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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十三章 神谷神奈と導きの聖剣
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255 世話――丁度いい機会――


 裏社会のエリートとされる隼家。和風な屋敷という外見のその家のとある一室……畳張りの和室である客間で話し合いが行われようとしていた。つい先日の結婚騒動に乗じて当主代理である冬美が仕組んだ、神奈と速人の結婚についてだ。

 その場には当たり前であるが、神奈、速人、冬美の三人がいる。そしてあともう一人、神奈が抱えている白い肌の赤子がいた。


「さて、結婚……というか婚約ね。お互いに不満はあるでしょうけど、将来夫婦になるのだから今の内にわだかまりはなくしておきなさい」


「母さん、それは不可能だ。俺と神谷神奈は永遠のライバル、そんな俺達が夫婦になるなど――」


「速人は黙ってなさあい」


「……俺、一応この話で重要な位置にいると思うんだが」


 あまりに理不尽な対応に速人は微妙に俯く。神奈には心なしか黒髪もしょんぼりしているように見えた。

 冬美としては速人の意見など聞く理由がなかったのだ。なぜなら速人がこの婚約に対して否定的なのは明らかであるし、どうせ何を言っても納得などしないからだ。


「とりあえず拒否することは――」


「神奈ちゃんは黙ってなさあい」


「両方発言権なくなっちゃったよ! これ私達についての話なんですよね!?」


「ふふ、神奈ちゃんはしっかり承諾したじゃない。いまさら拒否だなんて許すことはできないわ」


「許さない?」


 神奈の実力は相当に高い。対して冬美の実力は一般人より少し強い程度でしかない。許さないなどと言われても、怖くもなんともなかった。


「どうするっていうんです? 殺し屋らしく殺しますか、無理だと思いますけどね」


 少し自慢するかのような薄い笑みを浮かべていた神奈だが、その表情は次の発言で凍りつくことになる。


「そうねえ、確かに私に神奈ちゃんの命は奪えないわね。でも社会的に殺すことは私って得意なのよ」


「しゃ、社会的?」


「まずこの写真を見てくれないかしら」


 社会的に殺すという手段ならば神奈も殺すことができる。芸能人などがよくそのような目に合っているのだが、不倫などの恋愛関係、麻薬や強制わいせつ行為などの犯罪関係で社会的な立場を失くしている。

 本人にも悪いところがある場合が多いが、ごくまれに証拠を偽造されて追い込まれることもある。自分は何もしていないというのに、犯罪者として訴えられたりする場合だ。神奈も何もしていない自覚があるので、証拠は偽造されたものとなる。

 いったいどんなものなのかと神奈は顔を引きつらせる。そして冬美が黒い花柄の着物の袖から出して、机に置いた写真を見て嫌な予感が高まった。


 ――その写真は若い男女が裸でベッドに寝ているものだった。


「あら、その顔……想像できたの? そう、この写真に二人の顔を合成して、高校生なのに避妊もしないふしだらな二人組……的なありもしない嘘をばらまくの。安心してね、合成とかは得意だから」


「避妊云々は想像でしょ! ていうかそれやりすぎですよ、こんな写真破いてやる!」


「ていうかそれをしたら息子の俺まで被害が来るじゃないか! どうして俺まで社会的に抹殺しようとしているんだ!」


「尊い犠牲ね」

「尊くないだろうが! 実の息子をなんだと思っているんだ!」


 置かれた写真を手に取った神奈はビリビリに破く。

 そんなことになれば学校側からも注意が来るし、もしも異世界人であるアムダス・カーレッジが校長である伊世高校でなければ、退学処分という可能性すらある。学校だけでなく近所でもあらぬ噂が立ち、未来で同窓会などがあったときにはネタにされてしまうだろう。


「ちなみに破かれた写真は、この家の中にあと百枚以上ストックがあるわ」


「なんでそんなあるんですか! 他人(ひと)の行為を鑑賞する特殊性癖か!」


「でも分かったでしょう? 裏の人間と契約を交わしたからには、守らなければいけないということが」


「……はい」


 これまでの敵とは一味違う攻め方をしてくる冬美に、神奈は対抗手段を持っていない。俯いて、承諾するしかなかった。


「おいお前が承諾したら――」


「速人にはもとから拒否権なんてないわ。……二人共、真剣に考えてみて? これから結婚するチャンスなんて二人にはもう訪れないわ。神奈ちゃんと速人は性格的に、恋愛とかほとんどしないタイプだと思っているから」


 意見が全く通らないので速人も俯いた。

 しかし冬美の発言も的外れというわけではない。


 神奈は前世のことを割り切っているとはいえ、まともに男性と恋愛できる可能性は低い。元が同じ性別だったがゆえに、男性に対して恋愛的感情を持つことが難しいのだ。たとえイケメンである顔の整った類を見ても何一つ感じることがない。


 速人は現在に至るまで恋愛など欠片も考えておらず、神奈に出会ってから修行のことしか考えていない。さらにいえば友人関係も乏しく、まともに友人と呼べる者は数えられる程度だ。日常を修行としている速人がいまさら女性を意識したところで、何をしたらいいのか分かるはずもなく、何もできずに終わる。


 周囲の人間にも恋愛に難を持つ者達が多くいるが、二人は特にずば抜けて恋愛ができそうにない。


「まあ安心して、結婚できる年の……今だったら十八歳だったかしら? まあそれくらいでいいとして、高校を卒業したら結婚という形だから。それまではこれまでと変わらないわ。もちろんご両親もいないことですし、今からこの家に同棲という形にしても問題はないのよ?」


「い、いえ、結構です。私は高校卒業からでいいですから!」


「あら残念、きっと楽しいのに。一人で辛くないの?」


「……まあ、一人じゃないですから」


 白黒の腕輪に目をやりながらそう答えた神奈を見て、冬美はクスッと笑う。


「いいわ、どうせ逃がさないからね。この家に嫁いできたらビシバシ指導するわよ。掃除、洗濯、料理なんかの家事もできるようになってもらわないと」


「うげっ、苦手だなぁ」


「ところで――」


 嫌そうな表情をしながら神奈は後頭部を手で掻く。結婚についての話し合いはまとまったとしていいだろう。ここで場が落ち着いたのを見計らって、冬美は神奈がここに来てからずっと気になっていたことを口に出す。


「――その赤ちゃんは誰との子供かしら」


 この場で一番の疑問である、神奈が抱えてきた白い肌の赤子だ。


「いや誰との子供でもないですよ! 私そういうことすると思われてるの!? ていうかほら、私がお腹膨らんでたときなんてないですから!」


「そう、つまり……いったい何歳で産んだの? まさか小学生?」


「だから私が産んだんじゃないっての! おい、お前からもなんか言えよ……!」


「……俺は中学三年目後半はいなかったからな」


「なんで疑惑を強めるんだよ!」


 速人がいなかった時期ならば神奈にアリバイはない。出産も可能であるが、その推測は相手がいないことから成り立たない。

 問題の中心である赤子は何を話しているのか理解しておらず、呑気に神奈の膝から下りて探索しようとしていた。さすがに遠くに行かれるのはまずいので、神奈は抱き上げてそれを阻止する。


「私的にはいいのよ。誰の子かは知らないけれど、そこは問題じゃない。隼の血を引く赤ちゃんを神奈ちゃんが産んでくれればいいの。ただ、事情があるなら聞いておきたいわ」


 押し黙るしかなかった。空から降ってきたなどと言って、誰が信じるであろうか。とてもではないが、神奈は誰に言っても信じてもらえないと思っている。


「お、お前……! さっきのは悪かったと思っていたのに、まさか本当に……!」


 黙っていたことで速人が勘違いした。このまま何も言わなければ本当にそうなってしまうので、神奈は慌てて否定する。


「いや違うから! その、本当にこの子は私の子供じゃない。拾ったんだよ、たぶん捨てられたんじゃないかな……」


 さらに神奈は頭を高速回転させて即席の理由を作り出した。赤子の小さな頭を撫でながら話を続ける。


「道路の隅にさ、段ボールがあって、その中にこいつがいたんだ。なんだか見捨てられなくてさ……。もちろん本当の親がいたならぶん殴って返すつもりだけど、もし私が拾わなかったら餓死してたかもしれないって思うと……」


 空から降ってきているし、謎の登場のしかたから親がいるかすら不明だが、神奈が見捨てられなかったのは本当だ。あのままあの場所に放置するなどできるはずがなかった。

 もっとも時間が経てば、友人である藤原才華の元へ赤子を預けるつもりであったのは口にできない。


「……そうだったのね、そういうことにしておきましょう。……そうだわ!」


 一応納得の色を見せた冬美は、名案とでもいうように手を叩く。


「これからその子のことを二人で面倒を見なさい。どうせ将来に育てることになるんだもの、これは経験を積む丁度いい機会よ。赤ちゃんを育てる大変さをその身に沁みこませなさい」


「それは、いいかもしれない……。私一人じゃ手が回らなかったかもしれないし」


 前世では学生で生涯を終え、今世ではまだ高校生の神奈に育児の知識などない。インターネットで調べればある程度のことは分かる時代だが、知識にあるのと実際にそれをやるのでは大きく差が出る。経験というのは何よりも大事なものだ。

 それに速人と協力すれば、冬美というすでに育児を経験している女性の助力が得られる。未経験の神奈にとって経験者ほど心強い味方はいない。


「はあ!? 待て、どうして俺までこんなガキを――」


「それじゃあまずは……今気づいたけれどこの子全裸じゃない。とりあえず速人の小っちゃい頃の服を持ってくるわね。まだクローゼットの奥にあるはずだから」


「聞けよ! というかなぜまだ俺の幼い頃の服があるんだ!」


 別の部屋にある衣服収納に使うクローゼットに向かって、冬美は返答なしに歩いて行ってしまう。

 速人の叫びに反応できる者はもう一人しか残っていなかった。


「……たぶん、思い出?」

「どうしてお前が答えるんだあああ!」


 かくして、神奈と速人の子育て生活が始まったのであった。



冬美「あ、ちなみに速人の子育ては楽だったわ。この子ったら自分でなんでもやっちゃうタイプだったからね。漏らしそうなときも自分でトイレに行くものだから、専用の簡易トイレを設置してたわ。食事もミルクが入った哺乳瓶を置いておけば勝手に飲んでいたしね」


神奈「……参考にならないなあ」


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