248 最終奥義――極・神速閃――
特殊な歩行技術と緩急をつけた動きで残像を残す。分身の術と呼ばれる速人が多用する技の一つだ。
周囲を十人で囲まれた神奈だが、分身の術への対抗策は既に知っている。神神楽神人との戦闘時に編み出した魔力応用技術。
「魔力螢弾」
夜に湖を舞う蛍のように、弾くことに特化した小さな魔力弾を四方八方、無数にばら撒いて敵の動きを邪魔するための技だ。
神人はこの技で近づこうとしても弾かれて、分身の術をキャンセルされている。
「なんだ……? 随分と幻想的な技を使うようになったな。お前はもっと力のゴリ押しのような技ばかり使っていたと思うんだが」
紫に光る怪しい球体が蛍のようにふわふわと浮いている光景に、速人は目が僅かに見開かれて驚いている。
警戒して攻撃に移らずに残像を維持し続けているが、いつまでも動けないのでは決着はつかない。動かないなら神奈から動くだろうが、実は神奈にも動かない理由があった。
魔力螢弾は相手を寄せ付けないことに特化しているので防御の面では便利だ。しかし欠点ともいえる弱点があり、それが自分すら魔力で弾かれてしまうというものだ。魔力螢弾一つ一つが弾くことに特化しており弾かれるのは使用者も例外ではない。つまり神奈も速人に近付くに近づけない状態なのだ。
棒立ちの神奈に近付こうと怪しく光る球体の群れに突っ込もうとする速人だったが、その前に魔力螢弾の特性に気がついた。一つの魔力螢弾がテーブルに当たると、魔力の光が弾けるとともにテーブルも壁際にまで吹き飛んでいく。壊れてもおかしくないほど吹き飛んだテーブルは置いておき、速人はそれを見て危険性とともに攻略法も考える。
通学するかのように自然に歩いて神奈に近付いていく全ての速人は無造作に刀を振るう。それは魔力というエネルギーを真っ二つに切断して神奈に驚きをもたらした。
「絶・神速閃」
魔力螢弾を斬ろうとするという行為は刀が弾かれることを意味する。だというのに速人の刀は弾かれず、効果を受け付けずに斬ってみせたのだ。
あまりにも速すぎる剣閃。それが絶・神速閃の正体である。速すぎるがゆえに、ついにエネルギーや空間なども斬れるようになっただけで、実際は技というよりも全力で刀を振るっているだけにすぎない。
次々と斬られて消えていくが、神奈は魔力は操作できることを思い出し魔力螢弾の操作を試みた。魔力螢弾も魔力であることに変わりないため、神奈の想像通りに動き始めてそれぞれの速人に襲いかかる。
向かってくる全弾を斬り捨てることは可能ではあるが、それをやれば確実に隙を晒すことになる。ただ刀を振るだけなので消耗も反動もごく小さいものであるとはいえ、連続で行ってしまえば確実な隙となるのだ。それを逃してくれるほど神奈は甘い相手ではないことなど速人は分かりきっている。
しかしそれでもやるしかないのが現実だ。絶・神速閃で魔力螢弾を打ち破れるのだけでもすごいことではあるが、隙を晒すような戦い方は敗北をもたらしてしまう。
向かってくる魔力螢弾を斬り捨てるため、速人は余計な体力を削らないために分身の術を解除して、全ての魔力螢弾を斬って霧散させることに成功する。
「隙あり!」
全てを斬り捨てた速人には動いたことによる隙ができてしまっているのを神奈は見逃さない。
気絶させられるだろう威力を込めた拳が速人に直撃し――その体が近くのテーブルに一瞬で入れ替わった。
「身代わりの術」
「なっ、くそっぐっ!」
身代わりになったテーブルは拳が直撃したことで、全方向に細かい亀裂が入って砕け散る。
攻撃直後の神奈にできた決定的な隙を見逃すわけがなく、速人の蹴りが背中にきれいに直撃した。
蹴られたことでのダメージはほとんどないがバランスを崩したのは致命的である。二歩、三歩とよろける神奈に速人は刀を構えてから振りかぶる。
「絶・神速閃」
「魔力加速!」
刀が迫ってくるのが分かっていたので神奈は後ろを見ずに魔力加速で横に移動して躱した。もしも移動しなければ背中をばっさりと斬られていただろう。
そして繊細な制御により両手からの魔力加速で回転し、刀での攻撃が空振りに終わった速人を蹴ろうとしたが、それは速人が前方に転がって躱される。
「今のを躱すのは驚いたな……というか、前から思ってたんだけど身代わりの術って魔法じゃないのか? 明らかに技というには無理があるだろ」
身代わりの術とは速人の意思で自分と対象の位置を入れ替える技であるが、もはやそれは技というには超常現象すぎる。単純な技術というよりは、何でもありな魔法であるとした方が自然である。
「知らんな、確かに俺は魔力とやらを得てからこの術が使えるようになったが……魔法かどうかなど、今の俺にはどうでもいいことだ
「そうかよ……隼、お前、宇宙に行って何をしてた? 何をしてたらそんなに強くなるんだよ」
「グラヴィーのやつから聞いたのか……まあ隠すことでもないか。俺はただ宇宙にいる強者との戦いを求めて、修行として戦い続けて強くなっていった。だがそれでもお前に勝てるビジョンが見えなかった」
「わりと互角に戦えてるだろ。それに何か隠してるな?」
「お互い様だろう。俺がここまで強くなれたのはやはりあの男との出会いがあったからだろうな。奴は宇宙最強の傭兵と名乗っていた。初めて会った時は手も足も出なかったが、そいつと戦い続けた結果が今だ。俺が最後にそいつと戦った時は勝つことは出来ずとも負けそうになることもなかった。俺は強くなったんだ、これまで以上に強く、お前と対等な戦いが出来るくらいに強く!」
速人はそう叫ぶと、床に左手を叩きつける。
「畳返しの術」
床に亀裂が入っていき、浮き上がる。神奈の足場を崩そうという目的があったのだが、畳返しの術は神奈が力強く足踏みをしただけで床の亀裂が周囲だけ集中して広がって止まる。強く足踏みしすぎると宴会場自体が崩れてしまうので気だけは遣っていた。
見事に畳返しの術を無効化した神奈だが右腕を誰かに掴まれた。確かめるまでもなく掴んだのは速人だ。最初から畳返しの術は囮のようなものとして使用しただけであり、神奈が気を取られている内に悟られないように死角から腕を掴んだのだ。
腕を掴まれたことでなんらかのアクションを見せる前に、速人は神奈の背と己の背をピタッとくっつけて背負い投げで投げ飛ばそうとする。
どんな抵抗も間に合わせない。投げ技が決まったと思っていた速人に理不尽が襲いかかる。
「フライ」
「動かない……!」
体が浮いて速人の真上まで投げられていた。そこでフライにより動きが完全に止まってしまったのだ。
空中での動きを完全に制御できるフライを発動してしまえば投げ技など意味をなさない。
そこから投げようとした速人を神奈はお返しとばかりに投げ返そうとした。今度は速人が投げられそうになるが、ただ投げられることを認めるような男ではない。
「不動の空気!」
このままでは投げられて床に衝突し意識を失うかもしれない。そう思った速人は自由に動く足を利用して、空中に足場を作った。それを思いっきり踏みしめて、神奈の顔面に膝蹴りを叩き込んでみせる。
鼻の骨が嫌な音を鳴らすが折れてはいない。もしかすればヒビが入っているかもしれないが、神奈にそれを確かめる術はない。
「なぶっ、魔力障壁!」
手は痛みにより獲物を放してしまっている。もう自由になった速人が何をしてくるか分からない。
床を両足で抉りながら後退していく神奈の体には薄い紫の壁が形成される。そして障壁が作られたと同時に速人の蹴りが飛んできたので、障壁を張るのが僅かにでも遅ければまた蹴りを喰らっていただろう。
そして神奈の足が床を抉るのが止まった瞬間、速人は神奈に刀を振っていた。
「絶・神速閃」
魔力障壁があるので弾かれる――ということはなかった。
エネルギーや空間そのものを圧倒的速度により斬ることができる剣閃は、濃密な魔力の壁すら切り裂いた。
驚愕で目を見開く神奈だがそのまま肩からばっさりと斬られるわけにはいかないと、腕を犠牲にする覚悟で刀を防御する盾として割り込ませる。
「ぐうっ……!」
「……やはりな」
神奈の腕が斬り飛ばされるなどということは起きない。
刀の切れ味が悪いというわけではない。むしろ刀は魔力を纏っていることもあり鋼鉄も豆腐と変わらずに斬れるほどの切れ味を持っている。
斬れなかったということは、それはただ単純に……神奈の体が硬いということだ。
しかしいくら硬いといっても限度がある。神奈の腕には僅かにだが、刃がめり込んでいた。
それは確かに神奈に痛みを与えている。ほんの少しとはいえ初めて神奈に傷を負わせた。速人はその事実を確認すると、刀を神奈の腕から離して後方に跳んで距離をとる。
「お前の体は絶・神速閃では斬れない。そう思っていたから驚きはない。だが届いたのだ、俺の刃はお前に……出会った時から天高くに存在していたお前の強さに、届いた」
「つうっ……ああ大したもんだと思うよ。ちょっとここまでやられると楽しさなんて薄くなるけど、それだけお前は強くなってるってことだもんな。まだ小学生の時の強さのままだったら私は負けてたよ。お前は私を確かに超えたんだ」
「そうだな、数年間は長かったが小学生の時のお前を超えたのは事実だ。しかしそれだけでは意味がない、俺は過去のお前を超えたいのではない……現在のお前を超えたいんだ」
「超えられるもんなら超えてみろよ……ちょっと高すぎる壁だけどな」
「高いだけなら超えられるさ。努力、研鑽、とにかく己を高めれば、高いだけの壁など超えられるんだ。ふふ、お前に出会わなければ、こんなにも強くなろうなどとは思っていなかっただろうな。そこだけは感謝しているんだ、今俺をここまでの高みに連れてきたのは俺自身の力と……お前という目標があったからだ」
刀を構えた速人の体がほのかな赤い光で包まれる。バチバチと何かが弾けるような音とともに、赤い光の一部で、極小の赤い稲妻が発生している。
「それが……その高みとやらか。どこかで見たことあるような気がするけどまあいいや。来いよ、正面からぶつかって、私が勝つ」
魔力を昂らせた神奈は大きく足を広げ、かかってこいと挑発するかのように指全体を曲げてみせる。
体内でも体外でも激しく揺れる魔力の影響で、宴会場だけでなく町全域が震動していた。
微弱であるが揺れ動く会場で、二人は静かに睨み合う。睨むといってもそこに憎しみなどの負の感情は一切ない。純粋に相手のことを注視しているだけだ。
深く、深く、呼吸する。神経や精神が研ぎ澄まされて速人の口が僅かに動く。
「最終奥義。極・神速閃」
瞬間。赤き稲妻が爆発を起こす。速人の姿はその場から掻き消え、神奈の目前に移動していた。
速すぎる移動を神奈は目で捉えられている。そしてこれから来るであろう剣閃に備えて、普段よりも多めの魔力で覆っている腕を動かす。
赤き光を纏う刀。それが圧倒的速度で動いたと思えば、分裂した。
ありえない現実に神奈は目を見開く。分身の術での残像というわけでもなく、実際に増えているように見えたからだ。しかしそれは増えているのではなく結局のところ残像だ。あまりにも速すぎることで神奈の目には刀だけが増えているように見えてしまっていた。
どれが本物なのか。考えても分かりはしないし、考える暇もない。
一番速く到達してくるであろう刀を見極めて、神奈は右腕を刀身に当てて逸らす。受け止めると斬られるということを直感的に感じ取ったのでそれしか防ぐ方法がない。
しかし一撃目を防いだとしても安心が出来ない。刀は尚も増え続けて、まるで十人以上の達人剣士から一斉攻撃を受けているかのような光景であった。
速いだけの剣閃。ただ速いだけの一撃ではあるが、必殺技にまで昇華した一撃……神速閃。
神速閃よりも速度を増した真・神速閃。それにレイが使用する流星脚を合わせることで更なる速度を生み出した超・神速閃。
もはや流星脚すら使う必要がなくなるほど速くなり、エネルギーや空間すら斬れるようになった絶・神速閃。
そしてそれすら超え、これ以上の進化はないと速人が感じたほどの終着点――極・神速閃。
それは今までの神速閃の全てを超えていた。速度、威力、そして何よりも手数が増えていた。一撃だけだった従来のもとのは違い、研ぎ澄まされた一撃の鋭さを衰えさせず十以上の連撃を繰り出せる。さらに速くなった速度により、残像が意図せずに増えていく。どこから攻撃が来るのかすら相手に悟らせない。
「魔力感知」
服や髪が膨らむように揺れて、ほんのり温かい風がぶわっと吹いた。
増えすぎた残像のせいで目で捉えようとしても混乱してしまう。その対策として神奈は魔力感知を使用した。
形を持たせない魔力を魔力加速とは違い全身からゆっくりと放出し、ばら撒いた魔力に他人の魔力が触れることでその位置を感知できるという魔力応用技術。しかし今回はゆっくりなどと悠長にできず、体に負担が掛かるのも気にせずに、全身から魔力加速並の速度で放出する。
魔力加速は放出した魔力の勢いで加速する技術なので、全身から放出すれば当然であるが全方位から圧し潰されるようなことになる。
もしも全力で放出してしまえば神奈の体は全方位からの加速で潰されるだろう……だが全力でなければ、普段のように手加減した状態で使用すれば耐えられる。それでも圧縮されるような力がほんの僅かな時間でも襲ってきたことで顔を顰める。
負けたくないという感情から叫び、魔力感知のおかげでどの刀が先に来るのか分かるので連続で迫る刀を逸らしていく。
時間にして一秒にも満たないごく僅かなものだというのに、神奈と速人にはそれがとてもとても長いように感じられた。それだけ目前の戦いに、技を決められるか、防がれるかの単純な戦闘に集中していた。
そして刀の動きが静かに止められ、速人を覆っていた赤き光は霧散した。
何度目かで逸らしきれなかったのか多少斬られた部分はある。逸らし方が甘くて髪に掠って毛先が斬られたこともある。しかし確かに神奈は両腕にいくつかの切り傷を作りながらも、速人が最終奥義というほどの技を防ぎきってみせた。
「俺の……負けか」
ポツリと速人が呟いた。刀を振り下ろした状態のまま、終わったことを惜しむような悲しさが込められている。
「私の勝ち……と言いたいけど、お前まだ戦えるだろ。これで終わりにするんならそうするけど」
「極・神速閃が通じなかった時点で俺の勝機はほぼないだろう。なんせこの技は一時間に一度が限度というくらいに身体に負担がかかる。戦えはするが全力では動けないし、お前にはまだ余裕がある。この状況でまだ勝てるなどと思えるほどバカでもないさ」
一歩下がると、速人は刀を鞘に戻していく。
「それにお前はまだ力を隠したままだ。……神谷神奈。あのとき、あの小学生時代で俺が道具に頼って手に入れた力を振りかざしていたとき、なぜお前が本気を出さなかったのか分かったようなきがする。まったく計算外だ。お前は友人のこととなれば全力を出すが、相手がそれなりの付き合いの関係ならば全力など出せないんだ。殺したくないという思いが攻撃にブレーキをかけている」
「……そうかもな、でも今回は別だ。私は全力で戦ったよ。確かにまだ使ってない技があるといえばあるけど、私は正真正銘全力で、真剣にお前と戦ったんだ」
「ふ、一応信じておいてやる。負けといっても不完全な戦闘だ、この続きは次回に持ち越す。だが、次に戦う時までに俺はもっと強くなるぞ。それまでせいぜい首を洗って待っていろ……」
そう言って速人は神奈の横を歩いて通り過ぎていく。
「あれ? なんだよ小中学校の時みたいに毎日は挑んでこないのか?」
宴会場から出る前に神奈の質問により速人の足は止まる。
「しばらくはお前に挑まずに己を磨き続けることに決めたからな。明日挑んだところで勝てるくらいの差なら一番よかったんだが。だからこの続きはやるが、それは明日や来週、来月でもない。いつになるかが未定だが、俺が納得のいくまで強くなれたなら今日の続きをしようじゃないか」
「へえ……いいよ。私の強さを、その壁を、超えられるっていうんなら超えてみろよ。私は待ってるからな」
その答えに、速人は笑みを浮かべて軽い足取りで宴会場から去っていく。
速人を見送った神奈は戦いに集中しすぎて忘れていたことを思い出す。
「あ、元々私は恵を助けるために来たんだった……まあ、もう終わりそうだけど」
腕輪「この後、隼さんを見た者は誰もいませんでした」
神奈「不気味なナレーションを入れるなよ!」




