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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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297 竜宮国――種族の違いは恐ろしい――


 エムガメの背に乗って、竜宮国へとやって来た神奈、恵、パンダレイの少女三人。

 薄い赤の珊瑚に囲まれた城。煌びやかなその建物は明るいネオンを除けばまるで和風の城そのもの。本当に物語に出てくる竜宮城のような……というか国といっても結局城だけなので、竜宮城と名前を変更してもいいだろうと神奈は思う。


「これが竜宮国かあ……」


 普通に地上と同じように海中で喋っている神奈だがこれにはちゃんとした訳がある。単純な話、竜宮国敷地内には海水が入ってこないのだ。

 竜宮国を中心とした半径十メートル程に魔力を用いたバリアが発生していて、海水の侵入を防いでいる。これは神奈達にとってもありがたいので非常に助かった。


「てか白部君も来れたよな、来るときは空気バリアあったし。エムガメ、お前そういうこと先に説明しろよ。海に入るときマジでこのまま溺れに行くのかと思ったじゃん」


 竜宮国は海底に存在しており確かに常人では来れないだろう。ただ、エムガメに乗れば誰でも来れる。たとえ義足の洋一でも、空気のバリアのようなもので保護されていたので実際は同行出来たのだ。


「悪いな神奈、聞かれなかったからさ。あ、罰として俺を殴っていいぜ!」


「遠慮しとく」


 マゾヒストなエムガメに暴力を振るうとご褒美になってしまうので、本当に罰を与えるというのなら苦痛を一生与えないとでもした方がいい。


「まあ神谷様、白部様にはお土産を購入するということでよいのでは?」


「そうよ、私の愛を込めたお土産を渡すから大丈夫よ。ねえエムガメ、竜宮国で売っているもので人気なのって何があるの?」


「いやお前ら、竜宮国ではそもそもお土産なんか売ってないぞ。だって地上みたいに通貨が存在しないからな。お土産ってんならそこら辺にある珊瑚でも採っていけよ」


「なるほど、ならそうするわ」


「やめろやめろ! 一応犯罪だから!」


 神奈の叫びで珊瑚を採ろうと歩き出す足が止まった。

 珊瑚の採取は自然環境保全法に違反する可能性がある。自然環境保全法とは、特定の地域内において動物の捕獲、殺傷、卵の採取や損傷を禁じる法律である。

 珊瑚はイソギンチャクの一種であるので定義するなら動物。よって法律が適用されてしまい、違反すれば懲役か罰金待ったなしだ。


「――そうです、おやめください。人間の皆様」


 竜宮国の正面にある扉が開く。

 大きな扉が開くと、そこから出て来たのは一人の人魚。

 首に貝殻のネックレス。耳に貝殻のイヤリング。服装は貝殻を使用したビキニ。とにかく貝殻ばかりの恰好に女性は人魚であるので下半身は魚のものだ。

 気品のある泳ぎ方で宙を泳いで来た女性は言葉を続ける。


「そうした海の生物の捕獲は環境を守るために控えねばなりません。珊瑚もまた、生きているのです。可哀想だと思いませんか?」


「まあ、そうかもね。珊瑚が生物って初めて知ったけど、知ったからにはそう簡単に採っていこうなんて思えなくなるわ」


 珊瑚も人間と同じく生きているのだ。密漁のようなことをしていいはずがない。恵は自分の愚かな考えを見直して反省する。


「ところであなた誰?」


 いきなり出てきた女性に向かい恵は質問する。だがそんな質問にエムガメは跳び上がって「バッカ野郎!」と恵の頭を叩いた。


「いいかよく聞け! このお方こそ広い海を治める偉大なお方、人魚姫様なんだ! くれぐれも粗相のないようにしろよお前ら!」


「よいのですエムガメ。案内人であるあなたがお連れしたお客人なのですから、多少の無礼は許しましょう」


 心は広いようで人魚姫は優しい笑みを作る。

 そんな人魚姫を見たパンダレイは冷静に観察してある結論を出す。


「人魚のファッションセンスは貝殻しかない。データに書き加えておきます」


「おいい! 粗相のないようにって言ったよな俺!」


「……よいのです。事実……ですし」


 笑顔が固まった人魚姫は笑みを崩さない。パンダレイの無礼な態度にも崩さないのは正直神奈もすごいと思う。


「ん? 人魚姫、もしかして私達が来たって分かったからわざわざ出て来たんですか?」


 全員スルーしていたが人魚姫の登場はタイミングを計ったかのようによすぎた。ずっと外の様子を窺っていたというのなら納得できるが、海の生物を束ねる人魚姫というからには多忙の日々を送っているだろう。それならばいったいどうして神奈達のところにタイミングよく現れたのか。


「その通りです。エムガメが来ることは魔力の流れから分かっていましたし」


 後に「お客人を待たせるのはよくないと思いまして」と続ける人魚姫。

 エムガメは竜宮国唯一の地上からの案内人。運よく彼に出会い、仲を深めた者だけが海底にある竜宮国に行くことができる。仲を深める方法が暴力だというのは性格を知れば納得できるだろう。

 そんな特殊な立場であるエムガメの魔力を人魚姫が覚えているのは必然。普段は地上にいるのに魔力が海底に向かうということは、それだけで竜宮国への来客を意味する。


「ささやかですが宴の用意をさせています。地上の方々、どうかゆっくりこの竜宮国で寛いでいってくださいませ」


 別にそこまでは求めていなかったのだが、思いのほか歓迎ムードなうえ『宴』という言葉に神奈達は頬を綻ばせる。

 それから人魚姫直々の案内で神奈達は竜宮国内を進む。


 かつて天界や魔界に行ったことのある神奈としては不思議度が少ない。だが中にいた人魚達の視線は天使や魔族と比べて柔らかいものだったので、天界魔界よりは好印象である。天使や魔族と違って人間を見下す者は少ない。ただ好意というよりは物珍しさからの興味といったところで、受けて気持ちのいい視線というわけではない。


 完全にTHE・城な外見の竜宮国であったが、内部はそうでもない。

 一階で神奈達の視界に入ってきたのは明るい装飾に照らされた都会の町のような光景。住宅地となっている一階は特に多くの人魚達が通行している。


「おぉ、なんというか……凄いな」


「分かっていたけどみんな人魚なのね。なんだか新鮮な感じ」


「ここは住宅街になっています。建物の外もですが、中もこんなに明るくて驚かれておられるでしょう。しかしこれも、海底という光の届かない暗闇に住む私達に必要なものなのです」


 人魚姫が通るときに通行人である人魚達は優しい笑みを浮かべて頭を下げる。反抗的な者などおらず例外なく挨拶するので余程慕われているのだと神奈達も理解した。

 町並みといい国民といい悪い部分はあまり見当たらない。簡潔に表すなら「いい国」だと神奈は答えられる。


「人魚以外はいないのですか?」


 すれ違う人々の中に人魚以外がいないことにパンダレイが気付く。……といっても他の二人も気付いていたが、游奈の故郷ということから勝手に人魚しかいなくて当たり前だと思ってしまっていた。


「全くいないというわけではありませんが、竜宮国にいるのは大抵人魚ですね。まあ、誰もこんな深海に好き好んで住んでいるわけではないということです」


「じゃあ私からも質問いいですかね。どうして竜宮国に地上からの案内人が存在しているんですか。あと、どうして人間を招き入れるのかが分からないんですけど」


 神奈の疑問は游奈と誠二の話を聞いたからこそのものだ。

 人魚の存在は地上では夢のようなもの。二人の話に出てきた多胡沢のように、それを求めて興味だけの感情で捕獲しようと企む人間は少なくない。人魚からすれば人間など嫌悪してもいい存在だろう。


「……それはもちろん、信じているからですよ。確かに人間は悪人が多いですが、エムガメの連れて行ってもいいという判断を信じているのです。申し訳ないですが、案内人については私の先祖が決めたことなので存在の意義について詳しくはありません」


「じゃあエムガメは知ってるのか?」


「いいや? 俺は仕事を受け継いだだけだから知らねえよ。そういう案内人の真実は過去のやつらのみ知るってやつだな」


 そんな質疑応答をしていると前方から人魚が慌てた様子で宙を泳いでくる。


「お取込みの途中申し訳ありません人魚姫! 緊急の知らせです、また一人、例の場所で……!」


 人魚姫は顔を真剣なものに変えて頷き「分かりました」と告げる。

 かなり慌てた様子から神奈達も只事ではないと悟った。


「あの人魚姫、いったい何があったんですか? 荒事なら力になれますけど」


「荒事? とんでもない。むしろ喜ばしいことですよ。皆様も付いてこられますか? 地上の方々にとっては珍しいものが見られるかもしれませんよ?」


 喜ばしいことと告げられた神奈達は状況がよく分からなくなった。

 明らかに慌てて必死に泳いできた人魚の証言と、人魚姫の証言が噛み合わない。喜んでいい事態ならそこまで慌てる必要があるのか疑問である。


 ともかく神奈達はどこかへ向かう人魚姫の後を付いていく。

 一階から一気に三階まで昇り、寺のような建物に入る。その中では何人もの人魚が横になって寝ていたが、一人は苦しそうにお腹を押さえていた。


「これって……まさか……」


「……あの人魚達のお腹って」


「人間の妊娠時と同様の体型。百パーセントそうであると理解しました」


 ――横になっている人魚達の腹部は大きく膨れていた。まるで人間の妊婦のように。

 目にした状況から神奈達は人魚が妊娠していると理解する。喜ばしいことという言葉もこれなら納得できる発言だ。いつの時代も新たな命が生まれることは尊く素晴らしいものなのだから。


「人魚姫、彼女に応援の言葉を!」


「ええ、分かっております」


 苦しんでいる一人の人魚に人魚姫が近付いて、その腹部にそっと手を置くと目を閉じる。


「頑張ってください。頑張ってください。あなたなら出来ます、負けないでください。決して諦めてはなりません。生まれてくる子供のことを考えてみれば、きっと頑張れます。そう、あなたなら出来ます。あなたなら出来るのです」


 どことなく神奈は小学校での友人を思い出した。熱血というか暑苦しさなどは発音から感じられないが、応援の内容がかなり暑苦しい。……というかもはや洗脳の域に達している。


「出産……人魚の……見れるんだ……」


「これはかなり貴重なデータになりますね。帰還したら録画した映像を白部様達に見せましょう」


 余程苦しいのか人魚は下半身にある尾をばたつかせている。そして膨らんでいる腹部を押さえていると、突然膨らみが――頭の方へと移動し始めた。

 腹部から胸。胸から首。そして首から一気に上がっていき――口からゆっくり吐き出されていく。


「……えぇ、出産……そっちから?」


 しかも吐き出されるものは白い卵である。想像とは違いすぎて神奈達の困惑はとどまることを知らない。


(どこの大魔王だよ……)


(卵が口から吐き出された。汚い……)


「これは超貴重なデータですね。人魚の出産は口から、しかも産卵だったとは」


 神秘的な光景を目にしたかった神奈と恵は死んだ表情になる。

 想像と違い、色々酷い現実を目で見てしまった神奈達はもうこの場にいたくなかった。


「ふぅ、それでは皆様お待たせいたしました。また一人卵を産んだことですし、宴の準備がされている最上階に向かいましょう」


 戻って来た人魚姫はそう言って寺のような建物から出ていく。

 神奈達は黙って人魚姫に付いていった。


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