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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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302 水操――自由人に導かれ――


 大塚誠二という人間に向けて憎しみの眼差しを向ける人魚姫。游奈が「お母さん……」と呟くなか、神奈は現れた黒幕に向かって叫ぶ。


「おいこらぁ! 玉手箱を押しつけたのはこれが狙いだったんだな! 何が目的だああ!」


「ほぅ……まだ無事な人間がいるとは驚きですね。もしや人間ではないのですか?」


「正真正銘人間だよ! 隣は人間じゃないけど……」


 機械人。元人魚。亀。現在無事な者の中で神奈の周囲には人間という種族が一人もいない。游奈はギリギリ人間と数えてもいい気はするのだが、元々の種族が人魚なので神奈の中ではカウントされない。


「目的でしたね……まあそう遠くない内に分かるでしょう。とりあえず、今私が話すべきはあなたではなく游奈なので少し待っていてください」


(え、私待たされるの? 殴って終わりにしたいのに……)


 黒幕はどう考えても人魚姫以外にありえない。神奈が一発殴れば倒せるであろう相手であるがゆえに早く倒してしまいたいと考えているが、神奈は大切なことを忘れている。玉手箱の白煙が一時的な効力ではなく永遠のものであった場合、戻す方法を教えてもらわなければ地球に住む生物はごく一部を除いて老化したままなのだ。効力を消す方法を知っている可能性がある以上、訊き出してから倒さなければ根本的な解決にはならない。


「私に話……? もしかして誠二のこと?」


「そうです、そこの人間についても関係しています。まあ最初に問いかけておきましょうか。……目は覚めましたか?」


「目が……覚めた……?」


 高所から游奈を見下ろす人魚姫は「はぁ」とため息を吐く。


「玉手箱の煙で老化した姿を見て実感したでしょう、人間と人魚の寿命の違いを。疑似的な恋愛感情とはいえ抱いた相手が老いて死ぬのを見るのは辛いでしょう?」


「何言ってるのよ。私の気持ちはヨボヨボの誠二を見たくらいじゃぜーんぜん冷めないんだから! 偽物の感情なんかじゃない、私は本当に誠二のことが大好きなのよ!」


 隣に倒れている老人となった誠二を抱きしめて游奈は叫ぶ。


「愚かな子、まだ気付かないのね。人間などという野蛮な種族に恋をする人魚などいないのよ。人魚というのはこの世に生まれた生物の中で上位の存在。一人で子孫を残して繁栄させられる以上、恋愛感情など無縁、無意味、無価値。どうしていつまでもそんな生物に固執するのですか、いい加減に目を覚ましなさい。その男も所詮人間、私達よりも下等な存在。母なる海を(けが)す愚かな種族なのですから」


「……らな……せに……! ……知らない……くせに……! 誠二のことをほとんど知らないくせに分かったような口利かないでよ! お母さんに誠二の何が分かるのよ!」


 もっと強く抱きしめる游奈の力で誠二は「ぐええっ」と苦しそうな声を漏らす。少し力を入れすぎたと反省した游奈は視線を移して「あっごめんなさい」と謝罪して力を緩めてから、視線を戻して人魚姫に叫ぶ。


「誠二は全然愚かなんかじゃない、下等なんかでもない! 確かに人間には海を(よご)す人もいるよ、気遣ってくれる人なんてあんまりいないかもしれない。でも誠二はね、捨てられてるゴミを拾ったり、海を汚す人に注意したり色々やってるの。人魚も、人間も、種族だけじゃその人の性格は決まらない。善人悪人いて当たり前、お母さんが嫌悪しているのは悪人でしょ!?」


「違う……違いますよ游奈、私はもう……もう人間という種に対していい感情など持てない。私を残してあっさりと死んだあの人に対しても、決していい感情なんて抱けない。あなたはどうなのです、遠くないうちに死ぬそこの人間に失望しないのですか」


「しないよ、私は。愛する人の死を見届ける覚悟を、私は誠二と生活していくうちに持ったんだ。でもね……誠二が死ぬなら、私も死ぬ。あの世で誠二が寂しくないように一緒にいてあげるんだ」


「……それ程の覚悟を」


 決して揺らがない意思を人魚姫は游奈から感じる。

 人魚姫もかつては游奈と同じくらいに一人の人間を愛していた。だが相手が死んでしまったとき、いつまでも一緒にいたいと思う好意が失意に変化してしまった。寿命が同じだと思い込んで、ずっと一緒にいられるという叶わない希望が砕かれたことが原因だったのだろう。そこから人間を恨むようになった。彼女は恨まなければ愛していた者を亡くした後の虚無から抜け出せなかった。好意とは真逆、自分の気持ちを敵意へと塗り替えることでしか前へ進めなかった。


「では私が人間を滅ぼすとしても、あなたは死ぬというのですか?」


「人間を滅ぼす……滅ぼす!? どういうこと!?」


 唐突に告げられた物騒な言葉に游奈は動揺する。一方、神奈はある程度こういった目的も予想していたので驚きは少ない。


(人類絶滅の危機ってよく起こるな……)


(人間のみということは機械人はどうなるのでしょうか。やはり人間と同じ分類になるのか、それとも見逃してもらえるのか、どっちなのか気になるところですね)


 慌てて訊き返す游奈に人魚姫は冷めた瞳と口調で語る。


「前々から人間は救いようのない種族だと思っていたのです。しかし滅ぼすとなれば自然への影響も出る可能性があるので、寸前のところで踏みとどまっていたのですがね。あの正体不明、唐突にやって来た男性が告げたのです……『滅ぼすのは汝の自由』だと、私の想いを肯定してくれた」


「な、何よ……それ……」


「玉手箱も彼が作り出したもの。まさか私の要望通りの品をすぐ用意してくれるとは思っていませんでしたが、人間を滅ぼすための道具なのですからいいものです。ついでに游奈、あなたを完全な人魚に戻る薬も彼から授かっています。今からでも遅くないのですよ? さあ、私の元に帰ってきなさい」


「……本気で言ってるの?」


 人間という種を嫌っているのは游奈も分かっていた。それでも滅ぼすという思考になる程嫌っているなど知らなかった。しかし恵は人間を悪く思っていない。答えなど訊かれる前から決まっている。


「お断りよ。言ったでしょ、誠二が死ぬとき私も死ぬ。もう私の気持ちは固まってるのよ」


「そうですか、多少期待していたのですが残念です」


 人魚姫がそう返したとき、海水の竜巻から一本の線が伸びる。

 速度が速すぎて光のように見えるそれはただの海水だが、威力は脅威的だ。高水圧で発射された水ならリンゴを簡単に真っ二つにし、水圧にもよるが人間すら殺せる凶器となりえる。人魚姫が放った海水光線も大量の海水を極限まで圧縮した高水圧、それでいて超高速、威力など山を容易く貫通する程になっている。


「えっと、もう待たなくてもいいよな」


 ――それを游奈の前に移動した神奈が素手で、しかも片手で防御した。

 一般人なら腕が丸ごと消し飛んでいるだろうに神奈はなんともない。魔力で強化しているおかげで、皮膚を含めた体の頑丈さのレベルが違いすぎる。


「バカな……触れただけで消し飛ぶレベルの高水圧ですよ……? 本当に人間なのですか?」


「誰を基準にしてるのか知らないけど、私には通用しないさ」


「神奈さん、間違っても私に当てないでくださいよ? 防御する腕にいる私からすればめちゃくちゃ怖いんですからね?」


「分かってるよ。それで腕輪、今のは?」


 魔法とは少し違う気がしたので神奈は博識な腕輪に訊ねる。


「今のは水操(すいそう)。人魚なら誰もが持つ力よ」


「ちょっ、私の解説奪わないでくださいよ!」


 腕輪が説明しようとしたところを游奈が先に説明してしまった。数少ない出番が削られたことで腕輪も怒らずにはいられない。


「はぁ、面倒な人間もいたものですね……」


 予想外に強い者がいたことで人魚姫の口からまたため息が漏れた。


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