだ。まあどうやら腑抜けてはいないようだから構わないが力を蓄えておけよ。俺達の戦いはまだ終わってないんだからな」
「理解しています。ちなみに帝王城に乗り込む日については決まっているのですか? 明日か、明後日か、私はいつでも問題ありません」
問題はあるだろうと神奈は内心呟いた。
エミリーの体はダメージが蓄積しているはずだ。ワイルドとの戦いは彼女の肉体に相当な負荷がかかっているのだから。万全な状態まで回復させなければ、またワイルドクラスの敵と戦うときに足手纏いになるどころか死亡も十分ありえる。
そんな彼女のダメージを見抜いているのは神奈だけではない。
「決行はおよそ七日後だ。それくらいあればお前の体も完全回復するだろう」
「……見抜かれていましたか。ですがあなたが待ってくれるというのならよしとしましょう。今の私では四神将との戦いで足手纏いになるだけですしね」
「その通りだ、しばらくは回復に専念しろ。まあ焦る必要はないぞエミリー、お前の報告通りにワイルドを倒したというのなら残る強敵は限られている。四神将のバーズ、パンサー、スカル。そして帝王。この四人さえどうにかすれば平和は再び訪れるだろう。俺達の主力も、そこの神奈だったか、そいつを入れれば四人だ。各々が各個撃破すればこの討ち入りは十分成功する可能性がある」
あくまで理想論。現実でうまくいくかは時の運。ハヤテも確実に帝王達を討ち取れるとは慢心していないが、神奈が加わった分確率が上昇したのは事実。小さな希望も大きくなって見えてくるものだ。
「なあそれで訊きたいんだけど、帝王ってワイルドよりも、おそらく他の四神将よりも強いんだよな。各個撃破って結構厳しくないか」
ワイルドは言っていた。自分の力で壊れなかったのは帝王だけだったと。
少なくとも帝王はワイルドの怪力に耐えることが出来る肉体能力の持ち主なのだろう。さらに神奈はパンサーとも一度戦っているが、魔力加速を利用してギリギリで勝てるか勝てないかというレベルの強さであった。もし帝王がワイルドよりも力が強く、パンサーよりも速いとなれば神奈の勝ち目は限りなくゼロになる。
「もしそうなら確かに辛い戦いだろう。だが噂によれば四神将と帝王の実力はそう離れていないらしい。逆に四神将というのは、帝王の能力を一部上回った存在とも言われている。希望的観測ではあるが、もう賭けに出るしかないんだ。状況は切迫し続けている」
「神奈、あなたも知っているでしょうがもうじき帝王は世界征服を終えます。そうなってしまえば誰もが絶望しながら生きていく辛い世の中になってしまう。そうなる前になんとしても、帝王を討ち取らなければなりません」
他に帝王へと挑む者はいないのか。そう訊こうとしたが神奈はその問いを愚かだとして奥底に沈める。
帝王への反逆者は多くいたはずなのだ。誰もが世界征服なんて黙して見過ごすはずがない。帝王打倒のために何十何百万、もしかしたら億越えの人数が立ち向かったのかもしれない。しかし現状がその結果を物語っている。帝王に勝てた者など一人もいなかったのだという結果を。
「自信がないなら別に参加する必要はない。臆病者を乗り込ませるほど俺達は愚者ではないからな」
「……バーカ、誰が臆病者だ。言ったろ、やるだけやるってさ」
「ふん、ならば七日の間に少しでも力を高めておくんだな。そして絶対の自信を持て。そうすれば弱気になることもない」
そう告げるとハヤテは身を翻して去っていった。
あまり優しい口調ではなかったのを心配してエミリーはフォローする。
「その、彼はあれで心配しているんですよ。元は部外者のあなたが無理をしているのではないかと」
「根はいい奴なんだろ、分かってるよ」
ハヤテは速人と似ている。エミリーとは違い性格も酷似している。
速人と同じだと考えれば自然ときつい言葉遣いも神奈は受け入れられた。もう長い付き合いだし、内心何を思っているのかもなんとなく想像出来る。
「……木の実のスープおかわりある?」
クスッと笑ってから神奈は問いかける。
「ありますよ、付いてきてください」
つられて微笑んだエミリーは神奈を連れ、村の中央部分へと向かっていった。
七日という日数は長いようで短い。もう近い決戦に緊張しながらもエミリーは、きっと大丈夫だと信じてダメージ回復に努めようと思う。
――もうすでに、敵の手が傍にあるとも知らず。
* * *
――神奈がホウケン村に来てから二日目。
正午。ホウケン村で一番大きな円錐状の建物。
背もたれのない横長の椅子が六つあり、それぞれに三人ずつ座っている。最奥ではホワイトボードの前にいるハヤテが、視界に映る十八人の村人達プラス壁に寄りかかっている神奈に話をしている。
講義のような光景だが内容は帝王城への侵入作戦についてだ。ホワイトボードには丸い磁石が大量にくっついており、緑と赤に色が分かれている。ハヤテは緑色の磁石を上に動かして告げる。
「こうしてまずは兵士を気絶させ、俺、エミリー、サイハ、神奈が侵入する。その後に大人達が続き、敵兵が現れたら一人ずつ大人達が引き受ける。俺達主力の四人は二人一組で行動し、場合によっては個人行動もして四神将及び帝王を撃破。こんなところか」
作戦はいたってシンプル。主力同士がぶつかり、残りを村の大人達が倒す。
兵士達を一人一人相手にしていたのでは肝心の強敵との戦いまでに疲労が溜まるだろう。万全の状態で挑む必要があるからこそ、雑兵との戦闘は最小限に留めなければならない。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
一人の少女が手を挙げる。
髪は眩しくなる黄色でゆるふわパーマ。もはや定番であるサラシを豊満で柔らかそうな胸に巻き、ロングスカートを穿いている少女――サイハだ。
横からサイハを見た神奈はそのEカップはあるだろう大きな褐色の胸に内心苛つく。そしてサイハと酷似している少女もいずれこうなるのかと思うと無性にムカついてくる。
(いや、もう誰が来ても驚かないけど。その胸なに? 才華と似てるってことはあいつもなに、ああなるってこと? くそっ、こうなったら胸のでかい私のそっくりさんでも捜してみようかな)
「そこの神奈さんだったかしら。彼女を侵入作戦に加えるのはいいのだけど、主力として採用するなんてちょっと不用心じゃない? 彼女の身元は何も分からないようだし、帝王の配下でないという保証もないわよね」
横目で神奈をチラッと見たサイハの意見は尤もだ。
ホウケン村の人間としては、作戦の要となる主力に神奈の名前があることが不服な者もいる。なにせ村と全く関係ない少女なのだ。信用も信頼もする程の関係性を築いていない以上、重要な作戦で要として起用するのは問題になるとサイハは告げている。
元々奴隷は雑兵処理役の数合わせとして作戦に起用するつもりであったが、大半の奴隷達を村に連れて来なかったことにより数が足りない。サイハが危惧しているのは裏切りや役不足もそうだが、雑兵を相手取る人数の少なさについても危機感を抱いている。サイハ達は出来れば味方を一人でも多く生き残らせたいと思っているので、雑兵と戦闘する大人達を心配してこその言葉でもあった。
「まあサイハの言い分も分かるが、神奈が敵だということはありえない。そいつはあの四神将ワイルドを始末するのに協力している。こちらに潜入するために四神将を犠牲にするのは帝王側にデメリットが大きすぎるからな、十中八九白だ。それにそれ程の戦力を雑兵に当てるのは勿体ない。信頼とかについてはそいつが勝手に作ればいいし、作れなくても強敵を一人でも倒してくれるなら問題ない」
「しかしそれでは一般兵士達を相手取る大人達の負担が増えて――」
反論しようとしたサイハの声を遮り、奴隷になっていた大人達が「大丈夫」と口を揃えて告げる。
「俺達なら平気さ。そこの女の子には助けて貰った恩があるし、楽な方へ逃げたただの兵士くらい俺達だけで十分だって」
「そうだね、労働で身についた筋肉でぶっ飛ばしてやる」
「そうよサイハちゃん、心配は時に余計なお世話なんだから」
大人達は奴隷だったときの、つい昨日の解放してくれた恩を忘れていない。
昨日だけではなく、大人達は神奈がやって来てからずっとその人間性を見ている。限界で心が擦り切れそうだったアリアを助けるため、恐ろしい兵士長やワイルドに立ち向かったのを覚えている。大人達にとって神奈は少し怖い相手ではあるが、信用出来る人間の範疇に入っていた。
「みなさん……」
「そういうわけだサイハ。この人選に変更はない」
「分かったわ、もう異論はありません」
「ああ。他に誰か異論がある者はいないか? あるなら今のうちに言った方がいいぞ」
誰も手を挙げないのを確認し、ハヤテは次の話へと進める。
「ないな、よしでは次だ。ミュート、前へ」
「ようやくミーの出番なのネ」
ハヤテの声に応え、赤髪の少年一人がホワイトボードの前へと歩いて行く。
定番のサラシと腰巻きを身に纏う少年ミュートは黒ペンをハヤテから受け取り、ホワイトボードへ何やら建物の構造を描き始める。
描かれていくのは帝王城の見取り図だ。実際に行ったことのある神奈だけはそうだと理解した。
「これはミュートが帝王城へ潜入した成果、帝王城内の地図だ」
ハヤテがなんてことないように告げた真実に大人達は騒めき出す。
「ちょっとちょっと、ミュート君にそんな危ないことさせてたのかい?」
「死なずに帰ってきてくれてよかったけれど、あまりに危険じゃないか」
実際、ミュートがしたことは相当危険だったのは反論しようがない。
帝王城という敵の本拠地に単身で潜入し、隠密行動して城内を回ったのだ。見つかれば侵入者として即死刑になってもおかしくない。
「ミュートが一番この潜入に適していた。気配を絶てるうえ、変装の達人だからな。一人の一般兵士に成り代わって内部に潜入したらしいからなんとかやり過ごせたんだろう」
「いやー、ドギマギしたよネ。バレたかと思ったもん」
「本当に無事で何よりだ。お前がやりたいと言ってきたときは正気を疑ったが、こうしてミッションを達成している。頼りになるなと見直したぞ」
後頭部に手を当てて照れるミュートは置いておき、ハヤテは描かれた見取り図の詳細を話し始める。この会議の前、予めミュート本人から報告を聞いていたので問題なく説明出来る。
「入口から一本道を進むと三方向への分かれ道がある。左は兵士達の部屋、右は四神将及び帝王の部屋、そして直進すると帝王が普段いる謁見の間に出る。見取り図を見て分かる通り謁見の間が中心になり、それを囲むように左右が作られている感じだな。ちなみに二階以降は兵士の部屋がほとんどで、後は生活に必要なバスルームや厨房などだった。おそらく戦闘場所は一階に限定されるだろう」
「でも帝王については最上階にも部屋があるので注意だネ。もしかしたらそっちにいるかもしれないし、いないかもしれないし」
「何か質問はあるか?」
話を聞いてからエミリーが挙手する。
「私、サイハ、ハヤテ、神奈の四人はどう進めばいいのでしょう。帝王に狙いを絞るなら直進でしょうが、四神将が駆けつけてくると厄介になります。右にいると思われる四神将を倒してから帝王の元に行くのがベストでしょうか」
「そうだな、四神将を先に倒しておき援軍を封じたいところだが、帝王も四神将も居場所が明確ではない。探索しつつ、遭遇したら戦う。こうするしかないだろう」
「分かりました。私からは以上です」
もう挙手する人間がいないことをハヤテは確認し、最後に神奈の方をチラッと横目で見てから口を開く。
「では作戦会議は以上とする。決戦は六日後だ、心と体をしっかり休ませておくことを勧める」
ハヤテが部屋から出ていくのを機に、ぞろぞろと出席していた者達がそれぞれの家に帰っていく。神奈は全員が出ていった後に帰ろうとしたが、エミリーが手招きしたので一緒に出ていくことにした。




