321 解放――おいでよ、ホウケン村――
※前書きは飛ばしてオッケー。
いやすみません。~のあったサブタイトルをなくしました。元々は付いてなかったし、最近は長いタイトルの作品も減少傾向にありそうなので合わせてみました。
神谷神奈と不思議な世界。シンプルでいいと思うんですよね、前よりかは。前のサブタイで身体能力チートとか、ろくな魔法が使えないとかありましたけど、この物語全体を言い表せてはいませんでした。
やっぱり旧旧タイトルにして現タイトル【神谷神奈と不思議な世界】というのが自分的にはしっくりきます。
下手なサブタイつけても本編内容を表せないですしね。そして改めて、長文タイトルつけてる人達やっぱすげえって思いました。自分には無理だ、グッバイ長文タイトル。
夜、採掘場にいる奴隷達に吉報が届く。
帝王の配下の中でも強大な力を持つ四神将の一人、ワイルドが死亡したという知らせ。最初は奴隷達も、戦意喪失している兵士達も信じられない様子だった。しかし徐々に現実を受け入れ始め、奴隷達の表情が死んだものから生きたものに変貌していく。
兵士達は動く様子すら見せないので奴隷達はいつでも脱走出来る。
元気に跳び回ってはしゃぐ者。喜色満面で近くの人間と笑い合う者。もう働かなくてもいいのだと理解して随喜の涙を流す者。近くの人間と手を取って踊り出す者。それら以外にも奴隷達は様々な反応を見せた。
一人、また一人と採掘場を出ていく中、兵士達も正気を取り戻した。
兵士達もこのままでは処罰を受けるだろうことは想像出来ている。だから全員が――逃走することを選択した。ワイルドと違って帝王への忠誠心など欠片も持っていなかったようである。
「奴隷採掘場の最期か。こうしてみれば呆気ないものだな」
星空の下で呟くキリサメの言葉に神奈は「そうかもな」と同意する。
まだ採掘場に来て一か月も経っていないが色々あった。その色々も終わってみればあっという間だったなと神奈は思う。
終わりというものは、来てみればいつも呆気ないものだ。
「お前はどうするんだ? 故郷に帰るのか?」
神奈がそう問いかけた相手はエイル。彼は戦闘の余波で気を失っている姉アリアのことを背負っており、どこへ行くこともなく神奈達の傍に残っている。
「正直、ここから故郷に帰省しても意味があるのか分からないんです。どうせ俺達の家は帝王の進軍により破壊されているでしょうし、姉さんもこんな状態ですしね。それに、世界は帝王の支配下のままで、安住の地なんてきっとどこにもない。出ていった人達は解放された嬉しさのせいで理解していないんですよ。それとも、理解していても喜の感情で誤魔化しているのかな」
アリアを心配そうに見つめながら話すエイル。
そう、奴隷達は解放されたといえこの世界の有様は何も変化していない。元凶である帝王が存在する限り誰もが怯え続け、いつしか奴隷として再び囚われることだろう。出ていった奴隷達の喜びはぬか喜びでしかない。
「誰もが救いを求めている。それが一時のものに過ぎなくても、たとえ後悔するとしても、奇跡のような一時的な自由を求めていたんじゃないのか」
「そうかもしれないけど、それを一時的な奇跡に終わらせるつもりなんて毛頭ないよ。これは終わりなんかじゃない、反撃の狼煙なんだ。今まで苦しんだ人達が帝王へ反撃する、始まりなんだ」
「――その通りです」
三人の誰かではない高い声が同意する。
神奈達が振り向けば、多くの元奴隷達を引き連れて歩いて来たエミリーがいた。五十人以上の大群なので一つの師団のようである。
先頭にいるエミリーを見てキリサメはその名を呟いた。
「キリサメ、私がここに攻め込んだ理由は奴隷の解放。それは決して自由にさせたいからなどではなく、私達ホウケン村の人間と帝王城へと攻め込むための数を揃えるのが目的です。……まあ、あんな喜ぶ様を見せつけられては心苦しかったので、やはり村の人間が中心となって作戦を行うつもりですがね」
「その後ろの人達は全員ホウケン村の人間なのか?」
多くの褐色肌の人間達がエミリーの後ろにいる。何も知らない神奈が質問すると、エミリーは一度
「ええ」と頷いて肯定する。
村の人間らしい大人達はただならぬ雰囲気を醸し出していた。これから起こるだろう戦争へ並々ならぬ闘気を身に纏っている。
「いいのか? 村人以外の奴隷を逃がしたら戦力半減どころじゃないだろ」
「いいえむしろ余るくらいですよ、あなたという重要な戦力がいるのだから。神奈でしたね、あなたも帝王に反逆する者の一人なのですし、私達と一緒に帝王の打倒を目指しませんか」
「なるほど私も数に入れてたか。ああいいよ、やってやるよ。帝王のしていることは負の連鎖を生み出すし、早めにケリをつけた方がいい。私一人でもぶん殴りに行く予定だったさ」
「ありがとうございます。そして改めて、敵と勘違いして襲い掛かってすみませんでした。今なら分かりますよ、あなたは決して帝王の配下になるようなクズではないのだと」
帝王の配下となる者がそうなった理由はほぼ全員が碌なものではない。帝王の下についた方が甘い汁を吸えるだとか、奴隷にされたくないだとかの考えで対抗する正義を裏切った者達なのだ。自分への被害を減少させる生き方は賢いだろうが神奈やエミリーは真似をしたくないと思う。
エミリーが神奈へと歩いて行き、手を差しだす。
伸ばされた手を神奈はふと笑みを浮かべてから掴む。
「では行きましょう。ホウケン村へ」
* * *
円錐状の家屋が多く存在している村――ホウケン。
人口の半分、ほとんどの大人が奴隷として採掘場で強制労働させられていたが、神奈やエミリーの活躍によって脱出することに成功した。そして夜遅くに傷だらけとはいえ生きて帰ってきたことで、村では夜空の下でささやかな祝賀会が開かれていた。
功労者とはいえ村の者ではない神奈や、部外者のエイル達は参加しづらそうにしているが、村人達は気前よく食事を運んできてくれる。提供された食事については干し肉や木の実のスープなどであり、経済面で苦労しているだろうことを神奈は察する。だがあの奴隷生活で出されたパンなどよりは遥かに良質な食事だろう。
一口、干し肉を齧る。
その瞬間、口の中いっぱいに広がる肉の旨味と強い香り。
正直、神奈は期待していなかった。それでも奴隷生活時代よりはマシだと思い食べてみた結果、三ツ星レストランのシェフも驚愕するだろう異常な味であったのだ。幸福感を生み出す干し肉を全て食べると頬が溶けたかと思うくらいに、旨味の暴力が神奈を襲った。
(美味い……高級料理とか目じゃないくらいに、ただの干し肉が美味すぎる……!)
決して不味いパンしか食べていなかったからではない。出された干し肉自体が、神奈が今まで食してきたどんな食べ物よりも美味しかったのだ。異常すぎる干し肉により幸福に満ちた表情となり、まだ口をつけていない木の実のスープに目を落とす。
料理と呼べるか怪しい干し肉でさえあれなのだ。スープというまともな料理がどれほどの味を持つのか見当もつかない。
少し見つめていたが、意を決して神奈はスープを軽く飲む。
(な、なにぃ!? こ、このスープ! 干し肉の数倍は美味いぞおおお! いったい何をしたらこんな一見普通のスープが世界一美味い物に変わるんだ!?)
ミネストローネやフカヒレスープ、トムヤムクンやブイヤベースなど世界各国のスープ料理を軽く凌駕しているただの木の実スープ。過去の、この時代の料理はこんなにも美味しいのか、それとも本当に世界一美味しい料理でも出されたのか。いや現実的に考えて裕福でない村が世界一のスープなど出せるはずがないのだが。
「あ、神奈、村の料理はどう、です……か?」
上はサラシ一枚、下はミニスカート並に短い腰巻き一枚という過激な服装のエミリーが、村の隅にいる神奈の元へとやって来て――無言で涙を流している姿に少し引いた。
「美味い、美味すぎるよお。なんなんだお前ら、もしかして料理に全てを注いだ一族とか?」
「えっと、そんなもの普通の干し肉とスープじゃないですか。都会に行けばもっと美味しい料理を出す店がありますよ。低級料理でそれ程感動するということは、採掘場の食事がそこまで酷かったのですか?」
「いいやぁ、これに比べれば私が今まで食べてきた料理なんて泥団子と変わらないんだよなぁ」
「さすがに褒めすぎでしょう、怖いですよ。まあ、そこまで言ってくれるなら作った子供達はさぞ嬉しいでしょうがね」
聞き捨てならない言葉が神奈には聞こえた。
子供、と確かにエミリーは言ったのだ。この料理を子供が作ったのだと、確かに口に出して大真面目に言ったのだ。
「これ、子供が作ったの?」
「ええそうですよ。両親が奴隷にされた子供達は多くて、村の人間達は力を合わせて生きてきました。その生活中で八歳から十歳くらいまでの子供達が料理を手伝いたいと言い出したのをキッカケに、段々と料理をその子達に任せるようになったんです。帰って来る両親に食べさせるために一生懸命作ったんですよ」
エミリーの言う通り、まだ小学生くらいの子供達が料理を両親に持って行っており、それを嬉し泣きしながら両親が食べるという光景がいくつも生み出されている。それを見た外野の人間もハンカチ片手に涙していた。
辛い労働と酷い環境で過ごしてきた大人が一番癒やされるのは、解放されて自分の子供や友人などとの何気ない日常なのかもしれない。
「味と親子愛、感動のダブルコンボ……!」
涙の量が倍になって滝のように零れる。感動に弱いわけではないが、未知の旨味により涙腺が緩んでしまっていたためか脱水症状を引き起こしかねない程の涙が出る。
明らかに泣きすぎな神奈にエミリーは困惑して「そこまで泣きますか……?」と呟く。
「エミリー、ここにいたのか」
後ろから掛けられた声にエミリーは振り向く。
「ハヤテ……申し訳ありません、捜させてしまいましたか。これも全て、神奈がこんな隅の方にいるのが悪いと思うのですが」
新しく来た男の声で神奈の涙が引っ込む。
唐突に聞き覚えのありすぎる声がまた飛んできたのだ。頭の中の色々な思考が絡まってうまく纏まらない。だが意識してではなく無意識に、やって来た褐色肌の男を凝視しながら呟く。
「……隼?」