243 真相――久しぶりね――
恵が洋一に関わることを避けている。
今までの行動や態度からは考えられないし、夢ではないかと疑ってしまうが神奈はそう結論付けた。
確認はしたものの、洋一にも心当たりがないのではどうしようもない。何があったのか、どうして学校にはもう来ないのか、それらの真相にどうすれば辿り着けるのか。神奈は考えて考えて考え抜く。
「やっぱり、無関係とは思えないな」
「ちょっと神奈さん、いいんですか? あんまり入りたくないんでしょう?」
出た結論は鷲本家から事情を聞けないのならば他の関係者から聞くというものだ。しかし誰も語っていないので一連のことが神奈は何一つ分かっていない。関係者というのも憶測でしかなく、それでも手がかりになるのならと勇気を出して向かうことにする。
「まったく……ここには来たくなかったけど、しょうがないんだよ。どうして友達のことを知る手がかりかもしれない場所を知ってて、尻込みしなくちゃいけないんだ」
向かった先は鷲本家と同じような現代から浮いたような和風の古い屋敷である。
その場所は小学生のときに行ったことを最後に近寄ったことすらない。神奈にとっていけすかなくて友達とも言いづらい男の家――隼家だ。
初めて神奈が訪れることになったきっかけは隼速人の母である冬美に、速人と恋人だと勘違いをされたからだった。恋愛脳である冬美はひょんなことから勘違いをして、事情があるとはいえ神奈も速人と恋人のフリをした。その時にどうしても忘れられないほど、冬美の頭はネジが外れていたのだ。
小学生だからといって二人を風呂に入れたり、小学生なのに性行為を促すために一緒に寝させるなど、恋人兼婚約者と勘違いしているとしてもやりすぎである。
そんな相手に会いに行かなければいけないということに、神奈自身あまりよく思うはずもない。
しかし行かなければならないと神奈は覚悟を決める。
隼家の門から入って、玄関入口付近にある古い屋敷には似合わないインターホンを押して反応を待つ。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
「出てくるのは人間だけでしょうけど」
「はあい」
扉が開き、黒い花柄の着物を着ている女性が姿を見せる。
腰まである長い黒髪が結ばれてまとめられていて、おっとりとした雰囲気がある和服美人だ。
最後に神奈と会った時からもう五年以上経つというのに、その容姿は全く変わっていない。小じわすらないので二十代といっても通用してしまう容姿である。
「あら、もしかして……神奈ちゃんかしら。久しぶりねえ。大きく……おお、きく……おお……きく……なった?」
数年ぶりであるがちゃんと覚えていた冬美は神奈の全身を見て自信なさげに問いかける。
「なんでそんなに疑問に思うの!? 私あれから大きくなってるよ! 主に身長がね!」
「そうね、身長は大きくなったと思うわ……!」
「身長だけじゃないけれどね!? どことは言わないけど他の部分も成長してますから! ……ってそんなことより、隼さんに訊きたいことがあって今日は来たんですけど」
「……いいわよお? どうぞ入ってちょうだい? お話は客間にて伺うわ」
柔らかい笑みを浮かべながら、それを崩さないで冬美は家に入るように勧める。従わないわけにはいかないので神奈は大人しく入って、客間と呼ばれる和室に案内された。
客間内は低い机に座布団が数枚あるだけで、タンスなどの家具やテレビなどの家電が置かれていない。正真正銘ただ話すことしかできない、むしろそのために作られているだろう部屋。殺し屋の家に来る客など依頼人以外にはほぼいない。それなら話し合うことだけできれば十分なのだ。
客人に飲み物すら出さないわけがなく、冬美は緑茶を入れてくるとその場を後にする。
少ししてから二人分の緑茶を持ってきた冬美が机に湯のみを置いて、話を切り出すことにした。
「それで、今日はなんの用なのかしら。よほどの用がなければこの場所には来ないでしょう?」
なんの用と訊かれて神奈はどう答えればいいのか答えを用意していなかった。
具体的な繋がりを確信してはいても、いきなりの本題でどういった反応になるのか想像もできない。どう話せばいいのか考えをまとめる時間を作るために机の上にある湯のみを手にとる。
そして中身の緑茶を一口飲んで――
「にっがあ!?」
――勢いよく吹き出した。
「なんなんですかこれ……茶葉とお湯の割合おかしくないですか?」
「おかしくないわよ? それは苦丁茶と言って元から苦いものなの」
湯のみを震える手で置いてから苦みから口を歪めている神奈が問いかける。
口内には苦み以外残っておらず、考えていたことなど全て泡のように吹き飛んでしまった。
「神奈ちゃん。苦丁茶は中国の茶葉を使用した名前の通り苦いお茶よ。一応健康にはいいらしいから飲んでおいて害はないと思うわよ」
「らしいとか、害はないと思うとか、予防線はりまくってるじゃないですか……。まあいいや、もう素直に訊こう。隼……速人君が学校を休んでいる事情を知りたいんですけど」
素直に訊くとはいえ、恵のことを話しに出すのもおかしい。冬美に訊ねるのならば息子である速人のことを訊くのが一番であると神奈は考える。
実際のところ速人は休んでいるし、恵に関係あるのならば事情は一つだけであるのだから問題はない。
どんな答えであろうと覚悟はしていた。どんな事情であろうと嫌だと思っているのなら助けてあげたいと思っていた。しかし冬美の答えはどんな予想をも超えていた。
「……学校? 速人は高校に行っていたの?」
親なのに何も知らない。その予想外すぎる答えに神奈は石のように固まってしまう。
「そういえば制服があったような気がするわねえ、きっとあれが高校の制服だったのね」
「いや、いやいやそこから!? ていうか学校に行ってないと思っていたんですか!?」
「だってあの子ってば何か月かいなくなった時があるのよ。修行と称してどこかに行くのはこれまでにもあったけど、あれだけ長く、しかも入学試験がある大事な時にいなくなったものだから、学校なんて行けないものだと思っていたわ」
本来なら試験を受けられないのでどこにも行けるはずがない。
しかし数ある高校の中で伊世高校は異質な場所だ。試験など行われないし、推薦状だけあれば入学できる。制服も推薦状と共に届けられているので全てが揃えられる。
入学試験の代わりとなるのはやはり校長であるアムダスが行使したスキルだろう。地球に存在している全ての生物から、年齢を指定して戦闘力の強さを察知できる力。神奈や速人にすればそれで選ばれることは確定していたようなものだった。
問題は速人が修行としてグラヴィーと一緒に宇宙に行っていたことだが、奇跡か運命か、アムダスがスキルを行使する直前に地球に戻ってきていたので伊世高校への推薦状が届けられたのだ。
「お宅の息子さんは私と同じ高校にちゃんと登校してましたよ。今は来てないけど」
「神奈ちゃんと同じ場所だったのね! その今着ているのが制服? 黒いセーラー服なんてオシャレねえ。速人も教えてくれればいいのに……でも残念だわ。せっかく神奈ちゃんと同じ高校だっていうのに、あの子ったら学校へしばらく行けないの」
「……え? もしかして来ない理由は知ってるんですか?」
「知ってるわよ? だってかわ……可愛い……可愛いかは微妙だけれど息子のことだもの。原因の一端は私にあるしね」
神奈は「学校に行っていたことは今まで知らなかったんですよね」と、ツッコミを入れたいところだったがあえて口にしないことにする。それよりも気になるのは原因という言葉だ。
「その原因っていうのはなんなんですか?」
「ふふ、そこまで速人のことを心配してくれていたのね、嬉しいわあ。今からでも遅くないから速人のお嫁さんにならない? 神奈ちゃんなら私は文句ないのよ?」
「お断りします。えっと……それで原因っていうのは?」
「もう、いけずねえ。まあいいわあ、原因はね、速人が結婚するからなのよ」
思わず叫びたい気持ちを抑えて神奈は驚愕していた。頭の中は結婚という単語一つで混乱してまともな思考ができていない。
(ケッコン……けこ、こけ……血痕する? いや、おかしいだろなんだ血痕するって、結婚なら分かるけど。私の頭が正常なら血痕というのは血の痕のことだけど……いやまさか本当に結婚? いやいや、でもあの隼だぞ? 聞き間違いかな? 本当はあれだ、コケコッコーするとか……やばい意味が分からない)
湯のみに入っているのが苦いお茶だということも忘れて神奈は一口飲むと、まるで痙攣しているかのように腕がプルプルと震えて中身のお茶が零れてしまう。もはやそれが自分の服にかかろうと、人の家の畳に零そうと気にする余裕はない。
「……はい? すいません、もう一回言ってもらえませんか? ちょっと寝ぼけていたみたいなんで」
ようやく絞り出せた言葉がそれだった。聞き間違いではないというのに、確かに自分の耳で聞いているのに信じられない。それだけ衝撃的な言葉だったのだ。
「あの子は結婚するの。それよりもお茶が零れてるわ、大丈夫なの?」
「結婚……あの、私の頭がどうかしていないなら、結婚というのは親しい男女が恋人よりも親密な関係になって一緒になることなんですけど」
「もう、神奈ちゃんったら、それ以外に何があるのよ」
「は、はは、ははは、あははははは……ですよねえ。すいません、ちょっとトイレお借りします。すぐ戻るので待っていてください」
驚愕で目を見開いた状態のまま、神奈は客間から出ていった。
神奈「なあ、ちなみに血痕するって可能性は?」
腕輪「いやありませんよ。というかもうそれ意味が分からないんですが」
神奈「ですよねえ……」




