266 天体観測――子供は一日を遊んで終える――
夏休みまであと一週間。一日の学校も行き終えた神奈は隼家にて寛いでいる。
ソラシドは幼児向けの人形で遊んでいる。遊びに使えるだろう色々なものを買い与え、その内の一つの人形は神奈が稀に一緒に遊ぶこともある。人形でおままごとをしたり、人形劇のようなことをしたり、着せ替えをしたりなど遊ぶ方法はいくつもある。最初は速人も加えた三人でおままごとをしたのだが、高校生二人は演じることに羞恥心を覚え、今は別の遊びがないかと日々調査していた。
遊戯の調査方法はインターネット一択だ。ネット上には様々な情報があり、虚偽にまみれたサイトもあれば、人生のためになるサイトもある。基本的に信頼してはいけないとはいえ、世間一般的な意見が得られることも多いので、神奈達はソラシドの育児について重宝している。
現在まだ成長途中のソラシドは、少し前の急成長を見せることなくごく普通の成長をしている。一日ごとに、ほんの僅かに身長の伸びる。それを神奈達は見逃さずに、一ミリメートルにも満たない成長をノートに記録していた。ソラシド成長日記と名付けられたそれが、びっしり文字で埋められているのを見た速人は後退りした。
最初は子育てなど面倒だと思っていた二人も、この頃は積極的に取り組んでいる。
普通の子供ではないのは分かっているが、接していればそんなことはどうでもよくなる。たとえどんな種族だろうと、どんな使命を持っていようと、どんな運命だろうと神奈達はソラシドを愛することに決めている。
「うーん、何かいい遊びはないかなあ……」
自身が持つスマホで神奈はネットサーフィンを行う。
積み木、人形、遊べそうなものはもう遊んだ。公園に連れていくのはまだ年齢的に危ない。一歳児ぐらいのソラシドが飽きない次の遊びを、歴戦の主婦達のネット上の呟きを参考にして考える。
「やばいな、目新しい情報がない。つまりあれか、私はもう奥さん方と並び立つ存在になっているってことか」
「神谷神奈、情報は集まったのか」
部屋の襖が開かれ、速人が姿を現す。
速人も神奈と同じで遊びを検索していたが、目ぼしいものがなく諦めていた。
「なーんもないよ。お前の方はどうだった?」
「それなんだが、少し興味深い遊びを見つけた」
「へぇ、どんな?」
単純な好奇心で問いかける神奈に、興奮した様子で速人はスマホを取り出して見せる。
「このネトゲとやらだ。さっきレベル二十まで上げたんだが、雑魚共を蹴散らす快感が得られるぞ!」
「真面目に探してないのかよ! ネットゲームとか今から始めさせたら目とか悪くなるだろ!」
「ふん、今のうちから死体への耐性をつけておきたいんだがな……。まあいい、いずれそういった特訓はする予定だからな」
殺し屋である隼家を継がせる前提の発言に、神奈は異議を唱える。
「いや待てよ。そういうことよくないだろ、本人がやりたがっているかいないかは大事だぞ。ソラシドはなあ、私と一緒に遊んで暮らすんだよ。そんで普通に成長して、普通に学校に通って、普通に結婚するんだ」
「おいふざけるなよ。この家に居る以上、殺し屋にならなければいけないだろうが。金に困ることもないし、裏社会のコネも隼家のものを使わせれば楽になる。だいたい結婚だと? 相手の女がどれだけ美人だろうと認めんぞ」
「は?」
「あ?」
立ち上がった神奈は歩き出し、速人との距離を詰めて額をぶつけ合う。睨みつける表情でお互いが譲らず、意見の違いを認めることなく頭を押し合う。
険悪な雰囲気を感じ取ったソラシドが意識を向け、人形遊びを止め、神奈達の方に目をやって口を開く。
「……けんか、してるの?」
今にも泣きそうな声と顔を向けられては、神奈達も止まらざるを得ない。
二人は慌てて顔を離し、ソラシドに向かって弁明する。
「いやいやソラシド喧嘩なんかするわけないだろー?」
「そうだぞほら、俺達は仲良しじゃないか」
「そうだよね。ちちうえとははうえ、なかよし!」
「そうそう、はっはっは」
笑い始める二人だが顔は全く笑っていない。肩を組み仲が良さそうにしているのに、全く良さげに見えることはない。状況的にそうせざるを得なくなっただけで、二人は内心早いところこの場を離れたかった。
再び人形遊びに戻ったのを見計らい、神奈達は体の距離を離す。そのタイミングで神奈の携帯電話から着信音が鳴る。
「あれ、レインか。えっと……才華からだ」
レインというアプリは今の若者の必須アプリになっているものだ。友達と電話でもメールでも話ができ、世間で話題になっている情報もニュースとして入ってくる。友達登録した人が何をしているのか呟きのメッセージを送信すれば、登録している全員に届いて情報を共有できる。
便利なアプリを通して送られてきたメッセージは、神奈達の友達である藤原才華からだ。
メッセージを読み進める神奈に、速人は内容が気になったので問いかける。
「藤原はなんと言っているんだ?」
「……あー、それなんだけど、なんか天体観測をみんなでしないかって誘われた。もちろんお前も誘ってる」
才華は速人のレインIDを知らないので連絡できない。そもそも速人はレインに登録していない。
天体観測に神奈を誘うついでとして、才華は速人に向けての伝言を頼んできたのだ。住所も知らないので、そうしなければ言葉を伝えることができない。
「はっ、俺がそんなものに行くとでも? 星なんか見て何が楽しいんだか分からんな」
「そうか、じゃあソラシドと二人で行くよ」
「おい誰が行かないと言ったんだ。誘われたんだから俺も行くに決まっているだろう」
「……分かりやすいな」
単純にソラシドと離れ離れになるのが嫌……というよりは神奈だけが触れ合うのが許せないだけである。そんな速人の心境を理解した神奈は呆れつつ、気持ちは分かると納得してしまう。
「……だが、いいのか?」
速人は神奈から目を逸らしてソラシドへと向ける。
「なにが?」
「惚けるな。ソラシドを連れていくということは、参加する人間に存在が露見するということだ。今まで隠そうとしてきたくせに、あっさりバラそうとするのはどういう心境の変化だ」
今まで神奈は面倒になると思い、周囲への説明はなしに、ソラシドのことは必要最低限の者にしか話そうとしていない。知っているのは速人、冬美、霧雨、夢咲、洋一、恵の六人である。しかし隠し事をしていると、心にしこりができるということが分かった。
これからもずっと存在を秘匿することなどできはしない。それならばいっそ、全て話してしまった方が楽になれると神奈は考えたのだ。
「……まあ、色々考えてからの決断だよ」
頬を指で掻きながら呟くと、神奈は明日出かけるということをソラシドに伝える。
「ソラシド、明日は天体観測に行くぞ」
指人形同士を戦わせているのを止め、ソラシドは首を傾げる。
「てんたいかんそく?」
「星を見るんだよ。分かるか? あのお空にある光るやつ」
人差し指を上に向け、神奈は大雑把に説明する。
簡単な説明で理解したソラシドは笑顔になり、興奮した様子で口を開く。
「おほしさま! よくみあげてた!」
「へえー、夜に見たことあったのか。なら話は早いな。明日の夜に、私の友達と一緒に星を見に行こうな」
「いくー!」
声高らかにソラシドは拳を真上に掲げる。それを見て神奈と速人は口元を綻ばせる。
日付は翌日の水曜日。時刻は午後九時。場所は藤原邸。
夜空に浮かぶ綺麗な星を見ることを、全員が楽しみとする天体観測の開催が決定された。
(うん、わりと星はどうでもいいけど、ソラシドの笑顔が見れそうだな)
(ふっ、星はどうでもいいが、ソラシドの笑顔は見たいな)
一部を除き、ほとんどの者が星を楽しみにしている天体観測が迫っていた。
神奈「へ、平和すぎる……日常回ってストレスないなあ。……え? もうすぐ終わり? あ、そ、そっすか……」
腕輪「はい、確かな情報です。そろそろシリアスモードに移行するので、戦闘準備もしておいてください」




