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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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293 宿泊――サービス――


 夏の海に来て定番であるビーチバレーやスイカ割り。他にも水泳や釣り、砂遊びなど様々なことをして五時間程。

 時刻は午後七時半。つまり十九時半。

 海を満喫した神奈達は時間も時間なので帰り支度を始めようとしていた。


「いやぁ、今日は楽しかった。海って毎年来るけど飽きないよなあ」


「そりゃあ毎年一回くらいしか来ていないからでしょう。週一とかで来てたら確実に飽きますよ」


 神奈の発言に腕輪が指摘する。確かにたまにしか来ないからこそ良さがあるのであって、週一で来ていたら特別感も消え去って楽しさも薄まるだろう。海でしかできない遊びも週一でやるなら日常の一つとなり面白みに欠ける。


「そろそろ帰らなきゃいけない時間だし荷物を纏めよう。恵、ゴミとかは残さないようにね」


「分かってるよ洋一。でもこうやって帰るとなるとゴミの分別とか面倒だよねー」


 持ってきたお菓子の袋や、遊びで使用した道具などを全て各々が整理していく。ただそんな様子を見て誠二と游奈は意外そうな顔をしていた。


「あれ、お前らもう帰んのか? 勿体ねえな、海に来たなら一泊二日が定石だろ」


「そうだよ、一日じゃ楽しみきれないでしょ?」


「うーん、でも泊るところがな……」


 元々泊まる気ではなかったため、今からホテルを探すとなれば時間がかかるだろう。もしかしたら部屋が空いていない可能性だってある。

 一日でも十分楽しめたため、神奈は無理に泊まる必要もないと思っていた。他の面々も同じ考えである。


「だったらこっからすぐ近くの〈四つ丸ホテル〉に泊まっていけよ。あそこなら今何部屋か空いてるはずからよ」


「なんで分かんだよ」


「バイト先だから情報はスマホに送られてくるんだよ」


「大塚君、君、いったい一日にいくつバイト掛け持ちしてるんだい……?」


 海の家に続いてホテルのアルバイト。一日で二つのアルバイトをするというのはシンプルに、並の者では体力が持たないだろう。家庭の事情なら仕方ないし、誠二なら問題ないとはいえやりすぎな気もしてくる。


 洋一の問いに誠二は指を折り曲げて数えて「朝昼夜で三つ」と答えた。どう考えても働きすぎだ。恋人である游奈との時間などほとんど取れていないことになる。

 二人の時間があまりなくていいのかと恵が問いかけても「大丈夫」としか返されない。不満を溜めこんで爆発するのではないかと神奈達は声に出さず心配した。


「泊まるならオススメだ。今ならサービスしておくぜ?」


「……じゃあ一泊するか。白部君達は大丈夫?」


「僕と恵は問題ないよ。パンダレイさんはどうかな」


「ワタチも問題ありません。少し連絡しておけば理解していただけるでしょう」


「よし、それじゃあ一泊するから一部屋予約しておいてくれ」


 サービスや無料という言葉には人間弱いものだ。まだ夏休みであるし特に予定もないので神奈達は〈四つ丸ホテル〉へ泊まることを決めた。

 それから誠二の案内の元〈四つ丸ホテル〉へと辿り着く。


 丁度漢字の(とつ)のような形をしたホテルだ。海から近いため、満室でなかったとはいえ客は相当数いた。


「それで? サービスってのはなんなんだ?」


 ホテルに着いたので気になっていたことを神奈は誠二に問いかける。


「ああ、そうだな。先に渡しておくか」


 渡すという言葉から連想されるのは割引券などだ。ホテルで使えるなら食事代といったところだろうか。期待を寄せる神奈達に渡されたのは――小さな木製イルカのキーホルダーであった。

 完全に予想外な物を手渡されて神奈達は戸惑う。


「えっと、これがサービスなわけ?」


「おう、俺が内職で作ってるミニイルカキーホルダーだ。一個八百円だけどタダでやるよ」


 恵は「可愛いー」と嬉しそうにして、洋一はそれを見て微笑む。パンダレイは珍しかったのかじっくりと観察している。


「こういうときってクーポンとかじゃないのかよ」


「いやいや、たかがバイトが作れるわけねえだろ。ウチのホテルは割引とか一切ないからしっかり一人二万五千払えよ」


「くっ、微妙に高い……!」


 つい来てしまったことを若干後悔しながら神奈は洋一達とホテルに入っていく。だが入ると同時に誠二が高速移動してどこかへ行ってしまった。突然常人には視認不可能な速度で走り出したので神奈達は呆気にとられる。

 少しして誠二が戻って来たかと思えば、黒いスーツのような制服に着替えており受付のカウンターへと向かっていく。


(遅刻ギリギリだったんだ……)


 全員が心の中で誠二の行動理由をそう決めつけた。実際そうなので神奈達に注意されたとしても何も言い返せない。

 微妙に呆れつつも神奈達は受付へと向かい、游奈が誠二に話しかける。


「それじゃあ誠二、私は部屋に行ってるからね」


「おう。あ、白部達も連れていってやってくれ。部屋はお前の隣にしておいたからさ」


 そう言って部屋のカードキーを手渡す誠二に游奈は「分かったわ」とだけ告げて頷く。

 游奈の案内で神奈達は部屋まで歩き、隣の部屋らしい游奈とは一旦分かれる。分かれ際に「また後でね」と言っていたので遊びに来る可能性は高い。


 部屋に入れば中には二台のベッドにテレビ。海が見えるベランダ。

 ここで一つの疑問が神奈の中に生まれる。部屋で問題なのは二台しかないベッドだろう。


「なーんでベッドが二つしかないのかなー」


「問題ないじゃない。洋一と私が一緒に寝て、神谷さんとパンダレイさんが一緒に寝ればなーんにも問題ないじゃない」


「いや、あの、問題はあるよねそれ。僕の貞操的な問題が」


「だ、大丈夫よ! 手は出さないから……たぶん」


「ここは言いきってほしかった……」


 洋一は俯いてしまう。よく考えてみれば現在の神奈達の男女比は偏りすぎている。なんせ男一人に女三人だ、洋一のハーレム状態と言ってもいい。寝泊まりするにあたってこれでは洋一が肩身の狭い思いをするだろう。さらにいえば恵が隣にいる時点で貞操は奪われると考えていい。


「よし、僕は床で寝る」


「ダメでしょ洋一、ちゃーんと温かいベッドで寝ないと」


「ならパンダレイさんと寝る」


「それこそダメでしょ洋一、彼女がいながら他所の女と寝るなんて」


「なら違う部屋をとるよ」


「無理だよ洋一、きっともう満室になってるから」


 洋一は顔を上げてキメ顔で言い放つ。


「僕は希望を捨てない。たとえどんなに小さなものでも捨てるわけにはいかないんだ」


 こっそりムゲンも「うむ、それでこそ余のパートナー」と同意している。

 何がなんでも諦めない洋一は部屋を出て確認しに行った。だが現実は非情である。――結果として誠二が告げたのは「ついさっき満室になった」という残酷な事実であった。




 * * * 




 ――時刻は午後十一時。つまり二十三時。

 ホテルに泊まることになった神奈達はまだ眠っていない。バイトが終わった誠二と、游奈の二人が遊びに来たことで部屋は一層騒がしくなっている。


「枕投げ開始!」


 なんともまあバカらしい遊びだろうか。高校生にもなって枕投げなどする人間はそういないだろう。余程童心を大事にしているんだなと神奈は思う。同じことを洋一も思っていたのか、二人は顔を見合わせて困ったように笑う。


 まずは恵の剛速枕が誠二の顔面へ容赦なく激突する。いくら枕といっても音速を超えて飛来してくればそれなりに痛い。常人ならおそらく死ぬ。しかしそこは伊世高校の生徒、並の人間ではないため青筋を額に立てているがダメージはほとんど受けていない。


「おい、何いきなり枕投げてんだテメエ。いいぜ、この俺が本物の枕投げを見せてやるよ。中学んときのあだ名で枕神と言われていた俺の力を見やがれクソが!」


「ふっ遅いわ。そんなスローな枕じゃ掠りもしないわよ」


 軽々と投げられた枕を避ける恵は次の枕を――洋一の枕を手に取ってぶん投げた。これには洋一も驚愕して「僕が使う枕!」と叫ぶ。

 枕投げをするのは百歩譲っていいとして、枕の数が四つしかないのが問題であることに誰も気付かない。これでは一人一枕になってしまい攻撃は一度きりになってしまうのだ。


 誠二に向かう枕を横から游奈が掴む。

 恋人に向けられた(ぶき)はしっかりと受け止める覚悟を持っていた。そして敵対する者を殲滅する意思もちゃんと持っている。


「この枕を受け止めきれるかな?」


「ふっ、来なさい!」


 游奈が思いっきり腕を振りかぶって枕をぶん投げる。それに対して恵は逃げずに立ち向かうことを選択。

 両手を前に突き出す恵が枕を受けとめ、予想以上の強さで手が弾かれて枕が胸に衝突した。予想外の事態に恵は「バカな……」と呟いている。


「これは……枕が、枕が濡れている!?」


 水で濡らした動きもなかったというのにびしょ濡れになっている枕。不思議な現象に恵は目を見開き、胸にぶつかった枕を手に取る。


「ふふふ、これが人魚なら誰しもが持つ力――水操(すいそう)。体内だけにとどまらず周囲の水分の向きを操ることができる能力」


「なるほどね、空気中の水分と自分の水分を枕へ流したわけか」


「濡らした枕は威力増大。到底防ぎきれる威力ではないわ」


(やべぇ、いくらなんでも枕投げに真剣すぎるだろ。こいつら本当に高校生か? 精神年齢小学生レベルじゃね?)


 密かに神奈は枕投げをしている三人を見下す。

 そしてそんなとき、未だに動いていなかったパンダレイが自らの枕を手に取り投擲する。


「喰らってください! これがワタチの全力全開、マクラライトブレイカー!」


「なにぃ!? 予想外のやつが遊びに乗ってきやがった!」


 唐突なパンダレイの枕攻撃に叫びながらも誠二はなんとか避けた。そしてその枕は神奈の顔面に勢いよくぶつかった。

 呆けていた神奈は少しして「ふっふっふ」と不気味な笑い声を上げる。


「上等だ、全員かかってこいやあああ!」


 立ち上がって叫び、神奈は投げられた枕を投げ返す。

 先程まで一緒に保護者的立ち位置にいた相手が、枕投げに交ざったことで「えぇ……」と洋一は困惑の声を漏らした。



 しばらくして時刻が午前零時になると枕投げという戦いは収束する。

 魔力を纏わせていたことにより枕のダメージもゼロ。部屋にも一応気遣っていたので傷はゼロ。とりあえずは何一つ問題なく終われた。


 夜も遅い時間なので全員が就寝準備に――入ることなく話が盛り上がる。


「うそ! それ最高じゃない!」


「そうなのよ! 最高の誕生日プレゼントだったの!」


 話は主に恵と游奈の二人が盛り上がっていた。眠さなど感じさせない二人の話に神奈達は呆れ気味である。


「いいわよねえそういうの、私も誕生日は毎年盛り上げてほしいわ。……そういえば、海梨さんって大塚君とどんなふうに付き合ったの?」


 ここで恵が次の話題として游奈と誠二の出会いについて訊いた。

 訊ねられた游奈は誠二の方を見やり、二人は顔を多少赤くして髪を弄る。


「大塚君、君はどんなふうに海梨さんと出会ったんだい? 付き合い始めたキッカケが恥ずかしいなら馴れ初めみたいなものから話してみなよ」


「うぐっ……白部、お前こういう話に加わるタイプだったのか」


「ちょっと気になるからね。二人は随分と仲がいいからさ」


 確かに二人は入学当初からラブラブなカップルであるので仲はとてもいい。出会いは入学以前からであると分かる。だが神奈は特にそういった恋愛話は気にならない。


「誠二、いいじゃない。私達がどう出会ったかくらい話しても」


「まあ游奈がそう言うなら話してもいいか……。そこまで大した話じゃないから期待に沿えないと思うんだが」


 興味がない神奈は立ち上がる。


「悪いけど、私はちょっと出てくわ」


 急に出ていった神奈に誠二は目を丸くした。

 原因が思いつく洋一は全員に説明する。


「あー、神谷さんって恋バナとか苦手なんだよ。まあ今は特に恋愛だとかそういった話は聞きたくないのかもしれないね」


 分かっていない恵が「どうして?」と問いかけるも、すぐに答えに辿り着いたのかハッとした表情になる。


「心の傷が……まだ癒えていないから、じゃないかな」


 顔を出口に向けた洋一は告げた。その頭では神奈が出ていった原因となっているだろう存在――消えたソラシドという子供のことを思い返す。

 事情を知る恵も表情に影が差す。知らない他の三人もただならぬ雰囲気を感じ取って追求することは止めておいた。







 ここにはいなかった人達。


明日香「珍しいですよね、速人が生徒会業務を積極的にやり出すなんて。明日は世界崩壊の日でしょうか」


速人「黙れ。俺だって仕事をしたくなるときくらいある。……まだ気持ちの整理がつかないからな。こうしてどうでもいいことをしながらゆっくりと心を落ち着かせているんだ」


明日香「……え、どうでもいいんですか? あ、そうですか。そうですよね。……どうでもいいのか」



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