249 目的消失――古代の指輪――
駆ける。邪魔者を殺そうとする殺し屋達の傍を駆けて、車椅子に乗りながら駆け抜ける。
洋一も邪魔者の一人だというのに攻撃されない、認識すらされないのはムゲンの助力のおかげだ。
〈夢想改竄〉。相手の記憶を偽りの記憶とすり替えることができる魔法。この魔法により洋一は無視される程度の人間だと殺し屋達に思い込ませている。
「恵……!」
「洋一……」
今にも涙が零れそうな、涙目になっている恵にまで残り二十メートルというところまで来た。
白い花柄の着物を着ている少女は婚約をいいものと捉えていない。ならばそれを壊して連れ戻せばいいというのが神奈の考えであり現在の行動だ。それに賛成して洋一もここにいる以上、戦わなければいけない相手がいる。
「ガキ……!」
恵と同じローズピンクであるが短い髪、厳つい顔、筋肉質な体……鷲本光司が洋一の前へと立ち塞がる。
左手には結婚指輪であろうもの以外に、それぞれの指に一個ずつ不思議な模様の指輪がはめられている。
「洋一、こやつには魔法が効いておらん。気を付けるのじゃ」
「うん、分かってる。この人と戦わなければいけないのは分かっていたんだ。だから戦う、僕の、僕自身の全力で」
睨みつけてくる光司を前にして、洋一は車椅子から立ち上がる。
ムゲンは本のまま車椅子に乗っているが洋一が手に取るとページを捲っていく。そしてあるページを開くとそこに記されている魔法を口にする。
「夢想剣」
洋一の手には白く光る棒が握られていた。それは棒から形状を変えていき西洋剣の形になる。
いきなり剣を出現させた力に光司は眉をひそめて問いかける。
「おいガキ、何者だお前」
「……あの子の、鷲本恵の友達です。恵に言いたいことがあるから来ました」
「宴会場をぶち壊してか?」
「……それは僕も不本意でしたよ」
「まあいい、ガキは今すぐに帰れよ。ここは大人の場所だぞ」
苛ついた声で帰るように促す光司だが、洋一がその言葉に従うはずもない。
誰かに言われたから帰る程度の覚悟で乗り込んでくる者はいない。ダメ元で言っただけである光司だが無言で睨まれていることもあり苛つきは収まらない。頭をわしゃわしゃと掻いて腰にある刀を左手に持ち、刀を殺気とともに洋一に向ける。
「忠告に従うべきだったなガキ。ここでお前の人生は詰むんだ」
「聞きたいことがあります」
殺気と刃物を向けたにもかかわらず冷静に話す洋一に、光司は「あぁ?」という少し間抜けな声を出してしまう。
今まで見たことがなかったからだ。殺し屋ならば普通のことだ……だがどう見ても平凡な眼鏡を掛けたどこにでもいそうな子供が、殺気と刃物を向けられても平然としているのはおかしかった。
「この婚約であなたは何がしたかったんですか? 恵のことをどれだけ考えているんですか?」
「はっ、あいつのこと? 考えているに決まってんだろ、大事な大事な……道具なんだから」
「道具、だって……」
鼻で笑い答えられた内容は洋一にとって理解できないものった。
「今回で隼家との繋がりを作るための道具だよ。そして内部から隼家を壊すという役割も与えた。あいつが女でよかったぜ、もし男だったら婚約話も受け入れられなかっただろうし、もしいなかったら隼家には単独で挑むはめになってただろうからな」
既に事情は知っているために話が聞こえている恵は暗い顔をするだけで他のリアクションはない。しかしその暗い表情を目にしてしまった洋一は心が灼熱の炎で燃え上がる。
「あなたは……あなたは、あなたという人はああああ!」
「落ち着け洋一! 怒れば冷静な判断が出来なくなる!」
歯ぎしりし、青筋を額に浮かべて全身を力ませる洋一は怒りに支配されていた。それをよしとしないムゲンが精神を安定させる魔法を使用することによって灼熱の炎を小さく、種火の状態へと戻す。
「……ムゲン、ありがとう」
「礼には及ばぬ。かくいう余もこの男には怒りを感じておる。夢近にも劣らないクズじゃ」
人を道具扱いする相手にはムゲンも腹を立てずにはいられない。かつて自分が意思を持っていたにもかかわらず道具扱いした者を思い出し、苦手意識があるはずの恵の境遇に怒りを覚えている。
「俺がなんだ。道具を持ち主が使って何が悪い?」
「恵は、あなたの子供は道具じゃありません。心を持っていて、あなたと同じく生きる人間なんです。恵の気持ちを考えないあなたの考えは理解できない。僕はその考えを否定する」
冷静に思っていることを言えた洋一だが、光司は訳が分からないというように呆れた視線を送る。
「子供は親の道具だぞ? まあ人の考えはそれぞれだからな、ガキみたいな正義感振りかざすお前みたいなのもいるだろうさ。でもなあ、それを人に押しつけるのは止めろよ。まるでお前の考えが全部正しいみたいじゃねえか」
「少なくとも、あなたの考えが間違っていることは事実だと思います」
「はぁ、まったく、こうして話しているのが無駄みてえだな。どの道お前はここで死ぬんだ、傲慢な正義感を抱いたまま溺れ死ね」
痺れを切らした光司が刀を振る下ろすが洋一はそれを剣で防ぐ。重量が軽い刃物がぶつかったというのに、鳴り響く金属音は鋭く重い。
一撃で終わると思っていた光司はまたしても驚くことになる。平凡そうなどこにでもいる子供が、実力者である自分の攻撃を防いだ事実。そして戦闘に入るとすぐに顔つきが勇ましくなり只者ではないと思わせる。
「ガキ、お前……本当に何者だ」
「洋一逃げて! もう私のことなんていいんだってば、もう……助けてくれなくて、いいんだよ……」
今にも泣きそうな叫び声が届くと洋一の剣が光司ごと刀を弾く。三歩ほど下がる光司に洋一は剣先を向けて、恵の方を見ずに叫び返す。
「僕は逃げない、何度でも君のことを助けてみせる! だって僕は恵のことを――」
洋一の叫びは途切れてしまう。目が虚ろになり、明らかに正常な状態ではなくなっていた。
意識が混濁して、大事な想いがぼやけてしまう。暗く、暗く、真っ暗な闇が心の一部を覆っていく。
その隙を見逃してくれるはずもなく光司が首を切断しようと刀を振るう。
「洋一いいいい!」
「はっ……おおおお!」
焦っているムゲンの叫びにより心を覆っている闇は払われた。
正常な意識を取り戻した洋一は己の首に迫る刀を剣で弾いて、後退して距離をとる。
「はあっ、はあっ、なんだ……今の」
つい先ほどまでの状況が分からずに混乱しているのは洋一だけではない。光司も洋一の早すぎる目覚めに困惑していた。
「ああ? どうなってる、前に一度使ったことで効果が薄まった? いや違うな、たとえ二度目でも効果は変わらないはず。つまりあの謎の叫び声が効果を打ち消したってところか」
「洋一、いま分かったぞ。あやつの指輪じゃ、あの指輪のどれかがお主の心に干渉したのを感じ取れた。もしかすれば五つ全てが揃って発動するのかもしれないが、おそらくは一つのみで発動する道具じゃ。残りの指輪にも特殊能力があると見ていいじゃろう……しかし魔力が感じられない」
「魔道具じゃないってことだね? 魔力を使わずにこんなことができる道具なんて危険すぎる。それに発動のタイミングも分からないし」
基本的に不思議な力を持つ道具は魔道具と呼ばれている。魔力があるから不思議な力を起こせるからだ。しかし光司の左手にある指輪には魔力などなく、純粋な科学力により作られているということになる。
そんな科学力で作られたとされる指輪の効果も、洋一は何かされたにもかかわらず発動の瞬間が分からなかった。ずっと目を放していなかったというのに怪しい素振りはしていなかったのだ。つまり発動はキーワードを口にすることや行動を起こすことなど必要なく、完全に頭の中で思うだけで発動できるということに他ならない。
「解析して効果を確かめないと安心できないね。解析」
固有魔法である解析。全てを調べ上げることができる魔法で洋一は光司がしている指輪を全て解析しようとする。
洋一の瞳が茶色から金色に光り、調べたい情報を読み取っていく。
【名前 目的消失の指輪】
【説明 古代に作られし道具の一つ。指にあわせてサイズは自動変更される。他者の目的を一時的に消失させることができる。発動は完全に使用者の任意であり、防ぐことは不可能】
親指にある指輪説明にある最後の文。防ぐことは不可能という事実に洋一は冷や汗を流す。
固有魔法の解析で調べられることは全て真実だ。つまり本当に誰であろうと初めから防ぐことはできない。
「じっとこっち見て何を見てる」
親指以外の指輪も洋一は調べようとしたが、その前に光司が刀を横に振ってきたことで中断する。
攻撃を躱しても連続で刀を振ってくるので躱し続ける……すると洋一の目がまた虚ろになり避けようとする足が止まってしまう。
「死ねええええ!」
「洋一いいいい!」
攻撃をわざと喰らおうとしているようにしか見えない洋一に恵は叫ぶが反応はない。
頼んではいない助けが来て嬉しく思ってしまう反面、もう自分に構わないでいいと別れることを覚悟していたのに喜んでいることが恵は嫌になる。洋一が来たのは自分のせいであり、殺されるところなど見たくはない。思わず目を瞑ってしまう恵だが、洋一が斬られてしまうことはなかった。
「夢断流。菊一文字!」
真上から木刀が洋一を守るように横に薙ぎ払われたことで、刀が弾かれて光司はよろけて下がる。
上から降ってきた少女が洋一の隣に着地して、刀とぶつかり合ったというのに傷一つない木刀を明確な敵に向ける。
「助太刀しましょう、白部君」
腰まで届く長髪には赤と黒の髪が交じっており、研がれた刃のような雰囲気で伊世高校の制服を纏っている少女――進藤明日香が参戦した。




