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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十三章 神谷神奈と導きの聖剣
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258 浮気――お止めください――


 話題が変わってしまえば、前の話題を掘り返すのは難しくなる。話の流れを一度無視するというのは、空気を読んでいないとされてしまう行為だからだ。だがソラシドを手放すことになった原因が分かったことで、心が乱れている速人は「おい! 早く答えろ!」とパンダレイに詰め寄っている。


「この指輪が古代の道具だというのは確かなんだな?」


 指輪の方は汚れていないので、霧雨は安心して五つの内の一つを手に持って観察する。


「ああ、お前が今持っているのは白部君の話だと確か……他者の目的を消失させる力を持ってるはずだ」


「なるほど。では試しに……」


 霧雨は目的消失の指輪を人差し指にはめ、パンダレイに詰め寄る速人の方を向く。

 理由がはぐらかされているので、いまだに先ほどの右拳がなんだったのか速人は訊きだせていない。苛つきもピークに達して刀を抜こうとしたとき、目が虚ろになり動きが止まった。


「うん……? 俺はなんで刀を抜こうとしているんだ……?」


 自らの行動に疑問を持った速人は大人しく席に戻る。そうなった原因は明らかに指輪をはめている霧雨にあるので、それを分かっている神奈は問いかける。


「何したんだ?」


「いい加減うるさいからな。隼に対して、先ほどの汚物事件のことは忘れてもらった。効果は抜群のようだな」


「汚物事件とはなんだ」


「気にするな。効果は確認したし本物のようだな。驚きだ、どういう原理なのか見当もつかない。これで魔法が使われていないというんだから本当に驚かされるな。純粋な科学力だというなら、是非とも研究しておきたいところだ」


 興味津々な霧雨だが、神奈から睨まれてため息を吐く。


「そんな目をするな。別に使用するとかではない、あくまで今後の発明に役立てるだけだ」


 危険だということを霧雨も聞いていたが、使用しなければ何も問題はない。その研究で指輪に及ばずとも、危険な発明品が製作されてしまう可能性がある以上、できれば神奈としては止めてほしいと思っている。しかし注意したところで、目の前の男がほとんど我慢しないことも知っている。


「……ほどほどにな。くれぐれも危険な発明だけはするなよ」


「分かっているさ。安心しろ、俺の発明は人類のためになるものだ」


 その発言に異議があるかのように、神奈は視線をパンダレイの方へと向ける。

 マテリアル・パンダレイは伊世高校に通う生徒であるが、人間ではなく機械生命体だ。霧雨のことを『マスター』や『和樹様』と呼ぶことから、神奈は霧雨が作成したのではと思い込んでいた。

 仮にもしパンダレイが霧雨の発明ならば、人類のためになるかどうかは疑問である。


「神谷様、ワタチの製作者は和樹様ではありません。ワタチは遥か昔に作られているのですから」


「遥か昔、まさか……お前も古代の発明品なんじゃ」


「そこの指輪と同じ年代に作られたということなら、その通りですとお答えします」


「古代の発明もう一つあった! 指輪より厄介な発明じゃん!」


 パンダレイを霧雨が製作したというのには一つの無理がある。

 伊世高校は地球で一番強い者から順にリストにし、校長であるアムダスから選出された者達の集いだ。十六歳という年齢と相応の強さが審査対象なので、パンダレイの年齢は停止状態であった頃を除いて十六歳である。

 霧雨の年齢もパンダレイと同じく十六なので、もし製作したのが霧雨なら生後すぐに開発したということになる。いくら霧雨でも赤子のときに発明はできるはずがない。


「なるほど、つまり指輪ではなくお前を研究すればいいということか。助かるぞパンダレイ」


「危険を察知。迎撃モードに移行しますか?」


「するなするな、というか訊くな。お前の意思はお前で決めることだぞ」


「了解しました。それでは迎撃モードに移行します」


「移行するなと言っているだろうが! 仮にも主人に攻撃するな!」


 身の危険を感じて思わず霧雨が叫んだことで、パンダレイも迎撃モードへの移行を止める。

 指輪については霧雨が研究せずに預かるという形となり、大切に保管されることになった。話がまとまったあと、数分で速人の消された目的がよみがえり、またもやパンダレイに向かい問い詰めることになる。


「とにかく、指輪は厳重に保管しよう。今日のところはもう帰っていいぞ」

「お邪魔しまあす」


 突如聞こえてきた声に――霧雨の顔が青ざめた。


「え、今の声って……」

「や、夜知留だ。しかしなぜ……。いやとにかくすぐ隠れろ……そこの押入れにだ早くしろ……!」


 和室に玄関から聞こえてきた声の正体は夢咲夜知留(やちる)だ。

 神奈が知らないうちに霧雨と恋人になっていた少女で、彼女に霧雨は神奈と会うことを話していない。それどころかパンダレイのことすら厄介なので話していなかった。

 見つかると厄介なことになると思い、霧雨は半ば強引に神奈とパンダレイを押入れに押し込む。


 強引であったため、神奈は膝に乗っていたソラシドを抱えられていない。膝から落ちてしまったソラシドは、畳に打ちつけられる前に速人がキャッチして抱える。ほんの僅かに嫌そうな声を出すが、ソラシドは抵抗しなかった。


 それから少しして和室の襖が開き、夢咲が顔を出す。


「ここにいたのね。あ、隼君ひさし……ぶ、り?」

「夢咲か、懐かしい顔だ」


 夢咲は一年以上会っていない速人と、抱えられている赤子で視線を往復させる。そして三回ほど交互に見たあと、肩にかけていたカバンから財布を取り出して、中から一万円を抜いて速人に差し出す。


「なぜ金を渡す?」


「出産祝いよ。どこの誰を孕ませたのかは知らないけど、おめでとう」


「全て誤解だクソが! というか霧雨と全く同じ行動じゃないか!」


 そこでまだ顔が青い霧雨が、ゴホンとわざとらしく咳をする。


「あ、あー、夜知留。どうしてここに来たんだ?」


「……忘れたの? 今日は私が料理作りに行くって前に言ったじゃない」


「ああ! そういえば……覚えていたに決まっているだろう?」


「忘れてたのね」


 一方、強引に押入れに隠された神奈は、多少の隙間を作り様子を窺っていた。

 いつも通りの声の大きさではバレるので、最低限近くの相手に聞こえる小さい声を出す。


「どうして私達が隠れるんだ……?」


 夢咲と神奈は友達同士で、隠れる必要など皆無。だが状況を詳しく理解しているパンダレイの言葉で理解する。


「彼女はワタチの存在を知りません」

「……浮気と間違われるからか。なんで紹介しとかないんだあのバカ」


 呆れている神奈をよそに話は進む。

 料理を作りに来るという約束を全く覚えておらず、その日に神奈を呼んでしまうというのは霧雨の失態だ。彼女に内緒で友達とはいえ女性を呼ぶのは、夢咲からしてみれば浮気に近い。さらにここに来た目的も話せる内容ではないので、バレれば疑惑を晴らすのが困難になる。


「料理か、作りに来てくれたことは素直に嬉しい。早速で悪いがキッチンに向かってくれ」

「そんなに急かさなくても行くよ」


 くるりと背を向けた夢咲――だが部屋から出ていきはしない。


「ねえ和樹君。女性の匂いがするんだけど……?」


「え……と、気のせいでは?」


「ううん、この匂いは間違いない。部屋に誰か来た?」


 勘ではなく確信に至っている。他に理由はあるが、同性の匂いには敏感になっているためでもある。

 実際に言われた通りなので、霧雨の顔の血色が先ほどよりも悪くなる。


「ま、まさかそんなわけがないだろう。浮気とでも言いたいのか? 匂いだけで言いがかりはよせ」

(なんで否定したんだよ……! ここでバラしておけばいいのに、隠すとバレたときが怖くなるだろうが!)


 押入れから様子を窺う神奈は焦る。このまま隠し通せるならいいのだが、バレたときに浮気と誤解されれば、これから友達としての関係性すら危うい。

 ここで霧雨はすぐに認めるべきだったのだ。夢咲が確信しているのは、物的証拠も存在しているからである。


「そう……なら、これは何?」


 振り向いた夢咲が指で摘まんでいるものに、霧雨は顔を強張らせる。

 鉛色の長い髪の毛だ。それは紛れもなくパンダレイのものであった。


「家事専用ロボットのものだろう」

「この家に、この髪色のロボットはいない。どうしても隠すつもりね……」


 玄関に落ちていた鉛色の髪の毛だけでも証拠は十分。霧雨は言い逃れできないはずだったが、動揺からか冷静さを失い、最善の選択をすることができなかった。

 この場での最善は素直に認めること。浮気ではないので、正直に理由を話せば丸く収まったはずである。


「前々から怪しいと思っていたの。男の子にしては華奢だなあって。……隼君、あなた、女の子だったのね」

(何言ってるんだよ夢咲さんは! 頭大丈夫か!?)


 そして夢咲も冷静ではないため、間違った方向へと進んでいく。


「女の子……。そうか、そうだな、俺は女だ! だからソラシドよ、俺にも懐いていいぞ」

(そんでお前も何言ってるんだよ! なにお前、私が適当に女だから懐くとか言ったことを真に受けてんの!? 思ってたけど案外ソラシドのこと気に入ってるよね!)


 いたって冷静な速人だが、ソラシドに懐かれないことは辛かった。

 ここに来る途中、神奈が適当に言ったことを真に受けて、気にしていたため発言がおかしくなる。

 三人の頭がおかしくなりそうな発言は続いていく。神奈は頭を抱えて心の中でツッコむことしかできなかった。


「その子も和樹君との子なのね? どこも二人に似ていないし、外国人みたいな顔のつくりだけど和樹君の子供なのね?」

(どこも似てないなら違うだろ! ていうか私達高校生だぞ、産めるけど常識的におかしいことに気付けよ!)


「お、心なしか懐いたような気がする。ほらこっち向け……そっぽ向かれた」

(矛先向いてるんだからお前は会話しろよ! あとソラシド全然懐いてないし!)


「お、おい、俺の話を……」

(なんで原因の霧雨が蚊帳の外になってるんだよ!)


「うあ、ああああ……!」

(超絶くだらない口喧嘩でソラシド泣いたああああ!)


 抱いていたソラシドが泣いたことで、速人は夢咲のことをキッと睨みつける。


「ふざけるなよ貴様。貴様が騒ぐからソラシドが泣いてしまったじゃないか」

「あれ、私のせい? 自分の力量不足を他人に押しつけるんだ」

「……言ってはならないことを口にしたな。二度とその口が動かないようにしてやる」


 ついに言葉ではなく実力での喧嘩になりつつあった。

 泣いているソラシドを左手で抱いたまま、速人は立ち上がって抜刀する。二人は睨み合い、互いの初手を待つ構えとなった。


「いや、泣いた原因は騒いだからとは限らないだろう。ミルクは飲ませたか? 排出物を出す可能性だって……」

「黙れ」

「黙ってて」

(ソラシドのことは置いておいて、そいつが喧嘩の原因だから! 色々隠し事してた霧雨が悪いのに聞く耳持たないのなんなの!)


 もはや誰にも止められない戦いがそこにある。第三者からすれば酷い理由だが、関係者には譲れない想いがある。

 戦いが始まろうとしているとき、神奈の視界から霧雨達が消えた。正確には霧雨達がいなくなったのではなく、押入れの襖が閉じたのだ。

 視界が突然暗くなった神奈は驚くが、加護のおかげで暗くても正確に見ることができる。光源がないかと思われた押入れであるが、どこかから光が入ってきていることに気がつく。


「そこまでですお二方。喧嘩はお止めください」

「パンダレイ! なぜ出てきた!」

(一番出ちゃいけないやつが堂々と出ていったあああ! いやちょっと待て、何考えてるんだよ。お前が出ていったら霧雨の行動の意味が全部消えるじゃん!)


 パンダレイが現れるたことに全員が驚く。ソラシドも例外ではなく驚きにより泣きやむ。

 押入れから出てきた少女を見て、夢咲は固まる。自身が持っている鉛色の髪の毛と、パンダレイの髪の毛が完全一致しているからだ。


「鉛色の髪の毛……。まさか、あなたが和樹君の浮気相手……」

「あなたから見ればそうなります」

「いやなんで肯定した!? …………あ」


 気付いてからはもう遅い。あまりのツッコミ量に神奈はつい声を出してしまったのだ。

 聞き覚えのある声、というより間違いようのない友達の声。夢咲はもう押入れに誰がいるのか分かってしまう。


「いたのね神奈さん……」

「は、はは……ど、どうも」


 ゆっくりとであるが、神奈は自ら押入れから出ていく。

 引きつった笑みを浮かべている神奈が出てくるが、夢咲は一瞥(いちべつ)するだけで、すぐに視線はパンダレイに戻される。


「それで、あなたは? 和樹君とどういう関係?」


 気になるのはその一点だけだ。夢咲からすれば神奈が出てこようが関係ない。真の浮気相手と見てとれるパンダレイ以外は、何か用があって霧雨家に訪れただけだろうと遅いが理解した。

 しかし何かは分からないが、パンダレイだけは霧雨と深い繋がりがあるように夢咲は感じていた。本当に浮気でもなんでもないのなら、誤魔化さずに話せば勘違いで済んだ。なのに誤魔化したということは、隠したい何かがあったということだ。

 実際、霧雨はパンダレイが住んでいることを隠している。恋人がいながら、人造人間といえど女性である者と住むなど、浮気と見られても仕方がない。


「主従関係ですね」

「つまり、そういうプレイをしていると」

「いえそうではなく、和樹様はワタチの恩人です。遡ること二か月程前のことになりますが――」


「もういい、バレてしまった以上は俺から話す」


 パンダレイの肩を掴み、霧雨は首を振る。そして深く呼吸すると語り出す。



腕輪「引っ張りますねえ……」


パンダレイ「まあワタチは主人公と変わらない存在なので。次回からはワタチが主人公の座に――あ、ちょっ、次の話へをクリックする前にワタチの話を……」


腕輪「はい来週もお楽しみにー」


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