246 敵対――この時を――
腕輪「長かったですね、章のラスボスまでが」
宝生市の隣にある東郷市。その市にある大きな宴会場〈ファンキーズ〉にて婚約パーティーが開かれている。
婚約パーティーといっても甘酸っぱい恋愛などは特になく、単なる政略結婚を目的とされているものだ。
その婚約をいいものと捉えているのは一人のみ――鷲本家当主である鷲本光司。
彼は娘である鷲本恵を嫁へと出すことにより夫となる隼家の人間の一員とし、内部から隼家を崩して乗っ取ろうという目的を持っている。利用されている恵には知らされているわけもなく、たとえ知らされていても父親に反抗する勇気も持っていない。
愛も何もない婚約が嬉しいわけがなく主役である二人の機嫌は決してよくはない。目立たない花柄の白い着物姿の恵は一度も相手である隼速人の顔を見ようとしないし、普段着ないような黒い着物姿の速人はつまらなそうな目で客を見ている。
いくつもの白いテーブルの近くにある椅子に座っている客として招待された者達は、ほぼ全員が殺し屋の家系の者である。彼らは決して祝いに来たというわけではなく商売敵としての敵情視察。隼家も鷲本家も殺し屋業界内では有名であるため、いったいどんな人間なのかと興味本位で来ている者も多くいる。
「洋一……」
ポツリと知っている男の名前を呟いた恵に、速人は冷めた目を向ける。
「巻き込みたくないから伝えなかったか。白部洋一か神谷神奈に伝えていればこの婚約は阻止されていただろうに」
「婚約のこと自体なら伝えたわ。もう会うのは最後だったんでしょうし、悔いが残らないように。場所も時刻も伝えていないからここに来ることはないでしょうけど」
「……どうせこの婚約は破談だ、必ずあの女は来る」
料理を食べている招待客達を見て速人も食べ始め、それを見て恵も口にし始める。ただしどんなに美味しい料理も喉を通ることはない。
隣でずっと咀嚼している恵のことを気にせず食べている速人のところに、母親である冬美がゆっくりと歩いて行く。すぐ近くにまで行くと嬉しそうな笑みを浮かべている口を開く。
「速人、ちょっといいかしら」
「なんだ母さん……あいつらを放っておいていいのか」
遠くで自分の弟妹がバクバクと勢いよく高級そうな料理を食べているのを見て、速人は呆れた様子で問いかける。
「いいのよ、少しならね。それよりも宴会場が荒れるでしょうから気を付けなさい」
「どういうことだ、何かあるのか?」
「あの子が来るわ。これだけで伝わるでしょう?」
名前を言われなくても速人には誰が来るのかを理解できた。それはずっと待ち望んでいた者だったからだ。
「そうか……」
「ええ、だから私は帰るわ。あの子達の面倒は見てあげてね」
そう言うなり身を翻して入口に向かっていく冬美を見送ると、速人は刀に手をかけて口を嬉しそうに歪める。
「来るのか、く、くく、くははは、全て予想通りだ……! さあ早く来い、神谷神奈……!」
「うわぁ、アンタなにその顔……」
隣に座っている恵からすれば気持ち悪いものだったのか非難するような声を出す。
「黙れ、もうすぐなんだ。このバカげた茶番が崩壊するのは」
「……なに言ってるのよ、この場を乱せる人が来るっていうの? 誰も来るわけないじゃない……こんなところに、誰も――」
助けなど来ない。現実を受け入れたくなくて恵が俯くと崩壊する音がした。その会場内にいる人間全員が驚愕して音の発生源である入口付近に目を向ける。
頑丈であるはずの扉が蹴破られていること、そしてそれを行った少女と近くにいる少年に恵の目が見開かれた。
来るはずがないと思っていた助け。そもそも自分から来れないように教えなかったというのに、来れるはずがないのに事実来てしまっている。
「――どうして、来ちゃうのよ……洋一」
* * * * * * * * * *
少女が扉を蹴破った。どこを? 宴会場の扉だ。
少年がそれに慌てながらも中に入った。どこに? 殺し屋が集う宴会場の中だ。
扉を蹴破ったことに悪気など感じていないのか、少女――神谷神奈は僅かに楽しそうに口を歪めながら言い放つ。
「すいませーん。この婚約パーティーぶち壊しに来ましたあ!」
たったそれだけで会場内にいるほとんどの人間を敵に回したのは、困惑すると同時に殺気が漏れ出ている招待客達で理解できる。それでも動かないのは、動く必要性のある邪魔がされたくない催しだと思っていないからだろう。
車椅子に乗り、眼鏡を掛けている茶髪の少年――洋一は引きつった笑みを浮かべていたが正気に戻って神奈に注意する。
「ちょっ、ちょっと神谷さん! 何もこんなことしなくてもいいんじゃない!? もっと穏便な方法があったんじゃないかな!?」
「いやこれ以外にないだろ。扉の開け方はこれ以外にないよね」
「いやあるでしょ! 学校ではこんな開け方してないよね!?」
もはや過ぎたことはしかたないがあまりにも酷すぎる。洋一はどちらかといえば穏便に事を済ませたかったのだが、それはもうできそうにない。
注意もほどほどで諦めて、洋一は普段ではまず見れない花柄の着物姿である恵をまっすぐに見つめる。
「助けに来たよ、恵……!」
「さあて、痛いくらいの殺気が飛んでくるってことは……やる気だなこいつら」
「明らかに神奈さんのせいですけどね。まあ神奈さん達からしたら大したことのない人達ですから問題はないでしょう」
招待客が殺気を発するなか、神奈達がいる入口へと早々に向かっている者達がいた。その者達が誰かは神奈もよく知っているので話しかける。
「サプライズはどうでした?」
「そうねえぇ、面白いと思うわ。その調子でギャフンと言わせてね? 面倒なことを企んでいるあの男に」
入口を出口として利用しようとしている隼冬美、兎花、蘭兎を目にすると、今回の主役である恵の父親――光司が大声で叫び出す。
「どこへ行くってんだ! 隼!」
「帰るのです。もはやこんな騒ぎになってしまえばパーティーどころではありませんから。もし続きをするというのならば騒ぎの原因を取り除くべきだと私は思いますが? まあ落ちた鳥に出来るはずがないと思いますがねえ……ふふ」
「なっ……! ふ、ふざけるなよ……おい招待してやったんだ、邪魔者を消せたらそいつには二千万支払おう! だから殺せええ!」
思いのほか報酬が大金だったために、傍観していた殺し屋達は重い腰を上げた。それぞれの武器を取り出して神奈達に向かい歩き出す。
向かってくる殺し屋達を見て、神奈はあらかじめ考えていた作戦を洋一に伝えることにする。
「白部君は恵の方へ回り道で走ってくれ。雑魚は私がぶっ飛ばす」
「僕は君の強さをよく知っているよ。だから今回は安心して任せられる……けれどいくら強くても女の子だ。無理して顔にキズとかはつけないでね」
「……知ってるか、そういうの男女差別っていうんだぞ。男に大事な戦いがあるように、女にだってそういうものはある。いや、そこに性別なんて関係ない……大事なものを守るために戦うのは誰だって一緒なんだからな!」
二人は正面突破するかのように走り出すと、殺し屋達との距離がさらに縮んでから洋一が回り道するかのように神奈と分かれる。
殺し屋達は二手に分かれたことで分散するかと思いきや、全員が神奈に狙いを定めていた。ムゲンがとある精神魔法を使用したことで殺し屋達の洋一に対する認識が変化して、仲間だと思わせることで素通りさせてくれる。
「便利だなムゲンの魔法」
「何を言いますか、神奈さんにも相棒がついています! さあ、私が教えた魔法を使うのは今です!」
「ま、試してみるのもいいかもな……カブーク!」
唱えるのは歌舞伎役者になる魔法。それがかけられる対象は当然……殺し屋だ。
対象を定めて唱えるので一人ずつにしか通用しないが、その効果はてきめんである。
「ああ絶景かな絶景かな!?」
「ちょっと待たれいいい!?」
「ギアフォオオオスウウ!?」
一人一人に神奈が魔法をかけていくと、走ることを止めてそれぞれ歌舞伎役者のような動きと言動をし始める。
「ぶはっ、おもしろっ! 下らない魔法だと思ってたけど案外使えるじゃん! ……最後の奴はなんか歌舞伎ではないと思うけど」
魔法をかけられた殺し屋達は困惑している。遊ばれているのは理解できるので怒りもわいてくるが、どうしようもない。
おかしな動きと言動をする者に戸惑いつつ、残りの殺し屋達が神奈に明確な敵意を持って迫る。
「カブーク!」
迫ってくる殺し屋にまたも魔法を使うが――殺し屋達は止まらない。
「あれ? カ、カブーク! カブークカブークカブーク!」
何度唱えても殺し屋達は止まらない。先ほどとは違い一切の効果を受け付けていないのだ。
困惑するのは神奈の番になり、どういうことなのか腕輪に訊ねようとするが、訊く前に腕輪から説明してくれる。
「……実はカブークには欠点がありまして。使用者よりも演技力がある者には通用しないのです」
「欠点二つ目かよちくしょおおお! しかも演技力で判断されるってなんだよおおお!」
全く止まってくれない殺し屋達に神奈は背を向けて逃げ出していく。刃物や爆弾が投げられるのを躱し続けながら、神奈は逃げ続ける。
刃物や爆弾は床を傷つけたり破片を吹き飛ばしたりしている。神奈ならば魔力の込められていない道具などで傷ついたりはしないのだが、魔法が意味の分からない欠点で効かないことにより混乱していたため咄嗟に逃げることを選択したのだ。
そして容赦のない殺し屋達が神奈を追い続けるなか、一人の少女が神奈と殺し屋の間に凄まじい速度で割り込んだ。
「夢断流、超紅星……!」
赤と黒の交じりあっている髪が特徴的な少女の木刀による星を描くような五連続の剣閃で、四人の殺し屋が吹き飛んで気絶する。
予想していなかった援軍に神奈は目を見開いて叫ぶ。
「生徒会長!」
伊世高校生徒会長である進藤明日香は次々と来る殺し屋の対処に追われているので、木刀を振りながら振り返らずに口を開く。
「まったく危ないことをしていますねあなた達は。報告を受けてびっくりしましたよ」
「報告……? 誰が……」
「私が生徒会長に頼んだにゃんよ!」
明日香に続いて殺し屋に飛び込んだのは猫耳でメイド服の少女――深山和猫。
猫の手で敵を殴って数を減らしていくさまは、普段のふざけているとしか思えない態度をとる時とは別人のようである。もっともメイド服を着用していることがその真剣な雰囲気を狂わせていることに本人は気付いていない。
「ダメイド、話を聞いてたのか!」
「教室で大きな声を出してたら聞こえるに決まってます! にゃん。殺し屋が大勢いるだろう場所に二人で行くなんて無謀ですから、私が生徒会長に事情を話して味方になってもらったのにゃん!」
「お前……!」
「どうですにゃ! 私偉いでしょう! 褒めてくれて構いませんにゃん、そして是非とも旅館に泊まりに来てくれるといいにゃん! お金……じゃなくてお客様をいっぱい連れてきてください!」
「お、お前……」
余計なことを言わなければ褒めようという気持ちだったというのに、神奈の目はすぐに呆れたものとなる。その間にあっという間に片付けられた殺し屋達は床に転がって気絶していた。
邪魔な殺し屋達が全員気絶したことで道は開けている。恵を助けるべく駆けようとすると、神奈達は先行していた洋一の前に男が立ちはだかっていることに気付く。
「あのローズピンクの髪は恵の父親か」
「残す敵はあの人だけのようですね。ならば全員で囲んで――」
「二人だぞ、お前達の敵はまだここにいる」
「は、速人?」
神奈達の前には黒い着物姿の速人が静かに立っていた。
「さあ、俺はずっとこの時を待っていたんだ……勝負しろ、神谷神奈。俺達の戦いに一つの終わりを迎えようじゃないか」




