256 機械人――唐揚げ――
伊世高校教室にて二人の男女が弁当を食べさせ合っている。白部洋一と鷲本恵だ。
唐揚げを恵に食べさせた洋一は茶髪の頭に両手を置き、深いため息を吐く。恵はそれを見てどう思ったのか「おいしいよ!」などとズレた答えを返した。
洋一はただ、学校の教室で見世物のようにされている現状に落ちこんでいるだけだ。教室にいる生徒ほとんどに見られているため、視線の数が多すぎる。その中には棘のように刺す視線も存在していた。
「仲睦まじいですね、ワタチの唐揚げも食べさせたいです」
そして温かい視線も交じっていた。
神奈の隣に座っているのは、両方の目元から下に伸びた黒い線が特徴的な、歯車型の髪留めでポニーテールにしている女性――マテリアル・パンダレイ。彼女は授業中隣にいるわけではないが、今日の昼休憩のみ神奈の隣に座っている。それには深い理由があり、神奈の机に置いてある五つの指輪が関係している。
「唐揚げ食べたいんじゃなくて、食べさせたいのかよ」
「ワタチの得意料理は唐揚げとカレーなので」
一人称を「ワタチ」とする彼女は、鉛色の髪を掻き上げてそう答える。
得意料理などどうでもいい神奈は話を進める。それは五つの指輪についてだ。
「そんなことより……この指輪、お前の主人に届けてくれないか? もう聞いてるだろ?」
「和樹様、マスターより聞いております。これが古代の指輪ですか、どこか懐かしい気がしますね」
パンダレイの主人とは、神奈の小学校からの友人である霧雨和樹のことである。
前日まで神奈も知らなかったことなのだが、伊世高校に通っているパンダレイは霧雨が改造せし機械生命体だった。霧雨自身も自宅に機械生命体が眠っていることは数か月前まで知らず、活動停止状態にあった彼女を再起動させてから大した時間が経っていない。
再起動してからの短い時間も合わせて十六年近く。伊世高校の審査対象に引っ掛かったことで、手紙と制服が届けられた。霧雨はいい機会だとして、届けられたそれを疑いはしたが登校させ始めていた。
そしてパンダレイが霧雨の家で生活しているということを、神奈が知ったのは一日前になる。
鷲本家当主である男がつけていた五つの指輪。それは洋一が解析したところ、遥か昔である古代の道具であるということが判明している。指輪の力はすでに洋一から知らされているが、だからこそ神奈は危険物として霧雨に保管を依頼した。
霧雨という人間は道具を道具と思わず大切に保管する男だ。危険な道具であるので、もう悪人の手に渡らないように厳重な保管場所が必要であった。それを可能とするのが霧雨の科学力だ。霧雨は作ろうと思えばどんな道具でも作り上げてしまう天才発明家である。頑丈な専用の保管庫を作るなど朝飯前であると、本人は電話してきた神奈に告げていた。
保管庫を作るために、古代の道具を拝みたいとの要望もあり、どうせ渡すのならもう渡してしまおうと神奈は承諾した。電話しながら持っていくと告げた神奈だったが、霧雨はそれに「お前の高校に通っている、マテリアル・パンダレイという女に渡せ」と返す。そこから嵐のように多くの質問を投げかけて、神奈はパンダレイの事情を知ることになった。
「懐かしい、ねえ。でもお前十六歳なんだろ」
「はい、マスターからもそう言われております。この生後から変わらない体は製作者様からの命令で意識が落ちていました。どれだけかは忘れましたが長い間活動停止状態だったため、現在の活動時間は十四万五百時間、つまり十六年と少しです。人間に当てはめれば十六歳とみてもいいのでしょう」
「強引な十六歳理論だな……」
活動停止状態であった時間も含めたら、いったいどれだけの歳になるのだろうと神奈は疑問に思う。そんな神奈をよそに、パンダレイは机の上に置かれた五つの指輪を右手に取ると握りしめる。
「ではこの指輪は大切にお預かりします」
指輪をがっしりと握りつぶす勢いで握っているパンダレイは、右腕を窓の方向に真っすぐ伸ばす。
「ああ頼んだ。そういえばこの学校に来れたってことは、お前も相当な実力を……何してんの?」
「これより和樹様の元へ指輪を送ります」
伸ばしているパンダレイの右腕は小刻みに震え始める。
「ねえ、本当に何してんの? 嫌な予感するから早く答えてくれよ」
パンダレイの右拳だけがが前に動き出し、白い煙が漏れ出ていく。
「おい、なあ、なあおい! お前それ絶対アレだろ! ロケットパ――」
「ロケットぱーんち」
「そうそれええええ!」
嫌な予感は的中し、パンダレイの右拳だけが勢いよく、遥か彼方まで飛んでいってしまった。窓ガラスは元から開いていたこともあり割れていない。
右拳だけが消え去っているので、パンダレイの右腕は右手首から先がない状態だ。元から外れる設定であったため損傷はない。先端には細かい穴が開いており、右拳が付いている場合はそこから疑似的な神経回路が伸びて固定される。しかしない場合は奥にしまわれる。それが「ロケットぱーんち」に必要な手順の一つだ。
「おいいいい! お前さっき言ったこと思い出せ、大切にお預かりしますって言ったよな! なに拳ごとどこかへぶっ飛ばしてんだ!」
「ご安心ください。あのロケットぱーんちは必ず和樹様の元へ向かうよう設定されています。もうじき和樹様の元へ届くことでしょう」
「なんでロケットパンチで渡す必要があるんだよ! 普通に手渡しでいいじゃん!」
「違います。ロケットパンチではありません。ロケットぱーんち、です」
「発音なんてどうでもいいよ!」
どこか分からない場所へ飛んでいったわけではない。パンダレイのロケットぱーんちは手順の一つに、霧雨の居場所を特殊なレーダーで把握するというものがある。つまり霧雨がどこにいようと、パンダレイの右拳は霧雨の元へ届くということだ。
「おや、和樹様から連絡です」
「携帯は鳴ってないみたいだけど?」
「ワタチの機能には和樹様から改造されてしまったり、付け加えられたりしたものがあります。その一つに携帯電話の通話機能があるのです」
通話機能を埋め込むことで、電波が直接頭に届くゆえに音は鳴らす必要がない。電話がかかってきたのなら頭に直接くるのですぐ分かるからだ。
「はいワタチです。はい、はい……」
「通話してるはずなのに私と向かい合うの止めてくれよ……」
「はい、ええ、神谷様もいらっしゃいます。了解しました、状況をお伝えします。それでは失礼します」
通話を終えたパンダレイは霧雨との会話を神奈に伝える。それは神奈にとって最悪一歩手前といっていい知らせだった。
「指輪は無事に和樹様の元へ届きました。そして我が家のトイレが粉砕されました」
「……ごめん、前半はいいんだけど、後半の意味が分からない」
「詳しく説明しますと、ワタチのロケットぱーんちが向かったとき、和樹様はお手洗いに行かれていたのです。本日は古代の道具の件もあるので学校を休んでいた和樹様は、どうやらお腹が痛くなられたようです」
「なんとなく想像ついたけど、それで?」
嫌な予想を思い浮かべてしまい、神奈は顔を顰める。表情の変化が乏しいパンダレイはそのまま話を続ける。
「それからトイレに行き、スッキリされた和樹様が便座から立ち上がられた瞬間。ワタチのロケットぱーんちが空から降ってきて、洋風大便器を粉々に打ち砕いたそうです」
「だから手渡しにしろって言ってんのに! ていうかそれ大丈夫か? 衝撃とかで指輪を放してないよな?」
「それについては心配ありません。がっしりと握りしめていたので問題ないようです。しかし固く握りすぎて、和樹様では拳を開けられないとのことです。さらに大便が付着して汚いので、もう触りたくもないとのことです」
「問題しかないだろそれ!」
貴重で危険な古代の道具は無事であるが、パンダレイの拳が無事ではない。神奈は自分のことではないのに、状況が悲惨すぎて精神的ダメージを受けた。
「まあ落ち着いてください。その件で和樹様が神谷様にも家に来てほしいと言われていました。放課後にはご同行お願いします」
「……まあ、それはいいけどさ。お前の機能、ちょっとおかしいの無くしてもらえよ」
言葉の意味が分からないというように、パンダレイは頭にクエスチョンマークを浮かべ首を傾げる。
「ワタチの機能に無駄はありません。たとえば先ほど唐揚げとカレーが得意料理だと言いましたが、実はワタチの体内で料理できるのです」
「……それはどこから出すんだよ」
「カレーは口から、唐揚げは肛門から出すことが可能です。実際に出しましょうか?」
「出さなくていい! てかそれ明らかに違うもの想像されてるよね! そこから出すと明らかに食用じゃなくなるよね!」
さらにパンダレイは首を曲げる。
「味はいいですよ?」
「気にしてんのは味じゃなくて精神だよ!」
ついでとばかりの情報だが、その唐揚げとカレー生成機能をパンダレイに加えたのは霧雨である。それを知った神奈はあまりの変態性に、ストーカーを超えて今まで出会った人間の中で一番の変態であると位置づけた。こればかりは霧雨に言い訳できる余地がない。
「美味しいのですが……」
今は昼休憩の時間なので各自昼食をとる時間でもある。パンダレイも持ってきた弁当箱を机に置き、中身を取り出すと唐揚げを食べ始める。弁当箱の中身は全て唐揚げであり、後から出した水筒の中身は実はオイルだ。
「まさかそれは……うっ」
先ほど話していた機能で排出した唐揚げだと神奈は思い、顔色を悪くして、口を押さえてトイレに駆けていく。
「……これは、普通に料理したものなのですがね」
マテリアル・パンダレイ。彼女は普通に料理が趣味である。いま口にしているものは、肉汁溢れる鶏の唐揚げにカレーがかかっているものだ。彼女のセンスは少しズレていて、料理も大好物である唐揚げとカレーしか作らないし食べない。そもそも食べなくても生きることができるので、食事すら趣味といえる。
「洋一、あーん!」
「……あ、あーん」
「食べてほしいなあ。ワタチの唐揚げ」
本当の本当に、弁当に入っている唐揚げは家で一から作ってきたものである。
游奈「え、唐揚げくれるの? ありがとうパンダレイさん!」
誠二「へぇ、なんか独特な味とにおいだな。……なんだその笑みは。おいなんだよそれ、なに、なんか入ってるのこれ?」




