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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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296 亀――エムガメ――


 ホテルに宿泊後、気持ちの良くなる日光に照らされる海岸を神奈達は歩いている。

 一応ホテルに備え付けられていたコインランドリーで水着は洗濯している。昨日と同じ水着でも衛生的には問題ない。

 恵に関してはヒモ水着を着ていこうとしたところを神奈と游奈が必死に止めた。正直賛同しそうだった游奈が一緒に止めたことに神奈は驚いていたが、恋人以外の人間に無暗に肌を晒すことはよくないという常識は備わっていたらしい。


「おら、パス!」

「よっしゃ、ナイスパス!」


 砂浜では小学生くらいの子供達が無邪気にサッカーをしていた。砂浜サッカーは砂に足を取られて普段よりも疲れるので、足腰を鍛えるのに丁度いいトレーニングになる。もっとも子供達はそんなことは考えていないだろうが。

 元気よく遊んでいる子供達を見て神奈達は和む。


「いいなあ、ああいうの。サッカーはやる気起きないけど」


「サッカー苦手なの? 私もサッカー苦手なんだよねえ、まだ両足の感触に慣れてないしさ」


 游奈が神奈に同意するように口を尖らせて告げる。

 あまり意味が分からず「両足の感触……?」と神奈が疑問に思う。


「待った……あの子達の蹴っているものって……!」


 そのとき洋一が気付いた。子供達が無邪気に蹴っ飛ばしているものはサッカーボールではなく――亀だということに。

 いくら子供であろうと動物の虐待は罪。誠二が「あの亀は……」と呟くと同時、状況を理解した神奈達は驚愕する。


「へいシュート!」

「なんてことしてんだお前らああああ!」


 動物愛護団体が飛んできそうな事態を止めるべく神奈が叫びながら飛び出した。亀を蹴っていた子供達は驚いたようで悲鳴を上げながら逃走していく。


「なんてことしてくれてんだテメエえええ!」


 突如その場に響いた声に神奈は「……え?」と不思議そうな声を漏らす。洋一達も声に驚きながら神奈の元に駆け寄ってくる。

 全員で周囲を見渡してみても周囲の者達で神奈達のことを気にしている人間はいない。


「おいテメエら、なーに無視してくれちゃってんだ! どこ見てんだよオラァ! ここだよここ、テメエらの足元!」


 乱暴な謎の声に導かれるまま足元を見下ろす神奈達。だが足元にいるのは一体の亀のみ――つまり考えられる声の正体は。


「おい返事くらいしろやテメエら! 放置プレイも興奮するけどなあ!」


「か、亀が喋ってるうううう!?」


 誠二と游奈以外の叫びが重なった。

 常識的に考えて亀が喋ることなどありえないのだが、足元の亀の口が動く度に声がするのは現実だ。喋る腕輪や本がある時点でその現実を受け入れるのは容易いとはいえ、驚愕に値することに変わりない。


「やっぱり、お前エムガメか。久しぶりだな」


「むっ、誠二! 誠二じゃないか! 一年振りか!?」


「え、知り合い!?」


 意外な交友関係に神奈達は驚く。喋る亀と知り合いになるなどそうないことだ。喋る腕輪や本と知り合っている神奈や洋一も特殊だろうが。

 嬉しそうに這い寄るエムガメに誠二はげんなりとした表情を浮かべる。


「ああ、こいつはエムガメ。肉体や精神の苦痛が大好きなドMの亀だ」


「エムってそういうエム!? ドMのエム!?」


 名前がそこから来ていることに神奈は叫ぶようにつっこむ。


「……ってまさかさっきから怒ってるのって」


 苦痛が大好きなマゾヒストならば怒る理由はただ一つ。子供達の遊びを止めたことしか神奈に心当たりはない。あれはいじめなどではなく、このエムガメ自身が好んで遊ばれていたのだ。それを察しろという方が無理である。


「そうだ! この俺が小さな足に蹴られようとしていたのに止めやがって、この悪魔め!」


「ええええぇ……」


 今まで様々な者達と会ってきた神奈だがマゾヒストとはあまり会ったことがない。すなわち対処法を心得ていない。


「そうだテメエ、女! あの子供の代わりに俺を蹴れ!」


「ええええぇ……」


 もはや見境なしに苦痛を得ようとしているエムガメに引くことしか出来ない。知り合いである誠二も同様に「相変わらずだな……」と呟いて引いている。


「神谷さん暴力はダメだからね!」


 そんなエムガメに蹴ることを強要されている神奈に対して、洋一は慌てて声を掛ける。ドMだろうとなんだろうと、亀に暴力を振るうなどよくないことだ。虐待の罪で捕まる可能性もある。――しかし神奈は距離を詰めて来るエムガメに我慢の限界となり、軽くであるが蹴り上げた。

 蹴ってしまった神奈の行動に洋一は「ああ!」と声を上げる。


「ぐっふぉおお!? ちょーうきもっちいいー!」


 死んだ魚のような目で神奈はエムガメを見上げる。

 もちろん手加減した蹴りだが雲の上まで吹き飛んでいる。エムガメの奇声を聞いて真顔になる神奈に誠二が語る。


「一年前もな、あんな感じだったんだ。いじめられてんのかと思って助けたら怒られて、叩くのを強要されたからぶん殴った。それでなぜか懐かれた」


「……お前も大変だな」


 今日で二回目の邂逅となる誠二に神奈は同情する。もう二度と会いたくないという気持ちが二人の中でシンクロする。


「エムガメっていえば誠二はエムガメに乗って私に会いに来たんだよね。ほら、竜宮国にさ」


「そんなこともあったな。苦手だからもうあんまり行きたくねえけど」


「竜宮国? それってどんなところなの?」


 誠二と游奈の会話に興味を惹かれた洋一が口を挿む。


「あー、まあ簡単に説明すると浦島太郎だな。竜宮城みたいな場所だ。人間には行けないくらい深い場所にあるらしくて、あの亀の背に乗ることで行けたんだよ。殴ってくれたお礼とかいう意味不明な対価としてな」


 本当に浦島太郎としか言いようがない話である。助けた亀に乗って魚人の住む場所まで行き、楽しく過ごした後に玉手箱という宝を貰って帰る。その宝を開けると白煙に包まれて一気に老化するという話。


「でも結末は物語と違ったみたいだね」


「ああまあな、俺はこうしてピンピンしてるし。そもそも玉手箱なんざ貰わなかった」


 そんな話をしているとき、空からエムガメがようやく落ちてきたので神奈がキャッチする。砂浜とはいえ高所から落ちれば死ぬかもしれないので、一応蹴り上げた身として受け止めるのも自分の役目だと思ったのだ。

 受け止められたエムガメは目を輝かせて神奈を見つめる。


「さいっこうだぜテメエ! 名前はなんてんだ女!」


「……神谷神奈だけど」


「よしそれじゃあ神奈! テメエらを竜宮国へ案内してやる、ありがたく思えよこのやろー! 人間じゃあ一生行くことのできねえ場所なんだからな!」


 興奮しているエムガメを砂浜に置き、神奈は少し考える。

 竜宮国が海中にあるというのなら確かに普通の人間が行くことは難しい。そもそも海中に国があるということ自体誰も考えないだろう。そんな未知の場所、珍しい場所に連れていってくれるのならありがたい。海や砂浜で遊ぶのも二日目となればマンネリ化してくるし、竜宮国という場所にも興味はあるので行くことには問題ない。

 ただ、エムガメの体は亀の平均的なサイズより少し大きい程度。全員が乗ることはできなさそう……というか一人も乗れなさそうである。


「お前、人間運べるのか?」


「おいおい当たり前だろうが神奈よお! このエムガメの体を見てなあ!」


 ――徐々に、エムガメの肉体が大きくなっていく。

 風船に空気を入れるかのように膨らんで、ついに体長四メートル程まで巨大化した。


「これが俺の能力――変体(コールシャンジュモン)! 体の大きさを自由自在に変えられるのさ!」


 知らなかった神奈などは素直に「おぉ」と声を漏らす。


「さあこれなら全員乗れるだろ、早く乗りな! 出発しちまうぜ!」


「あ、俺と游奈はパスな」


「僕もパスだね」


 誠二達の言葉に「なんでだよ」と返す神奈だが、告げられた理由を聞いて納得する。


「人魚は一度陸に上がると海へ戻れない。もしも海に入ろうとすれば泡となって消えちまうから游奈の留守番は当然。そんで一人にするのは寂しいだろうから俺も残る」


「義足が錆びる」


「そういう理由なら仕方ないな、私達だけで行ってくるか」


 全員が頷いて竜宮国へ向かうメンバーが決定した。

 恵、パンダレイ、神奈の三人がエムガメの背の乗る。


「楽しみだなあ。洋一、お土産持って帰るからね」


「ワタチも和樹様にお土産を持って帰らなければなりませんね」


「よし、いつでも行っていいぞエムガメ」


 出発の準備……といっても背に乗るだけだが終わったので神奈は指示を出す。


「行くぜ竜宮国、人魚姫が治める国へゴー!」


 エムガメは歩き出す。手足を精一杯動かして這って進む。

 のそのそと歩いているエムガメが海に到達するまであと三十歩というところだろう。一歩一歩が遅い亀の歩行速度でどれ程かかるのか。

 楽しそうな表情が消えて真顔になった神奈達。結局海中へ侵入したのはそれから二分後であった。


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