276 石像――子の心を親は知らず――
白い雲に乗っている木造建築のコテージ。
天界に来て二日目。神奈は欠伸をしながらリビングの食卓の席に着く。
用意されている見慣れたコンビニ弁当は、天界という場所にいることを忘れさせるほど雰囲気を台無しにしている。それを食べ終わると再び欠伸をして、出かけようとしている恵に声をかける。
「どこ行くの?」
可愛らしい水玉模様のワンピースを着て、多少の化粧もしている恵は振り向いて行き先を告げる。
「洋一のところ」
「白部君? ああそういえば今朝は見てないっけ。どこに行ったんだ?」
「キテツさんって天使様の鍛冶屋よ。若空先生の方針でね、人工的に聖剣を作り出そうとしているみたい」
色々思うところはあるが神奈は突っこんで訊くのは止めておく。
「先生はコテツさんって天使様を頼りにしていたみたいだけど、どうやら時代が過ぎて亡くなったみたいなの。だから息子のキテツさんに頼んでるってわけ。私は近くで応援するくらいしかできないけど、気持ちを込めて応援するわ」
「そうか……隼は?」
洋一は鍛冶屋へ。だがあと三人いないことに神奈は気付いている。
「あいつは遺跡って場所に向かったわ。先生とソラシド君も一緒に」
遺跡という言葉で神奈が思い浮かべるのは、螺旋階段を昇っていたときに見えた古い建物。鉱物で作られている神殿のような建物は遺跡と呼べる代物だろう。他にも多くの丸っこい墓石や、それよりも大きく文字が彫られている石碑があったのを思い出す。
「なんだってそんな場所に……」
「さぁ、行ってみれば分かるかもしれないけど」
速人が歴史的建造物に興味がないことを神奈は知っている。
この場所は由緒正しい建物だなどと説明されても、神奈と同様に軽く聞き流すのは確かだ。そんな速人が行くわけないので焔に連れられたのだろうが、たとえ誘われても断るだろう。
(いや待てよ、ソラシドが行きたいって言えば行くかも)
実際、無邪気な顔で「行きたい」と強請られれば、神奈もあまり離れたくないので付いていく。
「……ってか、私に黙って行くってのもどうなのかね。よし決めた、私は遺跡に行く。ソラシドも心配だし、可愛いから早く会いたいし」
「本音が最後出たわね。まあ、そういうことならまた別行動かな」
「そっちも頑張れよって言いたいところだけど、あんまり騒いで邪魔とかはしない方がいいぞ。応援とか鍛冶屋でするものじゃないからな」
「ご忠告どうも。じゃあ私は行くわ」
恵は出ていき、神奈も特に家での用事がないためすぐに出かける。
天使達の蔑むような目を鬱陶しく感じながら、神奈は昨日の螺旋階段まで歩く。居心地を悪くさせる視線の原因は天使の他種族への見下しか、それともウリエールこと焔が連れて来た者達だからか、どちらにせよいい気分にはならない。
螺旋階段を上がっていき、目的地である遺跡に辿り着く。
汚れ一つない白い壁、植物のツタが多少絡まっている太い柱、改めて見てみれば神聖な雰囲気を放っている。
「こうして見ると、ゲームとかに出てくる神殿みたいだよなあ」
独り言のような呟きに右手首にある腕輪が返答する。
「あながち間違いではないかもしれませんよ。天使というのは自分達が神に創造されたと信じていますし、天界に住む自分達こそ最も神に近いとも考えています。この遺跡にも妙な力があって、どんな力でも破壊できないようになっていますね」
「私が殴っても?」
「ええ、まず無理です。私も同じなので分かるんですよ」
遺跡の中へと神奈は入っていく。
狭い一本の通路が続く。それを抜けると広い場所に出て、一つの石像と速人達を神奈は見つける。石像にどこか見覚えがあるような気がしたが、気のせいだとして深く考えるのを止めた。
歩く足音から誰かが来るのが分かっていたようで、速人、焔、ドーレの三人は警戒するような表情を向けていた。杞憂だったと安堵し、三人は軽くため息を零す。
ただソラシドだけはずっと石像を見つめていた。
「神谷神奈、なぜここが分かった」
「恵から聞いたんだよ。もっと起きるのが遅かったら私一人だったじゃん、出かけるなら知らせてくれよ」
「あの女……」
舌打ちをして速人は顔を逸らす。
「何その反応、何か私が来ちゃマズいことでもあんの? ……あ、もしかしてソラシドを独り占めできるとか思ってた?」
額から汗が一筋垂れていき、速人は何も答えない。
「……沈黙は肯定だよ」
「だ、黙れ! 俺はただ魔人とやらに興味があっただけだ!」
慌てて叫ばれてもただの言い訳にしか神奈には聞こえない。
「お前さ、最初は乗り気じゃなかったのに今すごい親バカだよね。案外子供とかと接するの好きだったりする?」
「……弟ができたような感覚で接しているだけだ。別に特別子供が好きというわけではない。それにソラシドも最近俺に懐いているし、従順なやつというのは可愛く思えてくるだろう」
「そのソラシドはお前よりも石像に夢中らしいけど」
ソラシドは石像から目を離していない。何かを確認するように一向に他へと目を向けない。その理由は聖剣であるからだとなんとなく神奈も察する。
「ふむ、丁度よい。お主も聞いておくか? 五千年前に目覚めた魔人の暴虐の限りを、その結末を。儂らの先祖がどうやって魔人を封印したのかを」
「あっ、結構です。興味ないんで」
せっかくの好意を長話になりそうだからと神奈は拒否した。
魔人が強くて悪者だというのは神奈ももう分かっている。過去のことを聞いてもただ天使達を不憫に思うだけだし、得られるものは何もない。
「なんじゃと!? おいここは素直に聞く場面じゃないのか!? のうウリエールよお主もそう思うだろう!」
「いえー私もどうでもいいですねえ」
焔も子供の頃から知っているので、ドーレとは逆に無駄話を聞かなくて済むと神奈に感謝する。
「そんなことよりも聖剣がいつ目覚めるのかが知りたいです」
目覚める、つまり真の聖剣として剣の形となること。
神奈と速人もそれについては興味が出る、というか知らなければならないことだった。人型のソラシドと話せるのも今日が最後かもしれない、明日が最後かもしれない、明後日が最後かもしれない。いつ最後になるのか分からない。
喋る腕輪もあるので喋る剣があっても何もおかしくないが、普通は剣になれば喋れないだろう。
もしも最後、しっかりとした別れを告げられなければきっと後悔する。それだけは二人にとって許容できないのでちゃんと知っておきたい。
「……残念ながら、儂もお主以上の知識は持っておらん。聖剣は魔人を倒せる唯一の武器であり、持つ者の能力を大幅に向上させる。魔人の復活間近に最初は天使の姿で目覚め使用者を選ぶ。続いて生命の持つ善の心や、強い感情を感じ取り、その姿を偉大な剣へと変貌させる。儂でもこの聖剣伝説くらいしか知らん。それほど謎に包まれた存在なのじゃ」
「天使長でもそれしか知らないのですかぁ……使えなっ」
「おい何かボソッと言わんかったか?」
「気のせいでしょー」
顔を背ける焔。追及しようとするドーレ。
二人のやり取りを聞いても神奈と速人にはよく分からない。分かることといえば強い感情によって剣になるというくらいだ。
それなら二人よりももっと分かる者に訊けばいい。幸い、ここにはいずれ聖剣になるであろう本人がいるのだから。
「ソラシド、お前自身は何か分からないのか?」
「……分かりません。分かるのは……この石像が悪だということだけです。でもきっと、母上や父上と関わっているうちに、僕は聖剣として役目を果たす姿に変貌するかもしれません」
「ふん、仮にお前が聖剣になったとしても意味はない。魔人とやらは俺が殺すからな。ソラシドは関わらず、ただ寝ていればいい」
「まあそういうことだな。ソラシドが無理して戦う必要ないよ」
神奈達にとって我が子同然の少年。
まだ年端も行かない子供にそんな危険な敵と戦わせるなど、短期間とはいえ関わった神奈達には許容できない話だ。二人は魔人を自分達で倒すと内心で意気込んでいる。
「本当に、それでいいんでしょうか……」
そんな二人の考えを透かして感じ取ったソラシドは呟く。
まだ色々分からないことだらけの人生、否……剣生。
魔人と呼ばれる脅威が猛威を振るうときに備え、ソラシドは着実に心の準備を整えていた。
引っ張ってますけど、あと二話くらいで魔人が復活します。
天界編ラストはみなさん分かりきっているでしょうが、もう少しだけお付き合いください。




