291 奇遇――海の家――
現在、神奈達四人は昼食のために海の家に来店している。
ビーチバレー対決で敗北したため全員の代金を神奈が支払うことになっている。元はパンダレイも払う予定であったのに、途中から洋一のチームに移ったことで奢られる側になったのだ。屁理屈と言いきることも出来ずに神奈は受け入れてしまった。
レストランのような海の家で、白い椅子に腰かけて神奈達はメニュー表を見ていく。
定番の焼きそば、焼きとうもろこし、ラーメン、カレーライスなども食欲をそそるが、一番人気なのはかき氷である。真夏の猛暑の中食べるかき氷は好きな人が多い。
「なんでもあるからやっぱり悩むわねー」
「僕は焼きそばにしようかな」
「じゃあ私も洋一と同じにするわ」
悩むと言っていた恵がすぐに決めた。
洋一が頼んだものならおそらく全て食べるだろう。
割とすぐに決定した恵や洋一と違い、パンダレイは「……むぅ」と唸り難しい顔をしている。悩むというのはこういうことだ。
「パンダレイはどうする? 私も焼きそばにしようかと思うんだけど」
「おかしいです。なんでもあると書かれているのにオイルがありません」
「そりゃあるわけないだろ人間が来る場所なんだから。あったら怖いわ」
オイルなど海の家にメニューとして出されていたら恐怖以外の何物でもないだろう。仮にあったとして頼む人間はいない。実際に飲んだらお腹を壊すどころか死ぬ可能性すらある。
「海の家にオイルは置いていない。データに書き加えておきます。……それで私は何を頼めばいいのでしょうか」
「何も頼まなくていいと思う。雰囲気だけ感じてろ」
パンダレイは機械人。主食はオイル。そもそも飲食は必要としていない。以上のことから海の家に来る必要はない。
「あ、全員決まったわね」
恵が四人分、正確には三人分決定したことで店員を呼ぶ。
飲食店では呼び出しボタンがあったりするのだが、今来ている海の家には存在していないのだ。注文したりするときは「店員さーん!」と声を大にして言い放つしかない。
呼び出しから数秒。
水着の上からエプロンを着用している少女が神奈達の席までやって来る。
海のように青く、太もも辺りまである長髪。前髪に白いカチューシャをつけているその少女は神奈達の知り合いであった。
「あれ、鷲本さん? それに白部君に神谷さんにパンダレイさんも……」
給仕として来た少女――海梨游奈は伊世高校のクラスメイトである。
以前同じくクラスメイトの大塚誠二との痴話喧嘩を止めてから、主に恵と多少の交流があった。同じ恋する乙女であったことが仲良くなるキッカケだったのだろう。
「海梨さん! どうしてここにいるの?」
「誠二の付き添いでアルバイトしてるんだ。みんなは海に遊びに来たんだよね」
「そうなのよ、奇遇ね。あ、注文いい?」
会えたことは嬉しいが今は注文優先だ。
恵の言葉に「あっ、ごめんね」と謝った游奈は、エプロンのポケットからメモ用紙とペンを取り出して注文を聞く準備を終える。
メモを取ろうとしているところ悪いが神奈達の注文は「焼きそば三つ」というシンプルなものだ。届け先も知り合いであるため分かりやすい。聞いた游奈は覚えやすい注文だったのでメモを取らず、道具をエプロンへと戻す。
「焼きそば三つね、承ったわ」
尚、この後「オイルはありますか?」というパンダレイの問いに、游奈が苦笑して「な、ないです」と返すどうでもいいやり取りがあった。
游奈は注文を厨房の人間に伝えるため戻っていく。
「しっかし驚いたよね、まさか知り合いが海の家でバイトしてるなんて」
「まあ確かにね。でも大塚君がよくバイトしているっていうのは聞いてたから、すんなりと受け入れられるかな」
洋一の言葉に神奈が疑問を抱く。
「あれ、白部君って大塚君と仲いいんだな」
「たまに愚痴を零し合ってるよ……主に女性関係で」
「……楽しそうな感じではないな」
同じ恋人持ち。しかもヤンデレ属性ということで通じるものがあった誠二と洋一はすぐに仲良くなれていた。話題が恋人のことと、暗い明るいの違いはあるが恵と游奈の会話に似ている。
「ええ! 愚痴って、洋一を困らせる女がいるの!? もう関わるなって私が強く言ってあげようか!?」
(百パーセントお前のことだろ)
(恵のことなんだけどな……)
(鷲本様のことなのでは……?)
知らぬは本人だけである。本人以外は容易に理解しているというのに、洋一を困らせることが多い女が自分であることにはまだまだ気付きそうにない。
「関わるなって言えない相手なんだよ。なあ白部」
「大塚君、今度は君が来たんだね」
焼きそば三皿を運んできたのは誠二である。運び方は危なっかしく、両手に一皿ずつ持つのはいいが頭にも一皿乗せている。
落としたら大惨事だ。トレイか何かを使えばいいのにと神奈は思った。
「焼きそば三つお待ちどう。なんか久し振りだなお前ら。游奈に教えられたから一応挨拶しておこうと思って来てみたぞ」
両手に持つ焼きそばの皿を置き、その後で頭上にある一皿を置く。
洋一が焼きそばを恵と神奈にも分けつつ口を開く。
「夏休みまでバイトなんて大変だね。家計が苦しいんだっけ?」
「ああ、俺は游奈と二人暮らしだからな。今のこともそうだけど、将来も考えてバイト掛け持ちしねえと収入が足りねえんだよ」
誠二の言葉に恵が「同棲じゃない!」と食いつく。
「素敵ね。洋一、私達も同棲しちゃう?」
「ごめんね恵、今はムゲンとの時間も大切にしたいんだ。彼女が恵を受け入れられるまでは待ってほしいかな」
ムゲンは恵を怖がっている。そんな状態で同棲などして上手くいく保証はない。
恋人であることに自信を持つようになった恵はムゲンのことを気にしなくなった。以前は脅迫染みたこともしたが、今は可愛い娘のように思っている。恵も精神面で進歩しているのだ。
ただ過去は消えてくれない。ムゲンが抱いた恐怖は薄まっているのだが、接するのに問題がなくなるにはまだ時間がかかる。
「だよね、分かってる。高校生活が終わるまでは待つから安心してね」
逆に高校生活が終わるまでしか待ってくれないのか、と神奈は密かに思う。
「ありがとう。……そうだ、大塚君も一緒に遊ばない? 海梨さんとデートしたいっていうのなら無理しなくていいんだけど」
「マジ? いいのか? じゃあ交ざらせてもらうわ。デートならいつでもできるからな、今はクラスメイトと親睦を深めておくのがいいだろ。バイトのシフトは一時半までだから終わったら行くわ」
「一時半までなら僕は待ってるよ。みんなはどうする?」
海に入らない洋一は特にすることがない。砂遊びなどする年頃でもないので暇なのだ。
一時半まではあと三十分程なので待てないことはない。神奈達も洋一を一人にするつもりはないので一緒に待つことを決める。
三人が「待つ」と告げると洋一は少し嬉しそうに笑う。
「なんか悪いな、貴重な時間を俺らのせいで使わせちまって。待ってくれんなら食後のデザートとしてかき氷奢るぜ」
「ほんとっ!? じゃあ私は苺ね!」
「あー、なら私はブルーハワイで」
「僕はみぞれでお願いするよ」
「ではワタチはオイルでお願いします」
誠二は「あいよー」と言って厨房へ戻ろうとして、リクエストされた聞こえてはならない一つの味に驚愕して振り返る。
「オイル!? いやどういう味だよそれ!」
「オイルはオイルです。それ以下でもそれ以上でもありません」
「……分かった。いや本当は分かってないけど、とりあえず用意してみる」
今度こそ厨房に戻り、その後で誠二が持ってきたのは注文通りのかき氷。
苺、ブルーハワイ、みぞれ――そしてごま油。
オイルといえば油だ。しかし海の家にある油など料理に使うもののみ。その中でも食べられそうな油を選んだ結果ごま油になったのだ。
説明を受けたパンダレイはどこか落ち込んでおり、それ以外の者はごま油味という未知の領域に興味を持つ。
一口食べる許可を貰い、食べてみた神奈達は「意外と不味くない……」という感想を零した。




