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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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313 採掘――酷い環境なんて当たり前――


 奴隷生活二日目。早朝。


 睡眠で疲労を癒やすため早くに眠った神奈は気持ちのいい朝を迎え――られるわけがない。

 枕も布団もなく、薄い藁のシートの上で大人数の雑魚寝。硬い床の感触が不快感を与えるのに、さらに隣に寝ている見知らぬ誰かの腕や脚が攻撃してくる。何度も寝ては起きてを繰り返し、結局昨日神奈はよく眠れなかった。

 眠そうに両目を擦る神奈の元にキリサメがやって来る。神奈と違って熟睡したように爽やかな顔であった。


「おはよう、よく眠れたか?」


「よく寝れたと思うか? あの環境で」


 男女共用ということにも驚かされたが、一番驚くべき事実は部屋内の区切りがないことだ。これではまるで異性同士がふしだらな行為をすることを望んでいるかのようである。聞き間違いだとは思いたいが、神奈は昨日女性の喘ぎ声のようなものを聞いてしまった。苦しそうでもどこか色っぽい喘ぎ声を。


「無理もない、いきなりこの部屋に放り込まれたんだからな。まだまだ分からないことがあると思うが先輩の俺を頼りにしてくれ」


「奴隷の先輩ってなんか嫌だな……」


「そう言うな。ほら、朝飯を取りに行くぞ」


 ボサボサの髪を整える暇もなく、神奈は「えー、まだ髪の毛が」と不満気に言いつつキリサメに付いていく。

 すでに部屋にいた大半の者は朝食を受け取りに行っているのだと、部屋内に残った人数を見て神奈は推測する。その中には神奈と同様にボサボサに乱れた髪を手で直そうとしている女性がいた。色々覚えることがなければ直していたのにと神奈は心の中でぼやく。


 部屋を出てみれば、人間が横に三人くらいしか並べない狭さの廊下。

 神奈とキリサメは二人並んで、前を歩いている者達に付いていく。全員この時間帯なら目的地となる場所は同じだからだ。


「キリサメ、朝食って何が出るんだ? 黒焦げのパンとか?」


「お前な、そんなもの出すわけないだろう。どうしてそう遥か昔の考えなんだ」


 少し歩いていくと広間が存在し、左奥に向かって行列ができている。なんの行列かというのは言わずもがな。

 行儀よく行列に並んで順番を待つ。行列を作っているのは同じ身分の奴隷達。全員とまではいかないがかなり多くの人間の表情が死んでいる。

 それから待ち続けて、神奈達の番が回ってくるまで四十分。非常に長く待つ原因となったのは、表情の死んでいない人間が「量が少ない」や「もっとくれよ」などの文句を言っていたからだ。傍迷惑な連中だと思いつつ神奈は苛立った声をシャットアウトしていた。


 自分達の番になったので神奈は食事の提供場所を眺める。

 給仕だろう女性二人が鬱陶しそうな目を向けている。そして黒いドレスを纏う給仕二人は人差し指を一本立てた。


 初回利用の神奈は分からずに首を傾げるが、キリサメは「そうか」と呟き手を伸ばす。その先には美味しそうな見た目の現代でもよく見たパン――クロワッサンが山のように入った竹籠と、水の入ったペットボトル。それを一個ずつ取ってからキリサメは「真似しろ」とだけ告げてくる。

 先輩が真似をしろと言うのならするしかない。神奈も同様にクロワッサンとペットボトルを一個ずつ手に取り、声もかけず列から離れていくキリサメを歩いて追いかける。


 広間の隅に移動したキリサメは「分かったか?」とだけ訊ねる。


「このクロワッサンと水が朝食か。おそらく立てた指は個数だよな」


「正解、よく覚えておけよ」


 軽くそう告げたキリサメはクロワッサンを一口齧り出す。つられて神奈も齧ってみると異常に気付く。

 柔らかそうな見た目なのに――クロワッサンがフランスパンのように硬い。そして土でも食べているかのようにあまり美味しくない。


「なんか、私の知っているクロワッサンじゃないみたいだわ。なにこれ」


「正真正銘クロワッサンだ。材料を入れれば自動でパンを作れる機械というのが十年程前に流行ったが、それを使用しているんだろう。あれは今お前が食べている物のように粗悪品が生成されるパターンと、俺が食べている物のように普通の物が生成されるパターンの二種類があるからな。しかも粗悪品の確率はかなり高い……今日はラッキーだ」


「もしかしてこっちの水も……?」


「いやこれは普通にただの水だ。まあ水だしそこまで美味しいもんでもないがな」


 不味いクロワッサンを齧っては水で流し込む。そうすることで神奈はなんとか朝食を終えた。

 美味しくない朝食の確率が高く、しかも量が一個だけなら文句の一つも言いたくなるだろう。神奈は先程傍迷惑な連中だと内心罵った者達に心で謝った。



 * * *



 朝食後は午前八時から午後六時までの労働が待っている。途中に休憩があるとはいえ重労働なので初心者は体力が持たず、倒れてしまうことが多い。しかし神奈は体力は少し多い程度でも超人的身体能力があるためなんとかなる。現にもうすでにある程度働いたのに汗一つ掻いていない。


「ふぅ、キリサメ、もう三時間は経ったかな?」


「いやまだ三十分くらいだな」


「……あれぇ?」


 休憩施設の外に用意されていた人数分のつるはしと、頭に装着するヘッドライト。いくらでも替えが利く安物のつるはしを手に取って、地下通路となる暗穴(あんけつ)で壁や下へと振るう。ひたすらそれを繰り返して、貴重な鉱石が出てきたなら兵士の元へ、そうでないクズ石ならゴミ処理場へと運ばなければならない。どちらにせよ溜まったら一度地下通路から出なければいけないので面倒な作業だ。


 地下通路はどんどんコロッセオのような建物から離れて、横になったアリの巣のように掘り進められている。地上の景色など見えるはずもないので奴隷達は自分がどこを掘っているのかも分からない。

 神奈は再びつるはしを振るい壁を穿つ。そして周囲に兵士の存在がないことを確認すると、隣で汗水垂らして熱心につるはしを振るっているキリサメへ話しかける。


「なあ、逃げようとか考えなかったのか」


 硬い石壁をつるはしで叩くカンッという高音が止まらない。練習していない下手なバンドチームの演奏のように統一されていない騒音。キリサメの手が一瞬止まったが、結局すぐに作業を再開して喧騒に加わる。


「最初はっ、考えたさっ。だがなっ、ここは硬いな……またつるはしが何本も犠牲になるかもしれない」


「おい急に仕事について話すな。普段より硬い地盤にでも当たったのか?」


「お前も話しているじゃないか。まあそんなところだ、こういう場合は強引かつ地道につるはしで叩いて削っていくしかない。少し前にも似たような場所があって、そのときはつるはしが二十本も犠牲になった」


 地盤にも比較的柔らかめのものと、硬いものが存在している。今神奈達が直面しているのは全体の中でかなりの硬度を秘めるものだ。

 聞いていてつるはしが勿体ないと感じた神奈は妙案を思いつく。ただのつるはしで突破が困難なら、そこに魔力を込めればいい。魔力が込められた道具は数倍、数十倍の効力を発揮するので効果的だろう。


「ちょっと私がやってみる」


「これは相当な力の持ち主が数十人必要になるんだぞ。見るからに弱そうなお前では無理だ」


「失礼だなおい、まあちょっと黙って見てろ」


 神奈は持っているつるはしに自身の魔力を流し込む。淡く紫色のオーラを纏ったつるはしを振るうと、通常のつるはしでは歯が立たないはずの硬い壁をまるで豆腐でも抉るように削った。その光景にキリサメは目を見開き、神奈はどうだ見たかと言わんばかりにドヤ顔で隣を見やる。


「す、素晴らしい、これこそまさに……おうごんのつるはしだ」


「はい? なに、おうごんのつるはし?」


 意味不明な名前が出てきて神奈の顔が一気に困惑に染まる。


「その昔、とある洞窟内で大きな岩が道を塞いでいた。その岩は爆弾ですらびくともしない強固な岩だった。しかしそれをたったの一振りで破壊した道具があった……それがおうごんのつるはしだ」


「思いっきりこれただのつるはしなんだけど」


「よかったですね神奈さん、天職が見つかったようです」


「私の天職ってこれなの!?」


 さすがにずっとこの仕事をするのは嫌だと神奈は思う。ただ腕輪の言うことは正しくもある。超人的な身体能力を持っているなら、この世の誰よりも肉体労働の仕事に向いていることに他ならない。


「うっ、いったっ……!」


 真剣に将来の仕事について考えようとした神奈の耳に苦しそうな声が聞こえてくる。

 ほとんどカンッという喧騒に呑まれているが、声の方向では一人の女性がつるはしを落としてしまっていた。手を押さえていることから作業に支障が出るレベルで痛むことを神奈達は理解する。


「あの、大丈夫ですか?」


 思わず駆け寄った神奈達に女性は「だ、大丈夫です」と弱々しく答えて、落としたつるはしを拾うと再び「いつっ」と声を上げて落としてしまう。


「どれ、見せてみろ」


 見ていられなかったのかキリサメが女性の手を優しく握り近くで診る。女性の右手首上辺りが赤く腫れていることが覗き込んだ神奈にも分かった。


「医者ではないが多少は分かる、これで作業は無理だろう。おそらく腱鞘炎か? こんなに腫れるまでよく我慢出来たものだな。今日は休んだ方がいいぞ」


 女性は「だ、だめっ!」と叫んで手を振り払う。


「働かないと、働かないと、働かないと弟が……弟が殺されちゃう」


「弟……? 殺される……? おいキリサメ、どういうことだよ。この場所ってそんな酷い場所なのか? 奴隷のことを一応考えてるんじゃないのかよ?」


 少ないとはいえ食事も出され、休憩時間もある。一日ぶっ通しで働けと言われることもなく決まった時間だけ働いていれば問題ない。神奈の奴隷知識よりも相当楽な環境だというのに、震えながら「弟が殺される」と呟く女性がいることは受け入れ難い事実だ。


「……まあ昔よりはの話だからな。奴隷は奴隷、酷い環境なんて当たり前だ。弱者は強者に服従するしかない自然の摂理さ。おそらく文句を言ったり反抗して牢屋に入れられたんだろう」


「……弟は、弟はただ、体の弱い私の仕事を手伝っていただけなんです。でも私が楽をしたと決めつけられて……元凶として手伝った弟が牢屋に……。確かに反抗しましたけど、弟は、何も悪くない。元凶なんてどう考えても私なのに……。でも、私が働けば解放するって……だから……」


「なんだよそれ、ふざけてんのか……。よし、私が兵士全員ぶっ飛ばしてくる」


 事情を聞いた神奈は腸が煮えくり返るように憤慨する。

 待遇がそこそこいいなどと神奈自身が勝手に抱いた幻想だったのだ。この場所は、管理体制は、深いところまで見れば心底嫌悪するほど悪質だ。奴隷だから仕方ないのかもしれないが、人間を見下して蔑んで好き勝手にしていいわけがない。

 兵士達を殴り飛ばそうと、怒りで我を忘れて歩き去ろうとしている神奈の腕を慌ててキリサメが掴む。


「バカやめろ、死にたいのか……!」


「放せよキリサメ。あの人はあんなに頑張ってるんだぞ。理不尽に囚われた弟を救うために、あんなに頑張ったんだ。なのに私に見てみぬフリしろっていうのか?」


 振り返った神奈の表情は無だった。何もない虚無。怒りを通り越して呆れたなんて言葉があるが、今の神奈も同じように怒りすぎていた。

 うっと息を呑んだキリサメは女性を見やる。もうすでに女性は苦しそうな表情でつるはしを拾って壁を掘り進めていた。確かにキリサメも慷慨せずにはいられないが、逆らえば、歯向かえば、話に出た弟と同じく牢屋行きか罰を受けることになる。何より問題なのは――


「怒っているのは俺も同じだ……! だがな、この採掘場にいる兵士全員が敵に回ることになる。それに今はあの四神将の一人――ワイルドが視察に来ている。何か問題を起こせば確実に葬られるぞ!」


「……ワイルド」


 自信過剰ではなく神奈はそれなりに強い。兵士全員を敵にしても問題なく勝てるくらいには強い。しかしワイルドという男とも戦うとなれば苦戦は免れない。一度気絶させられているからこそ自分と同等かそれ以上だと理解しているのだ。

 ――もし負けてしまえば何も守れない。


「……分かった、今は大人しくしておく。でも悪い、いつ爆発するか自分でも分からない」


「それでいい、今はな。さあ俺達は自分の作業に戻るぞ」


 息を切らしながらつるはしを振るい続ける女性を背に、心に燃え盛る炎を閉じ込めた神奈達二人は自分の持ち場へと戻っていった。


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