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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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294 エピソードオブ人魚1


 青い海の中で少女は動きを止めて空を見上げる。

 少女は星を眺めていた。数多の輝きを見つめながら隣にいる母親に問いかける。


「ねえお母さん、あれはなあに?」


「お星さまっていうんだよ。游奈(ゆうな)がどれだけ大きくなっても届かないくらい高い場所にあって、とっても綺麗に光るものだよ」


 少女は初めて見た星々に目を奪われていた。そして暗い空を照らすもう一つの輝きを見た。


「あれもお星さまなの?」


 海中からでも分かるカラフルな爆発――花火だ。

 次々と広がる打ち上げ花火に少女は目を輝かせている。


「そうだよ、あれもお星さまだよ」


 そのときからだ。少女が星もとい花火に興味を持ったのは。

 これはとある少女と少年の出会いの物語。



 * * *



 ――八月一日。

 大塚誠二は時給の高いアルバイトを求めて海の家にやって来ていた。

 風が吹いてさざ波ができた海を眺めながら誠二はアルバイトに勤しむ。時給千二百円という高さなのでやる気は十分だ。もちろん時給の高低にかかわらずやるならやる気は出すが、多い方がいいのは確かである。


「こちら味噌焼きそば二皿になります」


 すっかり慣れた丁寧語で接客をこなす。

 仲睦まじい様子のカップルはお礼を告げて焼きそばを食べ始めた。互いが互いへと食べさせ合うという食べ方には誠二も引いてしまう。

 厨房の方に戻るとサングラスにアロハシャツ、そしてアフロという独特な姿の中年男性に声を掛けられる。


「いやあ、誠二クン。君は若いのによく働くねえ、おじさん感動しちゃったよ」


「いえそれ程でも。バイトをする以上働くのは当然ですし」


「うんうんいい若者だよ君は。でもまあもうお昼も過ぎたし客足も減ってきているから、休憩入っていいよお誠二クン」


 男性に「うっす店長」とだけ返して誠二はエプロンを脱いで、厨房の隅に置いてから海の家を出る。……といっても出るのは休憩の三十分間だけだが。

 昼休憩ということで誠二がすることは昼食をとるだけだ。

 海の家近くの屋台で焼きそばを購入。誠二が決めるべきなのはあと食べる場所だけであるが、それもあまりひと気のない海岸端で食べると決める。


 大きめの岩がごろごろある海岸端で、岩の上に座った誠二は焼きそばを食べ始める。自分が作ったものと比べて、どうすれば他の店舗の味を超えられるかの研究も兼ねて食べている。

 アルバイトとして作る以上、より美味しいものを作りたいと思うのは至極当然だと誠二は思っている。誠二の労働に対する真剣さは人一倍強かった。


「ふぅー、もうちょっとソースの味薄めにするかなー。でもそれだと具材とのバランスがなあ……。くそっ、どうすればいい。俺はどうしたら至高の焼きそばを作れるようになるんだ?」


 もはや働く目的が変化していることに気付いていない。金銭よりも美味しい焼きそばを作ることを目的としている。

 そんな誠二は穏やかな海を眺めて黄昏ていた。


「ぷっはあ! ようやく出れたあ!」


 ――海から少女が飛び出て来た。

 海のように青い長髪は濡れて肌に張りついており、貝殻ビキニを身につけている少女。いきなりの登場に誠二は目を丸くして凝視する。

 少女の方も誠二に気がついて硬直し、それが解けると首を傾げる。


「……誰?」


「お前こそ誰だよ」


「……って、あなた人間? うそっ初めて見た!」


「それじゃお前が人間じゃねえみたいだな」


 いきなり核心を突かれたことで少女は焦り出す。いや誠二はただ言動からつっこんだだけなのだが、少女からすればまるで超能力者のように正体を言い当てられた気分になっていた。


「ち、違うわよ! 私も人間だからね!」


「いや知ってるよそんくらい。人間じゃなかったらなんだってんだ」


「それは……サメとか?」


「俺の知ってるサメに人間の体は付いてねえな」


 一瞬、誠二の頭に人間の上半身がサメと融合したナニカが思い浮かんだ。少し気持ち悪かったのですぐに頭を振ってイメージを消し飛ばす。

 今はそんなイメージよりも目前の少女について考えた方がいい。


(こいつ、マジでなんなんだ。アホの子か?)


 あははと苦笑いした少女は空を見上げ、何かを探すようにキョロキョロとしている。とてもまともには見えない少女を誠二は訝しむ。


「あれ……? ねえ、お星さまが見えないよ? もしかして私、お星さまを通り過ぎちゃったのかな」


「何言ってんだお前。今は真昼間なんだから、星なんざ見えないのは当たり前だろ」


「え、そうなの? せっかくここまで来たのに……」


 一気にしょんぼりとする少女を誠二は放っておけなかった。

 頭を掻きながら「あああ……!」と荒い声を誠二が出す。


「夜! またここに来れば見られるから、それまでは我慢してろよ」


 何を当たり前なことを言っているんだろうと誠二は後悔した。


(いや何言ってんだ俺は。星が夜に見えることなんざ当たり前だろ。……あれでもこいつ、昼でも星が見えると思い込んでたっけ。妙なやつだな……)


「ほんと!? 夜なら見れるの!?」


 一気に笑顔になった少女に誠二は「そうだよ」とだけ返す。


「ねえあなた名前は? 私は海梨游奈。あなたも一緒に星を見ようよ」


「大塚誠二。まあ、夜の十一時くらいなら別にいい。……ってもう結構時間経っちまったか。俺はこれからバイトに戻んなきゃいけねえから、またな」


「待ってるからねー!」


 元気よく手を振る游奈に誠二は歩きながら後ろへ軽く手を振って応える。

 いい気分転換になったかもと思い誠二はバイト先の海の家へと戻っていった。



 * * *



 リゾートホテルのアルバイトをしている大塚誠二はふと高い位置にある窓を通して、真っ暗な夜空を見上げる。

 約束したのはいいものの誠二は別に星に興味があるわけではない。ただなんとなく游奈が誘ったから、断るのも悪い気がして約束したのだ。守る義理はないのだが、行かなければ游奈がずっと待っているかもしれないので選択肢は一つしかない。


「失礼、予約している多胡沢(たこさわ)という者なんだが」


 今は受付の仕事に集中しなければいけないと誠二は意識を切り替える。


「はい、多胡沢さんですね。……確認しました、五五三号室にお向かいください。こちら部屋のカードキーになります」


 スーツ姿の青年に対応して仕事をこなす。


「どうも。ああそうだ、この付近で人魚の目撃証言があったと聞いたんだがどうかね。君は聞いたことがないか?」


「人魚っすか、いや知らないです。そういうのって都市伝説みたいなものなんじゃないんですか?」


 雪男やネッシーなど正体不明の未確認生物(UMA)はでっち上げなども多い。誰かが注目を浴びたいばかりに作ったという説を誠二も聞いたことがある。人魚の目撃情報などかなり胡散臭いだろう。


「ふふ、さあね。浦島太郎という話を聞いたことがあるだろう。あれが、いや昔話は大抵実話だという説がある。そうなればこの世界には人魚も竜宮城も存在することになる。もし見つけたら世紀の大発見さ、少しでも情報があったら私のところに連絡してほしい。報酬として大金も用意しているのでね」


 一見真面目そうなサラリーマンという風貌だった多胡沢だが、話してみれば胡散臭い伝説を追いかける胡散臭い人間だった。大金という言葉は気になるので、一応名刺は受け取って電話番号を記憶しておく。

 勤務時間からして多胡沢が最後の接客だ。誠二は正装から普段着に着替えて外へ急ぐ。游奈との約束時間はあと二分なので遅刻はしたくない。


 真っ暗なので誠二は懐中電灯を持って海岸まで走る。

 途中砂浜に足を取られそうになるがなんとか踏ん張って、昼に游奈と出会った海岸端にまで駆ける。

 辿り着いた先には――海から上半身だけ出している游奈がいた。


「海梨……」


「あ、誠二だ。約束守って来てくれたんだね」


 昼と同じ場所、同じような体勢。考えたくはないが、誠二は一つの可能性を信じないために游奈へ叫ぶように問いかける。


「お前……まさか昼からずっとここにいたのか!」


「そうだよ? 太陽が沈むのも、星が見えてくるのも綺麗だったなあ」


 呆気なく肯定されて誠二は額に青筋を立てて「バカか!」と怒る。


「なんで海から上がらねえんだよ、風邪引くだろうが! 早くこっちに来い! 着替えならホテルにあるから問題はねえ!」


 いくら夏の海が気持ちいいから入るといっても限度がある。しかし、海水に浸かれば免疫が刺激されて風邪を引かないという説もあるので、一概にダメだと言いきることもできない。


「え、でも私は……」


「いいから来い! 来ないなら無理やり引っ張り出すぞ!」


 游奈は上がらなそうなので誠二が引っ張り出そうと接近する。しかし慌てた游奈が海水を勢いよく手で投げつけてきたので躱して――不安定な足場である岩上から海に落下した。

 かなり深い場所だったのは幸運だっただろう。もし浅ければ頭を打って怪我をしていたかもしれない。


 頭から落ちたのを心配して游奈が「誠二!」と叫び寄ってくるが、誠二はそのとき游奈の下半身を見て目を見開く。

 別にシミがあったとか、日焼けが酷いとか、太いだとかそういった驚きではない。游奈の両足は存在していなかった。――正確には鱗に覆われた魚の下半身であったのだ。


「おばぼべばばばば!?」


 驚きのあまり叫んで、海中なので海水が容赦なく口内に流れ込んでいく。


「なんで喋っちゃったの!? ああもう!」


 危うく溺死しそうになっている誠二を游奈が抱え、海上まで持って行く。そのおかげで呼吸が出来るようになった誠二は激しく呼吸を繰り返し、夜空を見上げて頭を働かせる。


(人魚……マーメイドってやつか? まさか本当にいたなんて……)


 心配そうに「大丈夫?」と問いかける游奈を誠二は見つめる。


『もし見つけたら世紀の大発見さ、少しでも情報があったら私のところに連絡してほしい。報酬として大金も用意しているのでね』


(情報、どうする? 実際に会っちまったわけだが、海梨のことを多胡沢さんに教えれば……)


 大金という言葉は魅力的だ。誠二も結局金銭が欲しくてアルバイトをしている。……だが、誰もが欲しがるであろう金のために游奈を売るような下衆な真似は拒否感を抱く。


(ダメだ。落下したのはこいつのせいだけど、助けてくれたのも一応こいつなわけだし。多胡沢さんには悪いけど連絡はしないでおこう)


 どちらも今日会ったばかりの人間だが、助けようと動いてくれた游奈の方が好感度は高い。所詮多胡沢とは一度接客しただけの間柄なので優先する義理はない。


「大丈夫だ、悪い助かった」


「んもう、人間は海中で息できないんだからちゃんとお口は閉じてないと。……あ、私も人間だけどね」


「いや無理があるだろ。お前下半身魚じゃねえか」


 海に浮かぶ誠二から游奈は目を逸らす。

 不安そうな瞳は揺れていて今にも泣き出しそうであった。


「……人魚だって知って……どうする?」


「どうもしねえよ。とりあえず感謝はする」


「嘘だよ、人間は私達人魚を捕まえて解剖するって聞いたことあるもん……! バレなきゃ大丈夫だと思ってたけど、バレたなら話は別。本当は私の体を触りたくてしょうがないんでしょ……!」


「誤解を招くような言い方はやめろ」


 冷静になっている誠二は游奈から距離を取り、元居た岩場までよじ登る。

 距離を取るという不可解な行動をした誠二に游奈は困惑した。


「いいか、俺はお前に興味はねえ。解剖だとかはしねえよ」


「でも……」


「勘違いすんな。今俺がここにいるのはお前と一緒に星を見るためだろうが」


 その言葉に游奈は目を丸くして「あ」と呟く。


「人魚だと知った俺が近付くのが怖いってんなら近付かねえさ。この距離で接すれば怖くないだろ? ここからじゃ何もできねえからな」


 クスクスと游奈が口元を押さえて笑う。


「そうだね。今日は、星を見に来たんだったよ」


 二人は小さな輝きの群れを見上げる。

 一つ一つ目を輝かせて見つめる游奈を誠二はふと見て、微かに笑ってもう一度夜空を見上げた。


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