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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
455/608

245 共有夢――伝えに行く――


 いったい自分が何をしてしまったのか、洋一は自分の家で一人考え込んでいた。

 声だけだったとはいえずっと慕われていた少女に拒絶されたような反応をされて、ショックを受けないわけがない。あまりにも好意を持たれているのが分かりやすくて嫌われることなど考えていなかったのだ。原因も分からないのでどうすることもできない。


「僕は……何をしたんだろう」


「……お主は何もしておらん。あの娘がああなってしまったのはお主が原因であると決まったわけではないのじゃぞ」


「どうなんだろう……僕には何も、分からない」


 洋一はベッドに座って考え続けるが思い当たることは何もない。

 そんな落ち込んでいる洋一を見かねて本形態のムゲンが提案する。


「ここはやはり本人に訊いてみるのが一番ではないかの」


「本人って……今の恵と話が成立するとは思えないけれど」


「むろん本人といってもこの現実で会うわけではない。忘れたのか? お主が誰のパートナーなのかを」


 ムゲンの正式名称は夢幻の魔導書。その能力は夢を見せたり精神に干渉できたり、大規模なものだと人々の夢の集合体として新たな世界を創り出してしまうことも可能である。そんな能力を契約者(パートナー)として使用できる洋一はすぐに答えに辿り着く。


「……まさか、夢を利用して会いに行くの?」


「そうじゃ、夢の中ならばあの娘も逃げられない。お主の意識とあの娘の意識をリンクさせて夢の波長を合わせれば、あの娘の夢の中に侵入することが可能じゃ」


「……それなら最低限の話を聞ける舞台が整う。それでも話してくれるかは分からないけれど、やる価値はありそうだね。よし、今日の夜に実行しよう。夢を共有するには寝ている時間じゃないと意味がないもんね」


「夢を共有させている間は余が動けなくなる。サポートは出来そうにないが許してくれ」


「いいんだ、恵とは僕だけが話すよ」


 残念そうに告げるムゲンに洋一は僅かな笑みを見せて気にしないように言う。


「すまぬ……」


 なんとなくという程度ではあるが恵の態度の原因がムゲンには分かっていた。しかしあえて言わない。洋一が自分で気付くべきことだからというのと、このまま恵が洋一から離れてしまえばいいと思ってしまっていたからだ。


(あの娘の態度が急変したと思われるのはたった一日の間。学校から帰って翌日の登校までにあったことといえば銀行強盗じゃが、おそらくその現場を見られていたのじゃろう。秋野笑里との再会は洋一にとって喜ばしいことじゃが、あの娘が見れば嫉妬に狂うか、勘違いして無気力になってしまうかの二択。余もあの二人の話に割り込むことには躊躇するくらいじゃからな……嫉妬か)


 嫉妬という感情が、恵の気持ちがムゲンにはそのとき痛いほど分かった。今まで自分しか理解者がいなかったというのに、あそこまで嬉しそうな表情は見たことがなかったのだ。まるで自分では敵わないと見せつけられているようだった。


(まあそれはあの娘も同じじゃがな。余では成し遂げられなかった洋一の心の修復を、あの娘は完治寸前にまでこの二年近くで癒やし続けてきた。傍から見れば迷惑行為でしかなかったが洋一にとっては違ったのじゃろう。じゃから今回の件で気付け、自分が洋一の特別じゃということに)


 外には暗闇が広がり、星々がきらめき、きれいと呼べるような夜がきた。

 複雑な想いを抱えながらもムゲンは自身の魔力を利用して、ベッドの上で眠り始めた洋一の精神に干渉し始める。

 同じ夢を見たということは珍しいことであれど前代未聞だというわけではない。双子などの強い繋がりを持つ者達や、赤の他人同士でさえ同じ夢を見たことがあるという例がある。ムゲンの場合、世界中の生物と見ている夢に干渉して繋げ合わせることができる。


 宇宙のように暗い世界で無数の糸のように、世界中に広がっている誰かの意識をムゲンは触れて確かめていく。そして何十本という意識を確認してついに恵の意識の糸を見つけることができた。

 手に持っていた洋一の意識の糸を恵のものに重ねて、魔力を用いて二人の意識を繋げ合わせた。



* * * * * * * * * *



 目が覚めた洋一はなぜか車が一台しか通れないような狭い道路にいた。

 人の気配はなく、車なども通っていない。夢の世界でも車椅子なのは苦笑してしまう。


「恵の夢……かな。ここに恵もいるはずだけど……」


 誰もいない道路を進み続けて目的の少女を探す。

 どこか懐かしくも感じる道路を進んでいると、誰かの小さな泣き声がやけに大きく聞こえてくる。電柱の影で声を殺して、むせび泣いているはずの誰かはローズピンクの髪をした少女だ。


「恵……泣いてる?」


 見覚えがあるのは当然で、その泣いている少女は鷲本恵だからだ。

 一目見ただけで判別できるが何か分からない違和感があった。こんな場面を洋一は過去に見たような感覚になっている。


「だいじょう――」


「大丈夫? そんなに泣いてどうしたの?」


「は? これ、は……ぼく?」


 洋一が声を掛けようとした時、自分を通り抜けて車椅子が通っていく。通り抜けたのも、今ここにいる自分も白部洋一であることを洋一は悟った。

 もう一人の洋一と泣いていた恵が話をしていると、涙の勢いが止まってきて落ち着き始める。


「これってやっぱり、過去の」


「そうだよ、あれは過去の私」


 今度は背後から通り抜けるなどということはなく、単純に声を掛けられたので洋一は顔だけを振り向かせる。


「それにしてもどうやってここに来たの? ここは私の夢の中でしょ?」


 泣いていた少女と瓜二つである、本物の恵が洋一の背後に立っていた。

 本人だと分かったので車椅子ごと振り向かせて質問に答える。


「ムゲンのおかげだよ、彼女のおかげで僕は君の夢に入れた。さあ、話をしよう。君がどうして僕を嫌うのか、理由を話してくれないと分からない」


「……嫌う? どうして私が洋一のことを嫌いにならないといけないの? 私にとって洋一はいつも一番なのに」


 いきなり予想外な答えだったので洋一は目を見開く。そしてそれならどうしてという疑問が湧いてくる。


「じゃあ、どうして家に行ったとき僕の声を聞いた瞬間に逃げたのさ?」


「その前に、思い出話でもしようよ。夢の中だから時間はあるでしょ?」


 夢では現実と時間の進み具合が異なる場合が多い。夢現世界が例として挙げられ、あの世界では現実よりも時間の速度が早かった。


「思い出話って……いったい何を話すのさ」


「たとえば、あそこで話してる二人のこととか」


「過去の僕達? あれは出会ったときだよね」


「うん、初めて洋一と出会ったあの日。私は鷲本の人間として親の期待に応えられなかったことで怒られて、厳しい修行に耐えられなかった時みたいに道路の端っこで、一人……泣いてた」


 殺し屋である鷲本家、それも〈血みどろ三羽〉とまで呼ばれたトップクラスの家系ならば修行も当然厳しい。手裏剣、剣術、罠、暗殺術など親が持っている全てを教え込まれようとしていた。しかし恵にはそれら全てを習得できるほどの才能がなかった。

 恵がまともに覚えられたのは剣術のみであり、それに対して父親はいい顔などするわけもない。褒めてくれるどころか、無能だと罵られたほどだ。それでも努力し続けて剣術だけを磨いた。


「隼家を目の敵にしていたパパは私を隼よりも強くしたかったらしいわ。無茶言わないでほしいわよ、あっちは才能マンでこっちは凡人なんだから。それでもそうなれって怒鳴り続けてくるパパに嫌気がさして、私は家を飛び出して泣いてたってわけ」


「……そこに、僕がやって来た」


「ええ、泣いてたから心配そうな顔をする人は山ほどいたけれど、洋一みたいに話しかけてきてくれたのは初めてだった。他の人はけっきょく何も聞いてくれずに通り過ぎていくんだから。でも洋一は違った、洋一だけは私を慰めてくれた」


 両目を閉じて胸に右手を当て、恵はほんのり温かい思い出に浸っている。


「嬉しかったの、だって初めてだったから。親からすら慰めてもらえなかった私を心配して慰めてくれたのは洋一だけ。洋一は私の初めての人なの。今でも一言一句思い出せるよ……。『心が折れても、砕けても、大切な人のことを思って行動すればきっと心は治っていく』」


 洋一達の目の前にいる過去の洋一が同じ言葉を言っている。それを聞きながら洋一は当時の気持ちを思い出していた。


「親は怒るばかりだし、友達なんていなかった。だから私が大切な人なんていないって言ったら『もしも大切な人がいないのなら、僕と友達になってお互い大切に思える関係になろう』……そう言ってくれた」


「……でもそれは、僕の自己満足だ。あの時の僕は友達に忘れられてショックを受けていた。ムゲンがいたとはいえ、僕は傷心していた。あの言葉はきっと、自分でも気づかない無意識の弱さから出てきたものなんだ。ムゲン以外の友達が消えてしまったからこそ、僕は心の弱みにつけこんで君と友達になろうとした。僕達はいわば共依存というべき関係だったんだ」


「そんなことどうでもいいと思えるくらいに私は救われてるの。たとえ歪んだ善意からきた言葉でも、救われた相手にはそんなものどうでもいいんだよ。だって何も言ってくれない人より何かを言ってくれた人の方が遥かにいいと思えるからね。だから私は生きてきた中で、友達になろうなんて言ってくれた洋一のことが好きになったの」


「僕は……君に何もしなかった。友達になろうなんて言っておいて、君の好意に甘えて行動を起こさなかった。君の好意に気付いていたのに、告白されても心からの答えを用意できなかった。こんな僕は最低だ」


 異世界であるメイザースにて、言いきれなかったとはいえ恵は洋一に告白しようとしていた。それに答えた洋一ははっきりとしない答えしか口にできていない。

 答えるべきはずなのに、はぐらかすようにしか動かなかった口が憎くさえ思えた。


「ううん、いいんだ。答えなんていらない、聞きたくない。私は、私の想いは、自己満足で終わらせるよ。もう分かりきっている自分が傷つく答えなんて聞きたくないの……。これまで散々付きまとって、強引な手段だって使ってることも神谷さんから注意された。こんなことしてきた女が好かれるわけないよね?」


 表情が暗く、夜のように……落ち込んでいく。

 恵が哀しさに支配されていくのと同時に、夢である世界も影響を受けて夜が訪れ、夜すら超える闇が充満していく。


「それに知っているから……私、見ちゃったからさ。洋一には好きな人がいるよね? オレンジ髪の女の子と話しているときの洋一の笑顔が、私には今までで一番輝いているように見えたの。きっと洋一はあの子のことが好きなんだよ」


「なっ……! ち、違う、それは違うよ! もう吹っ切れているんだ……笑里にそんな感情を向けてなんかない……だから僕は、僕の好きな人は!」


 何も見えない暗闇で洋一は必死に弁解する。全ては勘違いであると、理解させるために叫ぼうとする。

 しかし洋一が叫ぶのよりも一瞬早く恵が叫んで、それが言葉をかき消してしまう。


「洋一の一番はあの子だよ! 私は特別なんかじゃなかった、私は誰の一番にもなれない!」


 それは違うと洋一がまた叫ぼうとしたが、続いた恵の悲しみが交じっている声と内容に絶句してしまう。


「私はこのまま隼と結婚するの」


 暗闇の世界は徐々に崩壊していく。夢の終わりがきた証拠だ。

 黒い空間に亀裂が入って割れたガラスのように崩れる。立っていた場所にすら地面の硬い感触がなくなり、奈落の底へと悲鳴をあげながら洋一は落ちていく。


「だから、私の愛と一緒に出ていって……さようなら」



* * * * * * * * * *



 太陽が眩しい朝。自分の部屋の自分のベッドで、洋一はがばっと勢いよく起き上がる。血色は悪く、寝ていたはずなのに息も切らしている。

 よほどの悪夢だったのか、その内容をムゲンが知ることはない。ムゲンは二人の意識を結んで共有させていただけなので夢の内部は覗こうとしていなかったのだ。


「その様子から、ハッピーエンドにはなっていないようじゃな……」


 夢で言われたことがよほどショックだったのか、洋一は一言も話さずに死人のような顔で朝の支度をする。ムゲンが作った朝食も喉に通さないが、それについて何かを言うことはなかった。


 学校に着いたものの今朝から死んだ表情をしている洋一に、彼を知っている同じクラスの者は心配そうな顔をしている。教室でも心配そうに見つめる者の中には和猫や游奈もおり、他人にあまり興味がない綺羅々でさえ横目で気にしている。誰かが話しかけることもなく、誰もが関わることを避けていた。

 こんなときに鷲本恵がいればやかましくもウザくもあるが、洋一に元気を出させることができただろうと誰もが思う。そんななか、一人の癖毛の黒髪少女が登校して教室に入って、真っ先に洋一の元へと歩いて行く。


「いたいた、白部君おはよう」


「……おはよう、神谷さん」


 元気がない返事を聞いて神奈もどうしたのかという表情で見つめる。


「神谷さんには話しておかないといけないよね……。恵は……隼君と結婚するんだ。僕はもう……」


「知ったのか、なら話は早いな。明日その婚約パーティーがあるんだけど、二人でそれぶち壊しに行こうよ!」


「そ、それはダメだよ……そんな大事なものを荒らすなんて」


 洋一の様子がいつもと違うことは分かったが、神奈にとってそれを気にしている時間もない。


「大丈夫大丈夫、もう隼のお母さんに許可取ったから。あとは恵を助けに行くだけなんだって」


「恵を……助ける?」


「いや当たり前だろ。あんなに『洋一ぃ、洋一ぃ』って好き好きオーラ出してたやつがなんで急に隼に乗り換えるんだよ。常識的にありえないだろ、絶対何かの陰謀があるよ」


「神奈さんの声真似も常識的にありえないキモさでしたね」


「うるさい黙れ、私でも言った後にちょっとこれどうだろうとか思ったわ。まあ、というわけで一緒に助けに行こうよ。きっと恵も白部君が来るのを待ってると思うんだ」


 恵が待っているという言葉を聞いて、洋一はハッと驚いて目を見開く。

 何かが吹っ切れて、洋一は暗かった顔から覚悟を決めた表情に変化し始める。


「そうだ、何を怖気づいていたんだ僕は……。神谷さん、恵が待っているかどうかは関係ない。でも恵に伝えたいことがあるんだ、だから助けに行くよ。僕も一緒に行かせてくれないかな」


「そのつもりだってさっきから言ってたけどな。場所は隣町のパーティー会場〈ファンキーズ〉。時間は午前十時から。殺し屋どもがうようよ集まってるだろうから危ないけど、私達なら問題ないよね?」


「もちろん、僕達なら大丈夫さ。だから恵……待っててくれ。必ず助けに、いや伝えに行くから」


 つい最近まで自覚していなかった密かな想いを胸に、少年は少女を救い出す決意を固める。

 しかしこの婚約騒動が、小さな指輪に運命が捻じ曲げられた結果だということなど、未来永劫知られることはない。



和猫、藤堂、その他「いや、教室内で話されると全部聞こえてくるんですけど」


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