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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
452/608

242 無断――食べないよ――


 伊世高校一学年の教室。爽やかな朝だというのに神奈は遅刻スレスレで登校していた。

 教室内に入る直前で身につけている腕輪から声がする。


「いやあ、けっこうギリギリでしたね。神奈さん」


「誰のせいだ誰の。お前の意味が分からない碌でもない魔法に付き合ってやったからだろうが」


 声も態度も、苛立ちを隠していない。

 神奈がこんなにも苛ついているのは一時間前のことに原因がある。



 朝に気持ちよく早起きし、最近は恵の料理特訓に付き合っていたこともあったので珍しく自分で作った朝食を食べ、黒いセーラー服という制服に着替えてから部屋にある大きな鏡を見て身だしなみを整える。

 そこで自分の艶がある黒髪を見て神奈は軽いため息を吐く。


 癖毛であることが昔からの悩みの種で、いくらストレートにしようとしても真っすぐにはならない。世間には自分より酷い人もいて、まだ自分は低レベルの癖毛であることも分かっているので神奈はもうストレートにするのは諦めている。

 なお髪の毛については諦めているが、発育については諦めていない。最後の手段で霧雨に胸部の成長剤でも作ってもらおうかなどと考えている。


 もう高校生とはいえ面倒という理由から化粧はしていないので、周囲の女性に比べて朝の準備は楽なほうだ。準備は整い早くから登校してしまおうと考えた時、腕輪が思い出したかのように声を上げる。


「あ、神奈さん。実はまた新しい魔法を覚えていただきたくてですね」


「さて学校へ行くか」


「待って待って待ってくださいよ! 最近冷たいじゃありませんか、魔法を覚えていただかないと私の存在価値喋るだけになっちゃいますよ!」


「いや……そんなに出会った時から態度変えたつもりないけど。それにどうせまたくっだらない魔法だろ? この前の不眠(フーミン)はまさかの使いどころがあったけどさ。どうしてメイジ学院で教わった後に超絶ゴミ魔法を教わらなきゃダメなの?」


「いい魔法です、今度は最高にいい魔法ですよ! 将来きっと役に立つ魔法なんですよ!」


 出会った当時から神奈は腕輪から碌な魔法を伝授されていない。

 対象を出っ歯にする魔法。木の棒を作り出す魔法。酸素を作り出す魔法など、使いどころがよく分からなく、使いにくいにもほどがある魔法ばかりだ。

 そんな魔法ばかりを教えられていたら当然もう覚えることに嫌気がさす。だが毎回毎回気になるような言い方をし、覚えるまで何日も同じことを言うので仕方なく覚えるというお決まりの展開ができてしまっている。


「……分かった。学校まではまだ時間あるし、いざとなれば秒で行けるんだからあと一時間弱はある。それでその魔法ってのは?」


「この魔法、実に素晴らしい魔法です。誰でも役者になれる演技力を身につけられます」


「な、なん、だと? つまり俳優になれるのか私は……? 映画とかにも朝ドラとかにも出れたりするのか?」


 別に神奈に俳優になる夢などないが、誰でも一度はなれるならなってみたいと思う職業だろう。

 有名になれば金に困ることなどなく、スキャンダルなどには気を付けなければいけないが有名人の仲間入りを果たせる。


「まあやってみましょう。まずイメージですがこれは白い長髪をイメージしてください。そしてこう唱えるのです。〈カブーク〉と!」


「カブーク!」


 嬉々として神奈が唱えたその魔法。それが期待していたものとは違うことに気がつくのは早いものだ。

 なぜ期待してしまうのか。学習能力がないわけではなく、魔法の不思議さからもしかしたらと思ってしまうのだ。


「特に変化はなあああいけどおおお? な、なあんだこれえはあ?」


 口調がおかしすぎる。無駄に語尾が伸びているし、口調だけではなく鏡をみれば妙なポーズもとっていた。

 該当するものに心当たりならある。しかしまさかそんなわけがないと神奈は否定する。


「分かりましたか神奈さん。これがカブーク……対象をエセ歌舞伎役者のようにする魔法です!」


「いいやあ、コレジャナイ感すごおいい! しかも動きまであるし、い、み、が、分からんんん!」


 期待していたものとはジャンルが違った。

 確かに役者ではあるのだが、求めていたドラマや映画に出演できるようなものではなく、これでは劇場で演じる役者だ。


「こ、こおおれええはああいいいつうう直るんだあああ?」


「動きも台詞も効果がきれるまで継続します。効果は一時間です!」


「ふざあけえるなあ、よおおおおお!?」


 歌舞伎口調の叫びが響き渡る。


「まったあくうう、こいつぁ春から縁起がいい……? 問われて名乗るのもおこがましいが……? な、なんかあ、おかしいいんでえすけえどおおお?」


「実は欠点がありまして……その魔法は動きもですが、言葉も自動で選ばれることがあるんです」


「しがねえ恋の情が仇。絶景かな絶景かな……なあんの脈絡もないしい、繋がってもなあい言葉だなあああ!」


 そうして一時間。登校時間ギリギリに効果が切れてから、急いで学校まで飛んでいったのだ。

 のってしまった神奈も多少悪いが、一時間もロスさせるような魔法を教えた腕輪が悪質すぎて怒るなという方が無理である。


 苛つきながら教室についた神奈は部屋を見渡すと誰かがいないことに気付く。

 そしてこの場にいない者ともっとも親しいはずの洋一に問いかける。


「なあ白部君、恵のやつは来てないのか?」


「うん、実はまだなんだ……何もなければいいんだけど」


「おいおい、弁当持って来るとか言っといて欠席はマズいだろ……」


「隼君もまだ来ていないよ。もしかしたら休みなのかもしれないね」


 鷲本恵と隼速人の二人が教室にいない。

 速人はわりといつもいないのだが恵がいないというのは珍しかった。


「はあい、出席とりますよお! 席に着いてくださあい」


 二人の姿がないまま朝のホームルームが始まって出席確認が行われる。


「鷲本さあん、あれ? 鷲本さんはいないんですか? 先生なんにも聞いてないんですけどお……よく見たら隼君もいないじゃないですかあ! どこへ行ってしまったのですう!?」


「先生こんなキャラだったっけ……まあ今はそれええよりもおお、恵が心配でえええ」


「神谷さんこそどうしたんですか!?」


 魔法の効果はきれているのに、少し口調が残ってしまっている神奈を担任である若空焔は心配する。

 結局、二人は昼になっても学校に来なかった。

 誰もが弁当を机に出す時間だというのに、洋一だけは出していない。


「白部君、弁当はやっぱり」


「うん、僕は持ってきてないよ。恵がせっかく作ってくれるっていうんだから持って来るはずがないじゃないか」


「えっと……私のいるかな」


「ありがとう、でもいらないよ。恵が昼は作るって言ったんだ。だったら僕はそれしか食べないよ。今日来ないからと他人のお弁当を食べてしまったら、恵に失礼だと思うんだ」


 なんとなく想像はできていた。洋一はこういう人間だと神奈は分かっていた。

 誰かとの約束はしっかりと守る。律義で、正義感があって、それで損な役回りをすることもある人間だと分かっている。

 神奈自身、似ているところはあれど洋一には負ける。

 洋一が食べない以上、自分だけ食べるのも悪いなと思い神奈も弁当は出しているのに食べていない。

 二人が沈黙したまま向かい合って座り続けている状態で十分ほど経った頃、教室に来訪者が現れる。


「失礼します。こちらに隼速人君はいますか?」


 現れたのは生徒会長である明日香だ。その顔つきは穏やかではなく、多少の怒りが表れている。

 知らない仲ではないし、神奈は不在だということを素直に伝えることにする。


「隼ならいないですよ。連絡とかないんですね」


 不在だということを知ると明日香は「やっぱり」と呟いてため息を吐く。


「ええ、まさかの無断欠席です。これが続くならば自宅に赴いて連行しなければなりません」


「実は恵も来ていないんですよね……」


「鷲本さんも、ですか?」


 速人だけならともかく恵も無断欠席しているのは意外だったのか、明日香は目を丸くする。


「昨日お会いした時には特に変わった様子はありませんでしたが……なるほど、そういえば速人も殺し屋でしたし事情があるということでしょうね。何か悩んでいるようでしたし、その悩みが関係しているのかもしれません。まあただの風邪ということもありえるでしょうが」


「悩んでた……おかずにかな。それとも全く違うものか。なあ白部君、帰りに恵の家に寄っていこうよ。具合悪いならお見舞いに行く必要あるし、悩みがあるなら聞いてみよう」


「……うん、行こうか」


 当然、放課後まで待っても二人は学校に来ない。

 学校が終わり次第、神奈と洋一は一緒に鷲本家へと向かっていた。

 道のりは神奈では知らないので洋一が案内している。付き合いも長いので洋一は自宅の場所も教えてもらっている。

 坂の上にある和風の屋敷というあまり合わない風景。坂道はかなりの勾配な斜面であり、上り始めの場所から見上げるとまるで獲物を選別するために見下ろしている鷲のようだった。


「ここが恵の家か……なんか想像と違うな。和風だし」


 鷲本家には坂道を上りきってようやく辿り着いた。


「昔からある屋敷らしいよ。問題はどうやって入るかか……」


「え? 普通に入ればよくない? 友達なんだから遠慮する必要ないだろ」


「それはたぶん無理かもしれない。恵から聞いている話だとちょっとね……正面から入るのは厳しいと思う」


 どういう意味か分からない神奈はジッとしていても始まらないと思い、備え付けられているインターホンを押してみる。

 古びているが作動はしたようで音が鳴る。しばらくすると若い女の声が聞こえてくる。


「はい、どちらさまですか?」


「恵さんの友達の神谷ですけどって出たの恵かよ! まあ手間が省けていいや。今日なんで休んだんだよ。心配したんだぞ、せめて連絡くらいしろよ」


「神谷さん……? ごめんなさい、私、これから学校に行くことができないかもしれない」


 今にも消えてしまいそうな弱々しい声だった。

 それはどういう意味――そう神奈が問いかける前に洋一が問いかけた。


「それってどういうこと!? 何かあったのなら僕達に――」


「この声、洋一もいるの!?」


 普段ならば嬉しそうな声を出していただろう。しかし今日の恵は洋一がいると分かると怯えるような声を出している。

 まるで今まで付き合ってきたのに、急に別れてしまった男に会った時のように神奈には思えた。


「悩みがあるなら――」


「ごめんね神谷さん、呼ばれてるから行かなきゃ」


 プツッという音でインターホンの通話が切れたことが知らされる。

 会話していたというのに、洋一がいると分かったら態度が急変したのは誰にでも分かる。あまりに予想外すぎる事態に洋一は絶句して呆然としてしまう。


「……白部君、なんかした?」


「……い、いや、僕は何もしてないはずだよ。昨日は学校でしか会っていないし、こんな態度をとられるような覚えは……」


「いや絶対なんかしたって! 急にこうなるとかおかしいでしょ!?」


 神奈に言われて深く考え込む洋一だが、何かをしてしまった記憶はない。

 しばらく悩んでいると入口の扉がガラガラという音とともに開いていく。


「人の家の前で騒がしいぞ。クソガキ共」


 出てきたのは険しい顔をしたガタイのいい男だった。口の周囲には髭が濃く生えていて、それは短い髪の毛と同じローズピンクだ。左手にはなぜか指輪がそれぞれの指に一個ずつはめられていて、それら全ては不思議な模様が刻まれていて神秘的なオーラを纏っている。


「もしかして、恵の父親……?」


「その制服……あいつと同じ学校のか。何しに来た」


「お父さん、恵が学校へもう来ないって言っていたんですけどどういうことなんですか!?」


 普段ならば冷静な洋一だが今だけは慌てて取り乱している。

 もしも自分が原因だったらと思ってしまうと止まらない。どうしてなのか理由だけは知っておきたいと思っていた。原因が自分であると嫌だなどと言う理由ではない。洋一はどんな原因であれ恵とまた過ごしたいと思っている。


「そうだな、もう行かせる必要がない。もういいだろ、帰れ」


「そんな! 理由は!? こんなの納得できないですよ!」


 落ち着く気配がない洋一は男に掴みかかる勢いで車椅子を進めたので、慌てて神奈が後ろを掴んで力ずくで進ませるのを止める。


「いい加減うるせえよ! 帰れっつってんだろうが! あいつのことはもう忘れちまえ!」


「おっ、おい! 理由くらい話してくれても――」


「分かりました、帰ります。すいません、アポイントもなしに訊ねてしまって……非常識でしたね」


「……はい?」


 いきなり態度を百八十度変えた洋一に、神奈は目が点になって間が抜けた声を出してしまう。

 先ほどまで怒りに身を任せて掴みかかろうとしていたのに、突然帰るなどと口にされれば誰だって驚く。


「神谷さん、悪いんだけど、車椅子を押していってくれないかな……坂道は一人じゃ厳しいんだ」


「あ、ああ? いや、いいのか? さっきまであんなに……」


「帰れ帰れっ、二度と来るなよ」


 どうすることもできず、洋一がそう言うならば要望通りにしようと神奈は鷲本家から離れていく。

 坂道なので洋一を落とさないようにしっかりと車椅子を持ち、洋一も落ちないように車椅子にしっかりと捕まっている。

 坂を下っていくと神奈は自分の気持ちが沈んでいくのが分かる。手がかりもなく、原因も分からない。あそこで退いてしまった以上はどうしようもないが、退いてはいけない場面だったのではと思わずにはいられない。

 どうして洋一が退くことにしたのか、何か考えがあるのかもと神奈は思っていたが、こうしてとぼとぼと帰っていると嫌な気分になってしまう。


「……ん? あれ? か、神谷さん今すぐ戻らなきゃ! どうして僕は帰るなんて言ったんだ!」


 坂道を下りきったとき、洋一の態度がまた急変した。


「はい!? いや落ち着け落ち着けなにどうしたの! さっきは帰るって言ったじゃん!」


「分からない、分からないけれど! はやく戻らないと、恵に何かあるのなら助けないと!」


「おいどっちなんだよ!」


「洋一落ち着け!」

「神奈さんも落ち着いてください!」


 混乱しきっている二人を見かねて腕輪とムゲンが口を挿んだ。

 鋭く大きな声で二人は一気に頭が冷えて、先ほどまでのことを冷静に考え始める。


「……落ち着いた。ありがとうムゲン、らしくなかったね。それにしても僕はどうして帰るなんて言ったんだろう? なんだか頭がぼんやりして考えが纏まらないというか、目的だけ忘れてしまったような感覚があったんだけど」


「おそらくそれは精神に干渉されたのじゃ。余と同じような力を持っているというわけじゃな。もしそうならば不覚……パートナーをみすみす精神干渉の餌食にしてしまうとは」


「しかしあの髪色が面白い男には魔力を使った痕跡がありませんでしたよ? 精神干渉といっても魔法以外で可能なんでしょうか」


「まあ、実際にできるからやられたんだろうけどな。とりあえず、今戻っても門前払いされるだけだ。強引に行ったら不法侵入扱いになっちゃうし、今日は引き返そう」


 とれる行動がないためどうしようもなく、手詰まりな状況なので神奈達は引き返すことにする。

 その日、白部洋一は出会ってから一日の中で、初めて鷲本恵に会うことがなかった。



腕輪「神奈さんってはっきりしない相手にはよく怒りますよね」

神奈「え、そうかな……まあ多少苛つきはするけど。そんなことないと思うんだけどな」

腕輪「ところで実は最近、いえかなり昔でしたかね? ああ、最近……まあ最近だと思うんですけど私の記憶が」

神奈「最近なのか昔なのかどっちだよ!」

腕輪「ほらあ!」


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