278 復活――厄災の目覚め――
天界に神奈達が来てから三日目。
予定では本日が魔人復活の日であり、運命を分ける日である。
もう昼食も食べて、午後二時という小腹が空き始める時間。神奈、速人、ソラシドは貸し与えられている家でのんびりと過ごしており、警戒など全くしていなかった。
それを後悔させるように――何かが破壊されたような音が神奈達に聞こえてきた。
家の中にいても聞こえるが、距離が離れているだろうと音の大きさから分かる。おそらく家の中にいなければ爆発したような轟音が聞こえていたことだろう。
神奈達は一瞬で警戒を高めて立ち上がり、外の様子を見ようと走り出す。
外に出てみて神奈達は目を見開く。
慌てふためく天使達。その原因は長い螺旋階段を上る途中にある。
今回神奈達が呼ばれた元凶でもある魔人が封印されていた遺跡。その立派で神聖そうな建物が――木端微塵に消し飛んでいた。
被害はそれだけに留まらず、長い螺旋階段が折れて倒れてきていた。
抵抗することなどできず螺旋階段は住宅街方面へと轟音を立てて倒れた。
大地が爆ぜ、爆風が周辺を吹き飛ばし、雲でできた家が崩壊する。なんとか普通の建築物は無事でいられたが無傷ではない。屋根を含めた上半分が吹き飛んでいる場所もあれば、飛んでくる崩壊した階段の一部により穴だらけになっている場所もある。
「めちゃくちゃだ……!」
「敵は上か……」
「父上、母上、僕……行かないと!」
商店街にある建物はほとんどが潰され、重大な被害が発生している。それでも死者が出ていないのは、天使達元々のポテンシャルの高さと、神奈達が身体能力をフルに使用して瓦礫などから守ったからであった。
救われた天使達は十数人だとはいえ、彼らはしっかりとお礼を言って感謝している。
天使の感謝に応える暇もなく、神奈達は勢いよく遺跡があった場所へと飛んでいった。
神奈は〈フライ〉で、速人は〈不動の空気〉で、ソラシドは背中から生やした白い翼で、ほぼ何も残っていない遺跡へと足を運ぶ。
封印されていた石像も何も残っていない。遺跡が小石程の欠片となって地面に散らばってはいるが、もはや原型を保っている部分はどこにもない。
瞬間――強大な魔力を神奈達は感じ取る。
それは遺跡地点からさらに上、中央広場からであった。
当然その場に留まる選択肢などなく、神奈達は中央広場へと飛んでいく。
そこで待っていたのは青白い肌をした長身の男。向かい合うは、もう手傷を負わされている天使長であるドーレだ。どちらにも白い羽が一対生えている。
「天使長、その男が魔人か!?」
「ぬっ……お主らか……そうだ、こやつこそ、厄災」
「……なるほど、見ただけで分かる。コイツは強い」
魔人の肉体は細いが筋肉質。纏う魔力は不気味で、今まで神奈達が感じたことがない異質さが存在していた。
「魔人だの、厄災だのと、人をさも邪悪な者のように言うのは止めてもらいたいな。俺様がお前達に何かしたか? 何もしていないだろうに」
「儂らには、な。しかし過去にこの天界へ多大な被害を出したのは事実じゃろう。たった一日という期限で恐ろしい被害をな」
意味の分からない期限という言葉に、神奈は「一日?」と疑問を口に出す。
説明し忘れていたのに気がついてドーレは口早に解説する。
「この男は復活しても一日で石像になる。たった一日、されど一日。それだけとはいえ脅威であることに変わりはない。歴代の天使長が聖剣を使用しても倒しきれなかったことだしの」
「ふっ、奴らが弱者だっただけにすぎない。聖剣というアドバンテージがあってあの程度では、元の実力などたかが知れている。どうだ今代、素直に降伏してくれるなら……一瞬で楽にしてやるが」
「それは殺すという意味だろうに……お断りじゃわい!」
楽にしてやる。解放してやる。それらはほとんど殺すという意味合いのときが多い。ただでさえ殺気が漏れている状態で言われているのだ、疑う余地はない。
「そうか残念だ。それじゃあ最大限の絶望と苦痛を味わって死ね」
魔人が手を翳してエネルギーを集めようとしている。
手元に青いエネルギーが集まっていくそのとき、ドーレの前に立つ者がいた。
「ダメです、やめてください」
「餓鬼か、どけ」
――庇うように立つのはソラシドだ。
絶対に退かないという強い意思が込められた瞳で、魔人のことを射抜く。
「どきません。どうしてこんなことをするんですか。同じ命なのに、どうして踏み潰すようなことをするんですか。復讐は何も生まない、それくらい分かっているでしょう」
「……もう一度言う。どけ、さもなければ殺す」
「嫌です! こんなことやめてください!」
両手を広げて立つソラシドは意地でも退かない。その態度に苛ついてきた魔人は額に青筋を立てて、眉間にシワを寄せて、魔力弾を撃ち出す。
紺青の魔力弾が幼い子供に向かい――直前で真上へと折れ曲がった。
「……おい、何撃ってんだ。ソラシドがやめろって言ってんだからやめろや」
「母上……!」
神奈の蹴りが魔力弾の軌道を直角に変えていた。
昼だというのに暗い空にて魔力弾が大爆発を起こす。
螺旋階段がもう繋がれていない中央広場も振動で揺れる。遺跡の場所もそうだが、この中央広場含め天界の大地は宙に浮いている。階段など後からつけられたものでしかなく、螺旋階段が存在しなくても問題はない。
「お前はまさか人間――」
言葉の途中で魔人は右方にアクロバティックに側転する。
一瞬にして背後へ移動していた速人が刀を振っていたからだ。
「父上……!」
咄嗟に避けた魔人に対して速人は舌打ちして口を開く。
「魔人だかなんだか知らないが、ソラシドがこう言っているんだ。無駄なことはやめるんだな。どの道、俺がいる以上勝ち目はない。今すぐやめないと――」
「私がいるからお前は勝てない。だからやめろよ、じゃないと――」
「「――ぶっ飛ばすぞ」」
二つの静かな怒りの声が魔人に向かって放たれる。
当の魔人の反応は冷めており、嘲笑していた。
人間という種族は遥か格下、その認識が間違いであると気付くのは遅くない。
「……五千年だ。封印されて目覚めるまで五千年、目覚めていられるのは一日。これがどれほどの苦痛か、どれほど憎しみを増幅させたか、お前達に分かるか、分かるわけがない! どんなに邪魔されようと俺様は全てを滅ぼす! そこまで大口を叩くならぶっ飛ばしてみろ! この俺様はっ――」
魔人に、二人の拳がめり込んだ。
腹を抉るかのような勢いで打ち込まれ、殴られたと認識したそのときには衝撃波と一緒に遥か彼方へと吹き飛んでいく。
「「望み通りぶっ飛ばしてやる、覚悟しろ」」
二人同時に殴った後、これまた同時に魔人の元へと向かっていく。
殴り飛ばされた魔人は空中で減速し、やがて止まる。驚愕の表情を浮かべ、やってくる二人を見てすぐに思い直した。
大抵の人間は弱者だ。しかし目前に迫る人間は強者である。
――だが魔人は知っている。分かっている。信じて疑わない。
どんな敵が相手でも勝利だけは魔人が手にするものだ。聖剣がない限り、誰も魔人に勝つことはできない。
その必要な聖剣ソラシドはまだ本来の姿に変化していない。魔人は気付いていないが、もしもソラシドが聖剣であったと気付けば真っ先に壊しにかかる。それで殺されてしまえば神奈達の敗北が、魔人の絶対的勝利が決定する。
「想像以上に強いがまだまだ、あの男には敵わん。俺様の名はクウリ! 全てに滅びを与えるため、邪魔なお前達から滅ぼしてやる!」
三人の強者がぶつかり合う。
殴り、蹴り、斬り、撃ち、激しさを増す戦いは止まらない。
この世界全ての運命を決める苛烈な戦いが、聖剣の目覚めを待たずして始まってしまった。




