327 事件2――騒動――
新たな白骨死体が発見された。
神奈が報告を受けたわけではない。調査に乗り出してから六時間、何やら村人が騒がしくしていた場所を見つけて向かったところ、野次馬の如く群がっている村人達が「骨」という言葉を使い慌てふためいていた。
骨といえば今朝報告された白骨死体。そして騒ぎを耳にしたハヤテ達も駆けつけて、その騒ぎの中心にある家に入ってみるとグレンと同じような人骨が置かれていた。つまり白骨死体化事件の二例目である。
「くそっ……この骨はいったい」
白骨死体の周囲に集まった神奈達。
ハヤテが呟くと外から中に小学生低学年くらいの子供が「母ちゃんだよ!」と叫び入ってきた。
「俺の、俺の母ちゃんなんだ……! だって母ちゃん、どこにもいないんだ……!」
入ってきた子供は骨の正体を告げ、すぐに涙を流して顔を悲しみで歪ませる。
「アルト君、本当ですか?」
「エびリー姉ぢゃん……ほんどだよ、どごにもいない。おづかいから戻ったらいなくなっちゃったんだよ……だからその骨、ぞのぼねはあ!」
ここで少年の名を知っていて、顔見知りであるらしいエミリーに神奈は問いかける。
「エミリー、知り合いか? てことはこの子の母親とも?」
「ええ、うちの母がこの子の母親――ソプラノさんと仲が良かったので。小さい頃によく遊んでもらっていました。母が死んでからは交流は控えめになったとはいえ、会ったときはこの子、アルト君の遊び相手になっていたんです。しかしまさかこんなことになるとは……」
遺体の身内らしいアルトの証言により判明した被害者はソプラノ。加害者は不明。
神奈達の中で犯行を、怪しい人物を目撃した者は誰一人としていなかった。騒ぎを聞きつけて集まっている村人達も同様である。
「ソプラノか。彼女のことは覚えておる。確か歌が好きで、将来は都会に出て歌手になると子供の頃は言っておったな。今は亡きソプラノの夫、テノールと出会っていなければ本当にそうしていたじゃろう。さてルド、エド、二人はその子を連れて外に出ておれ」
村長は懐かし気に呟き、側近のような二人の大人に向かい命令を下す。
今日も昨日も会議に出席している村長の側近二人は、アルトに「一旦外へ出ようか」と一人が告げて、もう一人が手を繋いで家から出ていく。
「大丈夫でしょうか……」
「エミリー、心配なのは分かるが今は犯人の手がかりを探すのが先だ。ソプラノという者が骨にされてからそう時間は経っていないはず、犯人らしき人物もまだ近くにいるはずだ」
「……そうですね。ソプラノさんの無念を晴らしてあげなければ」
決してソプラノはこんな姿にされていいような人間ではなかった。いや誰もこんな骨だけの姿にされていい者などいないのだが、ごく普通に子供と幸せな生活を送っていた人間の迎える最期にしてはあまりに酷い。
なんとしても卑劣な犯人を見つけなければとエミリーは強く思う。
「とりあえずサイハ、私の疑いは晴れたと思っていいよな」
「……まあそうね、朝からずっと私と一緒にいた以上犯人とは考えづらいし。一先ずあなたを疑うのはやめましょう」
「一先ずかよ、まあいいや。とにかくこの場にいる人間のアリバイはペアになった奴が証言できるし、安心して犯人捜しが出来るってもんだな」
その神奈の発言にハヤテは引っ掛かりを覚えた。
朝からペアの人間と共に行動していたのでお互いのアリバイがあるのは確かだが、ハヤテはミュートと一緒にいなかった時間がある。トイレに向かった数分であるのだが、その間に犯行が不可能であるとも言い切れない。もちろんミュートのことを疑いたくはないし、そういった空気を作りたくもないので口には出さなかった。
問題なのは骨にする時間。もしそれが極々短時間で終えられるのなら、本当のアリバイなどいったい誰に作れるというのか。少なくとも一人になる時間というのは誰にでも存在するだろう。
「そうだな、また二人一組で犯人捜しを再開しよう」
今後の方針は変わらず犯人捜し。しかし問題がもう一つあることにはキリサメしか気付いていなかった。
その問題はソプラノの家へと出た瞬間に神奈達を襲う。
「出てきたぞ!」
ソプラノの家の前でそう叫んだのは野次馬となっている村人の一人。
「村長説明してください!」
「何があったの!?」
「絶対に只事じゃないでしょ!」
「ソプラノさんに何かあったの!?」
続けて叫ぶ野次馬達。
当然といえば当然である。家の中へ入っていく十人と、そこから泣いて連れられてきたアルト。何か重大な事件が起きていることを想像するのは容易い。
(やはりこうなったか。もはや隠し通すことなど出来まい)
キリサメはこの現状を予想していたからこそ驚きはしなかったが、犯人のことで頭がいっぱいだった神奈達は驚いて目から狼狽の色を覗かせる。
このままではまずいと思った村長は一早く口を開いた。
「静まれぃ皆の者! 儂から説明する!」
「村長……」
「村長が……」
「あの、いったい何があったんですか?」
落ち着けと言われても急に沈静化するわけでもない。ただある程度は軽減したため村長は頷き、事件の触りだけを全員に告げる。
「よいか、落ち着いて聞いてほしい。まず、この村で殺人事件が立て続けに二件も起きておる」
「落ち着ける内容じゃねえだろふざけんな!」
「思いっきりあぶねえじゃねえか!」
「村長の座を明け渡せジジイ!」
またもやヒートアップしてしまった野次馬の村人達に対し、怒りを表すかのように村長は持っていた杖を投げつける。
「落ち着けと言うとろうがあああああああ!」
「いやまずアンタが落ち着かなきゃダメだろ!」
このままでは罪もない村人に殴りかかりそうな勢いである。さすがにこれ以上は見過ごせないので神奈が村長を押さえた。
全く事態を収拾出来ない役立たずの村長を見兼ねて、仕方ないというふうにハヤテが声を上げる。
「聞け! 皆が辛い状況にあったことは承知しているし、それですぐ混乱を招くような事態に陥ったことは謝罪する。俺達の力が足りなかった、警戒が足りなかった、何かが足りなかったからこそ今こうなっているのは認めている」
その間、最初の殺気混じりの叫びで静まった村人達は黙していた。
「犯人に繋がる手がかりが未だ見つかっていない。正直なところ、まだ解決出来る目処がたたん。だから恐怖して怯えるなというつもりはない。だが協力してくれ、全員の力を合わせれば俺達に足りない部分をカバー出来る、解決を早められるはずだ」
ハヤテの演説で村人達は気付く。この状況は犯人が悪なのであって、村長などに不安をぶつけたところで意味のない行為であったのだと。
ここでハヤテを責めても無意味。この事件解決を早めるには協力する方がいい。手を取り合って、一丸となって犯人を追い詰めた方がいい。
「……その、村長、悪かったよ。さっきはごめん」
「ハヤテのおかげで気付けた。私達、何も考えずに関係者を責めていただけなんだって。だから、調査に協力するよ」
「村長の座は俺じゃなくてハヤテが相応しいな……」
村人達の表情が一変したことでキリサメは思う。
一部例外を除いて子供しか残されなかったホウケン村で、統率をとってこれまでなんとか子供達が暮らしてこれたのはリーダー、ハヤテという男がいたからだ。最後にボソッと呟いた誰かの言う通り、次の村長の座は村長の子供ではなくハヤテが相応しいのかもしれない。
神奈が押さえていた村長はとっくに落ち着きを取り戻して「うむ、分かったのならよい」とだけ告げる。
そのとき、人だかりの中から泣き止んでいるアルトが前に出て問いかける。
「ねえ、母ちゃんを殺した犯人……捕まえてくれる?」
涙の流しすぎで目を腫らしている少年に向かい、ハヤテは「ああ、必ず」とだけ短く返す。
骨残し事件の犯人――未だ手がかりなし。だが調査する人員はハヤテ達だけでなく、他の村人も協力してくれることになった。
――その場にいた犯人は面白くなさそうに口を歪ませ、誰の耳にも入らない程に小さく舌打ちした。