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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十三章 神谷神奈と導きの聖剣
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261 切腹――生徒会長として――


 学校も授業が終わり、二年生でありながら生徒会長である進藤明日香は鞄を持ち、自宅とは反対の道へと歩いて行く。

 生徒会の業務はさまざまで、生徒同士の喧嘩の仲裁や、重要書類の見直しや管理など。多くのことがあるにもかかわらず、彼女は今までたった一人で全てをこなしてきた。しかしそれも先月までの話。生徒会に半ば強制的に速人が加入させられ、一応優秀ではあったので仕事も今までの三割ほど楽になったと思っている。

 そんな速人がここ最近学校に来る頻度が減っている。欠席の連絡が届くとはいえ、明日香にとって無視できない事態であった。


 明日香の向かう先は隼家だ。きれいな姿勢と決まってズレない歩幅で歩き続け、三十分で到着する。

 一階建てで和風の屋敷である隼家に来るのは初めてだが、生徒会の仲間ということで家の場所を把握している。

 緊張を解すように自らの赤と黒の交ざり合う髪を指でいじり、もう片方の手でインターホンを押す。

 誰か来るか。できれば速人ならば話が早いと考える明日香に聞こえてきたのは――聞き覚えのある女性の声だった。


「はいどちら様ですか?」


「……この声、どこかで。あ、申し遅れました。私の名は進藤明日香、お宅の速人さんが通う伊世高校の生徒会長を務めている者です」


「……ちょっと待っててください」


 なにやらどたばたと音がして三分ほど。入口の扉が中途半端に横へと開き、黒髪の少女がゆっくりと顔を右目まで出した。

 見覚えのある姿と先程の声が頭の中で重なり、明日香の中で疑問と驚きが駆け巡る。


「か、神谷さん? なぜ速人の家に?」


「し、進藤会長こそ……いったいなんのご用で」


「いえ、用があるのは速人であって……」


 明日香は学校が終わりすぐに隼家へと向かった。なのに神奈が先に着いているということは、自分より急いでここへ来たという証明に他ならない。

 そこまでして隼家に早く来る理由が何かあるのか。考えを巡らす明日香は、速人と同じで神奈も休みが増えていることを思い出す。


「まさかあなたも関わっているのですか! お願いします、何が起きているのか教えてください! 私もあなた達の力になりたいのです!」


 何を勘違いしたのか明日香は扉を強引に開けて、隠れていた神奈に詰め寄り両肩を掴む。


「えっと……どういうことですか?」

「何かあるのでしょう、私の想像もできない何かが起きているのでしょう!? それならば私も生徒会長として知らぬ存ぜぬを通すわけにはいきません!」


 必死の表情で明日香は神奈を激しく前後に揺さぶる。


「いやだから何が!? 何も起きてないよ平和だもん! あと揺さぶるの止めてくださいよ、なんか目が、目が回ってきたから!」


「す、すみません、つい……これはもう」


 自らの過ちに気がつき明日香は玄関前で正座し始める。

 これから何が始まるのか。神奈が口元を押さえながら見守っていると、明日香は懐から短剣を取り出した。


「切腹ものですね」


「いややめて会長そんなキャラじゃないでしょ!? 責任取って切腹とか戦国時代の武士かアンタは! ていうか事件解決に来たのに新たな事件引き起こそうとしてるよ!」


「なるほど、確かに自殺はよくありませんね。この親から授かった命、自ら絶つことは侮蔑されること。……ならば神谷さん、介錯を」


「介錯もしねえよなんなんだアンタ! あとそれ結局自殺と同じだよ!」


 何か過ちを犯してしまえば切腹。明日香の剣術道場に伝わる決め事のようなものであり、律義にも明日香はそれを守ろうとしている。

 切腹でも介錯でもこの場でされれば隼家の玄関は血塗れになってしまう。自殺だろうが殺人だろうが警察が調べに来るだろう。さすがに神奈もそんなことをさせるわけにはいかないので、押さえつけて止めようとした。


「とにかく止めてください! さっきみたいなの別に気にしてないから、私元気だから!」

「くっ……それでも!」

「なんで会長頑なに譲らないんだよ!」


 短剣を持つ手を押さえるが、明日香は悔しさを出した表情で諦めない。

 全く力が緩まない。もはや自殺志願者と同じなのではと神奈が思い始めたその頃、あまりの騒々しさに家の中から少年がやって来る。


「うるさいぞ神谷神奈と……」


 玄関に出て来たのは速人であり、短剣を持つ明日香とそれを押さえる神奈という、よく分からない光景に言葉を失う。

 一方、目的の人物が出てきたことで明日香は目を見開き、神奈の腕を振り解いてから、速人に這いより立ち上がる。


「速人、私にどうかお手伝いをさせてください! 確かに私にはあなたや神谷さんほどの実力はありません。しかしこれでも夢断流(むだんりゅう)の師範代、必ず力になれるはずです! 生徒会長として力を貸さないことはありえません。見返りもいりません、だからどうか……!」


「……ほぅ、そこまで言うか。確かに男よりも女に懐くのは検証済み。遊び相手は一人でも多い方がいいかもしれんな。……ふっ、付いてこい」

「はい!」


 必死の想いは的外れ。明日香と速人はお互いに勘違いしており、どちらも何一つ理解していなかった。

 速人は明日香がソラシドのことを神奈から聞いたのではと思い、明日香は速人と神奈が何か事件に巻き込まれているのではと思っている。

 お互いに誤解したまま二人はとある和室に向かい、話のやり取りから全てを理解してしまった神奈が後に続く。


(あれ、これまずくないか? だって会長はソラシドのこと何も知らないし、隼は知っていると思ってるんだよな。子供育ててるって知られたらどうなるんだ。まさかさっきみたいに切腹とか言い出さないと信じたいけど、子育てのこと認めてくれるのか?)


 嫌な予感が全身を駆け巡る神奈をよそに、速人は和室の襖を横に開ける。

 いまやソラシドのための子供部屋となっている一室。畳の上には積み木などの玩具が転がり、ソラシドがそれを触ったりして遊んでいる。

 ごくりと喉を鳴らしてから明日香はその子供部屋を目にした。

 ――そして硬直した。


「あ、ちちうえー」

「すまなかったな放っておいて、何をしていたんだ?」

「つみきでおしろつくったよー!」


 今まで明日香が見たことのないほどの優しい笑みを浮かべ、速人はソラシドに近寄る。神奈も呑気に「城好きだなあ」とか言っていた。

 口が開きっぱなしになっている明日香は、声を出そうとしても僅かしか声を出せなかった。はっきり口を開けたならば明日香は速人に「誰ですかあなた」と叫んでいただろう。


「あ、ぁあ、あの……な、なんなのです? その子供は……それに、ち、ち、ちち、ちちうえって……」


「なんだ知らなかったのか? 一応俺の息子ということになるんだが」


「む、むす、むすむすむすむすむす息子!? ど、ど、どどどどどどういうことですか!」


 動揺のあまり明日香は速人に跳びかかり、畳の上に押し倒して両肩を掴むと揺さぶり出す。


「こ、高校生が恋愛するなとは言いません、白部君と鷲本さんの例もありますし! しかし、こ、子供を産ませるということは性的行為をしたということ。わ、私は認めませんよ! 相手の方と話はついているのですか!」


 あまりに激しく揺らすので速人の後頭部が畳に打ちつけられる。

 そのとき、ソラシドが遊んでいた丸い積み木が転がり、部屋の外にある庭へと落ちてしまう。とりあえず追いかけたソラシドは庭に出ていってしまった。


「ええい黙れ! というか放せ! このままだと俺が死ぬ!」


「黙りませんし放しませんよ! 母親はどこの誰なのです、さあ言いなさい!」


「不快なことだがそこにいる!」


 この場には明日香の他には神奈しか女性がいない。

 どういう経緯でとか、いつ頃だとか、そういったことは置いておき明日香は理解してしまった。

 ゆっくりと、ゆっくりと、明日香は神奈の方へ振り返る。


「……か、神谷さん。まさかあなたが」


「いや、その、息子といえばそうなんですけど……私と隼はあの子と血が」


「そんなバカな……! せ、生徒同士が子供を……これはもう、切腹しか」


「どうしてそうなったああ! てか話聞いてくださいよ!?」


 速人の腹に乗ったまま、明日香はまた短剣を取り出して自分の腹に当てようとする。

 それを間近で見た速人は顔を青ざめさせる。


「なっ、やめろバカ! 俺の腹の上でやるんじゃない! だいたい切腹とかいつの時代だ、戦国時代の人間かお前は!」


「確かに夢断流は戦国の世からある剣術ですね……」


「そんなことを言っているんじゃない!」


「ああもう何やってるんですか……!」


 とにかく速人から引き離そうと、神奈は明日香の腕を掴んで強引に引き離しす。そのまま勢いに任せて投げ飛ばし明日香に尻餅をつかせる。そしてすぐさま蹴りを放って短剣を天井に蹴り飛ばした。


「切腹だとか介錯だとか、今やったところで単なる自殺と変わらない。自分の命に責任くらい持ってください。いや、自分の命の重さを知ってくださいよ。会長は自分で思っているよりも生きる意味を持っているから」


「……いえあの、別に流派のルールというか、私とてしたくてしているわけではありません」


「私の真剣になった時間を返せええええ! ……ってあれ? なんか足りなくないか?」


 子供部屋に居なければならない者がいない。神奈はそれにうっすらとだけ気付き、次第に何が足りないのかを理解する。

 速人と明日香も遅れて気がつき目を大きく見開く。

 静かすぎたのだ。部屋の中が、神奈達三人以外の声がなかった。三人が沈黙するとまさに静寂が生まれていた。


「……いない……ソラシドが」


 ポツリと神奈が呟いた。


「いなくなったああああああ!」


 続いて三人同時の叫び声が隼家全体に響き渡った。



明日香「我が流派、夢断流。心構え」


その一、他者に迷惑を掛けない。

その二、研鑽を怠らない。

その三、毎朝白米を食べる。

その四、睡眠はしっかりとる。

その五、悪人は見逃さない。

その六、ピーマンは残さない。

その七、肉もしっかりと食べる。

その八、戦闘では木刀のみしか使わない。

その九、一から八までを守れない場合は切腹とする。


明日香「以上!」

神奈「過去に何があったらこんなルール生まれるんだよ!」


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