318 救助――見張り――
神奈達が邪血について思考し続けていると、新たに寝室に人が入ってきた。
人数は三人。褐色肌の少年キリサメ、金髪の女性を背負う筋肉質な少年。傍まで来たことで神奈は視線をそちらに向けると、目を丸くして難しい顔が一気に柔らかくなる。
「キリサメ、それに……」
「エイルです。あなたには姉弟揃ってお世話になりました」
微笑むエイルは童顔なのに体は大きく筋肉質というちぐはぐな印象。牢屋に入れられても変わらず奴隷が身に纏う布一枚であり、腕や脚に多少痣があるくらいで元気そうだった。
「いや、私は何も。牢屋から出られたのはアリアさんの頑張りのおかげだよ」
牢屋に入れられていたエイルは今日解放されている。
兵士長の考えで投獄されていたわけだが、ワイルドがまだ辛うじて生きていた兵士長に事情徴収したところ、投獄する必要性がないと判断された。むしろ貴重な労働力を一時的に減らしたとして、兵士長はワイルドの手によって始末された。その場で同情する者や悲しむ者など誰もいなかった。
エイルは事の顛末を兵士から語られ、釈放されてすぐにアリアの元へ向かったのだが、そこには細かい傷だらけで倒れていた姉の姿。
一応診ていたキリサメの話によれば命に別状はなく、ゆっくり体を休めれば回復するだろうとのことだった。
「姉さん、昔から頑張り屋で……だから、体は大事にしてほしかったのに。俺は別に姉さんに頑張ってほしくなかったんです。絶対にボロボロになって倒れるって分かってたから……」
エイルは背負っているアリアを神奈の横に下ろし、体を寝かせる。そして自分は座り込み、アリアの傷だらけの手を優しくとって額につける。
「でも嬉しかった。嬉しかったんだ」
神奈とキリサメはただ見守っていた。
倒れている姉に向かって、抑えきれない涙を落とす弟の姿を。
「……お疲れ様、姉さん」
* * *
奴隷生活十日目。
今日も今日とて神奈達は採掘作業に勤しむ。
ヘッドライトの明かりだけが頼りの暗穴の中でつるはしを振るい、後ろからずっと感じる視線が気になって神奈は振り向く。
振り向いた神奈に「ひいっ」と情けない声を漏らしたのは兵士だ。騒動を起こした原因ともいえる神奈を野放しにするはずもなく、一応見張りの人間がつけられたのだが……あまりに気弱なので監視対象から心配されるという事態に陥っている。
「あー、大丈夫かアンタ?」
「あの男、完全にお前にビビってるな」
「まあ無理もありませんよ。兵士長ってそこそこ強い位置付けだったようですし、ワイルドの攻撃を受けても無事って時点で怪物扱いですからね」
腕輪の言う通り、監視の任に就いた兵士は神奈の強さに恐怖している。
採掘場にいる全員にとってワイルドとは、いや四神将とは恐怖の象徴でもあるのだ。もはや神奈に対しても同レベルで怖がっている。もし何かしていたとしても見逃してしまうだろう。
「監視があれで務まるのか……?」
ぶるぶる震えている兵士から視線を外し、神奈達は再び採掘作業に戻った。
同じ場所にはいないがエイルはアリアの分まで働いている。彼女のような無茶はせずあくまでも自分を労わってだが、そうするのは彼女を悲しませないためだ。アリアが倒れたと聞かされたとき、エイルは酷く傷付いた。そんな想いを彼女にさせないように毎日五体満足で帰ると本人は強く宣言していた。
変わり映えしない採掘作業に取り組んで、一日の労働を終えた後は夕食をとる。そして疲労を残留させないようにぐっすり睡眠をとる。
そんなサイクルが続き――奴隷生活十三日目。
その日はいつもと変わらない夜であるはずだった。
眠っていた神奈はふと物音で目を覚ます。照明の消えた部屋でも加護のおかげで視界は良好だが、寝室を見渡してみても異常はない。
気のせいかと思いまた横になろうとしたとき――轟音が耳に届く。
轟音とともに激しく部屋が揺れた。以上は部屋の中で起きたのではなく、外で起きていたのだ。
「なんだ……突貫工事でもしてんのか……?」
頭に響くほど大きな音がする中で眠れるはずもなく、神奈以外の奴隷達も目覚めて騒めき出す。キリサメとエイルも起き上がって周囲をキョロキョロと見渡す。
「エイル、何があったの……?」
「大丈夫だ姉さん、何があっても守るから」
「神奈、この音は……」
「私にも分からない。でもなんだ、徐々に鳴る頻度が」
「神奈さん、この音……戦闘の音じゃないですか?」
腕輪の言葉を肯定するかのように――休憩施設の天井が全て吹き飛んだ。
突如飛来した棘付き鉄球が施設の屋根を破壊したのだ。それとともに建物が激しく揺れ動き、細かい天井の破片がパラパラと落ちてくる。そんな現実を呑み込めずに全員呆ける。
暗闇が一気に月光によって照らされ、神奈達の視界に小さな星々が現れる。
綺麗な夜空に見惚れる暇もなくまたもや轟音が鳴る。まるで巨人が足踏みでもしたかのように大きな音がした後、突然亀裂が床に広がる。神奈達を呑み込まんとする穴となったその場所へ落ちる前に「フライ」と唱え、神奈は左手でキリサメ、右手でエイルの服を持って飛んで避難した。アリアはエイルが抱えていることでなんとか無事だ。しかし十人程、大地ごと割れているそこに落ちていってしまう。
「くそっ、こんなことが出来るのは……!」
神奈の脳裏にワイルドの顔が浮かぶ。
あの剛力で実際に大地を割ってみせているのだからそうとしか考えられない。なら分からないのは、今ワイルドと交戦しているであろう存在。
一度キリサメ達三人を亀裂の横に下ろしてから、神奈は「ちょっと様子見てくる」とだけ告げて上昇する。
高く飛び上がった神奈が見た者は、長い鎖で繋がれている棘付き鉄球を振り回すワイルドと――細剣を持って逃げ回っている褐色肌の少女だった。
「ワイルドと……エミリー!? なんで!?」
戦闘中の二人の視線が神奈の方へ向く。かなり大きめの声で驚いてしまったので当然だろう。
二人の反応は大きく違った。エミリーは眉間にシワを寄せて「最悪……」と呟き、対してワイルドは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「くくっ、お前も交ざりたいか? いや交ざれ!」
ワイルドは鎖を操って、鉄球を神奈の方へと飛ばす。
人間大の鉄球に当たるのはゴメンなので神奈は躱すも、鉄球の動きが鎖の動かし方によって変わる武器なので巧みな操作により追従してくる。
冗談じゃない、と内心叫んで神奈は地面へと下りるが、今度は右から細剣による突きが放たれた。焦った神奈は左にステップを踏んで躱す。攻撃してきたのは当然エミリーだ。
「帝王の手の者め、ここで殺してやる!」
連続で放たれる高速の突き。神奈はたじろぎながらギリギリで避けていく。
「ちょっ、違う! お前、話をっ、聞けって!」
「問答無用おお!」
いつもなら落ち着かせるために神奈も反撃するところだが、エミリーの容姿が笑里に酷似していることから手を出すことが躊躇われる。
反撃するか、回避し続けるか。悩んでいる神奈と攻撃を続けるエミリーに人間大の棘付き鉄球が迫る。大地を抉りながら向かってくる鉄球を二人はそれぞれ右と左に跳んで回避した。
「ワイルド……。エミリー、ちょっと本気で話を聞け。今は私が何者であるかとかどうでもいい。あいつを倒すのに二人で協力しないか」
「あなたは奴の仲間なのでは?」
「そう見えるか? 普通に殺す勢いで攻撃されたんだけど」
「確かにそう見えましたね。仕方ありません……今だけ、休戦するとしましょう」
即席コンビの誕生にワイルドの笑みが深まった。
神奈達とワイルドの視線がぶつかり合い、二対一の戦いが今始まる。




