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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十三章 神谷神奈と導きの聖剣
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281 魔人――忌み子――


 昔々、天界には絶世の美女天使が存在していた。

 男性は必ず振り向き、女性はその美しさに嫉妬を覚える。誰もがその天使を天界一の美女だと口を揃えて言うだろう。しかしその美女天使は天界の誰とも恋に落ちることなかった。

 運命の相手を捜しに美女天使は勝手に地上へと降り立つ。


 運命の人捜しは難航したが、数年かけて――魔族の男と出会った。

 偶然地上で出会った二人は一目惚れして、即交際を開始する。しかし天界と魔界の住人同士は仲が悪いというのがネックとなっている。認めてもらえるか分からないので、二人は地上に永住することに決める。

 やがて子供が生まれ、クウリと名付けられた。


 すくすくと育つクウリの背には、悪魔と天使の翼が小さいながらに生えている。

 不思議なことにクウリは怪我をしなかった。転んでも、人間に殴られても、何があっても怪我も病気もしなかった。


「なあ父上、母上。どうして俺様は血が出ないんだ」


「うーん、分からないねえ。母さんはどう思う?」


「さーあ、分からないわねえ。父さんはどう思う?」


「うーん、分からないねえ。クウリはどう思う?」


「いや分からないから訊いたんだよ、どうして訊き返すんだよ……ああ、俺様の親どっちもアホだからなあ」


 天使と魔族の魔力を持つクウリの体は、無意識に内側と外側で反発し合いダメージが調和される。これに気付ける者は相当魔力に詳しいか、洋一のように調べる力がある者達だろう。

 クウリは呑気な両親と地上のアパート暮らし。別段悪いと思うことはない。クウリ本人は地上で生まれたし、天界や魔界など故郷でもなんでもない。


 コンビニで働く両親も帰郷などは考えていない。

 帰ればまず罵倒が飛ぶ。そして酷ければ暴力が来る。天使と魔族の夫婦や子供などよくは見られないと分かっているから帰らない。

 平和な日常が送れて、三人家族にはなんの不満もないのだから帰る必要もない。


 ある日、クウリが十九回目の誕生日を迎える。

 誕生日であるクウリのために、両親は仕事を休んでケーキを買ってきてくれた。少ない給料だというのにこういった祝い事には金を惜しみなく使う。


 黄色いスポンジに真っ白な生クリーム、そして上には真っ赤な苺が五個乗っている一ホールのケーキ。美味しそうなそれに一番にフォークを向けたのは母親であった。

 宝石のように輝く苺にフォークを突き刺し、素早く口にする。


「なっ、母上! 味覚がないくせにどうして苺を食べたんだ! これ俺様の誕生日ケーキだよな!?」


「だって食べたかったんだもん」


「だもん、じゃない! 父上からも何か言え!」


 父親に助けを求めた……のは間違いであった。

 何を考えたのか、今度は父親が苺を口に運んだのだ。


「……ダメだよ母さん、主役はクウリなんだから」


「説得力皆無か! 分かってるなら苺を食べるな!」


 誕生日を迎えたのはクウリである。にもかかわらず主役より先にケーキを食べるなど、しかも数が少ない苺を食べるなどありえないと、クウリは怒鳴る。

 もっとも、両親はいつもこんな調子だと分かっているので怒りは少ない。


「……ねえ、クウリは将来何になりたいの?」


 露骨な話題転換に呆れてため息が出る。

 まだケーキを一口も食べていないが、仕方なく将来の夢を語る。


「……そうだな、俺様は……あの場所へ行ってみたい」


 そう告げてクウリが指さした方向には、窓の外から見える月が存在している。

 最近では空を音なく飛ぶ自動車であったり、宇宙空間をワームホールの利用で冒険できたりと科学の発展は目覚ましい。月に行くことなど大したことではなく、両親は微妙そうな顔をした。


「そうなの、もっとすごいことがクウリにはできると思うけど……」


「どうせ宇宙に行くなら最果てを目指してみればどうだ?」


「いや、月だからいいんだ。何か不思議な魅力があるじゃないか」


「まあそれが夢だっていうのなら母さんたちは応援するからね」


 遅れて父親も「父さんもな」と慌てて叫ぶ。

 クウリにとって二人は最高の親であった。

 誰とも比較できない心の拠り所。二人がいなければ、生きていくことさえできないと思うくらいには大事な存在。


「ありがとうな、父上、母上」


 それが唐突に――

 アパートが唐突に―― 

 白い光に消し飛ばされた。


「……え」


 視界が真っ白に塗りつぶされたと思えば、周囲には何も残っていない。

 巨大なクレーターの中心に、気がつけばクウリは仰向けで寝ていた。

 ケーキを食べようと手に持っていたフォークが塵になり、風で吹き飛んでいく。美味しそうだったケーキも、思い出溢れる住居も、優しくおっとりしていた両親も、本当にクウリには何一つ残らなかった。


「な、なにが起きた……?」


 起き上がって周囲を見渡しても両親の姿はない。

 呆然と立ち尽くす。いきなりのことで頭が混乱している。夢だと思っても覚めない、元から覚めているからだ。

 ただ、クウリは上空から舌打ちの音を聞いた。


「誰だ……俺様の両親を、家を、生活を壊したのは……そんなクズは誰だああああ!」


 上空を見上げるクウリの視界に入ったのは――白い羽を生やす天使。

 母親とは似ても似つかぬ醜悪な気配。礼儀もない一方的な攻撃。アレと同じ羽があるということにクウリは羞恥さえ覚える。


「くそっ、忌み子は無傷か……!」


「それはもしかしなくても俺様のことか」


 敵の背後に一瞬で移動したクウリ。

 すぐ後ろから聞こえた声に天使は肩を震わせて、次の瞬間逃げようとする。


「質問に答えろよクズが」


 超スピードで天使は逃走した。

 追いついて腕を掴むと天使の顔は恐怖で歪む。


「ひいっ! 当然だろう! くっ、お前がいなければ同胞を殺すこともなかったのに!」


「なんだと……」


「魔族と天使の子供なんて気持ち悪いんだよ! それを産んだお前の母親は昔は良い女だったのに、今は魔族なんて存在自体が塵に等しいカスに惑わされやがって! どうして俺を選ばなかったんだ、俺にしか彼女を幸せにできないっていうのに、あんな男が彼女を――」


 聞くに堪えない罵倒を、クウリは一本の剣を振ることで生命活動ごと終わらせた。

 時閃剣とクウリが呼ぶ刀剣はとても切れ味がよく、妙な次元空間から自由に出し入れができる。斬られた天使は一撃で絶命して地面へ落下していく。


 初めて人型の生物を殺したがクウリはなんとも思わない。

 哀しみも、苦しみも、怒りも、呆れも、快楽も、何一つクウリの中に殺害してできた感情はない。圧倒的な虚無感だけが存在していた。

 そんなことよりも、死んでしまった両親のことで涙を流す。


「母上と父上は優しかった。今日だってギリギリの生活費を削ってまでバースデーケーキを買ってくれたんだ。金がなくても、俺様が我が儘を言っても、精神を揺らがせず対応してみせた素晴らしい二人。……ああ、どうしてあの二人が死ななければいけないんだ。俺のせいなのか……いや違う、悪は……天使。母上以外の天使は全員が敵だ」


 空だった心が憎悪で満たされる。

 母親の故郷にクウリは初めて訪れる用事ができた。

 用事というのは殺戮。のうのうと暮らしている天使を血祭りにあげるために、クウリは天界へと向かう。


「どうせ息を止めても、剣を刺しても自害すらできないんだ。あの二人の元へ行くのは全て滅ぼしてからでもいいだろう」



 * * * 



 天界は平穏――だった。

 数分前。クウリは天界にやって来た。

 天使とも悪魔とも呼べない、二種類の翼を持つクウリは突如として厄災となる。天使達の言葉を聞かず問答無用で殺し回り、僅かな時間で天界を鮮血の泉へと変えてしまった。


 天使長の男の前にクウリは立つ。

 恐怖の表情で鼻水を垂らしている天使長をクウリは睨みつける。


「な、なんだというんだ……私達がいったい何をしたと……」


「何をした……? お前のとこのクズが俺様の家族を殺したんだ。部下の罪は上司の罪……もはやこの世に天使は一人たりとも生かしておけん。もうこれは決定事項、誰にも変えられない」


 憎悪の瞳にどす黒い炎が宿る。

 全てを憎むような目に天使長は後退る。


「し、知らない……私は何も知らないんだ! 謝る、宝物庫の中身も全てやる!」


「言ったはずだ、もう誰の言葉も聞かんと。お前の、お前達の運命はすでに滅びしかないんだよ!」


 時閃剣が天使長の胸を貫き、抵抗もできずに生命活動を終える。

 ――天使達は今こうして絶滅してしまった。


 終わってみれば復讐というのも呆気ない。相手が弱すぎたのか、自分が強すぎたのか、それとも復讐というもの自体がこんなものなのか。これから何をすればいいのかも分からず、クウリは真上にある黒い空を見上げる。

 星々の煌めきは美しいものである。生命の一瞬の輝きも似たように美しい。


「もっとだ……この世の全てに滅びを与えよう。俺様にはそれができるはずだ、なぜならこの俺様は強いのだから」


 クウリは時閃剣を振り上げる。


「だがその前に……」


 そして振り下ろす。剣の軌道部分には黒い歪みが出現していた。


「天使などというくだらない種族を創造した者に罰を与えてやる。全ての時空から天使という存在を消し去ってやる!」


 現れた黒い空間内へとクウリは飛び込む。

 中は不気味としか評せない場所であった。禍々しさもあるが神秘的な雰囲気もある。これこそ時空の狭間とでも呼ぶべきものであり、全ての世界線に繋がる通路だ。

 過去にも、未来にも、並行世界にも、異世界にも、どこへだって行くことのできる異常空間。そんな場所を通じてクウリが向かうのは――数千年前もの過去。


 天使への憎しみは深く、それは異なる世界含めた全世界の天使達へと向けられた。本当に天使なんて存在が異世界にいるかどうかは分からないが、この世界にいるのだからいてもおかしくない。

 黒く暗い空間内でもう一度時閃剣を振ると、クウリは勢いよく自分で作り出したゲートを潜る。

 無重力空間のようでありながら誰かに押されるかのような勢いで――クウリは空間を跳躍する。


 黒い歪みから飛び出すと、すぐ近くに一人の男がいた。

 白いコートを着用しており、雪のように白い髪は背中にまで伸びている。右手首には質素な白黒の腕輪をつけている。一見優しそうな顔の造形だが、その瞳は光を一切映していない虚ろなものであった。女性のようにも見える中性的な容姿なのに瞳が美しさを台無しにしていて、不気味な人形のようである。


 時空の狭間から飛び出たクウリが侵入した場所は、家具などがあることから独特な雰囲気の男の部屋であると理解する。

 家というには窓や天井がないため開放的。外の景色を見てみれば天界であることに気付く。


(天界……初めてやったが時空移動は成功したようだな)


 不気味な男は右の眉を上げる。


「……汝は何者だ?」


 静かに奏でられた声は聞いていて心地良いもの。だがその声と男の雰囲気は全く合っていない。


「お前、天使ではないな。奴ら固有の波動を感じん。……なぜ人間が天界に足をつけている?」


「問答は自由。汝が答えないのならば、我が勝手に知るのも自由」


 そして男の目が僅かに大きく見開かれた。


「なんと、汝は遥か未来からやって来たのか。天使と魔族の子、名はクウリ……なるほど家族が殺害されて怒りを抑えきれないと」


 的確に、見てきたかのように言い当てられてクウリは動揺する。

 言動からも時代が過去で、男もその時代の人間であることは分かる。しかしそれなら尚のこと、クウリの事情を知る可能性など万に一つもない。


 特異な能力の存在がクウリの頭をよぎる。

 全く怪我も病気もしないで、時閃剣を異空間から出し入れできる。さらには自分と同等の力を持つ分身まで生み出すこともできる。クウリだけがそのような能力を持つわけではないだろうと、幼少の頃から思っていた。


「どうやって俺様のことを知った? 読心能力か?」


「否、推察するのは汝の自由であるが外れだ。我の名は神代(かみしろ)由治(ゆうじ)、不完全ながら自由を与える者。我が汝の情報を得たのは我に与えられた不完全な自由の権利他ならない」


「……何を言っているんだお前」


 おそらく由治はちゃんと話してくれている。しかし内容が何一つクウリには理解できない……元からさせる気のない言葉であった。


「理解するもしないも汝の自由。正直……今我は少し驚いている。時空を超えられるほどに強力な個体が生まれるのは想定外……天使と魔族を創造したのは単なる遊戯であったのだが、なかなか愉快な結果になったな」


「……今、なんと言った? 聞き間違えでなければ、天使という存在を創ったと……そう言ったように聞こえたんだが」


 一瞬耳を疑う言葉をさらっと告げられて、クウリは内心穏やかではいられない。

 天使を創造したと確かに耳にしたのだ。もしそれが真実ならば、傲慢すぎる復讐を達成するために必要な殺すターゲットが、目前にいることになる。


「由治さーん、もうちょっと分かりやすく順序よく言ってあげましょうよ。この人全く理解できてないですから」


 これもクウリの聞き間違えでなければ、由治が右手首にしている白黒の腕輪から声が発されたように思える。


「そうか、すまない。テンの言う通り説明には言葉足らずであったな」


「質問に答えろ! お前が天使を創ったのか!」


「汝の想像通り我が創造した。特に理由はない、強いて言うなら暇を持て余したからだ」


 あっさりと、信じられない言葉がクウリに返ってくる。

 暇だったから一つの種族を創る。そもそも生物を創るということが普通できないことであるのだが、神の御業のようなそれを暇だったからと行うなど正気を疑ってしまう。

 本当に目前にいるのが人間なのかも今は分からない。


「時閃剣!」


 復讐の相手は、報復を受けるべき相手は目前にいる。

 どんな存在であろうと滅ぼすと決めたクウリは容赦なく、時閃剣を異空間から抜き出して斬りかかった。

 驚きの声が――クウリから零れる。

 時空間すら切り裂く剣は――由治の人差し指に軽々と止められていた。


「攻撃するのは汝の自由。しかし、次元を斬る程度では通用しない」


 人差し指が僅かに離れ、パチンとデコピンの要領で時閃剣が弾かれる。自分の強さに絶対的自信を持つクウリとしては信じたくない光景であった。

 腕輪からは「うわぁ、大人げない」などという声が上がる。


「は、はったりだ! この剣が効かないわけがない!」


「現実から目を背けるのも汝の自由」


 クウリは青い魔力弾を作って投げつけた。

 衝突した魔力弾は爆発し、爆炎で由治の視界を妨げる。


 再びクウリは時閃剣を創り出し、由治に向かって振り上げる。

 この攻撃は力こそ込められているが単調なもの。直撃すればどんな物質だろうと両断できるが、軌道が丸分かりなので避けやすいだろう。しかしクウリの固有魔法――増殖(マルチ)によって作られた分身体が、由治の背後に移動して同じく時閃剣を振りかぶっている。

 増殖は手の内がバレていない。正面からの攻撃が防がれようと、不意を突いた背後からの一撃が確実に入る。


 正面からの攻撃はまた指で止められた。しかし推測通り背後からの奇襲は成功し、由治の白髪と背中を切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。高揚したクウリは凶暴な笑みを浮かべた。


「増えるのは汝の自由。減らすのは我の自由」


 しかしクウリの笑みはすぐに消える。

 ――増殖により出現していた分身体が、元からいなかったかのように消失した。

 さらに由治の背中から出ていた紅い血もなくなっていて、地面に落ちた白髪も元通りになっている。クウリはしたはずの行動が妄想か何かだったのではと思ってしまう。


(どういうことだ……確かに血が出て……)


「もう一度、絶望を知るといい……今度は己の脆弱さで」


 パンという破裂音のようなものがクウリに聞こえた。

 その音は破裂したものではない。雲を幾層も突き抜けて、現在後方に吹き飛ばされているクウリは遅れて悟る。


(攻撃されたのか、今の一瞬で……! 何も見えなかったぞ……!)


 恐らく由治に殴られた音だとクウリは推測する。

 気がつけば吹き飛んでいたので詳細は何も分からない。だが一つ分かることは、神代由治という男が遥か高みにいるということだけだ。

 驚愕していると突然――背後から首を掴まれて速度がゼロになる。


「驚いた」


 背筋が凍る。

 クウリは初めて恐怖を覚えた。今まで実力で敵うものなど誰もおらず、ダメージと呼べるものを負ったことがないのでそんな感情とは無縁であった。

 しかし――いる。クウリよりも強い存在が確かにいた。

 今、クウリの首根っこを掴んでいる男こそ――強さの頂点。


「どうやらダメージを受けていないらしい。テン、これはどういうことだ。我の先程の攻撃は確実にこの者を絶命させる一撃であったはずなのだが……」


「自分で知れるんですから加護を使えばいいのに……。ええっと、どうやら肉体に相反する性質の魔力が共存していて、反発しあって全てのダメージが中和されてしまうようですね。非常に珍しい事例ですし、この人の存在が奇跡的なバランスで成り立っています。本来なら肉体が消滅してしまうのに、見事そのエネルギーを外部に放出し、膜として周囲に留める技術は繊細なもの。無意識下で行えるのは一種の生存本能かもしれませんね」


 その事実はクウリも知らなかった。

 怪我も病気もしない理由はそういうことかと一人納得するも、現況は全く納得できない。いつの間にかいた背後の怪物から逃げようともがく。


「暴れるのは汝の自由だが、今は大人しくしているといい」


 静かに言い放たれるとクウリの体は動かなくなる。

 謎の金縛り現象を、由治の能力を推察するもそれらしい力の正体に近付けない。


「非常に興味深い……天使と魔族の間に産まれた子、いうなら魔天使か。加護があるわけでもなく、神の系譜でもないのにこれほどの強さと能力……今後の可能性を秘めている種族だ」


 魔族でも天使でもない、その両方の力を持つクウリはその種族名を自然と受け入れられた。

 必死に体を動かそうとするも全く動かない現状さえなければ、いい気分でいられただろう。


「実験してみよう」


 短く由治が呟くと、クウリは放り投げられる。

 そして――空中で尻餅をついてしまった。

 もちろんクウリがいくら特殊だからといって、何もない空中に足をつけることはできない。当然尻もつけられない。

 困惑しながら立ち上がると、元凶であろう由治へと飛翔して――見えない何かに顔を打つ。


「なんだこれは、空気の壁!?」


 何かにぶつかったクウリは目の前の透明な壁を叩く。

 滑稽な姿を由治は特に笑うことなく説明する。


「障壁というやつだ。現在汝の周囲に目視不可能の壁を設置した。そこから出るには力尽くで破壊するか、我の許可がなければならない」


「くそっ、時閃剣!」


 次元を切り裂く剣を振るっても途中で何かに当たって止まってしまう。そこから先へはどんなに力を込めても一ミリも進まない。

 力尽くが無理だと悟ったクウリは空いている場所で時閃剣を振るう。

 次元を切り裂いて脱出するのは悪くない手だ……相手が正常な相手なら。


「無駄だ、その剣の能力は一時的に没収した。これから行う実験に対して邪魔なだけだからな」


「ぐうっ……何を、するというんだ……」


 もうクウリには何もできることがない。

 諦めなければならないときも人生には存在する。ただそのときが理不尽に訪れただけにすぎない。


「汝の耐性チェックだ。何に耐えれて、何に耐えられないのか、はっきりさせておこうと思ってな」


 幅二メートルの立方体内に突如として――稲妻が大量発生した。

 当然クウリにそんなものは効かない。全てのダメージを中和してしまう以上、中和を掻き消す力がなければ手傷を負わせられない。

 しかしそんなことはお構いなしに由治はノーモーションで攻撃を続ける。


 稲妻が大量発生に加え、猛毒の霧が充満する。

 極太の針が串刺しにしようと襲い掛かり、針が折れる。

 障壁内が水で満たされる。

 一旦流水以外が消えると、温度が急上昇して沸騰する。

 水責めの途中で、液体が真っ赤なマグマに変質していく。

 真っ赤な障壁を圧縮して潰される……これは障壁がクウリの肉体強度を超えられずに割れたことで終わった。


 ここまでの拷問という言葉すら生温い刑のオンパレードで――クウリに与えられたダメージはゼロである。

 あんまりな仕打ちに腕輪は「やりすぎでしょ……」と引いている。


「いやいや興味深い。感電、毒、刺突、窒息、溶解、圧縮、色々試して傷一つない。どうやら本当に何も効かないらしい……しかし」


 解放されたクウリは由治を睨みつける。

 だが次の瞬間――クウリの両腕がなんの前触れもなく斬り飛ばされた。


「その絶対的な耐性を破るのも我の自由」


 数秒、クウリは何をされたのか理解できなかった。

 初めて感じる焼ける熱さと痛み。初めて見た自分の毒々しい紫の血液。

 これまでどうやっても傷一つ付かなかった体が、ダメージを受けたという事実を呑み込むのに数秒経ち――悶えて叫ぶ。


「ぐぅううああああああ!?」


 斬り飛ばされたというのは正しい表現か分からない。本当にノーモーションで、何をされたのかクウリは理解しておらず、刃物が使われた形跡もないのに両腕が切断された事実のみがある。


「あーあ、さすがに由治さんの力には敵いませんか」


「重要な検証だ。すぐに治療すれば問題ない」


 ――叫び続けていたクウリの両腕が元通りに生えてきた。

 自分の体なのにもはやクウリが理解するしないの領域を超えている。もちろん自分の意思で起きたことではなく、由治にされたことだとは分かっている。だがあまりにも超越しすぎていてもう驚くことすらできない。


「たとえ何も効かなかろうと効く物質を創ればいい」


 由治の手に白い光が集まり、西洋剣の形に伸びていく。


「汝に効果のある力を秘めた剣――聖剣とでもしようか。喜べ、汝の天使を殺したいという願いを叶えてやろう」


「なんだと……?」


 訝しんでいるとクウリは違和感に気がつく。

 ――足のつま先から徐々に、体が灰色に変色していた。

 ズシリと重くなった感覚、それは信じたくないが石化しているからだとクウリは理解する。


「な、なんだこれはあああ! ふざけるなよ何が願いを叶えてやろうだ、やはり俺様を殺す気じゃないかああ!」


「汝に役目を与える。これより汝は封印され、五千年に一日だけ目覚めるだろう。その日は何をしようと汝の自由、存分に天使達を殺すといい。魔人とでも名乗るといいだろう、魔天使だと名前に天使がついて嫌だろうからな。まあそうやって天使達の生存本能を強化させ、より強い個体を将来的に生み出すことこそ汝の役目」


「ふざけるな! 勝手に決めやがって、目覚めたら真っ先にお前をぶっ殺してやるからなああ!」


 石化がどんどん進んでいくなかクウリは憎悪を増幅させて叫ぶ。


「とはいえ、このままでは天使勢が不利か……仕方ない。少々の弱体化として汝の肉体を二つに分けさせてもらう。そうだな、天使の肉体は天界に、魔族の肉体は魔界に封印するとしよう」


 勝手な理由で石化していき、勝手な理由で肉体が二つに分けられる。

 天使の羽を持つ個体と悪魔の羽を持つ個体。二つに肉体が分けられると戦闘能力が二十分の一程度に落ちたような気さえした。


「聖剣も強化したらどうです? これでも天使には厳しいですよ」


「……ならば所有者に大幅なパワーアップを施そう。無条件に強化するわけにもいかないので……弱体化として人型に変化させ、善の所有者を見極める力を与えよう。こんなものでいいだろう、これからどうするも汝の自由だ――魔人クウリよ」


「クソがああああ!」


 そして完全にクウリは石化してしまった。

 意識は闇へと消えていき、聖剣と共に天界の伝承として語り継がれることになる。


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