292 水泳対決――ナンパされれば全員美少女――
約束の時間となって、バイトの終わった誠二達と神奈達は合流する。
「えっへへぇ~誠二の腕は相変わらず逞しいねえ」
「まあバイトしてるしな」
エプロンを取って水着となっている二人はカップルだとアピールするように腕を組んでいた。ラブラブな雰囲気を片時も崩さない二人を見て、一緒に遊ぶのを許可したのはどこであれ関係なくイチャつくからかと神奈達は納得する。
「洋一、私達も腕組もっか」
「うーん……車椅子だから変な体勢になりそうだし止めようよ」
車椅子の洋一では、立って歩いている恵と腕を組むとなれば恵側に体を僅かに傾けなければならない。少し洋一にとって苦しい体勢だ。
「神谷様、ワタチ達も腕を組みましょうか」
「おい私達カップルじゃないよ。空気に便乗しなくていいから」
恋人でもないので当然神奈はパンダレイと腕を組まない。
六人が浜辺の砂浜をゆっくり歩いていると、近くから男に声を掛けられる。
「おいおい可愛い子ちゃーん、そんな男共放っといて俺等と遊ばねえー?」
(うわぁ……あからさまなナンパ男が二人も来た)
明らかにチャラい雰囲気の、海に来て常時ナンパをしていそうな男が二人現れた。神奈達全員がげんなりとした表情になる。
「……あのさ、俺達がラブラブなの見て分からねえ?」
「けけっ、知らねえっしょ。お前や、そこの車椅子のガキと遊んでいるよりも、俺達と遊んだ方が可愛い子ちゃん達も楽しいっしょ」
「ちょっと洋一のことを車椅子のガキとか呼ばないでよ! ぶっ殺すわよアンタ等!」
「いや怖い怖い、落ち着こうか恵。ほんと落ち着いて」
殺意の込められた目を向ける恵の腕を洋一が掴んで制止する。
車椅子であることで見下す視線を向けるチャラ男二人も悪いが、さすがに殺気を向けるのはやりすぎだ。一般人に強烈な殺気を向けようものなら、それだけで心臓発作を起こして死ぬ可能性すらある。もっともチャラ男二人は鈍感で少し寒気を感じる程度だったが。
「怖いな……じゃあ彼氏クンがいなそうな二人はどうかな?」
先程まで黙っていたチャラ男Bが口を開く。……開いたと思えば結局はチャラ男Aと同じくナンパなのだが。
「すみません、ワタチはただの人間には興味ありません。機械人になって出直してください」
「えーっと……じゃあそっちの君は?」
「普通にキモいんでどっか行ってくれない?」
容赦ない口撃がチャラ男達を襲う。パンダレイに至っては人間をやめてこいと告げているのだ。さすがに空気の読めないチャラ男達も引く――
「いやいや酷すぎっしょ! これはお詫びとして俺等と遊ぶしかないっしょ!」
――わけもなくグイグイと距離を詰めようとする。
恋人持ちがいる中で引かないその姿勢に神奈は逆に感心した。もちろんあまりいい意味ではなく、感心と同時に呆れている。
「ねえ誠二……怖い」
「……大丈夫だ、游奈には指一本触れさせねえから」
腕に先程よりも強く抱きつく游奈の頭を誠二は撫でる。
それを見た恵は目を輝かせて洋一の腕へと抱きつく。
「ねえ洋一……怖い」
「僕は君の方が怖くなってきたよ」
一応頭を撫でる洋一だが、恵の行動が隣のカップルの行動を見たから起こしたものだと分かっている。
瞬時に自分の恋愛テクニックに取り入れる貪欲さに洋一は恐怖を覚えた。このまま流れに身を任せて誠二達がキスやそれ以上のことをしようものなら、恵も瞬時に模倣してくるだろう。
「ねえ神谷様、こわ――」
「だから便乗すんなっつってんだろ。こっち寄んな」
真似したパンダレイを神奈は冷たく突き放す。
「無視とか酷いっしょ! 俺等と遊ぶっしょ!」
「ならこうしよう。俺達と君達三人ずつで水泳対決をするんだ。勝った方が相手に言うことを聞かせられる。もちろん法に触れるようなものはなしでね」
「いいっしょそれ、採用っしょ!」
勝手に決められた対決に神奈達が取り合うはずもない。こんなもの無視すればいいだけだ。神奈達――パンダレイ以外の五人は背を向けて歩き出し、
「それ、採用っしょ!」
チャラ男Aと同じ動きと言葉で便乗したパンダレイの言葉に硬直する。
ピストルのようにした両手をチャラ男Bに向けているチャラ男Aも驚いて、神奈達と同じように目を見開いていた。しかしすぐに調子を取り戻す。
「いいね君、最高っしょ!」
「いいですねあなた、最高っしょ!」
「なんでお前そっちに便乗してんだああああ!」
便乗してしまったパンダレイを責める視線を神奈は向ける。だがそれ以外、洋一達の視線は神奈の方へと向いていた。
責めるような視線を向けられて神奈は動揺する。
「え、ちょっ、なんでそんな責めてる目向けんの? これ私が悪いわけじゃないよね!? 明らかにパンダレイのせいだよね!?」
「いやノリが悪かったからこうなった可能性も……」
理不尽が神奈を襲う。実際のところ神奈は何も悪くないのに、場の空気が完全にパンダレイを援護するような流れになってしまう。
この場合悪いのはどちらなのか。神奈か、それともパンダレイか。正直どちらともいえないので神奈はチャラ男二人に責任を押しつけた。
「それじゃあ三対三の水泳対決を始めるっしょ!」
「始めるっしょ!」
「……お前ハマったのか?」
懲りずに便乗するパンダレイを神奈はジト目で見やる。便乗されて嬉しそうなのはチャラ男Aだけだ。
――洋一はそこであることに気がついた。この勝負を始めるにあたって最も重要な問題とも言えなくはない。
「あの、そちらの人数足りてないんですけど」
人数だ。チャラ男Bが自分で三人と言っておきながら、彼らは二人のみ。三対三の水泳対決を始めるのにはあと一人選手が必要である。
「ああ待ってくれ、元々ここには三人で集合する予定だったからな。焦らずとも今から連絡するさ。あいつが着き次第始めよう」
そう言ったチャラ男Bは走ってどこかへ向かい――五分程度で戻って来た。その表情は暗く、とても先程までナンパを止めないで乗り気だった男とは思えない。
「……あいつ、熱出して来れないってさ」
「出だしで躓いてるじゃん」
言い出した側の人数が揃わないというまさかの事態が発生する。
神奈達としては別に勝負する理由もないので別に構わないのだが、チャラ男Aは諦めきれずに提案した。
「それなら誰か誘ってくるっしょ! ちょっと待ってるっしょ可愛い子ちゃん達ぃ!」
「諦めてくれていいのに……」
無駄なところで不屈の精神を発揮するチャラ男Aに神奈達は呆れる。
いくらなんでもナンパに対して真剣すぎる。人数が揃わなかったなら『じゃあしょうがないっしょー、別の子捜すっしょ』と諦めるか『じゃあしょうがないっしょー、二対二にするっしょ』と条件を変えればいいのだ。三対三に拘る理由など何一つないはずなのに、いったい何がそこまでチャラ男Aを駆り立てるというのか。
三分程経ち、意外にも早くチャラ男Aが戻って来た。その一歩後ろには――筋肉モリモリマッチョマンが存在していた。
「お待たせっしょー!」
(え、何あれ……いや明らかに一人画風が違うというか、この世界に合っていないというか……とにかく想像以上に凄いやつ連れてこられた……!)
贅肉など見当たらず、筋肉がつきすぎている筋肉モリモリマッチョマンとしか形容できない男。あまりの存在感に神奈達は戦慄する。
「お前達が水泳対決の相手か。よろしく頼む!」
ただ声を発しただけで世界中の空気が震える。
(えええぇ、なんなんだよこの人。やばすぎる……ていうか強すぎる。今〈ルカハ〉で見たらとんでもない数値記録しちゃったんですけど)
「よお、お前もよろしくな!」
神奈の腕輪にまで話しかけてきた。もはや色々と底が知れない筋肉モリモリマッチョマンである。
腕輪は「よろしくお願いします」とだけ返した。それに驚くことすらしない。どれだけ肝が据わっていれば喋る腕輪に驚かないのだろうか。
「人数は揃ったね。それじゃあ出る人と順番を決めて海に入ってくれ」
チャラ男Bの発言で神奈達は予め決めていた者が海に入水する。
「一番手の可愛い子ちゃんは君? 気が合う可愛い子ちゃん!」
「そうっしょー、ワタチっしょー」
先鋒はパンダレイだ。一番にこの勝負に乗っかった張本人なので誰からも異論は出なかった。
中堅は恵、大将は神奈。いざ選出してみればまさかの女性陣のみで構成されたチームになった。游奈は一身上の都合により海に入れず、洋一も義足を心配して入れない。誠二については出ようとしたのだが、全員の票が原因の一端らしい神奈に集まったことで辞退した。
神奈は「ハマったんだな……」と呟き、水泳対決のことを考える。身体能力面では伊世高校にいる以上高いはずだが、機械人という存在がどれだけ動けるのか想像もつかない。
ルールとしてリレー制なので一人遅くても差は詰められる。最悪パンダレイが負けることも神奈は予想している一つの結果だ。
「それじゃあカウントダウンで始めよう」
チャラ男Bが開始の合図を決めて口を開く。
「三、二、一……スタート!」
今、水泳対決が開始された。
チャラ男Aは好調なスタートを切り、グングンと先へ進んでいく。
五十メートル先にまで伸ばしたメジャーの先端を折り返し地点としている。チャラ男Aは早くも十五メートル泳ぎ、差を広げていく。
――対するパンダレイは微動だにしていない。
「おいどうしたパンダレイ。勝負は始まってるんだぞ」
「そうだよ、早く泳がないと負けちゃうよ!」
焦る神奈達に顔を向けてパンダレイは告げる。
「――どうやって泳ぐのか分かりません」
「先に言えええ! いつまで経っても泳がないのそういうことかよ!」
十六歳になって泳げないのは百歩譲って分かるとしても、泳ぎ方すら知らないのは普通千歩譲っても納得できない。ただそれは一般人ならの話だ。マテリアル・パンダレイという少女は特殊な時間の過ごし方をしており、現在までのほとんどの時間を霧雨家地下で過ごしている。当然知らないことも多い。
今から教えてもいいが、クロールだろうがバタフライだろうが平泳ぎだろうが教える時間が惜しい。神奈はそう判断し、詳しい説明を捨てて大雑把に言い放つ。
「パンダレイ、泳ぐってのはつまり前へ進めばいいんだ」
「なるほど理解しました、データに書き加えておきます。それでは只今から水中での移動を開始します」
そう告げるとパンダレイは水面と平行になることで浮き始めた。バタ足でもするのかと神奈の甘い想像を打ち消すように、両足の中心から高温高圧ガスを放出することで進む。
ロケットと同じ仕組みで泳ぐ……それを泳ぎといってしまうのは泳ぎ始めた人類への侮辱になるが、何にせよ勝負はようやく始まる。
大きな水飛沫を上げて、高熱高圧ガスを噴射して前へ進むパンダレイはあっという間にチャラ男Aを追い越し――遥か彼方へ消えていった。
「帰ってこおおおおい!」
神奈の叫びでもパンダレイが戻ることはなかった。
――数分経過。チャラ男Aはゴールして、チャラ男Bへと代わる。
余裕そうな顔をしているチャラ男Aを殴りたい衝動に駆られた神奈は必死に我慢する。……というか今すぐに殴りに行きたいのはパンダレイの元だ。
「ど、どどど、どうしよう神谷さん。帰ってこないんだけど」
「このままじゃ私、誠二の彼女じゃいられなくなっちゃうよ!」
「安心しろ游奈、負けても逃げりゃいい話だ」
游奈のように「そっか!」と安心できるような精神を神奈はしていない。いや、神奈はもとよりチャラ男達に付き合うつもりなどないのだ。問題は勝負の勝敗である。一応勝負というからには勝つつもりだったのだが、完全に予想外な展開で負けそうになっている。
(パンダレイ……あいつには一か月くらい常識叩き込む期間を設けた方がいい気がする)
――突如飛行機のような音が鳴り響く。
「あれ、なんの音だろう」
「しょー! あれ見るっしょ!」
そしてチャラ男Aが遠くを指した瞬間、ミサイルのように神奈達の傍へ何かが降り立った――というかパンダレイだった。
「ふぅ、ただいま帰還しました」
砂浜を爆発させたパンダレイは悪びれもなく告げる。
ここで疑問に思うのは、戻って来た方向が海とは真逆からだったということだ。考えたくもないが神奈の思い当たるのは一つしかない。
「……どこまで行ってやがった?」
「地球を一周してきたところです、中々快適な旅でした。あ、お土産のタコスいりますか?」
「余計な時間使いすぎだろ! 今タコスなんていらねえよ!」
どこの世界に水泳対決をしている途中、地球を一周したうえメキシコに寄ってお土産を買う人間がいるというのか。神奈は小一時間程問い詰めたい気持ちがあるが……今は勝負の真最中だ。
「まあいい、恵! 中堅はお前だ!」
「あっ、ちょっとタコス食べ終わるまで待ってもらえる?」
「タコス食べてんじゃねえよ! ねえ私達今一応勝負してるんだよね!?」
みっともなく早食いする恵は早々に食事を終え、パンダレイに「美味しかったよ」とだけ告げて海に入る。
勝負の緊張感などまるでない。チャラ男Aと筋肉モリモリマッチョマンまでタコスを食べて「美味しいな」と声を漏らしていた。
恵が泳ぎ始めるときには、チャラ男Bがもうすでに折り返し地点を通過して戻り始めていた。
普通に考えれば負け確定なのだが心配無用。パンダレイのときはアクシデントもあり差が酷かったが、恵達は伊世高校の生徒なのだ。強者ばかりを集めた伊世高校生徒なら一般人相手に無双することなど容易い。
身体能力が高い恵のクロールはとても速かった。手足の動きが音速を超えていることであっという間にチャラ男Bへと追いつく。
余裕こいていたチャラ男二人が「はやっ!」と驚愕し、今さら焦り始めてももう遅い。恵が追い越してゴールし、海から上がって神奈とハイタッチする。
これで大将である神奈が海へと勢いよく入り泳ぎ始める。
身体能力が恵よりも圧倒的に高い神奈なら楽勝――かと思いきや平均的な速度のクロールを行っていた。
単純に、神奈は泳ぐのが得意ではなかったのだ。ぎこちない動きゆえにせっかくの身体能力が台無しになっている。先程の恵と比べられて「おそっ!」と言われて額に青筋を立てる。
神奈がごく普通のクロールで十メートル地点にまで到達したとき、ついに助っ人である筋肉モリモリマッチョマンが海へと入水した。
そして――海で爆発が起きた。
別に仕掛けられた爆弾が爆発したとかそういうわけではない。筋肉モリモリマッチョマンの筋力から生み出されるあまりの素早い動きによって、海から大量の水飛沫が宙に舞っただけだ。
(やっばっ! いや分かってたけどやばいってあの人!)
たった一秒。神奈と筋肉モリモリマッチョマンが並んだ時間だ。
このままでは負け確定なので神奈も本気を出す。泳ぎはすでに全力なので使用するのは魔力加速。パンダレイのように推進力となるエネルギーを放出して進む。
一瞬で二人は折り返し地点に到達して素早く方向転換する。
神奈は魔力を一気に放出して加速を繰り返し、筋肉モリモリマッチョマンはただ泳ぐ。二人の泳速はほとんど同じであった。
チャラ男二人の視界に収まることなく二人がゴールする。
ゴールして海から上がると同時に、今泳いできたコースが大爆発を起こす。あまりの速度に二人の動きから発された衝撃がたった今広がったのだ。
「あー、どっちが先にゴールしたんだろ」
「お前の方が速かったさ。俺もまだまだ鍛えたりないな」
「マッチョマン……。そうか、私の勝ちか」
自ら敗北を認めた筋肉モリモリマッチョマン。
神奈は勝利に笑みを浮かべ、恵達の方へと駆け寄って「勝ったー!」と叫ぶ。
喜び合う神奈達と対称的にチャラ男二人は落ちこんでいた。まさか女子高生に負けるとは思ってもいなかったのだろうと神奈は推測する。
「いやぁ、俺達の負けっしょー。ほんっと驚いたっしょ」
「正直ヤバいもの見た気がするけど気にしないでおくよ。それにしても、あの助っ人を入れても勝てなかったなんて情けないなぁ」
チャラ男二人が神奈達に歩み寄る。
もう二人にナンパしようとする意思はない。純粋な気持ちで神奈達に話しかけていた。
「負けるかと思ったよ。結構お二人さんも速かったしさ」
「ははっ、元水泳部だからね。負けてるから威張れないけど」
「勝負は勝負、俺達の負けっしょ。今日は可愛い子ちゃんの元から消えるけど……次に会ったらまた水泳対決するっしょー」
そう言ってチャラ男二人は立ち去った。
意外と悪い人間ではなかったのかもしれないと神奈は思う。もしかすればあの二人とも、すでにいなかった筋肉モリモリマッチョマンとも、将来また再会するときがあるかもしれない。
「よし、気を取り直して遊ぼう!」
将来のことはいい。大事なのは現在だ。
ナンパも退けたので、神奈達はやると決めていたビーチバレーで遊び始めた。
来週から投稿の数戻していきます。ちょっと平日がキツイので執筆はほとんど休日になってしまうんですが。
一週間で二話ってのが現実的かもしれません。




