265 勤労――客はいい客だけじゃない――
次々と人間が倒れる事態に遭遇し、恐怖から逃げ出したソラシド。彼が走っていった方向には偶然にも、神奈達から頼まれたおつかいをする場所があった。
コンビニエンスストア。その大人気店の一つのナナナイレブン。赤、緑、白という三色の店と看板はなぜか客を寄せつける。ナナナチキンやナナナナゲットなどの看板商品もあり、近所に建ててほしいコンビニランキング一位である。
「ていうかおい、今さらだけどなんでナナナなんだよ。お前ソラシドに何を頼んだんだ?」
実はおつかいの内容を神奈は知らない。おつかいをさせると決めたのは神奈だが、実際にメモを渡したのは速人であり、買うべき物を知っているのは速人だけだ。
「サイダーだ」
「なんでサイダー?」
「たまには飲みたかったからだ」
だからなんだという感想しか神奈にはない。飲み物一本だけのおつかいなど、もはやおつかいではなくパシリのようになっている。
その件のパシリになったソラシドはといえば、ナナナイレブン入口で立ち止まっていた。
なぜ立ち止まっているのか。それは立ち止まざるをえないからだ。コンビニの入口は自動ドアになっているのだが、ソラシドの身長は低すぎてセンサーが反応していない。自動ドアが一向に開かないため、ソラシドは立ち往生するしかない。
「あれ、なんだ? 何やってるんだ?」
「……そうか、自動ドアだ。身長が低すぎて反応しないのか」
「おいおいどうするんだよ。このままじゃいつまで経ってもおつかいできないじゃん。店員は何してるんだ」
コンビニ内の店員は一人のみ。耳にピアスをした不良のような青年だ。
店員は小さな客の存在に気付かずに、手元にある漫画を読んで笑っていた。もちろんそれを見て神奈達が怒らないはずがない。
「……あの店員、顔面ぐちゃぐちゃにしてやろうか」
「待て、俺が首を斬る。この町の鉄塔に首を吊るして晒してやる」
「ちょっと怖いですよお二人共! 一度冷静になってくださいよ!」
腕輪の言葉で放出されていた殺気が止まる。
「……でも何もしないわけにはいかないよな。このままじゃソラシドがずっとあそこに立ったままだし。何かいい手は……私達の正体がバレないように手助けするいい手は……」
頭をフル回転させる神奈達の視界に気になる者達が映る。
コンビニと隣の店の間にある細い路地に、目出し帽を被っている黒ずくめの男達二人がいた。見るからに怪しすぎる男達は手に拳銃を持っており、武装していることや見た目から神奈達は強盗であると見抜く。
「あれだな。隼、あれで行こう」
「そうだな。あれしかないから我慢しよう」
「嫌な予感バリバリなんですけど、お二人共何をしようとしているんですか?」
神奈達は迷わずに足を進め裏路地に向かう。最短ルートで行くのはコンビニ前にいるソラシドにバレる可能性があるので、大通りを遠回りして反対の道へと回り込む。
裏路地に着いた神奈達は強盗二人の背後に立つ。
「へっ、あのコンビニの店員は態度が悪い。絶好の強盗チャンスだ」
「さすが兄貴っす! 最高の餌場じゃないっすか!」
この男達、近隣で強盗を繰り返す常習犯であった。今までは住宅ばかりを狙っていたが、今日は下調べをした上で一つの店を狙おうとしている。
これからたんまりと儲けてやろうと、右側の頬だけの筋肉を動かした笑いをし――
「そうだな、最高の場で現れてくれたよお前達は」
次の瞬間には地面に倒れて気絶していた。同じような笑みを浮かべた男女の手によって。
強盗二人の衣服を脱がし、神奈達はそれぞれ脱がした衣服を着て黒ずくめになっていく。
「あの、予想はしていますけど、何をしようとしているんですか?」
「決まってるだろ、強盗になりすましてソラシドをサポートするんだよ」
「分かりきったことを訊くなバカめ」
「今日のお二人は本当におかしいですよ! 元からおかしかったですけど、ソラシドさんが来てからおかしさ倍増してますからね!」
全身黒ずくめの強盗になりすました神奈達は、堂々とコンビニ前まで歩いて行く。本来強盗ならこそこそ怪しく動くものだが、あまりにも堂々としすぎていたために、通行人も映画の撮影か何かかと思い誰も通報しない。
コンビニ前にいたソラシドは影が覆ったことで、背後に人が来たことに気がつき振り返る。そこにいたのはもちろん強盗になりすました神奈達で、ソラシドは見たことのない服装と怖さに肩を震わせる。
自動ドアのセンサーが神奈達を認識し、開かなかったドアが開き始める。
異質な客が三人も入っても、店員の青年は全く気付かない。未だに漫画を読んで笑っている店員の元に、神奈達は歩み寄ってカウンターを叩く。
「おい」
「ははっははは、あー……ああ? え、ちょっ、強盗!? ていうかお子様連れ!?」
さすがに態度が不真面目な青年も、偽者とはいえ強盗が来ていれば驚いて動きが止まる。
漫画を床に落とし、顔が恐怖で歪む。そんな青年の様子に気をよくした神奈は拳銃を突きつけた。もはや腕輪はツッコミを入れる気すら起きなかった。
「勘違いするなよ。この子がいくら可愛くても私達とは無関係だ。余計な詮索はするな、お前はこっちの要求に従えばいい」
「はっ、はい! 分かったんで命だけは勘弁してください! 店の商品も金も全部あげますから!」
「……それでいいのか店員」
あまりにもあっさり降伏する青年にジト目が向けられる。
そんな状況で情けない青年に舌足らずな幼い子供の声がかけられる。
「あの、さいだー? ください!」
「申し訳ありません! ここは動物園じゃないんでサイは売っていません!」
動揺しているからか、それとも元からか、青年はまともな接客ができなかった。それを聞いていた速人は刀を抜いて、頭を下げていた青年の首筋に当てる。小刻みに震え出した青年はカタカタと歯を鳴らし、震える声で首元にある物体の正体を問いかける。
「あ、あああああの、首に当たっているのは、もしかして……」
「本物の日本刀だ。貴様がつまらない聞き間違いをしたからこうなる。次に聞き間違えたら半殺しとして、刀が首の半分まで切り裂くことになる」
「いやそれ死んでる! 俺死んじゃいますよね!」
ごくりと息を呑み、青年はゆっくりと頭を上げる。次は聞き間違えないように、しっかりと耳を傾ける。自分の命がかかっているので、一言一句聞き逃さないように血走らせた目でソラシドを見る。
「さいだー、ありますか?」
「あ、サイダー! サイダーあります! ……取りにいっても大丈夫ですか?」
「早くしろ。貴様の人生での役目は、全身全霊でサイダーを持ってくることだ」
「俺の役目しょぼいなああっ!?」
一応だが逃走や、その他怪しい行為を阻止するべく、速人が刀を当てたまま行動させる。警察に電話されたり、他の客が入って来たりすれば神奈達の人生は詰む。犯罪行為に走ったとしても、まだそういった警戒心は残っていた。
飲み物が並ぶ棚から要望の物を手に取り、青年はまたカウンターへと戻っていく。
「あの、持って来たんですけど……」
「ご苦労だったな、やればできるじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
持ってこられたサイダーを神奈は手に取り、足元にいるソラシドへと差し出す。
「持っていけ、お前の欲しがっていたものだ」
優しく差し出されたそれを、ソラシドは凝視する。拾ってくれた両親の頼んできた物は、これで合っていると直感する。自分で買ったわけではないが、おつかいはこれで終了だろう。……それをそのまま受け取ればの話であるが。
最終的に素直に受け取ったソラシドは、次の瞬間で暴挙に出る。
「えいっ!」
「ぐぶふっ!? ……え、ソ、ソラシド?」
唐突に、炭酸飲料が神奈の頬に投げ込まれた。
行動はともかく悪気はなく、百パーセントの善意で動いていた神奈達は呆然とする。
「わるいひとは、きらいだ」
ソラシドは考えた。確かにここで受け取り、そのまま家に帰ればおつかいは完了する。
問題なのは目の前の強盗二人の行為。拳銃や刀という殺傷力ある武器を突きつけ、青年を脅した二人組。結果的にソラシドへいいことをしてくれたとはいえ、その過程で恐怖して震える者がいた。果たして強盗二人の行為は悪行か善行か。
――世間一般的に見て、悪いことである。
もう用はないと、ソラシドは身を翻してコンビニを出ていく。店内には呆然とする三人だけが残り、数分静寂に包まれた。
「……あー、ちょっとやりすぎたかな」
後頭部を掻きながら神奈は呟く。同じように速人も少し頭が冷えていた。
二人は冷静といえない状態だったことを自覚し、恥ずかしさと後悔を胸に出口へ向かおうとする。だがその前に言うべきことがあるので、青年のことを見つめる。
「なんか悪かったな、こんな脅すような真似して。でもあれだ、今度私達みたいなのが来たらさ、さっきの子みたいにサイダーぶん投げとけ。そうすればビビッて帰るかもしれないし」
「ふん、よほどの間抜けなら帰るだろうな。……あと肝心の接客だが、貴様の俺達への対応を見ていれば、できないわけではないと分かった。これを仕事としている以上、貴様はもっと真面目に働くんだな」
「いや何いい顔していい感じに締めようとしているんですか。神奈さん達普通に犯罪者の仲間入りですよ」
言いたいことだけ言うと、偽りの強盗は店を出ていく。
残った青年は床にへなへなと座り込み、近くに転がっていたサイダーを見つめる。
『やればできるじゃないか』
「……やってやるか。もっと、真剣に」
数分後。店内に新たな客が来店する。
接客態度の悪さが広まっており、集客数が悪かったコンビニには一日で十数人しか客が来ない。だからこそ人気が少ないその場所は、強盗達にとって犯行のしやすさナンバーワンである。そんなコンビニに来る客は物好きか、犯罪者くらいのものだ。
「いらっしゃいませ」
入ってきた客二人は、武装もしっかりとしている強盗だ。持っていた目出し帽は盗られてしまったが、逆に見た目の怖さが表に出て、インパクトを出す結果となっている。
真っすぐカウンターまで進む強盗は拳銃を青年に向ける。
「おい、これの意味が分かるよな。さっさと金を出せ」
「しっかし兄貴、俺達どうして倒れてたんっすかね?」
青年は俯く。警察に知らせるには電話する必要があるが、店内に設置されているものは遠すぎる。自分の携帯電話を使用しようものなら撃たれる。店の売り上げ金を全て渡したとしても、少なすぎると怒らせて撃たれる。八方塞がりかと思った矢先、右手に持っているサイダーだけが目に入る。
「ああ、くれてやるよ」
「はっ、物分かりがいいじゃ――」
「サイダーくれてやるよおおお!」
「がしゅっ!?」
「兄貴いいい!」
強盗は情けなくも、サイダーを投げられて気絶した。
ダメ人間だった青年が活躍をしているとき、知らず知らずのうちに更生させた二人はというと……。
隼家にて、おつかいができなかったと報告したソラシド。そんな報告を受けた神奈達は、先の一件で正体がバレていないか、嫌われていないか冷や汗を掻いていた。
腕輪「一つ、分かったことがあります。神奈さん達、ソラシドさんが関わるとはっちゃけますね。判断力が低下して行動力が増加する、最悪なパターンです」
神奈「え? ……え? 私何かおかしいことしたっけ?」
腕輪「一つ分かったことがあります! 全く悪意がないということがああ! これも最悪な思考ですううう! きっと将来は大の犯罪者になって、ハーデスに投獄されるに違いありません!」
神奈「そうは言うけどさ。……普通に殺し屋って犯罪者じゃね?」




