305 新発見――謎の島――
――十一月七日。
日本南東、百キロメートル程離れた海面に浮かぶ孤島。
自然溢れて、誰も手入れをしていない小さな島。その上空をヘリコプターが音を立てて飛んでいる。
側面に【FUJIWARA】と白い文字で書かれているヘリコプター内には、運転手の他に四人の少年少女。
癖のある黒髪を肩付近まで伸ばしていて、男勝りな服装をしている少女――神谷神奈。
このヘリコプターの持ち主で、リュックサックを背負っている黄色い髪のゆるふわパーマの少女――藤原才華。
両目の目元から顎まで伸びた黒い線。鉛色の髪を歯車型の髪留めでポニーテールにしており、百七十五センチメートルと高身長の少女――マテリアル・パンダレイ。
車椅子に乗っていて、茶髪で眼鏡を掛けた優しそうな雰囲気を持つ少年――白部洋一。
なぜこの四人がヘリコプターに乗り、緑溢れるジャングルのような島に降りようとしているのか。――話は単純だ。
まず神奈の元に才華から連絡が来た。新発見した小さな島があるので調査に向かう旨を知らされ、護衛として手伝ってくれないかと要請を受けた。当然友人からの頼みを断るはずもない。そして、偶然神奈と一緒に霧雨家いたパンダレイと洋一も一緒に行くことになったというだけである。
四人を乗せたヘリコプターは徐々に降下していって、木が少なめの開けている場所に着陸する。上空から見た結果、ヘリコプターが止まれる場所はそこ一か所くらいしかなさそうであった。
プロペラの回転が次第に落ち着いてきて、エンジンが停止する。無事降りられるようになったので神奈達は降りていく。
「ここが新しく発見された島か。木ばっかだな」
神奈のいう通り、島には木ばかりが生えている。自然溢れているのはいいことだがほとんど木しかない。
「仕方ないわ。原住民がいるという報告もないし、足を踏み入れるのは私達が二番目のようなものだから」
「確か、藤原さんのお父さんと懇意にしている冒険家の人が見つけたんだよね。その人は調査したりしなかったの?」
「一応危険生物がいるかどうかとかを確かめたらしいわ。結果として分かったことは新種の小動物がいたり、謎の遺跡が存在しているくらいだったみたい。遺跡に入る直前で嫌な予感がして引き返したらしいから内部調査は済んでないようだけど」
洋一の質問に分かりやすいよう才華が答える。そして呼ぶつもりはなかった二人を見て才華は真剣な表情で問いかける。
「それよりも白部君とパンダレイさん、ヘリコプター内でも一度訊いたけど二人は付いてきて本当によかったの? 本当に何が起こるか分からないわよ?」
「問題ないよ。というか、危険があるかもしれないなら心配だし。いくら神谷さんが強いといっても一人で守るのにも限度があるからね」
その洋一の言葉で神奈の頭に夏の海での光景がフラッシュバックする。
『……みんな……ごめんね』
一人では、いや一人でなくても守りきれなかったせいで一人の少女が死んでしまった。軽いトラウマのようになった別れの光景は神奈の心に強く住み着いている。
苦い表情を浮かべた神奈の両手に自然と力が入った。
「そうかもしれないわね、まあ仲間は何人いても心強いからいいわ。じゃあ白部君はいいとして、パンダレイさんはどう? 無理に同行させたりはしたくないから遠慮なく本音を出してほしいんだけど」
「ワタチも問題ありません、むしろ同行をこちらからお願いしたいとマスターも仰っていたので。何か貴重そうなものがあるなら持って帰ってこいとも」
「……本来なら一般人に持っていかせたくないんだけど、霧雨君なら色々調べてくれそうだから特別よ。でも出来ればその貴重なものを手に入れたとして分解とかはやめてね」
「伝えておきます」
パンダレイのマスターとやらが霧雨だと、なぜ才華が知っているのかはヘリコプター内で説明されたからだ。あまり神奈との関係性を知らない才華としては、どうして神奈や洋一と一緒にいるのかが分からなかったが説明されれば納得した。
ただどうして霧雨家に三人が、いやパンダレイは住んでいるので関係ないので二人だが、神奈と洋一がなぜ霧雨家にいたのかは知らない。それに関しては秘密なのか教えなかったのだ。それもそのはず、集まっていた用件は古代の指輪についてなので、知る者を増やさないために極力隠し通すと決めているのだから。
「……それにしても、こういう調査って専門の人達がやるもんだと思ってたんだけど、私達だけでよかったのか? もっとこう、誰かいなかったの?」
開けた場所から森林へと歩きながら、神奈は隣にいる才華へ問う。
新発見された島の調査など一学生の神奈達がすることではないだろう。環境に十分配慮したうえで乗り込む専門の人間、もしくはドローンなどを利用した調査が主である。
「藤原の家って権力が国と同等以上なの。今回はお父さんの知り合いが発見して一番に連絡が来たから……まあ、話を聞いているついでにお父さんが調査をするってことになっちゃって。そのくせ経験だからって私に一任するんだから。本当に困っちゃうわよ」
(なんか今さらっとすごいこと言われたような……)
一家が国家の権力と並ぶ、もしくは超えるなど狂気的な情報だ。実は以前警察機関で藤原家に迷惑をかけた人間がいたのだが、その人間は左遷されている――公園に。もはや警察の一員としてあまり機能していない……というか忘れ去られている者が確かにいるのだ。藤原家が国家以上の権力を持っているというのは断じて冗談ではない。
並び立つ木々の中を進みながら神奈と洋一は戦慄した。
「それで今回の指針なんだけど、一番に調査したいのは遺跡なの。だから今私達は遺跡に向かっているわ」
「発見した人が嫌な予感したから入らなかった場所だよな。死の気配でも感じたってのか?」
「分からない。本人から一応話は聞いているんだけれど……冒険家の勘、としか表現できないらしいの」
「ふーん。まあ、何があっても才華達は私が守るから」
「ありがとう、頼りにしてるわ」
その会話をしている神奈に洋一は違和感を覚えていた。
張りつめている面持ちは緊張か、それとも別の何かか。深く考える必要はないかもしれないがどことなく引っかかる「才華達」という言い方。まるで自分一人で全てを守らなければいけないとでも思っているような、正義感の強すぎるヒーローのような考え方。以前から神奈のそういった思考は理解していた洋一だが、今日は一段と考えが強くなっていると感じる。
洋一が強いということを神奈は知っているはずだ。たとえ車椅子に乗る不自由な身でも、魔力のおかげで立って動いて戦える。その気になれば神奈よりも強いと分かっているはずだ。しかしそれでも「達」と告げたということは、洋一までも守るべき対象と見ているということである。
(いざとなれば僕だって動く。守らなければいけない人達に層別されたとしても戦う。神谷さん、君はもしかしたら今……危うい状態にあるのかもしれないな)
夏の海での一件が洋一の頭によぎる。
(海梨さんの死で一番ショックを受けていたのは一番関わっていた恵じゃない。きっと……君だったんだね)
(洋一さんも気付きましたね。観察力と洞察力に長けているからこそ気付けたのかもしれませんが、それだけよく見てくれているということ。……神奈さん、どうか気付いてくださいよ。全てを背負う必要なんて……一切ないんだってことに)
そして心配しているのは洋一以外にもう一人。神奈のことをいつも見守っている彼女は誰よりも早く気付いていた。
一番身近にある白黒の――腕輪。彼女はいつも神奈の身を案じている。




