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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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290 浜球――二対二がベスト――


 海に来てやることの一つでとあるスポーツの名が挙がる。

 神奈達四人はできるだけ人の少ない場所で専用のネットを立てて、それを中心にコートのような長方形を砂浜に描いていく。

 これからやろうとしているスポーツとは――ビーチバレーだ。和名で浜球(ひんきゅう)とも呼ばれるそれはバレーボールを砂浜で行うだけである。


「よーし、じゃあチーム分けはグーパーで決めるか」


「グーパーとはなんでしょう。古より伝えられる取り決めですか?」


「そんな大それたもんじゃないよ」


 グーパーとは単純にジャンケンのグーとパーのことである。

 二種類の手の形のどちらかを選び、形が被った相手とペアを組む簡単なものだ。


「ふふ、私は洋一とペアになるわ。グーパーだろうがなんだろうが運命も捻じ曲げてあげるわよ」


「特殊能力の有無、なし。鷲本様には不可能と判定」


「何かの能力なんて関係ないわ。愛の女神は愛ある女に微笑むのよ」


「理解不能。意味が分かりません」


 もちろん愛の女神だろうがなんだろうがイカサマはできない。

 全員が左前足を前に出し、右拳を引いて一斉にグーパーを開始する。


「グーとパーで分っかれましょ!」


 結果はこうなった。

 グー。神谷神奈。鷲本恵。

 パー。白部洋一。マテリアル・パンダレイ。


「うああー! どうしてこうなるのよ! もしかして愛の女神は私に嫉妬してるわけ!?」


「嫉妬する要素どこだよ」


 悔しそうに地団駄を踏む恵は叫び、冷静なつっこみを神奈がいれる。

 一方、パンダレイは洋一へと手を差し出す。


「よろしくお願いいたします、白部様」


「あーうん、よろしくねパンダレイさん」


 遠慮しがちに握手する洋一はにっこりと笑う。

 ぎこちないとはいえ握手を見た恵が叫ぶ。


「あー! 私って彼女がいるのに他の女と手を繋いだあ!」


「手を繋ぐのくらい別にいいじゃんか」


 友達同士でもする程度のことだ。これがキスや性行為などなら怒って当然、殴られても当然なのだが、手を繋ぐ程度で嫉妬するのは如何なものだろうか。


「ダメよ、洋一の全ては私のものなんだから! 肌と肌が触れ合うなんて許せないわ!」


「……怖いなヤンデレ」


「そうだわパンダレイさん、私とペアを交代して! 別に誰とでもいいなら私のために交代して!」


 一瞬で恵はパンダレイの至近距離に近付き、両肩を掴んで前後に揺らす。

 何度も何度も揺らされ続け、首が前後にガクンガクン動いていたパンダレイは口を開く。


「いいですよ、ペアを代わりましょう」


 恵は「ほんと!?」と嬉しそうに叫んで両肩を放す。

 これによりチーム分けは変化する。神奈&パンダレイ、洋一&恵の二チームだ。


「驚きました、本当に鷲本様と白部様がペアになるとは。愛の女神は実在する、データに加えておきましょう」


「いやいないから。いたとしたら最初の時点でペアになってるから」


 余計なことを覚えようとするパンダレイに神奈はすかさずつっこむ。

 現状、恵が洋一のペアになれたのは愛の女神という胡散臭い存在のおかげではなく、ただ単にペアになりたいがために多少強引に迫った恵の力技である。これでペアになれるなら、というかごねると分かっていれば神奈は最初から恵を洋一のペアにしている。


 何はともあれチームが決まったのでビーチバレーの始まりだ。

 二人ずつに分かれた神奈達はネット越しに向かい合う。


「さあ勝負の始まりね。ただ遊ぶのもいいけど、どうせなら何か賭けでもしてみる?」


 バレーボールを持った恵が唐突にそんなことを言った。


「別にいいけど、何を賭けるつもりだ?」


「そうだねえ、あんまり重すぎる内容でもあれだし……決めた! 負けたチームは今日のお昼、海の家での食事奢りね!」


 学生同士の賭け事としては妥当な内容である。

 賭け事はあまりよくないと思われがちだが、友人同士でなら遊びの範疇で済ませられる程度のものならいいゲームになる。行き過ぎた内容だと虐めになってしまうが昼食を奢る程度なら問題ない。

 神奈も「乗った!」と言い放ち、燃え上がる真剣な瞳で相手を見つめる。


「それじゃあいっくわよおぉ」


 ネットの傍に寄った恵と神奈。

 そして今、恵の手からバレーボールが真上に投げられてトス勝負が開始された。

 宙を舞うボールへと二人が跳ぶ。


「もらったわ!」


 単純な脚力から生み出される速度なら神奈の方が圧倒的……なのにボールは恵に取られる結果となった。

 この試合最初のトスは全く公平ではなく不公平なものなのだ。本来バレーボールの試合最初のトスは選手ではない誰かが真上へと投げるのに、今回は選手である恵が投げている。瞬発力がものをいうトス勝負で、タイミングを自分で決められる恵の方が勝つのは自然なことである。

 恵が勝利したことにより最初のサーブ権は洋一チームになる。


 ボールを手渡された洋一は車椅子に座った状態でボールを上げ、山のような軌道を描くように計算してサーブを打つ。

 威力的には全く大したことのないサーブだ。


「パンダレイ、頼んだぞ」


「お任せください」


 確実に取れる。そう思って神奈はパンダレイに任せた――その結果。


「ロケットぱーんち」


 ボールはパンダレイの右拳と一緒に遥か彼方へ飛んでいった。


「おいいいい! なんで右手ごとボールぶっ飛ばしてんだああ!」


 パンダレイはクエスチョンマークを浮かべて首を傾げている。


「いや何言ってんのって顔すんな! あれこれ私おかしくないよね!? ルール分かってないのお前だよね!?」


「ビーチバレーとは、相手の撃ったボールを跳ね返せばいいのだと記憶しています。何か間違ってしまったのでしょうか」


「大雑把! ちゃんとボールを相手のコートに返してくれ! つうか右手なくて大丈夫か!?」


「問題ありません。すぐに戻ってくるよう和樹様にプログラムして頂きましたので。――ただ今マスターから連絡がありました。どうやら右手は我が家の台所を粉砕したようです」


「お前あいつに迷惑しか掛けてなくねえ!?」


 パンダレイの〈ロケットぱーんち〉は自動で霧雨の元に行くようプログラムされている。結果、霧雨が家にいたら破壊を受けるのは家になるのだ。元々主従での配達に便利だからという理由からある機能らしいが、いちいち破壊が起きる機能など神奈は外せばいいのにと思う。


 三分程経つと、ボールと右拳が戻ってきたので試合を再開する。


「よーし、一点取ったし追加点貰うわよ」


「……くそ、予想外の失点だ。まあサーブは私だし今回は大丈夫だろ」


 先程のは相手コートにボールを入れていないため返球ミスとなる。

 一点をリードされた神奈はまだ序盤なのに早くも反撃オーラを溢れさせる。

 神奈のサーブで試合が再開。力の入れ方に気をつけて撃ち出し、コートのラインギリギリを攻めた。


 ラインからはみ出すかはみ出さないかハラハラするボールを、恵が「させないわ!」と叫んでレシーブでネット近くにまで上げる。

 そこに向かうのは洋一だ。ただ一つ疑問なのは車椅子である彼がどうするかだろう。車椅子であるゆえにジャンプできないので、必然的にスパイクは不可能。ならば彼に残された選択肢はトスしかない。


「ムゲン!」


「あい分かった! 夢現体解放(むげんたいかいほう)!」


 トスだけなどとんでもない。

 洋一の車椅子に置いてあったムゲンを両手で上に投げ、本から人型になったムゲンが腕を振り上げてスパイクを決めた。ありえない連係プレーである。

 あまりの反則連携に神奈は「は?」とだけ零し、呆然として動けなかった。その結果、見事にボールが神奈側のコートに着弾し、砂浜をバウンドして海へと着水した。


「やったね洋一、ムゲンちゃん!」


「僕は何もしていないさ、全部ムゲンのおかげだよ」


「なに、洋一の頼みじゃからな。余はまた本に戻る。攻撃のときだけ人型になるので合図してくれ」


 わいわいと楽しそうにする洋一達を眺めて神奈は正気に戻った。


「反則だろうがああ! ムゲン入れたら二対三じゃん! 明らかに人数に差があるんですけどお!?」


 神奈の必死な意見に恵が答える。


「でも洋一は車椅子だもん。それに洋一とムゲンちゃんは一心同体でしょ。神谷さんだって腕輪があるじゃない」


「そうですね神奈さん! ここは私も試合に加わりますよ!」


 先程のプレーを見ていた腕輪が負けじとアピールする。


「お前に何ができるんだよ」


「……応援ですかね」


「試合の役に立たないじゃん!」


 ――気を取り直して試合を再開する。

 洋一のムゲン使用については談義の結果アリということになった。確かに車椅子である以上それだけでハンデであり、スパイクができないなら武器を失っているも同然。あくまでも平等な試合にするために神奈は許可した。


 サーブ権は交代制なのでまた洋一チームへと移る。

 現在二点もリードされている以上神奈チームの失点は許されない。なんとしてでも点を取らなければいけないと炎のように燃える瞳で恵を射抜く。

 恵は多少ビビりつつ、普通のサーブをパンダレイに向けて放った。


「パンダレイ、今度こそ頼むぞ」


「了解、お任せください」


 パンダレイは迫るボールに向けて左手を向ける。


(あれ、ねえちょっと待って何その左腕。おいまさか右手だけじゃなくて左手も……いやまさか、そんなことは一言も言っていなかったし。やめろよ? 絶対にやめろよ? 普通にレシーブしてくれればいいんだからな?)


「ロケットパンチ」


 パンダレイの左拳が勢いよく放出された。

 先程と同じだと思ってしまうがそれは違う。今度はしっかりとボールを相手コートに跳ね返したのだ。


「待てええ! お前左手も右手と同じなのかよ! てか使うなよ!」


「違います神谷様。右手はロケットぱーんち、左手はロケットパンチです」


「発音以外に何が違うのそれ」


 跳ね返されたボールを洋一がしっかりとレシーブで受け、ネット近くに上げる。


「左手は戻ってきませんが、右手は戻ってきます」


「おい待て、じゃあお前の左手どこ行ったの」


 恵が駆ける。助走して、跳び上がってスパイクを撃つ。


「今頃は宇宙でしょう」


「なんじゃそりゃあああ!」


 両手を広げて叫ぶ神奈の足元にボールが打ちつけられた。

 これにより神奈は失点三点。失点の原因はただの余所見である。


「いえーい、やったね洋一」


「そうだね、これで三点目だ」


「あれいつの間にか得点されてる……ってことは私あと二点で負けじゃん!」


 この試合、始める前にちゃんとルールを決めている。

 普通のバレーボールなら一セット二十五点で勝利となるのだが、そこまで本格的なものを求めていない神奈達は五点先取で一セット勝利とした。本来三セット勝利して試合に勝てるが、そんなものはこのビーチバレーにない。つまり神奈の言う通りあと二点で敗北である。


「負けられない、負けてたまるか……!」


 試合再開からの神奈の踏ん張りは凄まじいものであった。

 元々身体能力が凄まじい神奈はそれをフル活用し、あっという間に三点を取り返したのだ。その間パンダレイは何も助力していない。


「うそ、結構ヤバくない?」


「全力ってことか。僕達じゃ少し厳しいかな」


 スパイクは全てネット前でブロックされ、逆に神奈のスパイクはブロックしようとした恵とムゲンが吹き飛ばされる強さだ。普通のボールなら弾け飛ぶ勢いだが魔力でコーティングしているので問題ない。


「ふむぅ、失礼します神谷様。少々戦力差が激しいと愚考します」


「何言ってんだ、二対三なんだぞ」


「ええ、しかし神谷様一人が強すぎるのです。これでは白部様達が不利――つまり」


 いきなりパンダレイは洋一達側のコートに歩いて行く。

 そして洋一と恵の間に入って宣言した。


「ワタチが白部様のチームに入れば万事解決です」


「おい私のチーム一人じゃん! もうチーム戦じゃなくてリンチじゃん!」


 これで一対三。ムゲンを数えるなら一対四である。

 もはやいじめとなんら変わらないが、戦力を平等に分けるのなら正しい判断であるのかもしれない。


「ここからはワタチも全力です、そのために左手の予備も持って来てもらいました」


 理解できないため、神奈が「え、予備?」と訊こうとすると、ビーチへ向かってヘリコプターが飛んでくるのに気付いて硬直する。

 あまり目立たないようにか音が小さなヘリコプターだったが今はそんなこと関係ない。問題はあのヘリコプターがなんなのかである。だがパンダレイの言葉から推測すれば乗っているのは一人しかいないだろう。


「パンダレーイ! 新しい左手だぞー!」


 ヘリコプターの扉が開き、霧雨和樹が上半身を出して叫ぶ。

 その手には少女の左手が握られており、思いっきりパンダレイに向かってぶん投げられた。


「ありがとうございます、和樹様」


 右手で左手を受け取ったパンダレイはすぐさま左手首へとくっつける。

 役目はそれだけだったのかヘリコプターは去って行く。


「戦闘モードへ移行。身体機能を大幅に向上させます。種目、ビーチバレーにて……敵、神谷様を殲滅します。ご覚悟のほどよろしくお願いします」


「……上等だおい、三人だろうが四人だろうが知ったことか。全員まとめて相手してやるよこのやろー!」


 それからの激戦は凄まじい衝撃波があちこちへ飛んだ。

 砂浜にはクレーターがいくつも出来上がり、激闘ゆえに恵は気絶している。

 結局、試合は――翻弄されまくった神奈の敗北で幕を閉じた。


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