319 共闘――エミリーと神奈――
いつの間にか400話を超えているのに気付きました。しかし319話と書いてある矛盾。もうなるべく割り込み投稿はしない、そう思っていたのにまだ割り込み予定がある。
その内実際の話数とサブタイトルの話数が百話くらい差開きそうですね。
奴隷が強制労働させられている採掘場にて。
神奈とエミリー、そしてワイルドが警戒を怠らずに敵を見据える。
相手がいつ動いても構わないように目は逸らさず、神奈は口を開く。
「エミリー、そもそもお前なんでここに来たんだ。奴隷を助けるためか?」
「ええ、村の住人を助けるためにここへ来たのです。もっとも予定ではあのワイルドという男がいないときに来るはずだったのですがね。視察に来たあの男は二日程で帰るはずだった……だというのになぜか今でも採掘場にいるのは想定外でした」
そう話しているときにワイルドが動き出す。
神奈達の方へ走りながら、ワイルドはエミリーの疑問に答えるように語り出した。
「はははっ、それは残念だったな! 俺も何もなければ当初の予定通り二日で帰っていたが、視察の日数が伸びた理由、伸ばした原因はそこの女だ! 反抗したお前を大人しくさせられるのは俺だけだからなあ!」
「やはりあなたは敵でしたか」
「ちょっ、理不尽な決めつけは止めろ!」
鎖が操られ、先にある鉄球が旋回し神奈達へと迫る。突っ立ったままでは肉片となるだろう攻撃をバッグステップで回避すると――もう一個の鉄球が同じように神奈達へと向かう。
ワイルドが扱っている武器は、長い鎖の両端に棘付き鉄球がついているものだった。それに気付いていなかった神奈は目を見開いて驚きつつ、軽く跳んで鉄球を飛び越える。そうすると鉄球はエミリーに向かうわけだが、彼女はもう知っていたので再びバッグステップすることで回避した。
「鉄球が二個!? ていうかあれ棘あって危なくね!?」
「直撃すれば重大なダメージを負うと思ってください! 遠心力が加わったあれは凄まじいい破壊力を秘めています!」
「その通り! 掠っただけでも重傷を負わせる……これぞ帝王様に頼み俺専用に作られた究極の武器。破壊の鉄球よ! これに耐えられるなら耐えてみせろ!」
二個の鉄球が躍るように神奈達を襲う。地面にそれらが衝突する度に凄まじい振動を起こし、巨大な亀裂を作り出す。
このまま戦い続けては奴隷専用休憩施設が亀裂に呑まれて落ちてしまう。そう考えた神奈は攻撃を避けながらエミリーに目配せし、同じ心配をしていたエミリーも察して頷き返す。奴隷達を守るために二人は森の方へと誘導するように鉄球から逃げ続け、戦いの場を採掘場から森の中へ移した。
森へ戦闘場所が移ったから安全というわけではない。鉄球が地面に叩きつけられる度に新たな亀裂が作られるか、元々ある亀裂が広がるかして危険なのは変わらない。それでもあのまま採掘場で戦い続ければきっと採掘場自体が奈落の底へと沈んでしまうだろう。
(くそっ、地形利用すら出来ない……!)
当初、神奈達は森にある木々を利用して見失わせようと考えていた。しかしワイルドの振るう鉄球が木々を薙ぎ倒すどころか、当たった瞬間木端微塵になってしまうので森がどんどん開けた場所になっていく。
「どうした女共! この鉄球を受けとめる度胸はないのかあ!」
棘付き鉄球を受けとめるなどいったい何の冗談だろうか。
しかし、鉄球をどうにかしなければ無遠慮な破壊が続くのは事実。それを止めなければ倒したときにどうなっているか分かったものじゃない。もう現時点で相当酷いが、これ以上自然溢れる大地を崩壊させるのはエミリーにとって許せることではなかった。
「その挑発、受けて立ちましょう」
横から迫り来る鉄球に向き直ったエミリーは、右腕を引いて細剣を構える。
「逆に鉄球を破壊してあげますよ!」
そして鉄球の中心に向けて細剣を突き出して――触れた瞬間粉々に砕け散った。
折れるでもなく、砕けた。
エミリーは感触が明らかにおかしいと思考する。何が起きたのかといえば細剣が粉々になったのだが、エミリーの手には物体同士で拮抗する力が伝わらなかったのだ。自分でも間抜けとも思う「は?」というような声が漏れ、エミリーの正面から人間大の鉄球が命を刈り取ろうと接近する。
(……間に合わない。……みんな)
もうすでに突き出した右手との距離は数センチ。迎え撃つのも回避も間に合わないなんて誰でも分かる。
エミリーは目前の死に生存を諦め、後のことを祈りながら両目を瞑る。せめて誰かが憎き帝王軍を滅ぼしてくれるように、と。
「諦めてんじゃねえええええ!」
――神奈が咄嗟に魔力加速を利用した超スピードで飛び込み、エミリーに迫る鉄球を殴りつけた。
棘のないところを殴られた鉄球には亀裂が入り、一部が砕けて半壊する。破壊の鉄球が砕けるところを目にしてワイルドの目が見開かれた。
「あ、あなたは……」
「言ったろ、協力してあいつ倒そうって」
着地した神奈はそう告げてワイルドの方を見据える。
「……ありがとうございました。そしてすみません、あなたのことを帝王の手の者だと疑った非礼は詫ましょう。今のあなたは帝王に与しないと確信しました。生き残ったら奴隷になった理由などをお聞かせください」
「生き残ったらだって? 安心しろ、私が守るから生かしてみせるさ」
二人は敵を見据えて拳を構える。
一方、ワイルドは「くくく」と小さく笑っており、それは徐々に大きくなって――鎖から手を放した。
武器を捨てる行為に対して神奈達は疑義の念を抱く。棘付き鉄球が一つ半壊したとはいえ破壊力は健在で、わざわざ強力な武器を手放す必要などないはずだからだ。
「さすがだなぁ女ぁ。確か報告では伝えられた名前は……神奈、だったか」
「……なぜ武器を」
「疑問か、俺がなぜ武器を捨てたのかが。エミリー、だったか? 正直お前にはあまり興味はないが答えてやろう。単純に必要なくなったからだ」
「どういうことっ……!」
ワイルドが二人の傍まで一瞬で駆け、両手を裏拳でそれぞれへ叩きつけて殴り飛ばす。
鉄球を捨てたことによって速度が上昇、いや元に戻ったのだ。重装備を捨てたのはそのためかと神奈は勝手に解釈する。
「くはっ! いいなお前達は、特に神奈、お前は全力で殴っても壊れない! あの鉄球はな、触れた物全てを破壊する力を持っているんだ! 俺がそんなものを使うのは結果が同じだからさ!」
吹き飛んだ二人の中でワイルドが追撃を選んだのは神奈の方だった。無邪気な笑みを浮かべながら走り、神奈へ丸太のように太い腕を振りかぶる。
その一撃の威力を神奈は知っている。奴隷にされた日に喰らった気絶するほどの拳だが、あくまでもあれは不意打ち。最初から身構えている状態で対処するのとは全く違う。神奈は振り下ろされる拳に自分の右拳を全力でぶつけ、両者の拳は威力が拮抗していたのか止まる。だがそのときのぶつかり合った衝撃で神奈とワイルドを中心として大地にクレーターが発生し、衝撃波で近くの木々が根元から千切れて吹き飛び、竜巻以上の暴風が遅れて一帯に吹き荒れる。
「どいつもこいつもすぐに壊れちまう……だがお前らは耐える、耐えられる! 俺の力に対抗できるお前達とはこの身一つで戦いたい!」
二人は互いに拳を敵の顔面へと押し込もうと力を入れ続ける。その均衡が崩れたのは、ワイルドの脇腹にエミリーが蹴りを叩き込んだときだった。
神奈程でなくとも実力あるエミリーの蹴りはワイルドの体勢を崩すのに十分すぎる。そして体勢が崩れてしまえば力の入り具合がおかしくなり、神奈の拳が競り勝って左頬にめり込む。ワイルドは歯を食いしばりながら耐えようとするも、足が地面から離れて殴り飛ばされた。
地面を転がるワイルドは回転しながら体勢を整えて、クラウチングスタートのような姿勢になるとエミリー目掛けてミサイルのように跳ぶ。
勢いに乗ったワイルドは右拳を突き出すが、エミリーは体を捻って紙一重で躱す。さらに伸ばされた右腕を掴むと一本背負い投げで地面に向かって叩きつけようとした。しかしワイルドはいとも簡単に両足で着地し、全身の筋力をフルで発揮して逆にエミリーを一本背負い投げで地面へ叩きつけた。同時に衝撃で蜘蛛の巣状の亀裂が周囲に広がり、砕けて歪なクレーターが出来上がる。
全身に奔る痛みに耐えて起き上がろうとしたエミリーだが、顔面を掴まれ、持ち上げられたと思えば再び大地へ叩きつけられる。そしてまた持ち上げられ――叩きつけられる前に神奈がワイルドの背中をぶん殴って吹き飛ばす。
驚きにより放されただろうエミリーは右膝をついて着地し、またワイルドを急いで見やる。
「ああ最高だ……最高だよお前らは!」
すでに立っていたワイルドが喜色満面でそう叫んだ。




