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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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299 エピソードオブ人魚3


 ある日、竜宮国に一人の客人が来訪した。

 かなり鍛えられている体をした少年――大塚誠二。


 浜辺にて亀が虐められている光景を目にした誠二は迷うことなく現場に介入した。その結果、エムガメという亀は自らの意思で暴行を受けており、助けようとした者から怒鳴られるという意味不明な事態となった。しかも「詫びる気持ちがあるなら殴り飛ばせ!」などと言われてしまい、もう訳が分からない理不尽に対する怒りを込めて拳をエムガメに叩き込んだ。その行動に一片の後悔もない。


 暴力を振るわれたにもかかわらず恍惚としているエムガメだが、一応関わったことによるリターンはあった。

 海底に存在するという竜宮国。御伽話に出てくるような場所が実在していると聞かされ、挙句連れて行ってくれるというのだから誠二も文句は言えない。貴重な体験をさせてくれるのだから多少感謝すらする。


「どうよ誠二、これが竜宮国……人魚達の楽園さ」


「すげえな……海の底にこんな場所があるなんてよ……」


 ネオンの光を纏う和風の城を見て誠二は目を輝かせる。

 どこかのテーマパークかのような外見で思い出す。両親に一度だけ連れて行ってもらったテーマパークは今でも鮮明に思い出せた。まだ過労死する程の仕事量でなかったとき、誠二の我が儘と両親の思いやりから行けた場所、人生で一番とも言える輝かしい家族との思い出。

 もう存在しない両親の顔が頭に浮かんで誠二はふっと笑う。


「どうした誠二、驚きのあまり頭がおかしくなったのか?」


「失礼すぎるし、頭おかしいのはお前だろ」


「いいねえその鋭い罵倒! ゾクゾクするぜ!」


「ほんとおかしいわお前」


 恍惚とした顔で身を震わせるエムガメに誠二は引く。

 少しの間竜宮国を眺めていると、入口の大きな扉が開いて一人の人魚が出て来た。大きな魚の下半身を持つ彼女は若々しく美しい容姿をしている。どことなく游奈とも似ていると感じて、ここ数日会っていない游奈と姿が一瞬重なった。


「竜宮国へようこそ、地上の方。……どうかなされましたか?」


「……あ、いや、ちょっと知り合いと似てて……なんかジロジロ見てすみません」


「ふふ、いいのです。見られて恥ずかしい体をしているつもりはありませんので」


(その言動は結構恥ずかしいものだと思うけどな)


 確かに上半身のスタイルもよく、豊満な胸部は男なら誰でも一度くらい目を奪われるだろう。くびれている腹囲、その下にある魚の下半身もバランスのとれた大きさだ。身が引き締まっていることは容易に想像できる。


 そんな彼女――人魚姫はエムガメを一瞥すると視線を鋭くする。

 びくりと体を震わせたエムガメは時速二キロメートル程度の全速力で誠二の足に隠れた。


「せっかく客人がいらっしゃったのですから宴の用意をしております。私共の精一杯でおもてなしさせていただきますので、どうかごゆるりとお楽しみください」


 冷たい表情から一変、優しい笑みを浮かべて人魚姫は入口から建物内に戻っていく。それに誠二とエムガメは付いていくが――エムガメについては入る前に扉が閉められたことで入れなかった。

 一匹取り残された事実に「ええ!?」と誠二は驚く。


「ちょっ、ちょっと! あいつ置き去りになっちゃいましたけど!」


「ああ、いいのです。あの亀が遅いのがいけないのですから。わざわざアレに合わせていてはあなたにも退屈な思いをさせてしまうでしょうし」


 納得できなかった誠二は「え、えぇ……?」と困った声を漏らす。

 いくらなんでも遅いからという理由で置いていかれるのは酷い。あまり思いやりのない人魚姫を見て、誠二は外見だけで良い人そうと判断したことが愚かであったと思う。……かといってわざわざ戻ってあげる程エムガメと仲が深いわけではない。誠二は一歩も戻ることなく人魚姫の後に続いた。


 宴が用意されているという竜宮国の建物最上階。

 貝殻のビキニを着用した美しい人魚が数十人部屋に集まっており、楽し気な雰囲気が醸し出されている。最奥にある立派な玉座に向かった人魚姫に誠二も付いていこうとしたが、周囲に集まってきた人魚達に「地上の方、こちらです」と右側の壁の中央に案内された。


 透明なシートが敷かれており、人魚が「えい」とチョップを入れると風船のように膨らみ始める。あっという間に座布団の形となったそれに誠二は目を丸くする。


「今のは?」


「バルルンクラゲという種族の者です。衝撃を与えるとこのように膨らむので、竜宮国では椅子として多用されています」


「座っていいのか? 生きてるんだろこれ」


「はい。しかし非常に温和な性格ですので問題ありません」


 見たこともない不思議な生物に好奇心を持って、腰を下ろしたあとで誠二は撫でてみたりした。ひんやりとして気持ちのいい感覚なのでクセになる。


 ――それから人魚姫の挨拶で宴が始まった。

 人魚達の空中で繰り広げられる舞。運ばれてくる様々な魚介系料理。楽しくてつい笑みを浮かべてしまうような時間が流れていく。


「魚って共食いじゃね?」


「ふふ、そうかもしれませんね」


 運ばれた料理を眺めて出た呟きに、近くへと寄って来ていた人魚姫が同意して笑う。


「しかし私共も何かを食べなければ生きていけません。こればかりは海に住む魚達に申し訳ないですが、この世は弱肉強食という自然の摂理があるのです。地上の方々もそうでしょう? 自分が生きるために誰かの命を犠牲にし、糧にしているはずです」


 誠二は「……そうだな」と返して料理を口にし始める。


「こうして食べた相手には感謝しなければなりません。私達の糧となってくれるのですから」


 料理とは他者の命から出来ているものがほとんどだ。肉も、魚も、生きていた者を栄養として摂取している。感謝の気持ちを持つというのは正しい食事のとり方なのだろう。

 そんなことは置いておき、飽きるくらいに見た舞から目を逸らして人魚姫へと向ける。


 一度そうだと思ったからか、游奈の面影がある彼女を見てどうしても游奈のことを思い出してしまう。再会は来年という話であったが、花火を共に見た日から数日会っていないだけでもう会いたいと思ってしまっていた。


「地上の方。私を見てからずっとそんな目をしています。……寂しげな目を」


「……分かりますか」


「ええ、私も似たような目をしていた時期がありますからね」


 人魚が住む場所に来れたのは丁度いい機会だったのかもしれない。もうすぐ夏休みが終わってしまう以上、誠二は実家に戻らなければならない。そうしなければ通学にも不便であるし、今度はその近辺でアルバイトをしなければならないからだ。……ならば会う機会はこれを逃せば本当に来年になってしまう。


(あいつとの再会まで一年。冷静になって考えれば長いよな……。秋が来て、冬が来て、春が来て、ようやく夏で一年だ。どうしてこんなに会いたくなるのか……もう答えは出てる。……会いに行くか、こっちから)


 会いたくなるということは、それだけの情を持っているということ。

 友情か、愛情か、恋情か、はたまた別の何かか。種類はどうであれ誠二は游奈に何かしらの情を抱いているのだ。


「あの、海梨游奈ってやつ知ってますか……?」


「海梨……游奈……なぜあなたがその名前を」


 明らかに動揺し、人魚姫の目が見開かれた。


「知っているんですか!? あの、俺、地上で会ってるんです! 一緒に星とか見て過ごして、そんでまた会おうっていう約束をしたんです! 知っているなら会わせてくれませんか!?」


「そうですか……あなたが……」


 揺れた瞳は誠二を視界から外さない。少ししてその揺れが収まったとき「ふふふ」と笑った人魚姫の視線には怒気が含まれていた。


「游奈は――私の娘です」


「……ほえ?」


「無断で地上に向かった挙句、人間と関わりを持つなどバカなことをしたものだと叱りました。もう二度と地上へ行くことを許さないと告げています」


 親から怒られたのは無断ということもあるだろうが、一番の原因はそこではなく人間と関わったという点だとなんとなく誠二は理解した。

 人間の中には人魚を害する気持ちを持った者が何人もいる。解剖しようとした多胡沢がいい例だ。人魚姫が「人間」という言葉を発するとき、何か怒気のようなものが強くなったのはそういう人間の悪い部分を知っているからだろう。


「あの、俺は游奈に何かするつもりはありません。人間に悪い奴らがいるのは分かってますけど、俺はただ游奈に会いたいだけなんです」


「あなたが人魚を捕獲しようとしたり、解剖しようとしたりしないのは分かります。もしそのつもりだったのならどんくさいあの子はとっくに捕まっているでしょうし、あの子の証言も信じていますので。……ここで会うくらいなら許可しますが、もう地上に行かせるつもりはありません」


「……それでもいいです……会わせてください」


「はぁ、付いてきてください。游奈の元まで案内するので」


 軽くため息を吐いた人魚姫に誠二は「ありがとうございます」と礼を言う。

 心待ちにしていた再会がもうすぐだと思うとテンションが上がってくるが、地上には行かせないという人魚姫の考えを変える方法も考えなければいけない。

 何はともあれ誠二と游奈の再会の時はもう間近である。


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