表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
527/608

317 邪血――evilblood――


 ※この話を見る前に、まだ見ていないのなら112.6話を見た方がいいです。

 もちろんすでに見ているのなら問題ありませんが、何分あの話は割り込み投稿のため見ていない読者様もいる可能性があると思うので、この場を借りて一応注意事項を言わせてもらいました。

 ちなみに見ていなくても読めることには読めます。







 採掘場。兵士専用休憩施設最上階。

 一応滞在期間中ワイルドの専用部屋となっているそこで、部屋の主であるワイルドと一人の女がテーブル越しに向かい合っている。水がグラスに入れて用意されているがどちらも口はつけていない。

 女の顔は見えない。なぜなら梟の顔を模したような仮面を被っているからだ。なぜ女がそんな薄気味悪い仮面を被っているのか、同じ四神将という仲間であるワイルドでも知らない。知っているのは帝王のみだろう。


 その女――バーズが来た目的は念話によってワイルドは知らされている。

 黙っていても仕方ないのでワイルドは水を飲み、力加減を誤りグラスを割ってしまう。まあこれについてはわりといつものことなので置いておき、核心の話を切り出した。


「それでバーズ、例の日は決まったのか? もうすぐなのは分かっているんだが」


「まだ決まっていませんねぇ。あと二週間もないと思いますが……その話の前に言わせてください。なんですかあれは、外にとんでもない大きさの亀裂があったんですけど」


「……すまん、強者のせいでつい興奮してな」


 亀裂というのは間違いなくワイルドが神奈をサンドバッグにしたときのもの。地形を破壊する剛力を抑えろとは口うるさく言われていたのだが、久方振りに発見した強者にテンションが上がってついついハッスルしすぎていた。そこだけはワイルドも反省している。


「あなたの力に耐えられる者がいたと?」


 バーズは声音だけで驚いているように感じさせる。

 事実驚愕に値することだ。ワイルドの身体能力から放たれる一撃といえば全てを崩壊させる凄まじいもので、それに耐えることが出来る者などそういない。バーズが知る中でも耐えられるのは四神将と帝王のみだ。


「ああ、とんでもなく頑丈なやつでな。まったくチンケな世界でもそういうやつは隠れてるもんなんだな」


「本当なら私達に匹敵する戦闘力を持つ可能性がありますね。せいぜい寝首を掻かれないように気をつけることです」


「……なぁ、実はその女のことで気になることがあるんだが」


「はぁ、いったいなに……女? それどんなゴリラ?」


 バーズでも強力な魔力障壁を張らなければ死ぬような一撃を、生身の肉体で受け止め続けたのなら男だと疑っていなかった。自分と同じ女であるなど信じられない。話されなかっただけで人間ではないのかと密かに思う。


「人間だ人間。まあその女なんだがな……一瞬、帝王様を前にしたかのような圧迫感に襲われた。あの寒気は一瞬だとしても間違いようがない」


 魔力の質が、いや少女を形成する全てが、どす黒く変化していくようにワイルドは感じていた。神奈に起きた変化は只事ではない。


「つまり一瞬とはいえ怖気づいたというわけですか。あの怪力無双の異名を持つ、肉体強度だけなら四神将一のワイルドともあろう者が」


「……そうだな。あれが強さに影響したかは分からないが、もしまともに戦っていればどんな結果になっていたか想像もつかん」


「なるほど、まあそれは私から報告しておきますので話を次に進めましょう」


 次の話。つまり本題だ。

 元よりバーズが帝王城から離れてここに来たのは、もうすぐ来る例の日についての連絡。そういえば最初はそちらを気にしていたなと、ワイルドは思考を切り替える。


「例の日、あの女の出産日はまだ決まりません。しかしその日にするべきことは決まっています。本拠地である帝王城の守護……これは全員で行うべきだと帝王様からの御言葉です」


「全員だと? 納得いかないな、パンサー一人で十分だろうに。それにお前だっていつも城にいるんだろう?」


 四神将の中で、パンサーの強さはワイルドも認めている。四人の中で最強といっても過言ではないだろう。

 そしてパンサーに加えてバーズもいるとなれば、それだけで城の警備など事足りる。そこに四神将全員が集まる必要性などワイルドは感じられなかった。


「私は城にある魔力炉の微調整と、帝王様に尽くすことが仕事です。警備に回る余裕なんてありません。……まあ、全員を招集するくらい帝王様もあの女を、いえ自分の子供を大事に思っているんでしょう」


「ふぅん、まったく羨ましいことだな。俺はまだ女を抱いたこともないってのに。……どうだバーズ、俺と一夜を――」


「結構です。あなたに抱かれたら私でも死にますし、私は身も心も全て帝王様に捧げていますので」


「でも妻になれなかった、違うか。まあ普段の服装と体型からアウトだったんだろうよ」


 バーズの顔は見たことがないが、ワイルドが仮面姿を客観的に見て性的に見れるかと訊かれればノーと答えるだろう。まず女の象徴でもある胸が絶望的なまでに未成熟、体型も小柄で貧相。おまけに顔が仮面で見えず、服装は梟を模した仮面と合わせると不気味になる毒々しい紫のローブ。これでは相手にされないのも仕方ないといえる。


「ぐっ……し、しかし……私はまだ納得していませんよ。どうして帝王様はあんなぽっと出の女なんかに……私だっていっぱいアピールしたのに……」


「アイギス様はお綺麗だからな。お前とは全然違うだろ、胸もでかいし」


 アイギスの姿をワイルドは四度くらいしか拝見していない。しかし一度会っただけでも美人だと思えたし、関わったあとには性格も女神のようだと知った。まさにパーフェクトで理想的だとワイルドは話に出る度に思う。


「胸……女の価値は胸で決まるものじゃないのです。あんなものはただの脂肪の塊なんですよ! なんであんな、あんな脂肪に男はああああああ!」


「世の中そういうもんだ。てかお前まさか不満をぶつけるために来たんじゃないだろうな」


 色んな感情がごちゃ混ぜになったからか叫ぶバーズに、ワイルドは哀れみを込めた目を向ける。

 帝王がアイギスを愛しているのかワイルドには分からない。だが興味を抱いた理由を問いかけて、自分も同じ想いをしていたからか納得出来ている。


 バーズの言う通り女性の価値は胸など、その体だけでは決まらない。ワイルドは自らの怪力に耐えてみせた少女を思い浮かべながらそう思う。



 * * *



 奴隷生活九日目。奴隷専用休憩施設にて。

 恐怖。不安。悲しみ。神奈には様々な視線が向けられている。

 寝室となる場所はただでさえ狭いのに、神奈の周囲に奴隷はまったくといっていいほど近付かずに距離をとっている。この反応には神奈も精神的にくるものがあった。


「なあ腕輪、あのとき、私に起こったのはなんなんだろう」


 ワイルドとの戦闘、というより一方的に嬲られていたときのこと。

 心に掛けられていた鍵が外れて、封印されていた邪悪な力が一気に噴き出したような気がして、神谷神奈という一人の少女は変質しかけた。今までそんなことはなかったために困惑以外の感情が出てこない。


「仮説、でいいなら聞きますか?」


「なんでもいい。何かの理由をつけないと、自分が怖くなる」


「分かりました。なら私が考えた仮設を話しましょう」


 三時間ほど経った今まで、神奈には自分で仮説を立てることすら出来なかった。どう考えても自分がおぞましい何かになってしまい、考えれば考えるほどに泥沼化するからだ。

 人は現象に理由を求める。筋道がしっかりした証明だけを求めている。


「あの状態。自身の考え方が変化してしまう程の邪悪な何か。それはおそらく神奈さんの……血が、原因でしょう」


「……ち? 知……値……血……血液?」


「はい、今までのことを整理してみると可能性はあるかと」


 血液が原因と言われても神奈はしっくりこない。そんなものが原因なら、過去にああなっていても不思議ではなかったということだろう。治療する方法も思い当たらないし絶望的である。


「神奈さんの血……まあとりあえず仮の名として邪血(じゃけつ)としましょう。何が原因でそうなったかは知りませんが、邪血はおそらく後天性ではなく先天性。遺伝か、もしくは突然変異か。まあそこはどうでもよくて、確認ですが神奈さんはあのときどういう状態でしたか?」


「……犠牲が出るのはしょうがないって許容した。もしかしたら、もっとあの状態が続いていたら全部、自分以外全部どうでもよくなっていたかもしれない」


 内側から何かに侵食されていくような感覚。しかし本当はそれが正しかったかのように、それを抑えていた蓋が開いたかのように、邪悪な何かは神奈をハイスピードで侵食しようとしていた。考えの全てが変わり、人間性が失われる気さえした。今では思い出すだけで気分が悪くなる。


「それ、そんな最悪な人間に心当たりがありませんか? もう時間がかなり経ったので記憶は薄いかもしれませんが、会っているはずですよ」


 自分以外をどうでもいいと思っているような最低の人間。

 神奈は記憶を探るが、そこまで酷い性格の者と会った覚えはまるでない。


「三年前、上谷栞奈(かみやかんな)という少女がいたじゃないですか」


「え、私……いや違うクローンか……!」


 三年前、まだ神奈が中学一年生だったときに起きた事件。

 世界中の人間を眠らせ、代わりに全肯定してくれる機械を生活させる野望を持った男がいた。その男が作り上げた会社では、邪魔者を消すために強者のクローンを生み出しており、実際に神奈も激しい戦闘を繰り広げた。


 その相手こそ神奈自身のクローンである少女、上谷栞奈。


 極悪非道。冷酷非情。彼女はなぜか神奈と正反対だった。

 生み出してくれた親ともいえる人物を早々に殺害し、神奈の思考をトレースしているというのに何一つ罪悪感すら抱かない。全て自分が正しい、自分が王だとでもいうような無慈悲な性格。それは邪血に呑まれた神奈の到達点のようにも思える。


「本来なら彼女は神奈さんのような性格になる予定だった。もちろんクローンがオリジナルの完全なコピーでないことは証明されていますが、それでも根っこの部分の差はあまりないはずなんです。にもかかわらず上谷栞奈が神谷神奈に似ても似つかなかったわけは、神奈さんに流れる邪血の影響をもろに受けたからではないかと、私はそう思ったわけです」


「でもそれなら、私も……」


「いいえ、神奈さんは大丈夫です。正確にいえば現代では問題ないんですよ。これは今まで生活していた神奈さん自身が一番理解しているでしょう。……そもそも神奈さんが邪血に呑まれていないのは、前世からやって来た魂のおかげだと思われます。本来なら大した思考力のない子供に邪血の影響を防ぐ術はありませんが、別世界からやって来た上谷(かみや)(かける)の魂はイレギュラー。もうすでに自分だけの意思を持っていた魂が肉体に入ったことで、邪血由来の悪人思考に踊らされることがなかったのでしょう」


「……待て、その仮説なら私がああなった理由が」


 成り立たない。腕輪の仮説は成り立たない。

 転生前の魂が器となる肉体に入ったことで邪血の影響を逃れたというのなら、つい三時間前に起きた邪血の影響はいったいなんだというのか。考えるのは恐ろしいが、邪血の影響力が日に日に増しているというのなら説明はつく。しかし神奈自身あれ以降何も感じたことはない。影響力が強くなるのなら今も何かしらあるはずだ。


 これまた考えたくはないが、神奈の魂がどうにかなった可能性。

 自分のものは視認できないし感じ取ることも出来ないので、魂というものが今どうなっているのは見当もつかない。もし擦り減っていたりしたら、神谷神奈という人格すら消滅するのだとしたら、中身空っぽの魂に邪血の意思が注がれる。――邪血に肉体を乗っ取られる。


「おそらく共鳴現象ではないかと思われます」


 ――神奈が思考していた仮説の否定。

 嫌な想像を打ち消す仮説を出してくれたので神奈はホッとした。


「……共鳴現象って?」


「うーん、分かりやすく言うなら、神奈さんの右で大音量が鳴り響いているとします。その時点では右だけが五月蠅いですが、さらに左からも大音量が鳴り響くと煩わしさ二倍です。要するに、二つの同じものが影響し合って効果が強くなる……みたいな感じですかね、はい」


 なんとか理解した神奈はあることに気付く。


「それって、邪血がもう一人いるってことなんじゃ……」


 共鳴現象が起きるということはもう一人いることに他ならない。そんな人物がいたら大迷惑な災害だ。


「私はそうだと考えています。もちろん仮説ですから、見当はずれなことを言っているのかもしれませんが、共鳴現象以外は自信あるので真実と捉えて構いませんよ」


「この時代にもう一人……」


 腕輪を信じ、まだ見ぬ存在が危険な者のことを神奈は考え出す。

 一方、仮説を語った腕輪は――語らなかった部分について思考する。


(もしもそのもう一人が私の考えている通りなら……この時代は……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ