277 鍛冶――三つの魔力――
とある雲の道の向こう。
死の大地に建てられた一軒家にて、何度も鉄同士を打ち合わせる音が響いている。
鍛冶屋であるキテツと、鍛冶を教わっている洋一。その二人が鉄の鎚を目前の鉄板に何度も打ちつけている。鉄板は直前まで熱されていたので赤みを帯びており、打つと変形して、徐々に剣の形へと変化していく。
車椅子に乗ったままで鍛冶をしている洋一は体勢的にも精神的にも辛い。周囲の熱から汗を掻き、集中しているために汗は顎まで伝っていき、真下へと落ちていく。もうかれこれ二時間、材料を変えつつ同じ動作をして心を擦り減らしていた。
「洋一、汗を拭かないと」
傍にいる恵が白いハンカチで洋一の汗を拭く。
さすがにこの状況で暴走することはなく、一生懸命頑張っている洋一のために尽くしている。ムゲンはその様子を見て、なんでいつもはスキンシップや感情の揺れ幅が激しいのかと疑問に思う。いつもこうして洋一の横で静かに尽くしていれば、ムゲンも何も恐れることはなくなるというのに。
汗を拭いてくれたことに洋一は「ありがとう」と呟く。
しかし今はただ、鉄を打つことにのみ集中している。笑いかける余裕などありはしない。
深く息を吸い、吐き出す。そうすることで心を落ち着けて、より集中できるようにする。洋一なりのルーティーンとなっている行動だ。
「……ガキ、いや洋一つったか。お前何者だ?」
鉄板を打つことで薄く伸ばす。その刀鍛冶に必要な工程を終わらせたキテツは、作業中の洋一に視線を向ける。
問いかけられた洋一も手を止めて顔を上げる。
「俺の技をもうほとんど盗みやがって。おかげで俺が教えることなんざもう何もねえよ。教わるとか言って半日経たずに対等になりやがって……天才かお前は」
「なんてことないただの高校生ですよ。教えられることはもうない、ですか?」
「はっきり言えばな。だがお前の作ろうとしてるもんは、正直作れると思えねえ。人工聖剣……そりゃあ確かに作れるならすげえこった。でも作り方も材料も何一つ分からねえんじゃ話にならねえ。しかも制限時間があるってんだから、ちまちま全ての鉱石で試してる暇もねえ」
「作り方なら大丈夫です」
洋一の瞳が金色へと変化して輝く。
「僕の固有魔法は解析。この目で見た全てを解析することができる力です。それを利用してキテツさんの技術のやり方を調べ、完全に模倣しました」
「おいおい、自分の技術をすぐに盗まれるとか職人泣くぞ。……だがなるほどな、あのババアが人工聖剣なんて代物を作るのにお前を選んだ理由が分かったぜ。すでに聖剣をその目で見やがったな?」
キテツの想像通り、洋一はすでに聖剣もといソラシドを解析している。
空から降ってきたという話を聞けば、得体の知れない何かだと調べなくても分かる。洋一は危険がないかを調べるために、初めて出会ったときに解析を使用していたのだ。
「はい、もう聖剣……ソラシド君の正体は理解しています。たとえ人型でも中身は同じ。材料も、その比率も、作り方も、聖剣の全てを僕は知っている」
「じゃあ楽勝じゃない! さっすが洋一ね!」
無邪気に喜ぶ恵だが、洋一は一切喜んでいない。
「……確かに全てを知っている。でも知っているからこそ、今は作れないことが分かってしまいました」
「作れない? 材料が足りないのか? ここには天界で採れる鉱石が揃ってんだけど」
「どうでもよかったんですよ」
投げやりな発言にキテツは「なに?」と首を傾げる。
「鉱石は鉄だろうが玉鋼だろうが、なんだってよかったんです。聖剣を作るのに重要なのは鉱石じゃない……魔力です」
「魔力? 魔力ならムゲンちゃんがいるじゃない。それに洋一自身だって持ってるし、私も一応持ってるんでしょ?」
「ただの魔力が必要なんじゃないんだ。調べて初めて理解したよ、魔力には……性質というものがある」
それから洋一が語るのは、誰も知らなかった魔力エネルギーの性質。
魔法を使用するために消費するのが魔力。それは誰でも秘めているが使用できる者は限られている。
使用できる魔法には属性があり、生命には自身に見合った適性属性というものがある。恵もキテツもここまでは知っていた。しかしもっと深いところは知ろうとしていなかった。
生命によって適性属性が違う。これは血液型などと同じだ。
ではなぜ適性属性に違いが出るのか。答えは生命の持つ魔力の質が微妙に違うから。
そしてそれは種族ごとにも大きく違ってくる。
この世界には多種多様な種族が住んでいる。人間、吸血鬼、宇宙人、獣人、魔族、天使などなど。中には一から作られた生命体も存在している。全ての種族がそれぞれ違う魔力を持っていた。
聖剣に使われているのは人間、天使、魔族の三種族の魔力。それさえ揃えばどんな材料だろうと、極論で紙だろうと段ボールだろうと聖剣は完成する。
魔力にも相性が存在する。天使の力、魔族の力は互いに効果抜群であり、人間に関してはどちらの種族に対しても効果はいまひとつ。良くも悪くも人間は万能型だ。
反発し合う三種類の魔力を、強引に一つの物体へと混ぜ込んだのが虚無。全てを消滅させるように切り裂く聖剣の力の源であった。
「――と、まあこんな感じかな。つまり聖剣を作り出すためには魔族の魔力が足りないんだ。人間なら僕、天使ならキテツさん、でも魔族はここにいないから作れない」
「それはしょうがないんじゃない? 先生には素直に伝えましょうよ」
「……いや待て、魔族の魔力があればいいんだよな」
キテツは立ち上がると鉱石が並んでいる雲の棚の前へと歩いて行く。そしてそこから一つの鉱石――毒々しい紫色の角のようなものを手に取って洋一達へと見せる。
「これはとある魔族の角だ。魔力が蓄えられていたらしいから、これなら代替品になるんじゃないのか?」
「キテツさん……それで問題ないです!」
「そうかそうか、ならこれをやるよ」
「でもどうして魔族の角なんて持ってるのよ」
恵の問いかけはもっともな疑問である。
魔族を毛嫌いしている天使が、魔族の体の一部を持っているなどおかしい。
どこか懐かしむようにキテツは語り出した。
「昔、もう四百年以上前……俺はあのババアを捜しにいったことがある。そのときに偶然魔族と出会ってな。向こうも人捜しだったらしくて意気投合したんだ。ほんの十年ちょっとの旅をして、最後にお互いを忘れないようにと互いの体の一部を分け与えた。俺は羽を一部毟ったっけな」
「そういえばキテツさんって、先生とどういう関係なわけ? わざわざ捜しに行くくらい仲が良かったんでしょ?」
「別に仲が良かったわけじゃねえ。どっちかっていうと、あのババアは俺の父親と仲が良かったんだ。家に来ては、まだ十五歳くらいの俺を揶揄って遊ぶのが趣味だとか宣いやがったよ。……俺はただあのババアに文句を言いたかっただけだ。勝手にいなくなって、帰ってきたかと思えばまたいなくなりやがって、初めて会ったときから勝手な奴だった。俺はあの野郎を一発ぶっ飛ばすと決めて地上へ向かったんだ」
恵の想像とは違えど、そこまでの行動を起こせるほどに、キテツは焔のことを考えていた。
できれば話したくなさそうに辛そうな表情で語るので、洋一は話を切り上げるために「……そうですか」と呟く。
本題に戻らなければならない。今重要なのは聖剣の作成なのだから。
「とりあえず、これも一緒に打ってみましょう。キテツさんと僕が魔力を込める、そうすれば理論上は聖剣が出来上がるはずです」
「三種類の魔力が反発し合うか……。よし、誰も作れないとされていた聖剣を作れるならおもしれえ。付き合ってやるぜ……!」
洋一は新品の鋼板を用意して、魔族の角と一緒にテコ棒と呼ばれる棒の先端に置く。
そして高熱を放つ石窯に入れる。
まず熱さなければ形を変えることができない。変形させるために熱で柔らかくして、初めて鎚で打って延ばすことができるのだ。
真っ赤で、見るからに熱そうな鋼板を、もう充分に熱されたと洋一は判断しテコ棒を引き出すことで取り出す。そして洋一は慎重に、鋼と角を融合させるように鎚で打っていく。
どう打てばどの方向に延びるか、どれくらいの力で打てばどれくらい延ばせるか。全てキテツの技術を模倣して見極められた。
打ち続けると温度が低下してくるが、それはまた石窯へと入れることで温度を上昇させることができる。
溶けるほど柔らかい鋼板を打ち、長方形の形に整える。
その後、大雑把な形が出来上がったら上に新たな鉄を乗せて再び石窯へと入れる。
また溶けるほどに熱して、引き出し、鎚で打つ。この作業を五回以上繰り返した。
厚みを増してくる剣。十分な厚さになったなら再び石窯へと入れる。それから「沸し」という作業に入る。
鍛冶において「沸し」とは重要作業の一つ。
材料である鉱物に満遍なく熱を行き渡らせる。それが不十分ならばせっかく整えた形も崩れてしまう。
火花や音から充分だと判断すれば、次は「仮付け」という作業。これは「沸し」が本当に充分かどうか、一度テコ棒を取り出してから実際に叩いてみることを言う。これで充分ならもう形が崩れる心配はない。
次の作業は「鍛錬」というもの。
熱した鉄に切れ目を入れて、折り返す。そして叩く。
この作業を十数回繰り返す。そうすることでより頑丈になるはずである。
最後に仕上げとして、鋼を叩くことにより引き伸ばす。
西洋剣のような形へ変形させるのは大変な作業になる。そもそもこの仕上げの作業では、ただ熱を加えながら打つのではなく、常時沸した状態を保ちながら打たなければならない。なぜならそうしなかった場合、余計な力が鋼に伝わり形が歪になる可能性が大きいからだ。沸した状態を保って打つと、鋼の中から不純物をなくす「精錬」をかねられるというメリットもある。
ある程度形が整えられたら、切っ先の部分を作るために剣先となる場所を斜めに斬り落とす。
それから鋼の剣をもう一度石窯の中へと入れる。刀身全てが均等に温まるように、状況を見て一部を火に当たらないようにするなど細かい調整を行う。そして充分に熱したら、冷水に入れて一気に冷やす。
鋼は熱してから冷やすと結晶構造が変化する。
急冷した直後はマルテンサイトという、鉄鋼材料において最も硬く、それでいて脆い組織になるのだ。しかし武器が脆ければ話にならない。とはいっても剣はより硬い方がいいと思われがちだが、実は硬すぎると折れる危険が増加してしまう。
そこで「焼き戻し」という作業が必要になる。
マルテンサイトの鋼を加熱すると、温度が上昇するごとに組織が細かくなっていく。そうすることで硬度が減少する代わりに、多少丈夫なものへと変化していく。
刀剣類に限らず、作る物の用途に応じて硬度と強度を調節する。
――これで魔族の角を混ぜた剣が出来上がった。
問題はここからであり、冷えた剣に洋一とキテツが触れて魔力を送る。
聖剣は三種族の魔力が絶妙なバランスで共存し、それでいて反発し続けて出来上がる圧倒的エネルギーが力の源。それが完成しなければ聖剣ではなく、洋一達の目前にあるのは少し強いだけの剣でしかなくなる。
「……できた」
ポツリと洋一が呟く。
その呟きにキテツと恵の視線が集中すると、洋一は再び口を開いた。
「できました、これが……聖剣です」
「やったじゃない! さすが洋一、最高の鍛冶屋!」
「鍛冶屋じゃないけどね」
呟きを耳にしても、キテツは現実に心が追いついてこない。
夢ではなく現実だと認識すると驚愕が遅れて追いついて、キテツは嬉しさに口元を綻ばせる。
「ま、マジか。信じられねえ、こんなすぐ、一日で聖剣が出来上がっちまうなんて……! 凄すぎんだろおい……!」
「すごいでしょキテツさん! これが洋一クオリティよ!」
「まだ現実じゃねえみてえだよおい。洋一クオリティ、まさかこんな鬼才が地上に埋もれていたなんて……!」
洋一クオリティが名前のようになっているが真の名前は白部洋一である。だがそんなことは置いておいて、洋一の表情は嬉しそうなものとはかけ離れていた。
歯を食いしばって悔しそうに顔を歪めていた。
「……違う」
「え? 何が違うって?」
「確かにこれは聖剣です、紛れもなく同質なものです。……でも同等の力は秘めていない。……これには本物の六万分の一程度の力しか有されていません」
数字が大きすぎてキテツや恵には伝わりにくい。
しかし圧倒的な劣化品だということだけは理解できる。六万分の一の性能しかないのなら実戦に使えるかどうかすら怪しい。
「考えてみればソラシド君はおかしい。いったいどう剣を作れば人型に変化するんだ。善の感情を取り込んで剣に戻るのも再現不可能。そもそも剣に人格があるなんてどういうことなんだ。それに性能も高すぎる……魔力にしたって僕が百パーセントの力を使用しても足りるかどうか。それが三人分だなんて頭がおかしくなりそうだぞ……」
聖剣は不思議で済ませていいレベルではない。
天使と剣の二種類に変化でき、一つの生命体として意思も持っている。
洋一の〈解析〉で調べても理解不能。再現できるとすれば性能くらいなものだが、それも一生懸命に作り上げたところで本物に遠く及ばない。
自分なら作れるだろうと洋一は驕っていたことに気付く。
本物を解析し、達人の技術を模倣し、全てを掌握できる力を持っているなら自惚れても仕方がない。過去に一本しか作られていない物でも、実際に作られた物なら、洋一は再現できるだろうと現実を甘く見ていた。
「落ち着いて洋一!」
思考の海に沈んでいた洋一を引き上げる声がする。
いつの間にか俯いていた顔を上げれば、洋一の正面に恵が立って肩を掴んでいた。
「洋一は充分に凄いんだから、よく頑張ったんだから、完璧なものを無理に作ろうとしなくていいんだよ」
「そうだぜ洋一、お前はこの天界で誰も作ることができなかった剣を作ったんだ。どれだけの快挙か分かってんのか? 人間を見下していた時期があったのが恥ずかしいぜ」
「……うん、そうだ、そうだった。何も完璧を目指さなくてもよかった。それでもあと一日、できる限り近付ける努力はしてみよう。恵、キテツさん……ありがとう」
自惚れていた自分を洋一は恥ずかしく思う。
まだまだ未熟だと思い知らされた。解析も万能ではないと分からされた。
しかし信じてくれる仲間がいる限り、諦めないことは洋一にもできる。今の時点から成長することもきっとできる。
自惚れではなく、自分の可能性を信じている。
「魔族の角、実はもう一個あるんだ。大事ではあるんだが、歴史的瞬間に立ち会えた礼として使っていいぞ」
恵が洋一から少し離れると、キテツが口を開いた。
語られる内容に洋一は感謝してもしきれない。
「本当ですか、それはありがたいです! 明日、魔力が完全回復したらもう一度作ってみましょう。諦めない心はきっと成長の力となってくれるはずです」
魔力はもう七割以上消費しているので今すぐは作れない。
全ては翌日、魔人復活前までの時間で、洋一は全てを絞り尽くそうと強く思う。
「……あれ? 人工聖剣って本当に必要なのかな?」
一人、恵だけは不思議そうに呟いた。
聖剣が目覚めなかったときのための保険。
そう聞かされている恵だが、難易度が高すぎて博打のようになっている鍛冶に、焔が本当に期待を寄せているのかは謎である。
教えて! 腕輪先生!
腕輪「はいどうもみなさんお久しぶりのこのコーナー、みなさんの疑問にお答えする時間がやってまいりました。ええ、ええ、もちろん……疑問なんて来ていません。はいどうもすいませんでした。しかし私としては出番が欲しいので、ここで一つ。勝手にみなさんが疑問に思っているだろうことを推測し、解説したいと思います」
ムゲン「がっつきすぎじゃろお主」
腕輪「なんとでも言うといいですよ! いいですか後書きは私のサンクチュアリ、聖域なんです! そもそも私のコーナーだというのにどうしてムゲンさんがいるんですか!」
ムゲン「知るか。本編での出番がなくて暇という繋がりかもしれんが……」
腕輪「くっ、私がメインになる最終章までは時間がかかる……! だからこその後書き、だからこその自由! とにかく説明を始めますよ!」
ムゲン「ああそれはいいのだ。しかし後書きというのはそう長居していい場所でもあるまい。おそらくもうすぐこのコーナー終わると思うのじゃが……間に合うかのう?」
腕輪「間に合わせますとも。さあみなさんが疑問に思うこと、多々あるでしょうがまずはその一つ。魔力の種類についてです。作中では種族により微妙に質が違うとされ、その質は魔法の威力にも影響します。人間は万能。魔族は主に闇属性、天使は光属性が得意となります」
ムゲン「なおこの設定はもう出て来んので覚えなくてよいぞ」
腕輪「ちょっ、余計なことを言わないでくださいよ。いいですかみなさん、基本的に魔力とはその生物の生まれ育った環境や種族に左右されます。火山で育ったなら火属性が得意になるでしょう。つまりこれらのことから言える魔力の本質は、都合のいい解釈をされ――」
――完。




