314 四神将――ししんしょう――
昼休憩前、神奈とキリサメは自分達が掘り出した石塊の山を厚手の布袋に入れて運ぶ。破れそうで破れないその袋を運ぶ先は二か所。貴重な鉱石が出てきたならまとめて兵士、または兵士専用休憩施設へ。そうでないクズ石なら採掘場の端にあるゴミ処理場へ。
兵士専用休憩施設はその名の通り兵士達、そして視察中のワイルドが滞在している場所。奴隷専用休憩施設とは真逆の方向、採掘場入口付近に建っている。万が一奴隷が逃走を図ろうものなら最大の壁となるだろう。
「悪いなキリサメ、見定めを全部任せちゃって」
「構わない。初心者にやれという方が酷だからな」
貴重な鉱石とそうでないものを見分ける技術など神奈にはない。とはいえさすがに全てキリサメに任せるというのも悪いので、仕分けされたものを袋へ入れる作業に集中した。袋を持つのも神奈が担当しているが、貴重なものはそう多く採れないので持っているのは一袋のみだ。
どっさりと鉱石の入った袋を持った神奈が近付くのに気付いた兵士が、兵士専用休憩施設の入口付近から歩いて来る。
「ほう、最近はよく採れるな。新しい鉱山にでもぶつかったか?」
「鉱山にぶつかる……?」
鉱石が採れるのは主に鉱山だが、なぜ地面を掘って鉱石が出てくるのか神奈はやっと疑問を持った。ぶつかるという表現が謎すぎて色々考えたことで、逆にこの採掘場の謎が増えてしまった。
「ああそういえば説明していなかったな。人によっては知っていることだし教えるのを失念していた」
「おい、教えるのはいいが、それはどっか行ってからにしろ。つまらない授業なんか聞きたくないからな」
「すまない、長居しすぎるのもよくないな。行くぞ神奈」
歩いて去ろうとするキリサメの背を、神奈は袋を置いてから小走りで追いかける。そして追いついた後は同じ速度で並んで歩く。
「さっきの話、どういうことだ? 鉱山にぶつかるっていうのは」
「そのままの意味だ。まあ簡単に説明するとだな、俺達が立っているこの地面はとても高所に存在しているということだな」
説明を聞いて神奈は首を傾げる。高いと言われても現代と何一つ変わらず雲との距離は全く縮まっていない。山だってあるのだからそれに比べれば低い位置にあるだろうと常識的に思考する。
「さっきのように地面を掘ったことはあるか? 疑問に思ったことはないか、この地面の下はいったいどこまで深く続いているのだろうかと。もちろん地球の中心へ、核へと続いているのだがそれはどこまでだ。どれくらい掘れば辿り着く」
「……間違いかもしれないけど、なんとなく分かった。ようは現在までに積まれてきた土や石――地層がとんでもなく深いところまであって、私達は総合的に見て高い場所にいるってことだろ」
「その通りだ。そして先程の鉱山にぶつかるという発言だが、ある学者が定説したものが広まったものだ。たとえば地面を掘れば化石が出る。つまり昔の人間達は俺達より遥か下で生活していたのだと、俺達が立っている地面は遥か昔で雲と同じくらい高かったのではとな。そして、実際に鉱石が採れる以上この説の正しさは言うまでもない」
「降り積もった歴史ってことね……」
要約すれば、化石が採れるということは昔の生物はその位置で生きていたということ。小難しいため詳しいことは聞かない神奈だが、もしかすれば現代の人間はこの時代の人間より高い場所で生活しているのかもと思う。
二人は次に、必要とされない石が入っている残った袋を持ってゴミ処理場へと向かう。神奈が二個、キリサメが一個持つが、袋の数が多いため先程とは違い往復する必要がある。
ゴミ処理場の場所は、兵士専用休憩施設を南とするなら東だ。黒いクズ石の入った袋が山のように積み重なっているので遠目でも分かる。
重量五十キログラム以上の重い袋を神奈は投げ捨てると、綺麗な弧を描いて山の頂上付近に乗っかった。それは普通無理なことなのでキリサメなどは一番下に置くのが日課だ。
「逃げようと思っていたと言ったな」
袋を立てかけるように置いてからキリサメが口を開いた。
「ん? ああ、最初はそんな話をしてたんだっけ」
「自力で抜け出せるならそれが一番だった。俺は色々発明品を作るのを仕事としていたから、必要な材料さえあれば空でも飛んで脱出出来たんだけどな。計画をいくら立てても、一人じゃ失敗する未来しか見えなかった」
「……私がいても無理か?」
この場において最大の難敵はワイルド一人。その他大勢の雑兵など大した障害ではない。つまりワイルドさえどうにかできれば神奈の力で脱出可能になる。
「ワイルドが視察から帰ってくれさえすれば可能だろう。でもより確実なものとするために待ってくれないか。……俺はこの近くの村の住民だったんだが、帝王軍に捕縛されなかったやつらは必ずいる。そいつらが助けに来たときに俺達も動けばいい」
「仮に助けに来たとして、ワイルドが残っていたらどうするつもりだ。そいつらはそんなに強いのか?」
近くの村というならホウケン村しかない。神奈は入ったことがないので分からないが、エミリーという少女にだけは会っている。相当な実力を持っていたエミリーでも神奈の見立てではワイルドに敵わない。村人全員がエミリーレベルなら勝率は高いだろうが期待は出来ない。
「強い。少なくとも三人、強いやつがいる。まあかの四神将が相手ではどうなるのか見当もつかないがな」
「……ずっと気になってたんだけど、四神将ってのはなんなんだ? 帝王の手下ってのは分かるんだけど」
「まったくお前はどこの田舎者だ、今時知らないなんてありえないぞ。説明はしてやるが、まだ石を運び終わってないし運びながら話そう」
内心やらかしたと思って、神奈は迂闊な問いを投げかけたことを悔やむ。
未来から来たのだから当然、この時代のことなど知りもしない。それでも相手に合わせて常識くらいは把握している風にしなければいけなかった。常識を知らないというだけで余計な疑念を抱かれることも可能性としてあるからだ。
「帝王と名乗る男が現れたのは十年程前。正確にはその前から活動していたんだろうが、世に知られたのはそれくらいだな。世界の国々の中でもトップクラスの国力を持つアモルカが陥落したと、当時は世界中に連日報道されたものだ」
(アモルカ……アメリカか?)
二人は地下通路に残っている袋を取りに行き、地上に持ち帰ってはゴミ処理場に捨てる。それを往復して繰り返す。
「侵略は続き、今では世界の八割程が帝王の支配下にある。ここら一帯も最近侵略された」
「最近? あんな立派な城まで建ってるのにか?」
「……分からないんだ。いつ、どうやってあんな城が建ったのか。まるで魔法のように突然現れたとしか言いようがない」
魔法のように、というか実際に魔法だろう。しかし神奈は大きな城を丸ごと瞬間移動させる魔法に心当たりはない。今のところは帝王自身か、その配下か、誰かの固有魔法という線が濃厚だ。
「話を戻すが……帝王に挑んだやつは数知れず。世界中の軍隊が動いたがたった一人に潰された。帝王自身ではなく、帝王に惹かれて人類を裏切った愚者にな」
「もしかしてそれが?」
「ああ、後に恐られらる四神将の一人――パンサー。そこから徐々にやつらの仲間になりたいという者達が増えていき最強の軍が出来上がってしまった。理由は様々だろう。金、地位、色恋、自由、何を思ってやつの仲間……いや手下になったのかは本人以外分からない。まあとにかく、今では地球上で帝王軍をどうにかできる者など存在しないとすら言われている」
パンサー。帝王城で神奈も邂逅した剣士。
実際に会って話をしてみた感触は悪いものではなかった。極悪非道の怪物だったなら問答無用で叩き潰すのだが、神奈にとってパンサーは悪者のイメージと結びついていない。
「四神将ってやつら、名前からして四人だろうけど全員知ってるのか?」
「無論だ、名前くらいならな。まずはお前も知っている、支配下にある地域の奴隷達を暴力という恐怖で縛る役目を持つ――ワイルド。この世界で五本の指に入ると言われている大魔女――バーズ。最強の剣士と謳われる――パンサー。そして侵略の貢献度は四神将一と噂されている謎の人物――スカル。これら四人がいる限り、帝王の元には誰も辿り着けない」
神奈が知らないのはバーズという魔女、そして正体不明のスカルの二人。侵略と聞けばトルバ人のことを真っ先に思い浮かべるが、自分から帝王の仲間になった以上進んでやっているだろうことは間違いない。トルバ人、レイ達のように理由があるなら神奈も助ける価値があると思うのだが。
「奥さんについては?」
「は? いや、いるわけないだろう。帝王が妻帯者なら俺はなぜ妻帯者じゃないんだ」
(……アイギスさんのことは周知されていない。わざと情報規制しているのか?)
そうして話しているうちに袋の運搬は終了した。
終わってみれば昼食のための昼休憩に少しはみ出してしまった。急いで昼食をとらなければせっかくの休憩時間がなくなってしまう。
奴隷専用休憩施設に戻った神奈達は再び広間にて行列に並ぶ。朝食と同じで昼食も黒いドレスを纏う女性二人が給仕係となっている。
多少疲労したため汗を掻いた神奈は額の汗を手で拭う。こんな状況でなければ労働してからの食事は美味しいんだろうなあと思っていたところだ。しかし、いざ自分達の番が回ってきて竹籠の中身を見たとき、クロワッサンではなくフランスパンが積まれていたため気分が沈む。クロワッサンでなかったからではなくて、昼食もパンであるのが理由である。
「ははっ……一個か」
しかも量は朝食と変わらずパンと水の一セット。思わず渇いた笑いが出てしまうのも無理はない。
神奈もかつて飢えた経験が宇宙にてある。惑星ザンカーという場所で三日間水しか飲まなかったときと比べれば、食糧があるだけここがマシなのは確かだ。精神的な負担がなくなりはしないが。
「神奈、あれを見ろ」
「……あの人、さっきの」
キリサメの視線を追った神奈は、奥の壁際で一人、床に腰を下ろしている女性がいるのを見つける。その女性は今日兵士達に怒りを抱く原因となった人物だ。
硬いフランスパンを力なく、小さな口で齧る女性の元に二人は向かう。
「あの、さっきぶりですね」
「あ、ああ、先程の……その節は心配してくださってありがとうございます。午後もお互い頑張りましょう」
弱々しい笑みで告げられた言葉に神奈達は胸が苦しくなる。肯定しようものなら、怪我をしている彼女に頑張ろうと言っているも同義。結局悲し気な顔をすることしか二人には出来なかった。
女性がフランスパンを齧る様を数秒眺めていると、空気を読むことのできない腹の虫がぐううぅ~と大きな音を立てる。少なくとも自分でないことを理解している神奈はキリサメを見やるが、首を横に振って否定される。一応神奈自身も疑われていると思い首を振って否定しておく。だがここで二人は女性の方へと同時に視線を向け、赤らめた顔を軽く俯かせ両足でもじもじしている姿を捉えた。
「ごめんなさい、ご迷惑、でしたよね……。みなさんお腹が減っているのは変わらないのに、こんな音聞かされたら……」
「空腹で腹が鳴るなんて誰でも同じですよ。でもそんなにお腹減っているんじゃ午後も大変でしょ。これも食べていいですよ」
迷うことなく神奈は――フランスパンを半分に千切って差し出す。
キリサメは目を疑う。自分も奴隷で、食糧を制限されていて、それでもなお他人のために分け与えられるのかと本気で驚愕する。午前の作業中に女性の手を診たとはいえ、キリサメはそれ以上のことをするつもりはなかったのだ。休んだ方がいいと告げるだけで、神奈のように食糧を分け与えたり、兵士を殴り飛ばそうだなんて考えもしていなかった。無意識のうちに選択肢を除外してしまっていた。
そしてキリサメは気付いた。自分を善人だと思うことは傲慢で、最初からか、奴隷生活で精神的に疲れていたからか、今キリサメという人間は善人の皮を被っているだけにすぎなかったのだと。今の自分が偽善者であるのだと初めて自覚した。
「そんなっ、あなたの分が少なくなる……気持ちは嬉しいけど悪いですよ」
「私はここに来たばっかりだしまだまだ大丈夫です。でもあなたは違うんでしょ、弟のために働くならしっかり食べないと」
女性の瞳が揺れる。ごくりと口内の涎を飲み込む。
会ってまだ半日も経っていないし、互いの名前すら知らない浅い関係。それでも手を差し伸べてくれる神奈のことは救世主か何かとしか思えない。純朴な厚意に甘えるわけにはいかないと頭では分かっていても、痛みすら訴える空腹のせいで半分のフランスパンから目が離れない。
「……いいん……ですか?」
「もちろん。ああこのままじゃ硬いだろうし、水でもかけ――」
「貰います……!」
あろうことか貴重な水分を消費しようとした神奈の言葉を遮り、差し出されている半分のフランスパンを取って口へ運ぶ。
確かにフランスパンは硬い。水でもかければ少しは食べやすくなるだろう。だがそれでは神奈という恩人への罪悪感が、ただでさえ恵んでもらうことに抱いているのにもっと増大してしまう。
硬いフランスパンを慌てて齧り、勢いに任せてあっという間に食べ終わった女性は最後に水を飲む。水の入ったペットボトルを元々置いてあった床へ戻して、立ち上がる。
「ありがとうございました……! いつかこの御恩は必ず返します……!」
深く頭を下げて女性は感謝の意をはっきりと伝えた。
今のままでは何も返せないだろうが、弟を解放してもらってからゆっくりと返せる何かを探そうと決意する。
「い、いや、いいですって。それよりも弟さんのために頑張ってくださいね、応援してますから」
「はい、あなたの恵は無駄にしません」
頭を上げてそう告げた女性の表情には少し活気があった。そしてその女性は最後に軽く会釈して去っていく。
見送った二人は自分のフランスパンを食べ、水を飲み、さっさと昼食を終える。
「よし、戻るか」
そう声に出して歩き出した神奈の背を見て、キリサメは軽く笑みを浮かべて付いていく。




