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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
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236 料理――真心あれば大丈夫――


「あ、ていうか窓ガラス……」


 和猫が吹き飛んだことは本人が許してくれたが、窓ガラスが割れてしまったことは誰も許してくれない。

 校舎はできるだけ壊さないようにとはアムダスの言葉であったか。いくら修復スキルで直すことができるといっても疲れないわけではない。

 一晩かからずに半壊した校舎を修復したとはいえ、それに見合うエネルギーを持っていかれているのだ。

 破片が外に飛び散ってしまい、細かいガラスの雨が降ったのもマズイことである。


「擬態」


 何十枚という長方形の紙が窓枠にはまるように浮かび、あっという間に紙の壁ができた。その紙の壁は少女の言葉とともに見た目が変化していき、隣にある窓ガラスと遜色ない透明度になる。

 驚いた神奈と恵が横を見ると、そこには呆れた顔をしている女性生徒がいた。


「藤堂、お前……」


 女子生徒は藤堂綺羅々という霊能力者だ。

 霊力符がガラスに擬態したことで、割れた窓ガラスの破片さえどうにかすれば証拠隠滅を完了である。

 それに関しては校庭で危ないからと和猫が拾い集めているので問題ない。


「何してるの」


 一言。批難するような目線とともに刺すような言葉が神奈に突き刺さる。

 申し訳なさそうにしつつも目を逸らしてしまう神奈はとりあえず礼だけは言っておく。


「あ、ありがとう。霊力符ってこんなこともできるんだな」


「力の調節はしっかりして」


「そうだな……悪かった」


「ねえ、藤堂さんにも相談があるんだけど」


 空気を読んだのか読んでいないのか、恵が本題へと誘導していく。


「私に?」


 僅かに目が見開かれた。

 綺羅々にとって恵は一度害として排除しようとしたこともある。それなのに友好的に話してくるというのが信じられなかった。

 普段の態度からは想像がしづらいが根っこの部分はいい人間なのだということを、綺羅々は考えた結果結論づける。


「洋一と結婚するためにどうすればいいのかを訊きたくて」


「知らない」


「恵と白部君の仲を深めるためになにかないかってことだよ。今のは恵の言い方が悪いだけだ」


「……なら、料理?」


「料理? あ、いやもしかして弁当か? 確かにけっこういい案だな」


 期待していなかった相手からまさかの妙案が出たことで神奈は内心驚いた。

 洋一の弁当は自分で作っているので、作戦を実行するにはなにも問題はない。

 男は女の手料理に弱いと昔から言われているので効果的だろうと相談した二人は思う。


「しっかし藤堂、最初にそれが出てくるってことはお前も誰か好きなやつでもいるの? それか単純に仲良くなりたいやつとか」


「いない。過去には、いたけど」


「そういうことかよ……まあ方向性は決まったしいいか。恵、ちなみに料理ってできる?」


「うーんとねえ、修行中ってところかしら」


「つまりできないのか」


 目を逸らしながら恵から告げられたが、神奈はオブラートに包まれていた言葉を裸にして呟く。


「よし、なら今日は放課後に特訓しよう! 恵の家で大丈夫か?」


「え、ごめん私の家は無理……というかそこまでしてくれるの?」


「乗りかかった船だしな。まあそっちが無理なら私の家でいいか。放課後、家に案内するよ」


 心の中では洋一に対して謝っているが、たとえ迷惑をかけるとしても恵の強い想いを無下にすることなど神奈にはできない。

 最初は七不思議調査に同行させてもらう口実のためだったが、一緒にいた分、想いの強さを知ったので協力はしてあげたいと思うようになっていたのだ。


「……ありがとうね」


 一日の授業が終わった後。

 珍しく自分の下校についてこない恵に、洋一は明日は天変地異でも起こるのではと不安に思う。

 当たり前のように二人で帰っていたというのに、その日、洋一は高校に入ってから初めて一人で帰った。

 どこかその表情は残念そうなものだったことはムゲン以外知る由もない。



 学校が終わったことで恵は神奈の案内で神谷家に到着していた。

 洋一への弁当を作る練習のために訪れたが、料理の材料は足りるなら冷蔵庫の中身を使っていいと神奈が言ったことで買ってはいない。もしも足りなくなったら買いに行けばいいと考えているからだ。走れば圧倒的速度により移動時間は五秒もかからないので面倒とは思っていない。


「ここが神谷さんの家なの? 表札の名字が違うけど」


「ああ、それは父親のだからな。まあ気にするな、深く考えちゃダメだ」


 表札には上谷という文字が刻まれているので、神谷とは違うというのが不思議だった。

 住んでいる神奈に言われては気にしないようにしなければと、恵は名字の謎を思考からむりやり追い出す。

 家の中に入ってから恵は料理するために、準備として制服の上にエプロンを着用する。

 味を審査する役の神奈はする必要がないのでエプロンはしていない。


「卵、お肉、お魚、野菜もだいたい揃ってるわね。本当にいいの? これ使っちゃって」


 冷蔵庫の中身を見ながら、桃色のエプロンを着用している恵はその持ち主である神奈に問いかける。


「いいっていいって、別にそこにある食材がなくなっても冷凍庫に冷凍食品があるから」


「それは不健康なんじゃ……まあありがたく使わせてもらうからね。それでこの中身で作れる料理ってけっこうありそうだけど、何を作るか決めてなかったわね。どうしよっか?」


「そうだなあ、弁当なんだし簡単な――」


「カルボナーラとか?」


「なんでそこでカルボナーラが出てくるんだよ! 弁当にカルボナーラ入れてる人はあんまりいないからな!? 厚焼き卵とかでいいだろ最初は」


 カルボナーラはあまり見たことがないが、ナポリタンなどが入った弁当は見たことがあるので神奈はパスタを入れることを否定はしない。しかし明らかに料理の練習として作るものではないし、弁当に必須かと問われれば「必要ない」と即答できる。

 同じ卵料理ならば多いのはなんだろうと考えて、一番弁当に入っていそうなのは厚焼き卵だという答えが出た。


「そうね、まずは簡単なものからがいいわよね。じゃあまずは厚焼き卵を作りましょう!」


 厚焼き卵とは、卵焼き器を利用して作る卵を使った定番料理の一つである。

 作り方は料理の中では簡単な方で、まずは卵を割ってボウルに入れて泡立たないように箸でほぐしてから、調味料を入れて溶かすように混ぜる。次に卵焼き器に三分の一くらい入れて焼き、少し固まってきたら奥から手前に向かって箸などを使って巻いていく。そして空いた部分に残りを入れて焼いて巻くということを繰り返せば完成だ。


「それじゃあ作っていいけど火事とかには気を付けてくれよな。とりあえず私はテーブルに座って見てるから」


 まずは料理の腕前を確かめるために神奈は手伝わないことに決めていた。

 恵は慣れない手つきで調理を開始する。卵を割ることにすら苦労していたのは料理をほぼしない神奈も不安になったが、危ないところがありつつもなんとか厚焼き卵を作ることに成功する。


「はぁ、はぁ、できたわ……!」


「厚焼き卵を作っただけで息切れしてるやつ見るのは初めてだな」


 無地の皿に乗せられた厚焼き卵は焦げている部分があったり、崩れている部分があったりと酷い出来であった。

 それでも一生懸命作っていたのを見ていたので、神奈はあまり美味しそうではない見た目のそれを口に運ぶ。


「……なんだろこれ。え? 味うっす……卵本来の味しかしないんですけど。私が食べてるのって生卵じゃないよね?」


 何度か咀嚼して出た感想がそれだ。

 固まった生卵を食べているような味。見た目通りというか、見た目よりも美味しくないというのが素直な感想であった。


「いや本当に薄いんだけど。これ調味料もうちょっと入れた方がいいって」


 その言葉に恵は「あ」とやってしまったという風に声を漏らす。


「調味料入れるの忘れてた……」


「それ忘れちゃダメなやつ! 料理で一番欠かせないやつだから!」


「真心があれば大丈夫だったりしない?」


「そんなわけないだろ、真心よりも調味料を優先してくれよ」


 それから二回、三回と恵は厚焼き卵を作り続けた。

 失敗は一度や二度では終わらない。三度目の正直という言葉よりも、二度あることは三度あるという言葉の方が今回に当てはまる。


 二回目は調味料としてちゃんと醤油を使用していたが、分量を間違えた。


「ごっほぐうぇっへっ! どんだけ醤油入れてんだよ! 口にした瞬間に醤油の味しかしないんですけど!? 今度は逆に卵の味が全くしなかったんですけど!?」


「ご、ごめんなさい。確かにちょっと黒すぎよねこれ」


 三回目の失敗は凡ミスであった。二回目まではできていたのに、卵焼き器に油をしきわすれて卵がくっついて取れなくなってしまったのだ。

 卵が取れた時にはただの黒い塊と化していた。


「あの……なにこれ、ダークマター? これ本当に卵だったの? 炭じゃないこれ? さすがにこれは食べないぞ」


「今度は真っ黒ね……ごめんなさい」


 四回目。ついにごく普通の厚焼き卵を作ることに成功した。

 ただ一般的なレベルになれただけだというのに、恵の目からは感動の涙が溢れている。


「う、うう、ついにできたわ……私の最高傑作が」


「厚焼き卵が最高傑作って言ってるうちは弁当作れなそうだな。まあいいか、いただきます」


 最高傑作だという厚焼き卵は全てが普通の味であった。

 調味料も多すぎず少なすぎず、卵も固すぎず焦げてもいない。それが普通の厚焼き卵だ。

 食べている神奈を恵は息を呑んで緊張しながら見守る。


「うん、ようやく食べられるやつが来たな。合格点だよ」


「やったあああああああ! 認められたああああああ!」


「大袈裟すぎるよ。恵がいまいるのってスタートラインだからな? まだ何一つ始まってないからね?」


 大会に優勝したかのような叫びを上げて、号泣しながら膝から崩れ落ちる。

 しかし神奈の言う通り恵の料理上達への道は始まったばかりである。


「でもあれなんだよなあ、今が美味しくても冷めると味が落ちるよなあ……」


 神奈の呟きに反応したのは腕輪だ。


「それなら卵を混ぜるときにマヨネーズを足してみてください。時間が経ってもふわっと柔らかいままの厚焼き卵ができますよ」


「お前、主婦か?」


 誰もが忘れがちであるが、腕輪の知識は図書館以上である。ちょっと工夫する厚焼き卵の作り方など元から知っているのだ。

 腕輪の助言を聞いた恵はもう一度作ると宣言し、その日の神谷家の夕飯は厚焼き卵のみとなった。

 これからもせめて弁当を作れる程度になるまで、神奈と恵の料理特訓は続いていく。



腕輪「みなさんも料理には真心だけじゃなくて調味料も入れましょうね!」

神奈「だからそれ普通のことだよ!」


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