235 恋愛相談――伊世高校ガールズ――
伊世高校一学年教室。
春の暖かさも徐々に夏に近付いてきた頃。
朝のホームルーム前、恵が神奈に話しかける。
「おはよう神谷さん。いきなりなんだけど相談があるの」
珍しいこともあるもので神奈は恵から相談を受けることになった。
特に拒否する理由もないし、恋愛の手伝いをすると過去に言ってしまっているので受けるしかない。
「おはよう、それで相談って?」
「この前に生徒会室で奇跡の婚約指輪をつけて、洋一との結婚は決まったんだけどこれからどうすればいいのか分からなくて……」
「いや決まってないからな? あれは迷信だから、そういう結論になったから」
迷信じゃないとすれば神奈と速人も結婚の未来が確定してしまう。
それだけはどうしても神奈としては嫌であり認めたくない。洋一も迷信だという可能性を信じている。
「でも七不思議の件が終わったんだし、そろそろこっちも先に進まないとな。正直今の白部君から恵への好感度かなり低いだろうからヤバいしな」
「え? 何言ってるのよ、別に何も変わってないけど」
「あの指輪の件で好感度下がってなかったら相当すごいな……」
むりやり結婚させるというようなやり取りをして何も思わないわけがない。
洋一の好感度が上がることだけはなく、下がっているはずだと神奈は思っている。
「……うーん、でも次かあ。私も恋愛経験ないからなあ、ちょっとこういうのは得意じゃないんだよ」
返事はオーケーではないが告白をした。
嫌がられはしたが婚約指輪もお互いつけた。
いつも異様なほどに付きまとっている。
これだけでもう二人の仲は終わっていてもおかしくないが、洋一が善人すぎたこともあってなんとか関係は継続されている。もしも洋一以外だったら友人関係は切られるし逆に誰かに迷惑女として相談されてしまうだろう。
しかしそういったことを気にしなければ、告白もしているので次といわれてもピンとこないのだ。
本人も言っているが、恋愛経験がほぼないに等しい神奈では難易度が高い相談である。
「えぇ、でも手伝ってくれるっていったじゃない」
「分かってるよ、別に協力しないとは言ってない。だが考えても何も思い浮かばない! こうなったら……」
「こうなったら?」
「別の誰かにも手伝ってもらおう」
「別の、誰か?」
「そう、まあようするに知り合いの女子だ。とりあえずこのクラスの連中に聞いてみよう。ただし知り合いに限る」
知り合い以外、つまりまだ話したことすらないクラスメイトに相談しても、いきなりなんだコイツと思われるのがオチである。
きちんと話してみれば協力はしてくれるだろうが、あまり恋愛事をほんとうに知らない人に話すのは勇気がいる。道ですれ違った人にいきなり「実は恋愛相談があるんですけど、協力してください」などと言うようなものだ。
そこでまずこの学校にいる交流を持った女子生徒を頼ろうというのが二人の結論だった。
「というわけで海梨に協力してほしいんだけど」
初めに声を掛けた相手はつい最近出会った海梨游奈である。
一学年で游奈は唯一だろう彼氏持ちの女子生徒だ。
恋愛関係の話を相談するならば彼女がいいだろうと二人の意見は一致していた。
「ふふ、いいわよ。鷲本さんにはあのとき私達の喧嘩を止めてくれた恩があるしね。なにより恋する乙女の味方には無条件でなると決めているの」
「よろしくね、海梨さん」
「恋人になる方法なんて簡単よ、どうしてみんな実行しないのかっていえばそれは心のどこかで迷っているからなの」
神奈と恵は「おぉ」と感心したような声を出す。
「さすがに彼氏持ちは違うな。その方法ってのはなんなんだ?」
「簡単な話よ。寝込んだところで性行為を――」
「はい却下! やっちゃダメだからなそんなこと!? よい子は真似するなよ!? ていうかもしかして大塚君と付き合うようになったのってそういうことなの!?」
「彼ってば奥手だから……全部私がやらないといけないの」
「そりゃそうだろうね相手寝てるんだから! ああもう、相談する相手間違えたなこれ……」
提案されたのはグレーゾーンを通り越して真っ黒だったので、神奈達は游奈に頼るのをやめた。
游奈から離れていると恵は真剣な表情で呟く。
「うん、考えてみたけどやっぱりダメね。洋一は両方義足だし負荷を掛けるのはよくない、しっかりと本人の許可を得ないとダメだわ」
「考えるまでもなくアウトなんだよ。そんなことしたら絶交されるかもしれないから気を付けろよ?」
唯一の彼氏持ちである游奈が当てにならないとなると、神奈達の相談相手は一気に不安しかなくなる。
いや、そもそも游奈であっても神奈はあまり当てにしていなかったのだが。
「あっのお、神谷さあん、なんの話をしてるんですかあ……にゃん」
「さて、次は藤堂か。あんまり期待はできないな」
「神谷さん? なんだか後ろで深山さんが話しかけてるんだけど」
「さて、次は藤堂か。あんまり期待はできないな」
「繰り返し!?」
神奈の背後では黒い猫耳と尻尾がついている女子生徒が話しかけていた。
深山和猫。彼女は神奈と一応知り合いに分類される。
初めて会った時は宝生中学校の文化祭であり、次はミヤマ温泉という和猫の実家に宿泊したこともあるのだ。
語尾に「にゃん」という言葉がついたり、つけ忘れて後からつけ足したりなどが、キャラが固まっていないと神奈があまり好きではない部分である。
面倒そうな顔をしながら神奈は振り返って口を開く。
「なんだよダメイド、学校じゃさすがにメイド服じゃないみたいだな」
「それはそうですよお~学校じゃあ許可が下りなかったのでにゃん」
「許可取ろうとしたのかよ!」
神奈と和猫は知り合いであると判断して、恵は小声で神奈に相談する。
「ねえ、深山さんにも相談してみましょうよ。興味持ってたみたいだし」
「えぇ……地雷臭するよ、こいつ絶対恋愛経験ないって。大した案なんか出てこないって」
「ダメ元でもいいんでしょ? それならいいじゃない」
相談してみるだけなら構わないかと神奈も思い、嫌な顔をしつつ問いかける。
「なあダメイド。実はこの隣にいる恵が恋愛相談したいって言ってるんだが、お前そういうの大丈夫か?」
「大丈夫にゃんよ、この私にどーんと任せてほしいにゃん!」
「具体的には?」
「まずメイド服を用意するにゃ、これさえやれば男にゃんてイチコロです。にゃん」
神奈と恵はお互い顔を見合わせる。
自分達は恋愛相談をしていたはずだった。それならばなぜメイド服という単語が出てくるのか理解できなかったからだ。
しかし自信たっぷりな和猫は話を続ける。
「男はメイドに奉仕されて喜ぶ生き物にゃ。メイド喫茶の需要はまさにそこ! 家に着いてドアを開けると待っているのは自分を待ってくれていたメイド! 料理や洗濯、自分の体を含めた掃除までしてくれるメイドに惚れない男なんていにゃいにゃん! そこに猫耳と尻尾もつければ店でトップも狙えるにゃよ、さあ! あなたも一緒にウチの旅館で働くにゃん!」
「ただの勧誘じゃん! しかもなんでメイド喫茶じゃなくて温泉旅館で働くんだよ!?」
「ウチはメイドオッケーにゃん」
「オッケーじゃねえよ! 老舗旅館じゃなかったっけ!? なあ恵もなんか言ってやれよ」
呆れた神奈が隣を見ると、恵が恥ずかしそうに人差し指を合わせながらもじもじしていた。
頬をうっすらと赤く染めて恵は小さな口を震わせる。
「おかえり、なさいませ……ご主人、様?」
「それにゃああああ! これは一年に一人の逸材にゃ! 次はもっと恥ずかしさはそのままに相手を見上げるように挨拶を――」
「変なこと教えるんじゃねえよ! それに一年に一人ってすごいのかすごくないのか分からないし! とにかくどっか行けえええ!」
軽く鼻血を垂らしながら興奮気味に叫ぶ和猫を、神奈は勢いよく殴り飛ばす。
殴られた瞬間に和猫は吹き飛び、窓を突き破って地面に落ちていく。
三階から人が落ちたことで神奈の頬は引きつって青ざめていく。
「あ、やばっ……!」
「ちょっ、何してるのよ神谷さん! 生徒殺しは厳禁だって言われたじゃない!」
死んだかもしれないと教室内がちょっとした騒ぎになる。
入学式で生徒を殺すのは厳禁だと言われているために、処罰があるのは確定であるし警察に逮捕されることも確定だろう。
そのとき教室内にいた生徒のほとんどが窓際へと駆け寄って和猫の無事を確かめようとする。
「いっだいにゃあああ! 私じゃなかったら死んでたかもしれないにゃああああ!」
校庭にて頬を押さえてゴロゴロと転がり続ける和猫の姿が発見された。
死んだのではと思った生徒達はホッと胸を撫でおろして、すぐに元いた場所に戻っていく。
「いや生きてんのかよ! でも生きててくれてありがとう! そんでけっこう力入れて殴っちゃってごめん!」
「今度猫耳メイドのかっこうしてくれたら許しますにゃああ!」
予想外の要求がきたことにより神奈は動きが固まる。
少しすると動き始め、ぎこちなく、それでいて裏声で言い放った。
「……す、するする! たぶんするから許してくれ!」
「なんか絶対しなさそうな返事ね」
今日まで短い間であるが、友達付き合いして初めて神奈に対し呆れた恵であった。
腕輪「日常パートは平和でいいですねえ」
和猫「いや全くよくないにゃ! 私めちゃくちゃ痛かったのに!」
腕輪「神奈さんの一撃をくらってよく無事でしたね。どれどれ、ルカハ……これは……何かの見間違いですかね。あなたの数値がとんでもないことになっているんですが? いやこれ絶対に痛くなかったでしょ、あれ演技なんじゃないんですか?」




