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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
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239 強盗――どうしてこうなった――


 銃声とともに銀行内に侵入してきたのは黒い目出し帽、黒いジャケットとズボンという黒ずくめの集団だった。手には拳銃やショットガンなどの銃火器を持っており、集団の一人は人質を取っている。

 銀行員や一般の客は突然の事態に驚き、怯え、涙する者もいた。


 洋一達ならば瞬時に制圧できるはずであるのだが、動けない訳がある。人質の存在だ。

 人質がいるということは確実に不利であり、少しのミスで危害が加えられる可能性がある。警察が人質を取られれば従うように、洋一達も状況が動くなと言っているように感じていた。

 さらに予想外のことなのだが、洋一、笑里、才華は人質にとられている男と知り合いであったのだ。


「ねぇ、あれって……」


「嘘だろ……彼が人質になるなんて」


「獅子神君……!」


 ――獅子神闘也が、人質として銃を向けられていた。

 ぐったりとして動かず、死んでいるのかと思ってしまうほどだ。獅子神は担がれてこめかみ辺りに銃を当てられている。


「お前ら動くなよ! 俺達は銀行強盗だ、今からお前ら全員人質だぜ!」


「見れば分かるだろうに。僕が全員片付けて、宇宙の塵にしてやるか」


「わあぁ、待って待って……! 今はマズイってば……!」


 人質と知り合いではないグラヴィーが制圧しようと動こうとするが、笑里と才華が腕を掴んでなんとか止める。

 獅子神という男の強さを知っている以上、人質に取られているという現状に人質として強すぎて意味がないと考えられる。気を失っている間は無力化できても目覚めてしまえば猛獣と化す厄介な男なことは知っているのだ。だが笑里や才華はそう考えずに、獅子神という男を倒して人質としてとれるレベルの強さの持ち主がいると考えたのだ。

 洋一も動くことには賛成できずに客全員が人質として、壁際に集められて銃で脅され、床に座るよう指示される。車椅子である洋一のみ、床に座らせるのは犯人も消極的でそのままでいいと告げた。


「チッ、お前らなぜ止めた」


「あの人質の彼はすごく強いの、もしかしたら貴方や笑里さんでも勝てないかもしれないのよ」


「獅子神君は強いから、あの犯人も強いんだよきっと」


 小声でバレないよう笑里達が喋っているうちに、銀行強盗達は事を進めていく。


「金を用意しろ、一億円だ。袋なら誤発注したみたいで山ほどある、この中に入れろ」


 怯える銀行員に銃を向けてさらに脅し、金銭を用意するように告げる。銀行員達が強盗をどうこうできるはずもなく、何かしようものなら人質としてとられている人間が危ないので動けない。

 誰もが強盗達の指示に従うしかなかった。


「ボス、やったすね! これで連続成功っすよ、俺達ツイてるっす!」

「そうだぜボス! もしかしてこのまま三連行くか?」

「ヒュー! ボス、ヒュー! 強盗の鏡!」


 部下であろう者達が調子に乗ってボスである男を褒めたたえる。


「お前ら静かにしろ! 喜ぶのはまだはええんだ! ていうか成功じゃねえし、まだ金きてねえし!」


 そんな部下達の言葉に鼻が高くなって隙を見せてくれるかもと洋一は思ったが、むしろ真逆で気を引きしめさせることになってしまった。


「だいたいお前ら、欲張るのはよくねえぜ。俺達はもうここで今日二回目なんだからよ。こうも順調にいってるのは兄ちゃんのお陰だぜ、金は山分けでいいよな?」


 ボスである男が獅子神を担いでいる男に声を掛けた。

 その男は喋ることを嫌うのか、ただ顔を横に振る。


「え、じゃあ六割でどうだ!?」


 また、横に振る。


「な、なら七割でどうだ!」


 まだ、横に振る。


「ぐうっ、だったら八割だ。ここまでが上限だぜ。これじゃあ二回程度じゃ足りないしもう一か所行くか! お前ら、ここが終わったら次の銀行に行くぞおおお!」


 ボスが決めたことに文句などなく、獅子神を担いでいる男以外は元気よく雄叫びをあげた。


(ほんとうにどうしてこうなった……!)


 その男は口ではなく心で叫んでいた。自分が担いでいる呑気に眠っている獅子神に目を向けて、深いため息を吐く。

 獅子神を担いでいる男――影野統真(かげのとうま)は今すぐにでもこの場から逃げ出したいとすら思っていた。


(俺はただ、金を下ろしたかっただけなのに……!)


 統真は元メイジ学院の生徒で、神奈のストーカー兼クラスメイトだ。ストーカーの件に関して神奈はいやらしい目線を感じるぶん、単純に観察している速人よりも気持ち悪いと一度注意したこともある。

 魔力値が平均を大きく超えており、強い力を買われて魔導祭では神奈とペアを組んで活躍をみせた。そんな彼がどうして銀行強盗になっているのかには、一応の理由があった。



* * * * * * * * * *



 事件が起きている三時間前。

 水菜銀行という大きな銀行で、くすんだ緑色の長髪をいじりながら統真は長椅子に腰を下ろしていた。

 生活費を下ろす目的で来ている統真はのんびりと自分ができるようになるまで順番を待つ。

 特に何も起こらない平和で退屈な日々だったはずだった。


「うぅん? テメエあれじゃねえか、えっと、あれ……あれ?」


「影野統真だよ。君は相変わらずバカだな獅子神」


 偶然にも隣に座ってしまった獅子神もまだ平和だった。


「君、何しに来たのさ? まあ銀行だから分かるけど」


「あ? 安藤のやつが金を下ろしてこいっていうからなあ。本当はビートのやつが行くよう言われてたのに何か徹夜してたみたいでまだ寝てるんだと」


 安藤とビートなどという知り合いは獅子神にはいない。本当の名前は天寺と日戸だ。

 同じ小学校だったこともあり三人は友人とまではいかずとも、コミュニケーションをとる仲ではある。天寺は日戸に頼み事をしたかったようだが、寝ているのを起こすのも可哀想と思ったためになぜか獅子神を頼った。自分で行くという発想が出なかったわけではないが、単純に面倒だったからだ。


「安藤? ビート? まあ誰だか知らないけど、君が大人しく従うのも意外だな」


「従ったわけじゃねえ。俺はただ、強い奴を探しに来たんだよ。期待はしてなかったが来てみるもんだな、銀行にも強いやつはいた! さあ、俺と戦え!」


「なんだって!? くそっ、急にこうなるなんて……だけど君はこのままだと神谷さんのところにも行きかねない。神谷さんの敵は俺が排除させてもらう……今すぐにでも――」


 統真の最後の方の言葉は銃声でかき消された。


「おらあ! 動くなあああ!」


 水菜銀行に唐突な事件が発生する。

 銃声がなったと思えば黒ずくめの集団が一斉に入ってきたのだ。そんな服装で来たらすぐに騒ぎになりそうだが、そこは何かしらの対策をしてきたのだろう。外では強盗が歩いていたことなどなかったかのように騒ぎにはなっていない。


「銀行強盗だ! お前ら今から人質だぜ!」

「ヒャッハー! ヒャッハー!」

「武器を持ってたら捨てて、地面に這いつくばるんだなあ!」

「いやそこまでさせなくていい。とりあえず壁際に集めて、三人くらいは見張りをつけろ。おい! そこの銀行員、この袋に百億円入れろ!」


 ボスと呼ばれる男は真っ黒な袋を投げつけるが、それを見て銀行員は怯えながら口を開く。


「む、無理ですよ……! この袋、せいぜい五百万円入るのがやっとの大きさですし……」


「なんだと!? じゃ、じゃあそれでいいから入れろ。おいお前ら、次はもっと大きな袋用意しろよ! 銀行強盗なのに数百万円じゃリスクにつり合わねえよ!」


「す、すいませんボス。そこまで考えてませんでした」


 二十人以上の人質がいる以上は統真も動くことができず、監視の目があるために不審なこともできるはずがない。獅子神がそんなもの知るかというふうに暴れようとしていたのは統真が止めるように言って、なんとか大人しく座らせた。

 大人しくしているしかないので、強盗達の目的が達成されてしまうまで静かに、何もできない歯がゆさに苦しむ。

 銀行員が札束を袋に詰めこんで目的を達成した強盗達は人質の監視を止めて、全員が撤収していく。

 しかし間抜けな強盗達は自分達の凡ミスだけでは終わらず、犯罪者にあるまじき不運なことが起きる。


「ちょっと待ってもらおうか、警察だ。人質を解放しちまったのはミスだったな」


 事件現場に、その人質の中に非番の警察官が紛れていたのだ。

 非番なのに銃を持ち合わせていた私服姿の警察官はボスに銃を向けて、逆転したとニヒルに笑う。

 完全に終わったと思って油断していたのと、まさか警察官がいるとは思わなかった強盗達は慌てふためいて、ボスは歯ぎしりして悔しそうに敵を睨みつける。


「くっそ、まさか警察官がいたとはな。運がねえぜ……俺は昔っから運がねえんだ。学生時代じゃ俺だけ配布物が届かなかったり、会社では記念パーティーへの招待状が来なかったりな。だが俺は、そんな俺だから不運を乗り切ることに関しては誰よりも自信があるんだよおおお!」


「なっ! お前なんのつもりだ……!」


 ボスの男は拳銃を向けられているというのに、大人しくせずに抵抗することを選んだ。警察官に対して拳銃を向けたのだ。その場の誰もが緊張で息を呑む、それだけ空気が緊張していた。


「へへへっ、知ってるぜ。ご立派な警察様はあぁ、銃を脅しでしか使えねえんだろ? 犯人を射殺しちまったらそれこそ問題だもんなあ!」


「……そうかもしれん。だが残念だったな、もう外には大人数の警察官が待機してる。逃げ場などあるわけがないと思うぞ、ここで投降すれば俺の権限で罪を軽くしてやるが?」


 ハッタリだった。現場に居合わせただけで本部に連絡などする暇はなかったので、外には警察官など一人もいない。

 それに相手は今まで不運な状況を乗り切ってきたと豪語する男だ。そんな男がいくら障害があろうと逃げることを諦めるだろうか。

 強盗達はそれがどうしたというような不敵な笑みを浮かべて――


「マジかよ……! くそっ、終わった……!」


 ――わりと簡単に諦めてしまった。しかも全員が諦めて武器を落として両膝を床につける。

 逃げることをあっさりと諦めたボスの男に困惑するが、警察官として犯人が捕まるのならば好都合。抗う意思がない強盗達を拘束しようと歩いて近づいていく。


「うがあああ! もう限界だああ!」


 そんな時だ。獅子神が、暴走した。

 元々短気な戦闘狂だ。今まで大人しく座っていたのが奇跡にも等しく、我慢もついに限界を超えてしまった。

 突然の猛獣のような咆哮に全員が驚き、隣に座っていた統真はマズイ展開に冷や汗を流す。

 獅子神は勢いよく立ち上がったと思えば統真の方に顔を向けて、唸り声をあげて言い放つ。


「もう限界だ、十分に待ったぞ……俺と戦ええええ!」


「空気読めええええ!」


 拳を振り上げた獅子神に対して、統真は魔力加速によって素早い一撃を顎付近に叩き込んだ。

 魔導祭の時から地道に特訓して制御は完璧になっている一撃で、吹き飛ばされた獅子神は一直線に警察官に激突した。


「あ……」


 人質だった周囲の人間も、強盗達も何が起こったのか分からない。

 気がつけば警察官は獅子神と一緒に気絶しており、強盗達の障害は消え去っていた。


「うおおおお! すげえな兄ちゃん、俺達を助けてくれたのか!」


「え、いや、そんなつもりは……」


「お前ら急いでずらかるぞ! ああ兄ちゃんも来てくれ、報酬の三割は兄ちゃんのもんだぜ!」


「なんでそんなに親し気なんだ……」


 急にフレンドリーになった強盗達に戸惑いを隠せない。そして警察官を獅子神ごとぶっ飛ばした一部始終を見られているので人質からの恐怖の目線も痛かった。

 この場を急いで離れなければいけない。そう感じた統真はこのままにしておくわけにはいかないと獅子神も担いで、強盗達と一緒に銀行を出ていく。コンテナがある大型トラックの中にも一緒に乗り込んでしまう。


(し、しまった……あのままだと強盗の一味とみなされるかもしれないからつい逃げちゃったけど、素直に説明すれば分かってくれたかもしれないのに。このままじゃ本当に強盗の仲間になっちゃうし、いったいどうすれば……)


 大型トラックは走り出し、コンテナの中で強盗達が興奮気味に叫び出す。


「ウェーイ! 銀行強盗もちょろいぜ!」

「ほんとそれなあ! しかもあの警察、嘘ついてたんだな。外に警察なんかいなかったじゃねえか!」

「楽勝だぜ、なあボス?」


 騒ぐ仲間達にボスである男は咎めるように厳しい言葉を言い放った。


「甘ったれんな! 一度の成功で気が緩みすぎだぞ!」


「す、すいやせん」


「それに今回の成功は兄ちゃんがいたからなんだぜ? もしあの時に助けてくれなかったら俺達は全員牢屋行きだったんだ!」


 仰々しく両手を振ってボスの男は統真に注目させるようにする。


(いやむしろ俺はそっちを望んでいたんだけどね? なにこの最強の助っ人が来てくれたみたいな空気。俺って明らかにさっきまで人質だったよね?)


「しかしあれだな、銀行強盗だってのにこれは少なすぎだ、リスクとリターンがあってねえ。だからお前ら! もう一か所で強盗するぞ! 兄ちゃんは予備の黒ずくめの服装を着てくれ、そのままじゃ身バレしちまうからな!」


(いらないよそんな優しさ! 優しくするなら俺に関わらないでくれよ!)


 立ち尽くしていた統真の足元に強盗達と同じ衣装が用意され、着るしかなくなった。

 この場で全員倒して逃げるのは統真なら簡単だが、強盗達が捕まった時に統真のことを喋るかもしれないし、先ほどの銀行で強盗の補助をしたともう警察に伝わっているかもしれない。つまりこの場で逃げ出すのは得策ではなく、どうすればいいのか分からないので統真は全てをどうにかする方法を考えながら用意された衣装に着替えた。

 これが洋一達が巻き込まれた強盗事件の三時間前に起きた全てである。



* * * * * * * * * *



 状況は一向に改善しない。銀行は強盗達に占拠されたままである。

 金を用意するのに手間取っているのか、まだ強盗達も動かない。


(ああもう、せっかく神谷さんのおかげで引きこもりじゃなくなったのに、今度は家じゃなくて牢屋に引きこもることになりそうだ……! 誰かが隙を作ってくれれば数人程度ならバレないように倒せるけど、強盗メンバーは二十人を超えてる。誰かを倒した時点で裏切りがバレるかもしれない……いや俺は別に仲間じゃないけど。くそっ、誰か……うん? あれって確か神谷さんの友達?)


 強盗する側に回ってしまっている統真も現時点では全く動けない。

 そんな時、洋一はいちかばちかの作戦を考えて笑里達に小声で話しかけた。


「ねぇ、秋野さんに藤原さん、グラヴィーさんも……ちょっと協力してくれないかな」


 三人は一度も洋一に名乗っていない。それなのに名前を知っているのはどういうことかなど、今は追求するべきではないので後で訊くことにする。

 声を出しすぎると話していることがバレてしまうので、全員がこくりと頷いた。


「強盗達を各個撃破するんだ。隙をみて、ばらけさせて、素早く倒せばこの人数なら制圧できるはずだよ。あの強いかもしれない人は後回しにすれば問題ないはずさ」


「おいそこっ! こそこそ何を話してるんだ!」


「す、すいません! じ、実はトイレに行きたくって……この年で漏らすというのは嫌ですし、行かせてくれませんか?」



腕輪「銀行に行くだけなのに何話使うつもりなんですか……?」

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