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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十五章 神谷神奈と破壊の帝王
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309 悔恨――あの時の気持ち――


 眩い光に包まれて、本来なら加護で問題なかったはずの目を瞑る。

 体感時間にして数秒。どういう原理か理解できないが、現在の神奈は遥か過去の時代へとタイムスリップしてしまった。――パンダレイという機械人の犠牲によって。


 白光の収束後、神奈は瞑っていた両目をゆっくりと開ける。

 場所が変わったかと思えばそうではない。現代で調査に来ていた遺跡と景色はなんら変わっていない。変化はパンダレイがいなくなっていることくらいなものだ。


「……神奈さん、大丈夫ですか」


 腕輪からの問いかけに神奈はすぐ答えない。

 現状を理解しようと頭を回転させ、脳裏にチラつくパンダレイの崩壊。認めたくない現実が襲ってきて思考を停止させることを何度もはさみながら、神奈はようやくここがどこなのかを理解して受け入れた。


「……過去、か」


「ええ、どうやらそのようです。現代より遥か古の時代。時空超越機能はさすがの私も搭載されていませんね」


「どうして……」


 ボソッと呟いた神奈に「はい?」と腕輪が不思議そうに話す。


「どうして私は……守れない。どうして私は何かを失う」


 海梨游奈。大塚誠二。そしてマテリアル・パンダレイ。

 知り合って時間があまり経っていないとはいえ確かな絆が生まれていた。しかしそれを失うときは全て一瞬だ。そして失ってからは喪失感や後悔の念に苛まれる。


「なあ、なんでだ。私って強いんじゃないのかよ。魔法だとか加護だとかあるんだろ、チートみたいな身体能力だってあるんだろ。……なのにどうして……守れなかった?」


 神奈は俯いていて、光のない瞳はどこも見ていない。

 かつてないほど深刻な状態であると思った腕輪はどうにかしようと口を回す。


「か、神奈さんは十分強いですよ。いやほんともう十分でしょ」


「なら、どうしてあいつらは死んだ……? 私がいたのに、私が守れる場所にいたのに、なんで結果として失っているんだ」


 問題の核となっているのは強さ云々ではなく、死から救えなかったこと。

 誰かが死んだ原因が全て自分にあると思っているズレた思考。神奈の心情を察していた腕輪は少し前からいつこうなるかヒヤヒヤしていたが、ついになってしまった。――心が壊れかけてしまっている。


「やっぱり私は加害者でしかないんだ……前世も、今世も。誰かを守ることなんて出来ないのに調子に乗っていたんだ……」


「そうですね、調子に乗りすぎです」


 肯定されると思っていなかった神奈は「……え」とだけ口から零す。

 こうして意気消沈し、卑屈になってしまった神奈が求めていたのは肯定ではない。そんなことを言われれば、自殺志願者が自殺の後押しをされたように戻ってくる道を失ってしまう。神奈はただ、甘えだと思われるかもしれないが慰めてほしかっただけなのだ。


「いつからそう思っていたのか知りませんが、神奈さんは困っている人を誰でも救えるスーパーヒーローじゃないんですよ。誰でも助けられると思っていたのなら、傲慢ですねとしか返せません」


 慰藉(いしゃ)の言葉が来ると無自覚ながらに思っていた神奈は唖然とする。

 腕輪のことを普段邪険に扱うことが多いとはいえ、一番の理解者であると信じて疑わなかった神奈は一気に裏切られたような気持ちになった。


「今まで助けられなかった人なんてわりといるじゃないですか。神奈さんが救える人達なんて総人口のちょこっとだけなんですから、全員救うなんて虚言にしかなりえませんよ」


「……だな、私は所詮クズのまま」


「でも助けられた人は多くいます」


 友人達のことを思い出し、ハッとした神奈は腕輪を見る。

 今まで遭遇した事件のなかで神奈は何人助けてきたのか。余計なお世話に終わったこともあるだろうが、もしも神奈が動かなければ酷い結末になってしまうこともあっただろう。最低でも現代で神奈の周囲にいてくれる者達が神奈に助けられた証拠となる。


「それでいいんじゃないですか? 神奈さんは手を差し伸べるべき相手に差し伸べています。もう十分に誰かを助けていると思いますよ」


「でも、それでも……! あのとき私が何かもっと引き留められるような言葉をかけていれば海梨は……死なずに済んだ……はずなんだ」


「分かっていますよ、あのとき神奈さんがもっと何か言っていれば助けられたかもと自分を責めていることは。……でもね、ほとんど言葉が出てこなかったとしても神奈さんは悪くないです。むしろ洋一さんが言っていた通り全力を尽くしたと思います。そこまで一人で抱え込む必要なんてありません。一人だけが責められるなんてあってはいけないんですよ」


「……パンダレイも、死んだ。私が何も出来なかったから……私が何も考えずに了承したせいで、死んだんだ」


「パンダレイさんはまだ死んでいませんよ」


 自分のシステムによって崩壊したとばかり思っていた神奈は再び「……え」とだけ零す。


「霧雨さんの元へ行けば直してくれるはずです。損傷を受けたといってもパーツさえあればパンダレイさんは問題なく蘇るでしょう。きっと才華さんあたりが連絡してくれるはずです」


 実際のところ、腕輪が喋っているのは全て憶測にすぎない。

 マテリアル・パンダレイという古代に作られし機械人。その作り方、パーツ、機能などを腕輪はほとんど知らない。もしかしたら無事かもしれないし、もしかしたら損傷が酷すぎて直らないかもしれない。結局、全ては神奈のためを思って吐いた嘘にすぎなかったのだ。

 もしも帰ったときにパンダレイが死んでいたとすれば神奈がどうなるか腕輪には分からない。とりあえず低いだろう確率の無事を信じておくしかない。


「……そっか……そっか。あいつ、助かるんだ」


 僅かに笑みを浮かべた神奈に腕輪は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「さあ神奈さん、神奈さんにはやるべきことがあるでしょう?」


「……そうだな、せめて引き受けたんだからしっかりやらないと」


 ようやく神奈は部屋を出ていこうとする。パンダレイの頼みを引き受けたのだからじっとしてはいられない。


「ああそうだ神奈さん、私も救われた一人です。感謝はしているんですからね」


 笑みを深めた神奈は「……私もだよ」と呟き、右手首にある腕輪を左手で撫でる。べたつきがない滑らかな触り心地を堪能しながら神奈は現在いる建物を探索することにした。



 * * *



 現在神奈がいる建物は現代と変わらない遺跡。

 直前まで調査していた場所なので道も憶えている。時代を遡ったはずなのに何も変化がない場所に違和感を覚えながら進んでいると、右側にいくつもある扉のうち一つから人間が出てきた。

 過去だというわりに出てきた男性はしっかりとした服を着ている。古代の人間の服装などデリケートゾーンに大きな葉をつけているくらいか、そもそも何も身に纏っていない裸族的なものかと思っていた神奈にとって衝撃的な事実だ。まさか単色のデザインとはいえ布の服を着ているとは思っていなかった。


 そして人間がいると予想していなかった神奈は高速で頭を回転させる。

 まず人間がいたのならこの遺跡はまだ遺跡ではなく、使用されている誰かの家のようなものだろう。いくつも生活していたと思われる部屋があることからアパートのような集合住宅の可能性が高い。そしてその場合、神奈は――不法侵入者である。

 この結論まで達するのにかかった時間は一秒に満たない。


「今誰かいたような……まあいいか。はぁ~警備当番かったりぃ~」


 なんとか神奈は天井に張りつくことで危機を回避した。なお張りつく方法は魔法ではなく指の握力である。


(警備……ここって何か重要な建物なのか? ただの遺跡じゃなかったっぽいな。さて、なんの情報もないけどここがホウケン村でないことは私でも分かる。パンダレイの言っていたホウケン村とやらはどこにあるんだ?)


 欠伸をしていた男性がいなくなってから神奈は床へ下りる。大きな音を立てればバレてしまうのでなるべく音は殺した。


「この場所、なんだか怪しいですねえ。神奈さん、一度外に出る前にこの建物内を調べていったらどうですか? 何か重要なことが分かるかもしれません」


「一理あるな、せめてここがどういう場所なのか調べてから出るか」


 そうして神奈は建物内の探索を続けることにした。

 パンダレイと一緒に通ってきた道にある複数の扉。誰がやったのか行儀の悪いことに開けっ放しになっている場所があった。部屋内を覗いてみれば朽ちていた家具類は新品同然。こうやって生活していた誰かが現代ではいないと分かっているとほんの少し寂しい気持ちになる。


 才華達と別れた十字路にまで行くと、どの道に進もうか悩んでから直進することにする。言わずもがな才華達が進んだ道だ。

 罠がある可能性も考慮して慎重に進んでみたが何もない。罠どころか部屋すらない。せいぜいガラス製の小さな窓があるくらいで変わったものはない。


(あれ、でもおかしいよな。さっきの男の服といいこの窓ガラスといい、過去なのか疑わしいレベルで技術が発展しすぎてないか? 言葉も普通に意味が分かるし。なんだろう、私の考えすぎならいいんだけど……)


 過去といえば技術水準が低いのが普通だと神奈は思っていた。……というか実際そうでなければおかしい。だというのにこの時代はまるで現代とほとんど同じ。いやパンダレイのような機械人を作り出すレベルとなれば技術水準は現代より上だろう。

 言語に関しては謎だが日本語が使われているのは確かだ。なぜ遥か昔に日本語が存在しているのか神奈には分からない。


 それから探索を続け、再び分かれ道を右に曲がって直進。

 神奈の視界には一つの扉が入ってきた。床や壁と同じ材質で作られているであろう扉に近付き、ドアノブに手をかけてから一旦どうするべきか考える。


(この部屋、見るべきか……? でも中に誰かいたら見つかることになるしな……余計な面倒は避けたいところだけど。なんだろう、妙にこの扉が、この扉の向こうが気になる……)


 リスクだけが大きく、リターンは不明。

 この扉の向こうに何があるのか分からない以上、不用意な行動は慎まなければならない。もちろん神奈もそれは理解しているのだが、先程から扉を見ていると不思議と開けたい気持ちになるのだ。まるで何者かに急かされているようにさえ感じる。


「……誰かいるの?」


 女性の優しい声が扉の向こうから聞こえて――神奈は気がつけば扉を開けていた。

 自分でも自分の行動が分からずに「あれ?」と声を漏らす。本当に無自覚で体を動かして扉を開けていたのだ。


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