30 暴風――灰色の竜巻――
拳と拳、脚と脚。ぶつかり合っては衝撃波が大地に伝わり、地震すら起きている。
凄まじい速度での怒涛の攻撃は止むことはなく、次第にもっと激しくなっていく。
神奈とエクエス、両者の実力は互角に近かった。
「お前に風は効かないが、風は攻撃だけに使うものじゃない! 灰色の竜巻!」
「なっ!? ぐうっ……!」
しかし拮抗していた実力がエクエスの方へ傾き始める。
エクエスは生み出した竜巻を神奈に直接ぶつけるのではなく、自身の腕から逆方向に放出することにより、追い風のようにして加速した攻撃を繰り出した。風で加速した一撃が想像より速く、打撃が次々と神奈の体に叩き込まれていく。
「どうした面白いように入るぞ! もっと俺を楽しませろおおお!」
「神奈さん空です! 空中なら追ってこれません!」
ピンチのときに腕輪から助言が入る。神奈は素直にそれを聞き入れ「フライ」で打撃の嵐を抜ける。といってもかなり強引だったことで、無防備に何発かは受けてしまっている。それでも距離を置くことができるのなら安いダメージだ。
「空で一旦態勢を――」
上昇していく自身にどう対処するのか、確かめるべく神奈は下を見下ろし――目が驚きで見開かれる。そこにはすぐさま後を追いかけてきているエクエスの姿が映っていた。
予想外の事態に驚きつつ、神奈は腕輪に向かい「おい!」と怒鳴る。
「あいつ普通に空飛んでるぞ!」
「竜巻の風で自分を押し上げているんですよ! でも、あれなら小回りの利いた動きにはついてこれないはずです!」
小まめに曲がってみたり、回転してみたり、とにかく神奈は翻弄しようと試行錯誤する。だがエクエスはそれに惑わされることなく、細かい動きにも当然のようについてきていた。
「余裕でついてきてるぞ!」
「自在に竜巻の方向と出力を変えて機敏な動きができているようです! よほどの操作技術がないと出来ませんよ! あの人本当に強いです!」
神奈は自由に空を飛び回る。それに対してエクエスはその顔に嬉しそうな笑みを浮かべながら、ピッタリと神奈の後をついてきている。そしてその距離が次第に狭まっていくことに神奈は嫌でも気付く。
「ははっ、すっごいなあ……! 速さで攪乱しようと思ったけど、あいつ私より速いし……休ませてくれないかなほんとに!」
空中で神奈は急停止する。直後に後ろへと振り向いて殴りかかろうとしたが、そこにエクエスはいなかった。
いないことに気付いて神奈は拳を途中で止めた。その背後にエクエスが突然現れ、竜巻を纏い加速した拳を、気配に気付いて振り返ろうとした神奈の右頬に叩き込む。
物凄い速さで殴り飛ばされながらも、エクエスの方を見ようとした神奈はまたしても姿を見失う。
「どこだ……!」
「神奈さん上です!」
腕輪の忠告に従い真上を向いた神奈だが、その瞬間、タイミング悪くエクエスの踵落としが眉間にズシリとめり込む。神奈は「なっぐうえぇ!?」と奇声をあげ、回転しながら地上に落下していく。
踵落としが眉間に直撃したことにより、衝撃が脳にまで伝わり意識が朦朧とする。
そのまま休ませてくれるほどエクエスは甘くない。
竜巻の噴射により縦横無尽に飛び回り、神奈を四方八方から攻撃する。無防備な肉体に強烈な痛みが奔る。
痛みにより神奈は逆に意識がはっきりしてきた。痙攣する瞼を開けると苦し気な表情を浮かべ、灰色の閃光が真下から迫って来るのを捉える。灰色の光が腹部を潰すような勢いで衝突する。それが蹴られたと分かったのは数瞬遅れてからだった。
数瞬の理解の遅れが神奈をさらに危機的状況へと追い込む。
高度が上昇していき、どんどん周囲の景色が暗くなっていく。そして気がつけば神奈の視界には色が抜けたかのような巨大な球体が映っていた。
まさかという思いも束の間、これが現実だと知らしめるような現象に襲われる。
(呼吸が、できない……!)
暗闇でも遠くの星が光って見えた。つまり神奈がいる場所は――宇宙。
惑星からもはみ出した神奈は喉を押さえて苦しむ。
神の加護は宇宙空間でも存在を許してくれる。しかし呼吸の問題まではどうにもできない。酸素がない空間ではさすがの神奈もどうしようもない。どうにか現状を打破しなければ窒息死すると高速で頭を回転させて、一つの策を思いつく。
「お……きしぃ……ど……!」
右手を口元に当て、とある魔法を唱える。
酸素を作り出す魔法――オキシド。まさか役に立つとは思わなかったが、この魔法を覚えていたおかげで神奈は宇宙で呼吸できるようになる。
慌てて深く息を吸い込むと、静かに吐き出す。それを数回繰り返すとようやく落ち着いた。
落ち着くまでに今までいた惑星が遥か遠くにまで遠ざかってしまった。宇宙空間には摩擦もほぼゼロであり、速度低下が非常にゆっくりになる。神奈はエクエスの蹴りで宇宙に追放され、ほぼそのままの速度を維持して遠ざかり続けていたのだ。
とにかく戻らなければという思いから「フライ」を唱えて急停止する。
停止してからは右手に手を当てたまま「オキシド」も唱え、呼吸を維持しつつ戦闘していた惑星へと戻っていく。
「高速接近反応! まさか宇宙にまで来るつもりですか!」
腕輪の声がよく聞こえない。宇宙空間では空気がないと言われるほど非常に少ないため、音の伝達が普段通りとはいかないのだ。何かを言っていた腕輪を気にしつつ神奈は惑星に戻ろうとし、ありえないとばかりに目を限界まで見開く。
――エクエスが惑星を飛び出してきた。
急接近してくる灰色の閃光を慌てて躱し、神奈は灰色の行く末を見る。
宇宙空間では空気量の問題でエクエスの風は意味をなさない――はずだった。彼は平然と手足から灰色の竜巻を放出し、方向を調節して神奈と向き合う形になると放出を止める。
「何を驚く? この広大な宇宙も俺達の戦場にすぎないだろう」
そして驚くべきことに――声が神奈に届いた。
右手を口元に当てて「オキシド」を唱えている神奈は困惑する。
「なぜ声が届くか不思議か。簡単な話だ、俺は宇宙空間だろうが暴風鎧を纏えば関係ない。空気を風の中に閉じ込めているおかげで酸素補給も問題なく行える。そして風で筒を作りお前と繋げれば声だって届く」
「そんなんありかよ……」
「ありだ。こうすればお前の声も聞こえるな」
神奈とエクエスを無色の風の筒が繋いでいる。
酸素も声も問題がなくなり神奈は右手を口元から離す。
「俺は対等な戦いを望む。右手が使えないのは対等ではない、そうだろう?」
「後悔するかもしれないぞ」
「しないさ、俺が望んだことだ。それでは……行くぞ」
二人が動き、一瞬でぶつかり合う。
衝撃は風の筒内にしか行き渡らず、痺れるような痛みが二人を襲う。
拳には拳。脚には脚。頭突きには頭突き。魔力弾には魔力弾。同じ攻撃方法でぶつかり合い、魔力攻撃では神奈が、物理攻撃では加速しているためにエクエスが有利になっている。数秒しか経たないなか千以上の手数でぶつけ合う。
どちらも額や拳などから鮮血を垂らし、宇宙空間ゆえに赤い血が漂う。
意地と意地のぶつかり合いでもあるが神奈の実力が上がったわけではない。エクエスが依然として加速する分有利であり、徐々に神奈は押されていく。
そして神奈の拳が流され、エクエスはそのまま神奈の顎に掌打。上昇してどこかへ行く前にさらに上へと移動し、エクエスは回転して勢いを乗せた蹴りで神奈を叩き落とす。
強力な一撃で神奈は落下していく。惑星の重力に引き寄せられて隕石のように――否、隕石も超える速度と威力で大地に激突した。元居た惑星の大地に叩きつけられた瞬間、神奈を中心として巨大な爆発が起こる。
周囲の大地の一部が粉塵と化す。惑星の大地半分が砕けて大空へと浮き上がる。
その邪魔な瓦礫をものともせず砕きながら、宇宙から降ってきたエクエスは神奈の腹部に足をめり込ませる。超スピードの蹴りは一部ではあるが神奈の肋骨、そして惑星の大地を粉砕した。
痛みに眼球が飛び出るほど限界まで見開かれ、四肢をじたばたとさせ、口から勢いよく大量の血を噴く。悲鳴を上げようにも声が痛みのせいで出ない。内臓が破裂した場所もあり、神奈の腹部は中がぐちゃぐちゃになっている。
なんとか上に乗るエクエスをどかすべく右手を向けて魔力弾を放つ。
脅威というほどでもなかったがエクエスは後方に跳んで避ける。その跳んだ衝撃でまたもや腹部に痛みが襲う。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ダメだ……勝てない。私はエクエスに――)
この世界に転生してから神奈も痛みは味わった。精神的なものも、肉体的なものも。
強さでいえば精神的ダメージが大きく、肉体的なダメージはほとんど受けていない。戦闘に関しての痛みは一番が藤堂零。彼は確かに強く、神奈に鈍い痛みを与えていた。次点でアンナ・フローリアだろう。もっともアンナの場合はダメージなど皆無に近かった。
そして痛みの一番は更新されて今このとき。戦闘に限定しなければ、油断していたときにグラヴィーから刺されたことが一番だ。それも充分痛いのだが、現在の痛みに比べれば鼻で笑える程度でしかない。
元々戦うことなど神奈は得意ではない。修行していたのは魔法を使うためであって、戦いのためではない。決して神奈は戦いがしたかったわけではない。
痛みで立ち上がる意思が折れかかっていた。
もはや意思など蒟蒻のようにぐにゃぐにゃになっている。
(勝てない? それじゃあみんなは……)
どうなる? そう考えていた神奈の頭に今までに出会った人間の姿が浮かぶ。
(笑里……才華……リンナ……レイ……夢咲さん……ついでに隼とその他……みんな辛い思いをする。この勝負に負けたら地球は侵略されてきっと悲しい星になる。何よりもエクエス、あいつは力が全てだと思い込んでいる。生き甲斐を戦いにしか求めてない。その考えを、鼻っ柱を折らないといけない。戦いなんてしない間も私達は楽しく過ごせるんだから……)
これは神奈の自分勝手な思想の押し付けに近い。
真の戦士の思考というものを理解しきれないからこそ、こちらの考えをあまり理解されていないからこそ、妥協点のような互いに納得出来る場所を探す。
トルバ人は悲しい運命にあると神奈は思う。
戦うことを喜びとする彼らはそれ以外を知ろうとしないのだ。世の中には様々な愉快なことがあるというのに、大抵の者は何一つ知らぬまま一生を戦いで過ごすのだろう。それは神奈にとって何かに縛られた人生のように感じた。
(別にエクエスを否定したいわけじゃない。ただ、知ってもらいたいんだ。この世界にはそれ以外にも楽しいことはあるんだって。戦うこと以外でも誰かと深く関われるって。……そのためにもまずは勝って、話をする。あいつに勝たないとゆっくり話す権利すら与えられない。あいつに勝つのは難しいことなんだろうけどやらなくちゃいけない)
ゆっくりと足が動き、右手は大地を抉るほど強く力を入れる。
(私にしか、できないことだ……)
深く呼吸し、力強く神奈は立ち上がった。
立ち上がった神奈を見てエクエスは口元を大きく三日月状に歪ませる。これで終わりだと思っていた少女が必死に立ち上がったことが、まだ戦いが続くのだという状況が、エクエスに狂気的な笑みを作らせていた。
エクエスが地を蹴る。戦闘が再び始まった。
この状況は非常にマズい。神奈は血塗れであり、まともな攻撃を二回も受ければ倒れてしまうようなダメージを負っている。このまま戦えばただ倒れて、立ち上がったこと自体が無駄になってしまう。
状況を打破するための、勝利するための作戦が必要だ。
打開策を考える神奈は今までのことを振り返る。何か使えるものはないかと知識を振り絞る。そして習った魔法を全て振り返っていくと、一泡吹かせられるかもしれない答えに辿り着く。
そして神奈なりに考えた反撃が始まる。
「デッパー……!」
勢いよく右手をエクエスに向け魔法を唱える。
対象を出っ歯にするというろくでもない魔法。実力者であるエクエスにはせいぜい効果時間は数秒。そんなことは知らないエクエスは咄嗟に攻撃から防御に移った。しかしいつまで経っても何も起こらない。
「……なんだ? 何をした?」
「お前を、出っ歯にしたんだよおお……!」
虚を突かれたエクエスの腹部に神奈の拳がめり込む。
人は未知のものにぶつかったとき興味を示すか、恐怖するかは人それぞれである。しかし意味の分からないことを唐突にされたり言われると一瞬固まってしまうものだ。
神奈はそれを利用して殴るために普段なら役に立たない魔法を使い始めた。
「オキシド……!」
「今度は何だ!?」
「酸素を、作り出したんだよ……!」
困惑している間に殴る。
「ロック……!」
「グッ、いったい、何を……」
「家の鍵を、閉めただけだよ……!」
警戒したが何も起こらず、動揺している間にエクエスは殴られる。
「レビテーション……!」
「な、何をしているんだ……」
「一ミリ、浮いただけだよ……!」
たったの一ミリ浮遊してからの膝蹴りが決まった。
今、神奈は戦いを支配している。
エクエスは幼い頃から修行をしている戦闘が大好きな男である。戦いを愛しているといってもいいくらいの戦闘脳。相手が何か叫べば、それには何か意味があると思考する油断などしない戦士である。今回はそれが空回りした。突然の神奈の奇妙な言動と魔法のせいで、エクエスの思考は滅茶苦茶になりまともに考えられなくなっていた。
「クリ――」
「もう惑わされるかあぁ!」
「んぐっはっ……!」
いつまでもそんな馬鹿げた作戦が通じるはずがない。
いくら見たことがなく慣れていないものでも、二度も三度もやられれば人は慣れる生物である。さすがにエクエスも、神奈の口にしていた意味が分からない魔法に慣れてきていた。しかしそれに慣れるまでに与えられたダメージは大きい。
顔面を殴り飛ばされた神奈は仰向けに倒れ、エクエスは蓄積されたダメージで片膝をつく。
「くそっ、まさかこんなことでこんなにダメージをくらうとは……」
「あと、もう一押し、だったんだけど、な……」
「俺もお前ももう限界か、あんな下らん茶番のせいで……もう、終わりにするか」
神奈は「終わり……?」と呟き、生まれたての小鹿のように震える足でもう一度立ち上がる。
エクエスも立ち上がり、拳を固く握り「そうだ」と告げる。それは戦いを止めるということか――否、終わったのではない。これから終わらせるという宣言だ。
「楽しかった、これは心からの言葉だ。あのアホらしいことに動揺したのも俺の修行不足でしかない」
「……卑怯とは、言わないのか」
「卑怯などという言葉は戦いの中にはない。そんな言葉を使うのは殺し合いを格闘技か何かの試合だとでも思っている連中だ」
誰が対等に戦っていた相手を卑怯と罵ろうか。心からエクエスは満足しているのだ、そんな罵倒をすることなど絶対にない。
「……さあ、俺は次の一撃に全てを込める!」
「全てを……」
「そうだ、これでお前は終わりだ……この楽しかった時間もな」
「なら、私も次に賭けようかな……」
「そうこなくては面白くない」
神奈の右手には体内ほぼ全ての魔力が集まろうとしている。
エクエスも魔力を風に変換して、拳に圧縮し始めていた。
わずか数秒で、お互いの必殺技とも言える切り札が完成する。
「行くぞ! これこそ暴風集纏拳!」
「……うああああ! 超魔激烈拳!」
二人はお互いの技をどう避けるかなど考えず、ただ当てることだけを考えていた。
走って徐々に距離を詰め、二人の放った拳は互いの拳同士でぶつかり合い、集められた風と魔力の塊が衝突する。
――直後凄まじい衝撃波が星全体に響き渡り、二人はその衝撃で吹き飛ばされた。
* * *
意識は蓋をされたように閉ざされている。
黒い世界が広がっていたが、そこに一筋の光が差し込む。
「か……おき……な……てくれ」
(声が聞こえる……? なんだ、私は何をしてたんだ……?)
よく知っている誰かの声が神奈には届いていた。
暗い世界を光が照らし、神奈の瞼がゆっくりと開く。
「……いつつっ、あれ……エクエスは?」
思い出すのは激闘の結末。しかし神奈の視界に飛び込んできたのは、覗き込む瞳が潤んでいるレイの姿だった。
「起きてくれたか、良かった……!」
「レイ……? お前も無事いだッ!」
「無茶はしない方がいいよ、神奈の体は限界っぽいから」
心配そうに見つめるレイの言う通り、神奈の体は限界で少し動く度に激痛が走る。
「ああ、でも、あの後……どうなったんだ? 終わったのか……?」
「うん、もうこの星は終わりだよ」
唐突に星終了宣言されたことで神奈は「え?」と困惑の声を口から零す。
現在、地震が絶えず続いている。地面には亀裂も大きく入っており、異常が起きているのは一目瞭然。神奈も次第に状況を呑みこんでいく。
「僕もさっき目が覚めたんだけど、この星の状態を見て青ざめたよ。この星はもうじき爆発を起こして跡形もなく消えるだろう。おそらくは元々ほぼ死んでいた星の核が、何か強い衝撃を受けたせいかもね。地震は絶え間なく続き、火山は噴火し、雷雲が広がり、天変地異を引き起こしてこの星は滅ぶ」
衝撃と聞いて神奈が一番に思い浮かべたのは最後のぶつかり合い。
超魔激烈拳と暴風集纏拳。二つの技がぶつかり合った衝撃で荒れた星は真の終焉を告げるのか。しかし実は……強い衝撃というのは宇宙から落下してきたときである。技のぶつかり合いはただ終わりを加速させたにすぎない。
「とにかく早くこの星から脱出しよう! 星間移動!」
「……悪いけど、急用だ」
「え、神奈!」
自分が生きていたなら、エクエスも生きているはずだと神奈は思う。
星の爆発ともなれば、さすがの戦闘民族も満身創痍なら死亡する。それは嫌だと考えた神奈がふらつきながらもエクエスを捜し回る。居場所が分からないので勘で突き進むと、横たわっているエクエスの姿を見つけた。
「エクエス……!」
「……かみや……かん……な、か?」
倒れていたエクエスの元まで歩き、その腕を持ってなんとか背負う。
待っているであろうレイのところまで神奈はゆっくり歩いていく。するとエクエスが掠れた声で話しかける。
「何故、俺を……たすけ、る。お前にとっては、俺がここで……死んだ方が、良かっただろう……」
「理由……敢えて言うなら、こんなところで死んだら勿体ないだろ……? まだ、話したいことは山ほどあるし……さあ……!」
「……甘い、な」
甘いと言われようと、友達になれないと言われようと、神奈はエクエスを助けると決めたのだ。
侵略を楽しんでいたわけではない、あくまで仕事だったというだけだ。レイもエクエスもそれは変わらない。レイと友達になれたのだから、いつかエクエスとも友達になれるだろうと神奈は考える。
強すぎることで孤独だったというエクエスは他人のような気がしない。神奈も歯車がずれるように少し違っていたら、そう考えると怖くて仕方がなくなる。
ゆっくりと確実に進んでいるとレイが駆けつけてくる。ただ待っているよりもこうした方が早いし、重傷の神奈を一人にするのは危ないと考えたからだ。ただ星間移動を一度解除するのに手間取り、追いかけるまでに時間がかかってしまった。
「神奈、どこに行ってって……まさかそいつも助ける気かい!?」
「ああ、そうだ。早く戻ろう」
「ああ時間がない、もうどうにでもなれ! 星間移動!」
渦を巻いている黒い空間が神奈達の前方に広がる。
神奈達はここに来たときの黒いゲートと同じものを潜り、一瞬の暗闇を歩いて通る。すると元の地球の風景や、心配そうにしているグラヴィーとディストの姿が目に入り、神奈はようやく終わったと感じることができた。
そして自分の意識が朦朧としているのを感じながらも、神奈は笑顔を浮かべて短く告げた。
「私達、勝ったよ」
直後――神奈は崩れるように地面に倒れ伏した。




