331 骸骨――スカル――
犯人だろう赤子を監視カメラ映像で捕捉して現場へ急行したハヤテとキリサメ。
骨になってしまった村人には申し訳ないが、二人もまさか赤子が犯人だとは思っていなかったので決定的な証拠――実際に骨にする姿を見なければ断定出来なかった。もっと確信を持っていれば犯行前に助けられたかもしれないのに、犯行が起きてからでなければ確信を持てなかったため犠牲になったのだ。
白骨化させる段階は奇妙なものだった。
赤子が驚異的な身体能力で大人の首元へと飛んで噛みつき、肉を噛み千切る。そして傷口から何かを啜ると急速に人肉が萎んでいく。僅か十秒足らずで一人の人間についていた肉が、ゼリー飲料でも吸うかのように吸われてしまったのである。
「まさか貴様のような赤ん坊が犯人だったとはな。言葉も操れないクソガキが、絶対に生まれてきたことを後悔させてやる」
明確な殺意を漲らせてハヤテは赤子を見据える。
奇妙な赤子はそれに怯えることもなく不敵に笑う。続いて泣き声と違う甲高い奇声を上げながらハヤテに跳びかかり、掴みかかろうとした両手は空を切る。――なぜなら赤子の両腕はすでに刀で切断されていたから。
不思議なことに血の出ない切断面。両腕を斬られたことに目を皿のように丸くした赤子だったが、両腕がないにもかかわらずバランスをとって華麗に着地する。そして瞬時に狙いをキリサメへ変更して跳びかかる。
戦闘力面では凡人で戦闘慣れしていないキリサメに対応出来るはずもない。白衣の上から肩付近の肉を噛み千切られ悲鳴を上げる。
「ぐわあああっ! 速い、この赤ん坊は速いぞおっ!」
ハヤテはキリサメの名を叫び、今にも傷口から脂肪や筋肉を啜ろうとしている赤子のこめかみを刀で貫く。すぐに刀を横へ振り、その動作で刀身から赤子の頭が抜けて吹き飛ぶ。
何度も地を転がる赤子を警戒して視線を外すことはせず、ハヤテは手傷を負わされたキリサメへ問いかける。
「大丈夫か!」
「あ、ああ、なんとか無事だ。どうやら噛まれただけじゃ白骨化しないらしいな」
「そうか、骨にならなくて何よりだ。だがこのクソガキ予想以上に強い、お前は邪魔になるから帰れ」
真っ赤な鮮血が溢れる傷口を手で覆い、キリサメは苦痛に顔を歪めながら相手の能力を分析する。しかし決して油断出来ない赤子を前に、ハヤテは庇いながら戦うことを拒む。
実力がないのならただの足手纏い。
犯人を突き止めた時点でキリサメの役目は当に終了している。
白衣がどんどん赤に侵食されていくのを見てキリサメは自分の不甲斐なさに呆れ、悔しそうに「分かった」と告げる。
「くくっ、逃がすはずがないじゃろう」
――そんなときだった。赤子が初めて言語を操ったのは。
赤子の口から枯れた老男のような声が出た。二人の向ける意識が赤子へと集中する。
「ああ、この赤子の体では動きづらいったらありゃしない。……だから元の姿に戻ったんだが、そう驚くなよ若人」
動きづらいと告げているうちに赤子は変貌した。
脂肪、筋肉、皮膚、その他全てが酸でもかけられたかのように溶けだして骨のみ残留する。骨以外は完全に液体となると土に吸収されてシミとなる。
白い骨になったらなったで骨が巨大化していく。赤子のものから成人した男性の骨格へと変わっていく。その空洞であるはずの口から、標本にも出来るくらい傷一つ付いていない赤子の白骨が吐き出された。
異常な光景に、人骨が喋る姿に二人は絶句している。
「くくっ、驚くなといっても無理な話か。あの帝王様とて初めてご覧になったときは目を剥いておったわ。……ふっ、やはり異様か? 骨が生きて喋るという姿は」
「……帝王に様をつけるということは」
「いかにも、吾輩は帝王様の配下。四神将が一人――スカル! 見ての通り骨しか残らない男よ」
成人男性らしき人骨が平然と、口をカタカタ動かしながら喋っている。
「四神将、スカル……あの謎多きスカルが目前に……! ワイルドに続き四神将二人目とは呪われているんじゃないのかこの村……!」
スカルという者は四神将の中でも特に情報が少ない。総じて噂の域を出ないものばかりで、本当は存在すらしていないのではなどと言われている。
謎の人物であるとはいえ四神将が目の前にいるという事実にもキリサメは戦慄する。
「……貴様、スカルとかいったな。……いつミュートを殺した」
「何を言っているんだハヤテ。ミュートがいなくなったのは昨夜だろう」
「いいや俺達は思い違いをしていた。敵は隠れていたわけでも、村人が裏切ったわけでもない。こいつはずっと誰かのフリをすることで周囲に溶け込んでいたんだ。帝王城に向かったミュートは最初の標的として持ってこいだろう」
「まさか、この村に帰って来てからずっと変装だったっていうのか!? いやそれなら辻褄が合う。グレンを殺すのも他の事件も変装を駆使するスカルなら容易く犯行可能だ」
赤子に成り代われるのを見るに、ハヤテはスカルの変装だかよく分からない固有魔法だろうそれに制限がないと推測した。骨格から何もかも違うのに化けられるなら誰にだってなれるだろう。
推測は概ね正しかったのかスカルは「くくっ」と笑って告げる。
「吾輩の固有魔法は〈化けの骨〉。生物の骨をベースとし、吸収した脂肪や筋肉などでその骨に化粧する。そうすることで、本人を再現した完璧な変装の出来上がりというわけよ。あの小童は城に侵入した愚か者、風呂上がりに偶然発見したのでサクッと殺して成り代わった」
「なら記憶はどういうわけだ。貴様はミュートの記憶を持っていただろう」
「簡単な話、吸収する際に脳も得ているので本人の持つ情報は全て理解出来る。記憶も、感情も、体も、全てが本物となんら変わりない。なにせその本人の物を使用しているんじゃからなあ」
「ならミュートの体を捨てたのはなぜだ」
「怪しむ視線を感じたから捨てたまでよ。そういえば、だいたい感じたとき近くにいたのは主ら二人だったな。優秀なものだと感心させられたぞ」
ハヤテは「そうか」と呟く。
話がややこしいが、とりあえずミュートはやはり味方で居続けたのだと理解した。
「なら優秀なやつがこういうときにどうするのか分かるな?」
ハヤテはスカルの横を高速で通り過ぎる。
決してスカルも油断していたわけではないのだが全てを見ることは叶わない。辛うじて真横を通ったことは理解出来るが、その程度だ。
「速い! まさかパンサー並の者がいようとは心底驚かされる。だが今度はこちらから行かせてもらうぞ」
「バカめ、まだ気付かんのか。今度なんてない」
「何を言って――」
数秒置いて、スカルの骨だけの体は十個程に分かれて崩れ落ちる。
頭蓋骨。首。右腕。左腕。二分割された胴と両脚。
骨なので顔もないため驚いているのか他者は分からないが、崩れる瞬間に本人は絶句する程には驚いていた。
刀で斬り裂かれたスカル。その頭蓋骨は他の骨の周囲を転がり、ハヤテの足元に来たとき刀で真っ二つにされる。
「永久に死ね、屑骨」
冷めた瞳は憎悪を宿してさらに冷める。ハヤテは動かなくなった白骨をただジッと見下ろしていた。