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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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287 温泉――のぼせるまで湯に入るな――


 最近湧いたという魔界の新たな温泉。

 魔王国城下町の観光も程々にして、神奈達はリータの案内によってその場所へ向かっていた。

 岩肌がゴツゴツした山の麓。大自然の中にある開放的な露天風呂となっている。掘り当てられたのが最近だというのにすでに魔王の耳にまで入るくらい人気になった温泉には、新しさと疲労回復の効能に惹かれて一日に多くの魔族が訪れる。


「部下の情報によるとあそこが目的の温泉だ」


「へぇー……あれ、なんかおかしいぞ」


 直径一メートルの岩が円状に無数に配置されて、中は緑に近い青色の湯で埋まっている。すでに客は十数人程来ていることが窺える。

 しかし神奈とドーレは遠目からでも違和感に気付く。


「天使長、あれちょっと、あれそういうことですよね」


「そうじゃな、そういうことじゃな」


 二人は顔を見合わせて互いの答えを口にする。


「「混浴」」


 温泉に気持ちよさそうに浸かっているのは十数名。その性別は一つではなく、男性も女性も関係なく一か所の湯に入っていた。

 天界では噂程度にしかなく、地上ではたまにそういった場所もある程度。男女の区切りなく入る混浴というのはそれだけ現代では珍しいシステムである。


「さて、それでは入るか」


「いやいやちょっと待て待て待て待て! 魔王様さあ混浴なんて聞いてないんですけど!」


「そうじゃそうじゃ! なんて羨ましく目の保養になる場所じゃろうか!」


「こういう輩がいるから嫌なんだよなあ」


 神奈は混浴には入ったことがない。

 今世が女性であることが最大の原因である。こうした混浴温泉では女性が嫌悪感を示すことが多い。理由としては単純明快なもので異性がいるからだ。もちろん気にしないという人は気にしないし、嫌がる人はとことん嫌がる……というか基本的には嫌がる人が多い。一糸まとわぬ姿を見せるのは同性でも最初は抵抗あるものだ。異性に全てを曝け出すのは些か難易度が高すぎる。特に嫌だと思われるのは厭らしい視線だろうが。

 リータは「混浴?」と首を傾げてから理解する。


「ああ、男女が共に入ることか。そちらの世界はどうか知らないが魔界では全て男女共用だ。悪いが諦めてもらうしかない」


「嫌な文化の違いだなあ」


「何を言うか、素敵な文化の違いじゃろう。魔界のことを見直したぞ」


「……嫌な爺さんだなあ、孫に嫌われるぞ」


 魔界の温泉などに男女の垣根がないのは、主に様々な魔族がいることが理由だ。

 基本的に人間と姿が変わらない者。鬼族や悪魔など人型でも一部が違う者。スライムやガス生命体などもはや人型ですらない者。そうした種族や外見の違いに囚われることがないようにと、湯船に浸かるときは誰だろうと関係なく一緒に入るのが暗黙の了解なのである。

 もちろん食欲や性欲などを満たすために襲う者がいれば容赦なく叩き出していい。


「あれ、リータ来たのか。おっ、英雄も」


 聞き覚えのある声が掛けられたかと思えば、温泉の近くに建つ小屋から男がやって来る。

 真っ赤な肌、額のすぐ上から白い角が生えているのは鬼族の証。筋肉質な鬼族の男――モウゾウだ。


「英雄ってのもしかしなくても定着してんのかよ」


「モウゾウか、なぜここに?」


「俺は温泉の管理人になったんだ。鬼族が社会的に就職難な世の中、俺だけでもなんとか職に就いて他のやつらに希望を見出したかったんだよ」


 かつて魔界一武道会と呼ばれる大会が開かれ、モウゾウ及び神奈、リータは参加者の一人であった。

 鬼族は三百年以上前に魔王国から冤罪で追放されたのだが、その魔界一武道会にてモウゾウとリータが一騎打ちの末和解した。黒幕を倒したことで冤罪も晴れて鬼族はようやく許された……のは表。裏では未だに陰口を叩かれたり、差別的な雰囲気が国民達に流れている。

 そんな社会でも鬼族は就職できるという事実を作るため、モウゾウは温泉の管理人という職業を手に入れたのだ。


「……すまないな、鬼族のことを俺だけが許しているというのも無理があった。国民達が心を開くのにはまだ時間がかかるだろう」


「いいんだよ、こうなんのも想像してたさ。それより後ろの爺さん、天使か」


 モウゾウがドーレの存在に触れたので説明する。


「ああそうだ。今日は魔界と我が国を見学しに来た天使長と一緒でな。もしかすれば天界との確執も消えるかもしれない……というのは俺の希望なのだが」


 少し笑みを浮かべてモウゾウはドーレに歩み寄る。


「よお、まさか天使、それも天使長だとはな。さぞかし魔界じゃ嫌な思いもしただろう。温泉に浸かって癒やされていってくれ」


「……お主は儂に嫌悪の視線を向けないのだな」


 ここに来る前に神奈は魔王国での一件を思い出す。

 少し肩がぶつかっただけで天使だからか唾を吐かれたり、魔族からの視線は全員悪感情の込められたものであった。一応魔王がそういった者達に注意したとはいえ、天使が相手だからか反省の色を見せず納得できないように去っていく。その態度には魔王も唖然としたものだ。

 天使と魔族はいがみ合う存在という風潮が昔からある以上仕方ないこと。それにしたってあまりにも酷いと神奈は思う。


「まあ、嫌われ者同士ってやつだ。気持ち……分かるからさ」


「お主……若いのに苦労しとるな」


「よしてくれ若いなんて。世辞がうまいな爺さん」


 敵意を向けられている者同士、どこか通ずることがあってなんとなく仲が良くなっていた。

 魔界天界そのどちらでもない地上の住民である神奈でもどことなく嬉しくて微笑む。


「まあそういうわけで温泉には入っていけよ。それじゃあごゆっくりな」


 身を翻して軽く手を振りながらモウゾウは小屋へと戻っていく。

 話も終わったので神奈達は温泉へと近寄る。温泉へ入るためには当たり前だが服を脱がなければならない……だがこの場所は外だ。本来地上や天界では脱衣所があるがここにそんなものはない。入る者は周囲の者達がいるなかでせっせと服を脱ぐことになる。


 元々魔界の住民であるリータは慣れているのか、恥ずかしげもなく「ふむ、では入るか」と呟いて高級そうな服を脱ぎ始める。だらしなく腹が出ている体でも羞恥心はないようで、普段隠す場所も曝け出してゆっくりとお湯に足を入れていく。


 一方、神奈とドーレは周囲の目がある外での脱衣行為に躊躇していた。

 意外と温泉に入れば気にならなくなるのかもしれない。だがそこまで行くのに羞恥心に圧し潰されそうになる。


「ど、どうする天使長。脱ぐのか……?」


「むぅ……いざ脱ぐとなれば羞恥を覚えるものじゃな。……しかしここで立ち往生しているわけにもいかぬじゃろう。ここは勇気を持って脱ぐしかないのではなかろうか」


「えー私嫌だなあ……」


 慣れないことはするものではない。外で脱ぐという行為は地上で犯罪なのだから抵抗を覚えるのは至極当然。もう温泉に入るのは諦めようかと思った二人だが、ここまで来て入らないのもどうなのかと悩む。


「神奈さん、ここにピッタリな魔法を教えましょう」


 神奈の右手首にある白黒の腕輪が声を発する。


不自然な光(ホワイトライン)。誰もが隠したがる秘部に、光源がなかろうと白い光が隠すように覆う素晴らしい魔法です。これを使えば神奈さんのような女性でも公衆の面前で脱げますよ」


「いや変態じゃん。公衆の面前で脱いだ時点で変態じゃん。あと混浴で見られるのが嫌というよりは外で脱ぐ方が嫌なんだけど」


 腕輪は「くっ、不覚……」などと言って黙ってしまう。

 状況が何も変わらないなか神奈は思考の渦を掻き消してみる。

 成句で『郷に入っては郷に従え』というのもある。世界が違うのだからルールも違って当然。自分の嫌悪感に負けて立ち竦んだままではこの先何も変わらないだろう。これから一皮剥けるためには何事にも挑戦するチャレンジ精神が必要になる。それならばここで魔界流の入浴ルールに従うのも挑戦としてしまえばいい。それに結局温泉には入りたいのだから。


「……まぁ、よく考えれば露天風呂だしなあ」


 深山温泉に行った際も露天風呂に入っている。外の景色を楽しむためとはいえ、外に裸で出ている以上現在の状況と大差ないのではなかろうか。人前で脱ぐことには抵抗があれど地上の温泉施設でだって脱衣所には多くの人がいる。

 変わらない。場所が中か外か……それだけだ。


 決意を固めた神奈は自らの衣服に手をかけて――勢いよく脱ぎ出す。

 驚愕に包まれたドーレを気にもせず神奈は丸裸になり、すぐさま温泉へと滑るように入る。こうして湯船に入ってしまえば感じる羞恥もマシになるものだ。


「ぬ、ぬぬ……ええい儂もやってやるわこんちくしょう!」


 結局一人は寂しいのでドーレも衣服を脱ぎ捨てる。

 中年男性の魔王、女子高生の人間、老人の天使というカオスな三人が温泉内で並び、三人一緒に疲れが消えていくような快感に包まれて吐息を漏らした。


 神奈は滅多に入らない温泉を楽しむ。

 景色が岩肌ばかりなのには不満だが、疲労回復という効能が絶大であると感じられるために神奈は気にしないことにする。

 混浴という場所でも露骨に厭らしい視線を向ける者はいない。これが地上なら確実にいただろうが、魔界では混浴が普通のことなので性的な目を向ける者が少ないのだ。決して神奈の胸がほとんど膨らんでいないからというわけではない。何しろ現在温泉には豊満な胸部の女性が数人いるのに男性陣は見てすらいないのだから。


「ほほーいい胸じゃのおー」


 ――例外はいた。

 そもそも魔界の民でないドーレは興味津々である。

 隣で露骨に興奮しているドーレに神奈はゴミを見るような目を向けた。


「おい天使長……最低だぞ」


「なんじゃと? しかしこんな場所で興奮するなという方が無理難題じゃろう。お主は全裸の男を見て興奮せんのか?」


「しないよ。現在進行形で気持ち悪く思ってるから。だいたい女の裸見て、その、そうなっちゃうのは分かるんだけどさ……でもなんていうか、もう少し抑えてくれないかな。鼻を伸ばしてるし、鼻の穴は大きいし、視線はエロいし、口はだらしなく開いてる。それにその下の……露骨だよ、変態だよ。頼むから隣でそうなるの止めてくれよ。ほら、魔王を見てみろよ」


 リータは混浴に慣れている側だ。当然欠片も興奮していない。

 隅々までドーレがリータを観察して「ふっ」と鼻で笑う。


「なーんじゃ魔王、お主その年でもう勃たんのか。呆れたものよ」


「呆れたのはこの俺だ。まさかこんな変態だとは思っていなかった……英雄、隣を代わってやろうか?」


 少し考えたが「別にいいや」とだけ告げた神奈はこの状況を深く考える。


(……そもそもなんで私は男に挟まれてんだ。冷静になると相当やばいシチュエーションだよねこれ)


 右に中年男性。左に変態老人。エロ漫画か何かかと思うくらいに異常な状況だ。

 変態老人は神奈の方を見やりジッと観察する。


「まだまだじゃな、お主も」


「どこを見てそう思ったのか知りたくもないけど一応聞いてあげるよ、どこを見てそう思ったのかな? 一応忠告しておくけど嘘を吐いたらぶっ飛ばすし変態なことを口にしたらぶっ飛ばすから覚悟しておいてね?」


 明らかに胸を見られて鼻で笑われた。神奈は許すつもりがない。

 早口なうえ、魔力で威圧する神奈にドーレの顔は一気に青褪める。温泉に入っていても汗がダラダラと出てきて唇を震わせる。


「……顔」

「それはそれで怒るわ」


 容赦ない神奈の怒りの鉄拳がドーレの右頬にめり込んで、温泉から外へ殴り飛ばした。

 全裸で地面に寝て気絶した老人には誰も近寄らない。一部始終を見ている者なら自業自得だと思うし、そもそもまだ勃起したままの老人には近寄りたくもない。結果、ドーレは全裸のまま放置されることになる。


不自然な光(ホワイトライン)


 そのままではさすがに周囲の者達の精神を汚すので、神奈は先程知った魔法を使用することにした。

 ドーレの秘部は弱々しい白光により見えなくなる。なるほどこういうときに使うのかと神奈は一人納得した。


「ほう、便利な能力を持っているようだな」


「いやいや、ただ変態を見えなくさせるくらいしかできないクソ魔法だよ。いっそのこと全身を隠してみようか」


「なんというかそれだと全身モザイクで汚物が落ちているかのようだな。あまり不衛生だとは思われたくないので止めてもらおう」


「見えないは見えないで色々あるな……」


 変態老人は放置して、神奈とリータは温泉で寛ぐ。

 他愛ない話をして三十分、二人は存分に癒される。

 本来神奈は加護のせいで温度を感じないために自らの意思で無効にするしかなく、余計な疲労が溜まるがそれはいつものことなので気にしていない。そして本当にこれまでの疲れが回復していく。


 その間、話していたのは日常について。

 神奈の個性豊かな友達との小中高とはちゃめちゃな日常を聞いて、リータは「苦労しているんだな……」と労わった。

 リータの方も自分の嫁との日常を語っていた。結婚生活に憧れは持っていない神奈でも羨ましくなるような話であった。


「ふぅーもうそろそろ出るか。あまり長く入っているとのぼせてしまうからな。実は妻と入っているときもよくのぼせるんだ。その度に風呂から引きずり出してくれる」


「いい奥さんだな。いやぁ、こうして話してみれば魔王は良い人だよなあ。それに比べて……」


 自然と視線がドーレの方へ移る。


「あれは話せば話すほど好感度が下がるよなあ」


「同感だ。悪い奴ではないのだが、どうにもな」


 悪人というわけではない、ただ気持ち悪い変態なだけだ。これならば影野や和猫の方が何倍もマシである。

 いくら魔王でも変態は受け入れられないらしい。

 話は程々にして、十分(じゅうぶん)温泉に浸かったので神奈達は腰を上げようとして――その場に響き渡る大声を耳にする。


「温い! 温すぎる! こんなものでは我が魂までは届かん!」


 腕を組んで湯に浸かっている男が叫んでいた。

 髪と瞳は赤。肌は薄紫。がたいのいい体の魔族だがその両耳は燃えている。

 見覚えのない姿の男が気になって神奈は「……あれは?」とリータに問いかける。


「おそらく混合種の類だ。魔族と……炎に耐性のある何者かとの子供だろう。炎熱耐性がある者からすれば温泉は温いだろう」


「その通り! この温泉は温い温い温すぎる!」


 ガバッと勢いよく立ち上がった男は神奈達の方を向いて叫び出す。


「俺の名はヒート! この熱き魂をさらに熱くしてくれる温泉を探している漢だ!」


 堂々と宣言するヒートの股間部分に神奈は目をやる。


「……魔族ってほんと前とか隠さないんだな」


「ああ、裸族もいるくらいだからな」


 魔界では二割が全裸で過ごす裸族だとか。正直神奈からすれば考えられない裸への執着だ。


「そこのお前!」


 唐突に指を向けられて神奈は「え、なに私?」と困惑する。


「そうお前だ! まだまだ余裕そうなお前ならば、ここよりも俺を熱くさせる温泉を知っているんじゃあないのか!」


「……ならばこの山の頂上に行くか」


 戸惑っている神奈の代わりにリータが答えた。


「山の頂上だと! そこに行けば俺を満足させる温泉があると!」


「満足するかどうかは置いておいて、俺はそこ以上の熱さを持つ温泉を知らない。もしかすれば魔界一かもしれんな」


 話がぐいぐい進んでいく状況に神奈は乗り遅れた。

 ただ神奈も魔界一熱い温泉には興味を惹かれる。地上でも下町の温泉は熱いと言われがちでざっと四十五度以上。深山温泉の温度は四十二度だったのでかなり熱めである。もちろんこの今浸かっている温泉よりも熱い。


 神奈達はリータの告げる魔界一熱い温泉へと足を運ぶことにした。

 気絶しているドーレを叩き起こし、ヒート以外が衣服を着用してから歩き出す。

 険しい山を登るのは厳しいので途中から全員が飛行してあっという間に山頂へと登り詰める。だが妙に熱気のある場所に神奈は段々嫌な予感がしていた。


 ようやく到着した先に待っていたのはリータの言う温泉だ。

 しかし神奈とドーレはポカンと口を開けて驚愕している。


「ほう、ここが魔界一の温泉か! なんという熱気だ素晴らしいな!」


「早速入ってみるといい。お前の求める熱がそこにある」


 鮮烈な赤が広がり、ぐつぐつと煮えている液体。

 一面真っ赤な血の池地獄より赤いこの場所は――


「マグマじゃん!」


 登っていたのは火山だったようで、それなら山頂にはマグマがあってもおかしくない。……本当に入るかどうかは温泉でないので無視していいが。


「マグマ? いやこれは温泉でな。今まで誰一人として入らなかった超高熱のスポットだ」


「いやそりゃそうでしょ入ったら死ぬだろこれ! 魔王だろうが溶けてお陀仏だよ!」


「確かに熱すぎる。魔力障壁がなければこの俺でも一時間が限界だろう」


「だからそもそも人が入るもんじゃないって! おいヒートだっけ、こんなぐっつぐつの場所に入らなくてもいいからな。むしろ入るな、本当に死んじまうから――」


 そう言って振り向いた神奈が目にしたのは満足そうに浸かっているヒートの姿。


「――ってもう入っちゃってるし!」


 マグマの温度はおおよそ八百度以上、高ければ千二百度以上にもなる。岩石すらだいたいは溶けてしまうのでとても生物が入れるような場所ではない。人間の皮膚が四十五度でも火傷することを踏まえれば分かりやすいだろう。

 七十度以上なら皮膚組織が焼失するまで一秒かからない。いくら炎熱耐性を持つヒートであろうと危ないと思う神奈は焦っていた。しかし次にヒートから吐かれた言葉で焦りが消える。


「温い! さっきよりはマシだが温いのだ!」


 マグマに浸かって尚「温い」と言い放つ男に「うっそお……」という声が神奈から漏れる。

 並の人間ならそもそも火口にすら辿り着けない。温度が八百度以上ともなれば基本的に吹く風は超熱風だ。髪の毛も衣服もそれだけで燃え尽き、呼吸すれば体が内側から燃えることになる。神奈が無事なのは加護のおかげで、リータとドーレが無事なのは単純に高魔力で体を覆っているからだ。


「……てかどうやって沈んだんだ」


 超高温のマグマは人間よりも比重が重いので人間は沈まない。ではなぜヒートが沈んでいるかといえば、地面を掘り進めるかのように強引に侵入したからだ。それを見ていたなら「おいやめろ」と神奈も叫んでいただろう。


「温いか……それではもっと熱くしよう」


 何を血迷ったのかリータが火口へと手を翳す。


「超魔王モード――唐辛子!」

(何言ってんだこいつ)

(何言うとるんじゃこやつ)


 異変はすぐに起きる。

 リータの首から下が黒炎に包まれて五千度以上の超高熱を常時纏う。そして翳した手から黒炎が放たれてマグマへ一直線……当然温度がさらに上昇した。


「ぬっ、温い……まだまだ温い!」


 もうマグマの温度は千五百度を超えている。

 三人はヒートがどれだけ熱さに我慢できるんだと思いつつ、ここまで平気なことに逆に感心した。


「温いぞおおおおおお!」


 ――二千度を超す。


「ぬう……温いぞお!」


 ――三千度を超す。


「温い……」


 ――四千度を超す。


「……ぞぉ」


 ――五千度を超す。

 満足したのかヒートは何も言わなくなる。

 だらんと手から力が抜けていて、首も支えられないのかガクッと傾く。

 ヒートがどういう状態なのか神奈達は悟る。


「のぼせてんじゃねえかあああああ!」


 慌てて神奈が火口の中へと飛び込んだ。


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