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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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301 玉手箱――利用された亀――


 海底に存在する竜宮国から、無事にエムガメに乗って元の浜辺へと帰って来た神奈達。海から砂浜に足をつけたエムガメはゆっくりと歩いていくが、遅いことを知っている神奈達はすぐに降りて周囲を見渡す。

 かなりの時間が経ったとはいえまだまだ日は沈んでいない。時刻は六時近いのでもう少しすれば空も朱く染まるだろう。

 約九時間も海底に行っていた神奈達を洋一達三人が出迎える。


「おかえり三人とも」


「たっだいま洋一いいぃ!」


 笑みを浮かべて近付いて来た洋一に恵が勢いよく抱きつく。

 頬同士を擦りつけて、まるでペットと主人の再会のようにじゃれついていた。


「久し振りいい! 九時間とちょっと振りだね!」


「久し振りっていうほど時間経ってなくない!? ……なあ、大塚君がちょっと傷付いてるんだけど、なんかあった?」


 神奈は多少遅れて近寄って来た誠二と游奈を見て、誠二の体に刃物で斬りつけられたかのような切り傷があることに気付く。軽傷で済ませられるレベルとはいえあちこちにあるので気になってしょうがない。


「まあこっちも色々あってな。お前らがいない間、過去に戦った多胡沢ってやつが仲間を連れてまた襲ってきやがってよ。白部と一緒に戦って追い払ってやったぜ」


「そんなことがあったのかよ。白部君は無傷なんだけど、当然か」


「ああ、あいつめちゃくちゃ強いな。人間レベルじゃねえだろ」


 洋一はその戦闘で拡張された魔力器官の力を使用していない。パーセント解放なしでも、ムゲンの力を借りていればそうそう手傷を負うことはないのだ。今回無傷だったのは相手に魔力持ちがいなかったからというのもあるが。


「恵、そろそろ離れて……あ、パンダレイさんの持ってる箱は? もしかしてお土産とか?」


 じゃれついてくる恵の顔を手で退けながら洋一は問う。

 竜宮国で貰った……というか押しつけられた玉手箱は現在パンダレイが持っている。行くのを拒んだ洋一はお土産を楽しみにしていたのもあって興味を抱いていた。


「それは玉手箱っていうんだぜ」


「エムガメ……まだいたのか」


 のんびり歩いて来たエムガメが解説する。


「なんでも絶対に開けてはダメな箱なそうだ。竜宮国からしばらく離れてたから俺は知らねえけど、中身はいったい何が入っているんだろうな」


「開けてはダメって言われると開けたくなるよね。ほんと何が入ってるんだろう……卵だったりして」


 恵は人魚の産卵を思い出して苦笑する。游奈は元人魚であることから、誠二は関りが深いからこそ理解できたが、洋一は分からずに「なんで卵……?」と呟いた。


「玉手箱……私も聞いたことがないなあ」


「人魚姫の娘なのにか?」


 游奈も知らないことに誠二は目を丸くする。

 竜宮国のトップである人魚姫の娘だというのに知らないとなれば、それ相応に隠されてきたのか、或いは最近作られたのか。


「高速スピンアタアアアック!」


「……ッ!?」


 ――エムガメが回転しながら玉手箱に体当たりした。

 予想外な動きでパンダレイも反応出来ずに玉手箱を落としてしまう。その体当たりした衝撃で蓋がぐらついて、落下すると完全に開いてしまう。


「へへっ、悪いなお前ら! 俺が開ければ姫さんにお仕置きしてもらえるんだ!」


 玉手箱から一気に――白煙が放出される。

 もくもくとした真っ白な煙があっという間にその場を、浜辺を、地球を包み込む。


(煙……ガス? もし人体に有害なら私は加護で平気だけど他のやつらはヤバい。くそっ、あの人魚は胡散臭いと思っていたけど、まさかエムガメの性癖を利用して強引に開けさせるなんて……! 仮にこれが毒とかだった場合はいくら利用されただけでも容赦しないぞクソ亀……!)


「クリアヴィジョンモードに移行。……これは」


(ちょっと待て、加護のおかげで視界は良好。それはいい、それはいいけど……これ、白部君と……恵……なのか?)


 ほんの数秒間だったとはいえ地球を覆った白煙は徐々に消え始める。

 白煙が消失すると景色は元通りになった。――あちこちに老人がいるという以外は。

 神奈もパンダレイもはっきりと見ていた。洋一、恵、誠二の三人がみるみると老化していって七、八十代にしか見えない容姿になっていくのを二人は確かに見た。

 元人魚だからか游奈だけは年をとったといっても二十代後半くらいの容姿である。全く変化がないのは神奈、パンダレイ、エムガメのみ。浜辺にいた人間も、近辺にいた人間も、神奈達以外は確認出来る限り老人と化している。


「どうなって……玉手箱のせいなのか? あの昔話みたいに?」


「誠二! 誠二!? うそ……どうしてこんなヨボヨボに……」


「うっ……ううっ……なん、だって?」


 もはや立つこともできないのか誠二は四つん這いになっており、驚愕して叫ぶ游奈の声に反応したはいいものの聞き取れなかったようだ。

 肉体は見た目だけでなく能力も老人相応になっている。車椅子に座っていた洋一は倒れなかったもののうまく力を入れられずに震えている。


「洋一! どうして洋一までこんなシワシワに……!」


「あれ恵は意外と元気そう!」


 老人は老人でも様々だ。ろくに動けず倒れている者もいれば、恵のようにまだまだ元気な者もいる。

 混乱と困惑しかない状況でパンダレイが動く。恵の右腕を掴むと謎の現象について告げ始めた。


「あれはどうやら老化効果のある煙だったようです。しかしこれだけの異常にもかかわらず魔力反応なし。純粋な科学技術である可能性が大」


「パンダレイさんの言っていることは本当ですよ。魔力反応がないことから魔法関係ではないと思われます。ただ科学でこんなことが出来るとも思えませんが……」


 腕輪の言うことはもっともだ。純粋な科学技術で大規模な老化現象を起こすというのも神奈には信じられない。触れた、もしくは体内に取り込んだせいで老化する煙など霧雨でも作れないだろう。

 今回の異常の原因は玉手箱の中身。それを知っていただろう人物はただ一人――人魚姫だ。

 人魚姫に指示されたらしいエムガメの方を神奈は見やる。


「おいエムガメ、お前はこうなることを知ってて箱を開けたわけじゃないのか」


「し、知らねえよ! 言ったろ!? 玉手箱なんて初めて知ったって!」


 疑いをかけられていると理解したエムガメは、手足をばたつかせて慌てた様子で否定する。

 この状況で一番疑わしいのはエムガメも共犯という線だった……ただ指示を実行している以上共犯としてもいいだろうが、完全に悪意がないのなら今はまだ神奈も手を下すことはない。


「とりあえず信じといてやる。ただ今すぐやってほしいことがある、私とパンダレイをもう一度竜宮国まで連れて行け。パンダレイもいいか?」


「……水位、一センチ弱上昇確認」


「それくらい誤差だ、放っておけ。そんなことより今すぐ竜宮国に行って人魚姫問い詰めるぞ。今動けるのは私とお前、それに海梨くらいだからな」


「了承します。ただ、この水位上昇は止まらないのですが本当に放っておいていいのですか? このままでは三十分程で近辺が水没すると予想できますが」


 そこまで言われると神奈も考え直さざるをえない。老化現象の方が圧倒的に今解決すべきことなのだが、水位が上昇し続けているとなれば日本水没なんてことにもなりかねない。すでにエムガメの体半分程は海に浸っているし時間の問題だろう。


「……放っておくわけにはいかないけど、それも人魚姫が関わっている可能性が高い。偶然と片付けるにはちょっと怪しすぎるからな。まあ、私達が人魚姫に会ってみれば分かることだ」


「――それには及びませんよ」


 その声を神奈達は知っている。まだ別れてから数分程度なので記憶にこびりついている。游奈も聞き覚えはあり、何年も一緒にいた母親の声を思い出す。

 海を見れば人魚姫の上半身が現れていた。


「随分遅くなりましたが、こちらから会いに来たので」


 人魚姫の周囲だけ海水が捻じれつつ上昇し、海で作り上げられた竜巻のようなものが完成する。推定十メートル以上あるそれから上半身だけを出して人魚姫は一人の少女を見つめる。


「久し振りですね游奈。それと――」


 視界にシワの目立つ老人を入れると人魚姫の顔は憎そうに歪む。


「人間……」


 親子の再会は、時として憎悪もはさまれる。


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