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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十四章 神谷神奈と海底の人魚
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285 来訪――偉くなってもマナーは守れ――

 ここからまた日常を……日常?






 伊世高校が夏休みに入ってから一週間。

 まだまだ序盤であるにもかかわらず、やることをなくして自宅でぐうたら過ごしている少女がいる。少々癖があってストレートにできない黒髪に悩みつつ、それを解消できないか日々真剣に考えている――神谷神奈だ。


 まだ一週間、全体の休みの二割程度しか消化していないが、神奈の夏休みは波乱万丈であるといっても過言ではない。

 世界を滅ぼそうとした魔人と戦い、その討伐のために作られた聖剣と過ごし、天界という新たな世界にも行った。そして聖剣であったソラシドとの別れは心にぽっかりと穴を作っている。


 魔人との戦闘での傷も完治していない神奈は、今までのソラシドとの日常を懐かしみながらソファーに寝そべっていた。

 何をしようにもやる気が起きず、まずしたいこともないので動く理由もない。悲しい別れの後なので気持ちを切り替えられないのだ。小学校、中学校のときの友達などと連絡を取ってもいいがその気も起きない。きっと遊べば楽しい。しかしその後で虚無感を覚える未来が神奈には見える。


「神奈さんってエアコンとか使わないから電気代節約になりますよね」


 冷房をつけていない部屋は蒸しているが真夏の暑さなど神奈には関係ない。加護により害があると思えばどんな環境、異能も防げてしまうので真夏の気温など一切感じない。

 そんなことを呟いたのは白黒の腕輪だ。万能腕輪という多機能な腕輪。


「……神奈さん。セミが鳴いていますよ、夏ですねー。あ、夏らしさとか求めて風鈴とかつけません?」


 魔法を教わる師弟関係のはずであったが、ろくでもない魔法ばかりなのでもう教えは乞わない。このうるさい夏の風物詩、セミの鳴き声を消し去ることもできないのに万能などと宣うのはおこがましい。

 先程から無視しているせいで腕輪が延々と話題提供してくる。これも腕輪なりに気を遣っているのだと理解しているので神奈は責めない。例え超絶つまらない話題でも責めない。


 ――インターホンの音が鳴る。

 来客を知らせる音が響くので神奈は起き上がると玄関へと向かう。


「誰でしょうね。隼さんでしょうか」


「さあな……いったい誰なんだか」


 怠そうに歩いて玄関の扉を開ける。

 家の前にいたのは一人の中年男性。しかしその容姿は普通とは言い難い。

 まず目を引くどころではないのが京紫の肌……もはや肌色が人間ですらない。小太りであっても活気がありそうな中年男性の正体は――魔王であった。


「おとーさーんおとーさーん、魔王が来たよー!」


「落ち着いてください神奈さん。あれはただの霧……って有名な歌ですよね、魔王」


 一応面識があるため一目で分かったが知らない人間なら通報ものである。それくらい肌が京紫の少し太った中年男性が玄関前にいるというのは怖い……主に肌の色が原因だが。


「いかにも俺は魔王だが……この世界では俺が歌になっているのか、感慨深いな」


「いや別にアンタの歌じゃないけどさ。つうかなんの用だよ、地上に来てるとか珍しいどころじゃないだろ。いいのかよ魔界は」


 魔界から魔王がいなくなったら非常事態だろう。分かりやすく例えれば日本から総理大臣がいなくなるようなものだ。

 しっかり誰かに地上来訪の訳くらい話しているだろうが、仮にも一国の王が自国を離れるくらいだ。何か厄介な事情があるに違いない。そして神奈の家に来たということで嫌な予感が止まらない。


「まあいいのだ、今日はお前に用があって来たのだからな」


「あー、とりあえず見られたら目立つから中入ってくれ」


 未だ地上と呼ばれる人間達が住む世界では、魔族や宇宙人などの類は信じられていない。コスプレだと思われればマシだが騒ぎになるのは間違いない。伊世高校には色々な種族の者がいるとはいえあの場所は特殊すぎる。世間一般では見つかれば大騒ぎになるような存在なのだ。

 自宅の中へと案内し、食卓の席について一息吐く。


「……それで、マジでなんの用なわけ?」


「うむ、まあ……少し前に鬼族の子供から石像を受け取っただろう? 魔人と呼ばれる存在でな、魔界の者達では手に負えんため預けたんだが……どうなったのか聞きたくてな」


 シリアスな雰囲気で話し始めたそれに心当たりはある。

 神奈は鬼族の知り合いであるゲルゾウから少し前に石像を受け取っている。ついでに顔面を粉砕している。

 魔人といえば記憶に新しいクウリのことだろう。聖剣の力により滅びた彼は世界の脅威……思い返せば破壊した石像と同じような顔をしていたと神奈は気付く。


「死んだよ魔人は、てか手に負えないからって人間に預けるなよ。私はどうなってもいいのか」


「いやいや決してそんなふうに思っているわけではない。魔界の英雄であるお前ならなんとかしてくれると信じていただけだとも」


「なんとかって……ああもう、とりあえず聞きたいこと聞いたんだから帰れ」


 冷たい態度だろうが、神奈としてはそんな危ない石像を預けられたことをよしとしていない。都合よく戦いの駒がいたから衝突させたくらいにしか魔王――リータの言葉は他の意味が含まれていない気がした。

 個人的に鬼族と仲はいいが、リータとは一度食事した程度の仲だ。かといって進んで仲を深めようとする気もない。話を終えて神奈は強引に家から追い出そうとする。


「いや待て待て、俺はただ感謝したいと思ってな」


 小太りの肉体を神奈は玄関まで押していく。


「そういうのいいんで」


「いや本当に倒してくれたなら感謝してる! だから魔界で新しく湧いた温泉に招待しようと思ったんだが!」


 玄関の扉間近にまで来たところで『温泉』という単語に神奈の足が止まる。


「疲労回復などの効能があるらしいので是非と思ったんだが……嫌なら」


「まあ最近疲れてたし……行ってもいい」


 慣れない子育て。魔人との決戦。

 疲労が溜まっているのは間違いない。温泉に浸かれば多少は癒やされるかと思い、数秒悩んだ結果僅かに行きたいという気持ちに傾く。


「そうだろうそうだろう。正直俺も書類仕事で疲れて息抜きをしたかったんだ…………あ、いや、あくまで英雄を労うのがメインだが」


「遅いよ、もう言っちゃったじゃん。まあなんだっていいよ温泉には行くから」


 疲れた体を癒やすことも、一旦全てを忘れてまったりすることもできる場所。それが温泉だ。

 温泉といえば二年以上前。神奈はクラスメイトである深山和猫の実家――深山温泉に行ったのが最後になっている。それ以降ゆっくり温泉に行くというのもなかったのでいい機会かもしれない。


「すまんな、反省はしている。……では早速魔界に通じる門へ行くとしよう」


「――ちょっと待ったあああ!」


 いきなり玄関の扉が開かれて、神奈も見覚えのある老人が入ってくる。

 白髪、白い顎鬚、そして白い翼という明らかな人外の老人の名は――ドーレ。天界にて天使長をやっている男だ。


 なぜ地上にいるのか。なぜ神奈の家に来たのか。

 魔王リータのときと同様に疑問に思うがそんなことは些細なことだ。

 今重要なのは――


「いきなり入って来てんじゃねえええ!」


 ――インターホンを鳴らさずに不法侵入してきたことである。

 リータですら鳴らしたというのに、いくら人間の暮らしを知らないからといっても非常識すぎる。天界でもノックくらいはしているのでマナーに欠けるのは分かるはずなのだ。

 ドーレは神奈の拳によって殴り飛ばされた。


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