307 金石文――遺跡の正体――
十字路を右へと進んだ才華と洋一の二人。
周囲を警戒しつつ慎重に進んでいる途中、才華が「ねえ白部君」と口を開く。
「さっきの神奈さん、様子がおかしかったけど何があったか知ってる?」
「あくまでも推測にすぎないけれど、彼女はきっと自分を責めているんだ。以前クラスメイトが二人亡くなったときに守れなかったことで必要以上に責任を感じている。あのままいくと彼女は……」
「壊れてしまうかも、か。……そういえば、昔からそういった面はあったかも。あそこまで責め続けることはなかったと思うけどね」
才華も神奈の全てを知っているわけではない。ただ誰かを守ろうとする人間であるとこれまで関わってきた時間で理解している。
他人を助けようとするのは果たして生まれ持っての善性か。それとも過去に何かがあったからこその善性か。少なくとも才華は神奈が偽善者であるとは考えない。
「……気になってしまうけど、今は調査の方に集中しましょう。神奈さんに関わる時間はまだまだ残されているんだから大丈夫よ」
「そうかな、そうかもね。まあ向こうには僕以上に心配している人がいるから平気かな」
「パンダレイさんが?」
「いや、パンダレイさんはあまり心配していないと思う。僕が言ったのは違う人だよ」
「……ああ成程。確かに、もしかしたら一番神奈さんのことを考えているのは彼女かもしれないわね」
人と表現されたせいで気付くのが遅くなったが才華は腕輪のことだと理解する。思い返してみれば才華が神奈と友達になる以前から共にあるのだから、付き合いが一番長いのは腕輪なのだ。あまり会話が多いわけではないが心配する気持ちは誰よりも強いだろう。
「あ、また分かれ道」
二人の前にまたもや分かれ道。今度は左右の二択だ。
「悩んでも仕方ないし右に行ってみよう。特に理由はないけど」
「そうね右にしましょう。特に理由はないけど」
右でも左でも正解が分からないなら悩んでも仕方ない。理由など必要とせずに直感を頼りに進むしかない。
二人は右へと進み、遺跡の通路をよく観察する。
現代の建築物のような木材やコンクリートではなくこの遺跡は石材を使用している。建築物で石材といえば有名なのは大理石だが、光沢もなく、壁を触ってもひんやりとはしていない。使用されている石材がなんなのか二人には見当もつかなかった。
通路を進み続けていると一つの扉が存在していた。
罠の可能性も念のため考えて、開けるのは洋一がやろうと前へ出る。その真意に気付いて才華は先頭を譲る。
床や壁と同じ石材で作られている扉のドアノブを握り、洋一がゆっくりと慎重に開けていく。汗を滲ませる二人の前に待ち受けていた部屋は――ボロボロな状態であった。
「まるでここだけ廃墟みたいね。家具も朽ちているし」
大きめのベッドも、縦長の本棚も、丸いテーブルと椅子も全てが朽ちていた。だが人間が元々いない、もしくは住んでいた形跡が残っていないと考えていた二人は、かつてこの遺跡に誰かが住んでいたのだということを理解する。
「なんにせよ、誰かが住んでいたのは確定か。相当な時間が経っているんだろうけど正確なところは分からないな。ねえ藤原さん、ここってもしかして遺跡じゃないんじゃないかな」
「勘違いしているんでしょうけど、遺跡っていうのは特別な場所じゃないわ。こうした過去に何者かが住んでいた場所だって立派な遺跡なんだから。……とりあえず、ベッドの欠片を少し持って帰りましょう」
そう言って才華は屈んで、朽ちて崩れているベッドの木片らしきものを手に取って、背負っているリュックサックの中へと入れる。
「あ、もしかしたらこの部屋に住んでいたのは女性かも」
「どうしてそんなことが分かるの?」
才華の問いに洋一は「あれだよ」と答えて部屋の端に落ちている桃色の布を指さす。家具も朽ちているくらいなので当然布も原型を留めておらず、小さな桜の花びらのように見える。
「ピンクの布が落ちている。女性が好んで使う色だし可能性はあるよ」
「根拠としては弱いけど、あくまでも可能性というレベルならそうなるわね。さあ、この部屋はもういいから反対の道に行ってみましょう」
二人は謎の部屋を出て、二回目の分かれ道の場所にまで戻る。先程は進まなかった道に進み先に何があるのか期待を膨らませる。
そして進んだ先には扉がない広い部屋が存在し、壁には日本語ではない文字がびっしりと書かれていた。
「これは……金石文ね」
アルファベットでも、この世界に存在するどこの文字でもない記号のような何かを見て才華は呟く。
「金石文? えっとそれって、お墓とかに文字を掘るやつだっけ」
「エピタフのことね、それも種類の一つとして入っているわ。ここがお墓というのは考えられないし、何か重要な歴史の真実が記されているのかも。ねえ白部君、あなたの力でこれを読むことって可能かしら」
「自信ないけど……やってみるよ」
最初は遺跡自体に使用して【ERROR】の表示が出てしまった。今回も同じ結果に終わるかもしれないので洋一の自信は消えている。先程のムゲンからの忠告もあるので、もし【ERROR】が出たのならすぐに諦めようと考えていた。
「あれ、読めるや。遺跡じゃなくて文字が対象だからかな……」
――しかし読めてしまった。変に警戒していた洋一は自分がバカらしくなる。
「本当? それじゃあ試しに少し読んでみてくれないかしら」
金に光る瞳が未知の文字を解析していく。
読めるといってもすらすらと理解できるわけではなく、洋一が視れたのは文字の説明と表のようなもの。そこから照らし合わせて一文字一文字しっかりと読み上げる。
「この場所は帝王様の城。私は帝王様の忠実なる僕、四神将が一人、パンサー。これを読む者に忠告する、この場所から外に出ないことだ。もし逃げて来たのなら言われるまでもないだろうが、偶然この場所に来たというのなら留まるといい。この場所は帝王様のお力で守られている安全な場所だ。再び忠告だ、外に出るな。光る天使に……滅ぼされないために……」
「光る天使……何かの隠語かしら。それに帝王、四神将、気になるワードがいくつか出てきたわね。何かの妄想でない限り、歴史の重大な情報だと見ていいと思うわ」
読み上げたのは全てではない、ほんの一部にすぎない。それでも洋一が読むのを止めたのは『光る天使』という言葉で頭にある光景が過ぎったからだ。
(光る天使……光天使?)
まだ伊世高校に入学してあまり経っていない春のこと。
校長であるアムダス・カーレッジの故郷――異世界メイザースに迷い込んだ洋一は、その世界にいた幽霊シャン・ネビュラスから光天使の存在を聞いている。そして実際に見てその危険性を肌で感じ取った。
光天使はアムダス達からの話によれば生物を見境なく攻撃してくる敵。そんな相手が今後現れるかもしれないということで建てられた戦士育成施設が伊世高校なわけだが、もし攻撃がすでに開始されているとすれば――そこまで考えて洋一は首を横に振る。攻撃がとっくに行われているのなら報道番組で連日取り上げられることだろう。
(考えれば考えるほど分からなくなってくる。この文、一度校長先生に知らせた方がよさそうだな。仮に光天使がもう存在しているというのなら猶予はない。今回の調査が終了次第すぐに学校へ向かおう)
「貴重なものでしょうし写真に収めておきましょう……ええ!?」
携帯電話で写真を撮ろうとした才華が驚きの声を上げたので、何事かと思って洋一が「どうしたの!」と叫ぶように問いかける。
才華は画面を見て呆然としつつ呟いた。
「……神奈さんの発信機が機能してない」
「嫌な予感がするな。藤原さん、今すぐパンダレイさんの方へ行こう。そっちの発信機はまだ動いているよね?」
「ええ、大丈夫みたい。急ぎましょう……!」
発信機は心臓の音を利用している特別品。反応がないということは故障か、心臓が動いていないかの二パターンしかない。
二人は急いで別行動している神奈達の元へと向かっていった。