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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
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234 迷信――面白いかもな――


 仕事を手伝わなければ奇跡の婚約指輪を見ることすら叶わないので、神奈達は渋々手伝うことにした。

 生徒会の仕事といっても大変な仕事ではない。喧嘩の仲裁などは神奈達からすれば楽なものだろう。

 しかし手伝ってほしい仕事内容は物理的な喧嘩の仲裁ではなかった。

 ついさっき、一学年の男女二人が口喧嘩しているという情報が入ったらしく、それを解決してほしいと明日香は告げたのだ。


 内心、神奈はふざけるなと怒鳴りたかった。

 男女の口喧嘩といえばたいていが恋人間によるもの。そしてそんな痴話喧嘩に割って入る度胸などなかったからだ。

 当人同士で解決してほしいという思いが強く、乗り気ではなかったが、目的のために仕方ないと思いながら三階へと上る。


「誠二君のバカ! どうせ私のことなんて好きじゃないんでしょ!? こんなことなら海から出なければよかった!」


「お、落ち着けよ游奈……そろそろ怒ってる理由が知りたいんだけど」


 向かった先にいた男女は一学年なのだから当然であるが、神奈達のクラスメイトであった。

 海梨游奈と大塚誠二。游奈は自己紹介の時に自分は人魚ですなどとインパクトの強いことを言った女子生徒である。

 誠二はその次に自己紹介した男子生徒であり、種族自己紹介の流れを作り出した猛者である。

 二人が付き合っていたのは入学当初からで、同じクラスで過ごしていく内に誰もが悟った。


「誰かと思えばバカップルかよ……」


 バカップルというのが一学年全体からの認識だ。

 昼休みにはお揃いの弁当箱を取り出し、全てをお互いが食べさせる。

 授業中では前と後ろだというのに机をくっつけて一冊の教科書を見せ合う。ちなみにその時は游奈が後ろを向くので、教師に対して背を向けるという非常識な態勢になっている。

 登下校はもちろん同じであり、いつも一緒にいる仲がいいカップルなのだ。


「ちょ、ちょっとあの中に入る勇気はないかな……」


 頬をひきつらせながら洋一は呟く。それに神奈も同意する。


「だよなあ、あの中に絶対入りたくないんだよ。たぶん会長も分かってて嫌だから私達に任せたんだろ」


「大丈夫、私は入れるわ。それにお似合いだったカップルが別れるところなんて見たくないしね!」


 怖気づかなかった恵だけが喧嘩中の二人に駆け寄る。


「ちょっと二人共! 何があったのか知らないけど冷静に話し合って!」


「誰よあなた、は……鷲本さん」


「確か同じクラスだよな、いつも車椅子の男子に言い寄ってる」


「いったい何があったのよ、二人って私と洋一には負けても仲睦まじいカップルだったじゃない」


 その発言に少し離れて見ていた洋一が「僕達はカップルじゃないよね?」と口に出していたが、その声は隣にいた神奈にしか聞こえていない。

 このまま恵にだけ任せていると二次被害が発生するかもしれないので、神奈と洋一は急いで三人の元へと向かう。


「まあ恵の言う通り、何があったんだ?」


「神谷さんに白部君まで……いいわ、話してあげる。どうせなら三人に判断してほしいの、この私の怒りが正当なものなのかを」


 神奈達はどんな理由がきても冷静になれるように心を落ち着かせる。


「これを見て」


「携帯? それがなんなんだよ、ってかそれ俺のじゃん!」


 とられていたことに気付いていなかった誠二はズボンのポケットを慌てて探る。

 そんなことをしても探し物はすでに游奈の手の中にある。

 游奈が見せたのは誠二の携帯の通話履歴だった。

 数日に渡って【マリア】という女性のような名前の人間と通話しているのが分かる。


「マリアって女よね、つまり浮気よね!?」


「なんっ!? それで怒ってるのかよ!」


「怒るわよ、浮気でしょ!? ねえ三人はどう思う? これ浮気よね?」


 神奈と洋一は呆れるような気持ちになる。

 ただ異性と通話していただけで浮気扱いされていたら、この国には浮気している人間がどれだけいるのだろうか。

 誠二も予想外な理由だったために驚愕している。


「当たり前でしょ、これは浮気よ! 知らない女と話してたらそうに決まってるわ!」


 しかし恵だけは游奈の味方をした。


「いや何そっちの味方してんだよ! こんなもん浮気の内に入らないだろ!?」


「神谷さんは女としてまだまだね。恋人の携帯からは異性のメルアドとかレインとか電話番号は全て消すのが常識。それなのに通話しているということは浮気目的ということ!」


「そういうこと!」


「いや何がそういうことだ、ふざけんなこのヤンデレ共が!」


 仕事関係だったり色々可能性はあるはずだが、恵と游奈に何を言っても無駄だと神奈は悟ってしまう。

 反論しようにも恋愛経験が薄い自分では無理だと、他の二人を見るが反論できそうにもない。

 だが反論ではなく、正論ならば口に出せる。


「大塚君、このマリアって人は誰かな。出来るだけ詳しく教えてくれないと、この修羅場は切りぬけられないよ」


 恵と游奈は浮気だと決めつけているが、理由ある電話ならば弁解のチャンスはあるのだ。

 しかし、誠二は答えるのを躊躇ってしまう。


「……いや、言わなきゃダメなのか?」


「やっぱり浮気だ! もう私、実家に帰らせていただきます!」


 ついに游奈は話すのを止めて帰ろうとするが、それを誠二が肩を掴んで止める。


「ま、待て待て! 実家に帰ったら消滅するだろうが!」


「いやどんな実家だよそれ!」


「人魚ってのは一度海から陸に上がったらもう二度と海に戻れないんだよ、そういう種族らしい。つまり実家ってのは海の中で、游奈は帰ろうと海に潜った瞬間に消滅しちまうんだ」


「人魚って本当だったのかよ!? じゃあもしかして他の連中が言ってたのもギャグじゃなくて本当のこと!?」


 自己紹介で出た種族は人魚と人間だけではない。

 天使や悪魔、人造人間や獣人など様々な種族を自称している者達がいた。

 もしも人魚というのが事実ならば、他の生徒達のも事実だということになると神奈は頭が痛くなる現象に襲われる。


「大塚君、本当にこれでいいのかい? マリアというのが誰かは知らないけれど、ここで話さないことを後悔しないのかい? 選択は君の自由だけれど、僕は話した方がいいと思う」


「……ああもうしょうがねえか」


 誠二はそう呟いた時、掴んでいた肩がビクッと小さく揺れたのを感じた。


「いや、聞きたくない!」


「いいから聞け!」


 掴んでいた小さな体を誠二は強引に振り向かせる。

 そして改めて両手で肩を掴んで、一歩近づいて至近距離で話し出す。


「マリアさんってのは俺のバイト先の店長だよ! ケーキ屋のな!」


「じゃあバイト先の店長と浮気を……」


「ちっげえよ! 游奈、もうすぐ誕生日だろ。俺達が出会って一年の記念日ってのもあるし、何か特別なことしたくてさ。でも何も出来ることなくて、ならせめて誕生日に食べるケーキだけでもすげえのにしたくて! どんなのがいいかマリアさんと相談してたんだよ! 何回も通話してんのは見た目がなかなか決まらなかったからなんだよ!」


 聞きたくなかった理由を聞いて、実際は違ったと游奈は気付く。

 驚いて、少し潤んでいた目を見開く。


「……じゃあ、私の、ため?」


 そのか細い泣き声のようなものに、誠二は照れくさそうに返す。


「そうだよ……游奈のためだ。サプライズにしたかったけどもう意味ねえよな。それに俺が游奈以外の女に手を出すわけねえし、出す度胸もない。俺の女は游奈だけだから……それだけは覚えとけよ」


 誠二は肩を掴んでいた手を放して、游奈の零れそうな涙を拭った。

 そして二人の唇の距離はだんだんと近づいて――


「おい」


 ――秒に満たない時間で元に戻る。


「ふざけんなよ甘い雰囲気出しやがって。痴話喧嘩だか何だか知らないけどな、お前らいい加減にしろよこのバカップルが。これ以上イチャつくなら他所でやれよ」


 そうなったのは、明らかに苛立っている神奈の低い声が響いたからだ。


「あ、ああ、わりぃ……でもそんな怒る?」


「怒ってないよ、うん全然怒ってない。すっごいくだらないことに巻き込まれちゃったなあとか、このバカップル爆発すればいいのにとかぜんっぜん思ってないから」


「いや怒ってんじゃん、めっちゃこええよ! なに俺なんかした!?」


「うるさい! とにかく三秒以内に学校から出てけよ! そして爆発しろ!」


「わ、分かった出てくよ、でも爆発はしねえよ! 明日も無事で来てやるからな、覚えてろよ!」


 全く悪くないというのに、まるで悪役の捨て台詞のようなことを誠二は叫ぶ。

 游奈の手首を掴んで、本当に三秒以内に学校から出ていったことは誰も知らない。


「神谷さん……」


 どこか普段と違う神奈を心配そうに見つめる洋一だが、異変は終わっていなかった。


「うあああああ甘い甘い甘い甘い……! これは帰りにマインドピースに寄ってていかないと……」


「お二人ともすいません。神奈さんはあまりに度が過ぎる甘い空気になると寒気がして、苛立ってしまうんです。色々気難しい年なので、そっとしておいてあげてください」


「うるさい保護者かお前は!」


 腕輪からフォローがあったものの、神奈は苛立ちからボケでもないのにツッコミを入れる。

 そんな神奈を見ても洋一は引くことなく、いつもの優しい笑みを浮かべて口を開く。


「とりあえず、仕事は終わったし生徒会室に戻ろうか」


「そうね! ようやく指輪をつけられるのね!」


 恵も通常運転であったことが幸いであった。

 暴走した神奈は短時間で元に戻り、洋一達に暴走気味だったと謝った。

 謝られた洋一も「実は僕も少し苛立ってたから」と慰めのような、優しい言葉をかける。


 生徒会室に戻ってきた神奈達は、明日香に手伝いは終わらせたと報告する。

 遅刻による反省文を書いていた速人は反応せず、明日香は何かの書類を見ていたが報告を受けて満面の笑みで神奈達をいたわった。


「お疲れ様でした。うまくいってなによりです」


「それはどうも……じゃあさっそくですけど指輪を見せてください」


「はい、そう言うと思っていたので用意してありますよ」


 明日香はいくつもある机の引き出しから大きめの箱を取り出して、神奈達に見せるように置く。

 中を開けるとクッションに包まれた指輪が二つ入っていた。

 鮮やかな赤色と青色の指輪だ。蛍光灯の光が反射する鏡のような性質を秘めている。


「これが七不思議その六。指輪を付けた者同士が将来結ばれるといわれている奇跡の婚約指輪です。一応貴重な物なので紛失はさけて――」


「わああぁ、これが婚約指輪……洋一、ちょっとだけつけてみてよ!」


 説明が終わる前に、きれいに光る指輪を二つとも恵が手に取った。

 そして嬉しそうに青い指輪を洋一に手渡す。


「えっと、僕がつけるの? というか進藤会長、これってつけていいものなんですか?」


 困惑気味に問いかける洋一に明日香が答える。

 そのこめかみには説明を最後まで聞いてくれなかったことへの怒りで青筋を浮かんでいた。


「なくしたり汚したりしなければ問題ありません。多少の汚れならば洗えますし」


「そうなんですか。じゃ、じゃあ滅多につけられないものだしつけてみようかな……」


 少しホッとした洋一は左手薬指に指輪をはめてみた。

 どことなく宝石のアクセサリー類を身につけていると大人になった気分になる。

 新鮮な気持ちで少し興奮していた洋一に、悪魔の左手が伸ばされた。


「ふふふふふ、よく似合ってるね洋一。私も似合ってるでしょ? この赤い指輪」


 恵が青い宝石と対になっている赤い宝石を身につけていた。

 奇跡の婚約指輪は男女が身につけると将来結婚するという噂がある。そのことを思い出した洋一はすぐに頭が冷えて顔が青ざめた。


「ちょっ、めぐみ、それ」


「これで私達は将来夫婦になるのね。ふふふふふふふふ」


 その顔は明らかに罠にかかった獲物を見て笑っていた。

 指輪をつけさせたのは恵の罠だ。全ては洋一との関係を進めるための卑劣な罠だったのだ。


「な、なんてことするんだ……もしも噂が本当だったら」


「私はぜんっぜんいいのよ? むしろ大歓迎だからね」


「そ、そんな、バカな……」


 洋一は愕然とし項垂れて、焦点が定まっていない目をしながら指輪を外す。


「あれ? もう外しちゃったの? なあんだ残念、もうちょっとつけてたかったのに」


「う、うう、僕だけ不公平だ。か、そうだ神谷さん……神谷さんもつけてみてよ」


 勢いよく顔を上げて洋一は死人のような表情で指輪を神奈に差し出す。

 さすがに怖かったので何も言えずに受け取るしかなかった。


「恵、その赤い指輪を隼君に渡してくれ。男女でつけないと意味がないからね」


「分かったわ、ほら話は聞いてたでしょ? 受け取りなさい」


「ちょっと待てえええ!? なにしてんだよっ!?」


 指輪を外した恵は速人へ投げ渡して、それを速人は見事に片手で見もせずにキャッチする。

 神奈はこれから起こる最悪の事態を想定して叫ぶが洋一に腕を掴まれて息を呑む。

 向けられたのは無言なのに今までで一番の優しい笑みだったからだ。


「ちょっ怖い怖い、なんかその表情怖いから! なんかごめん!」


「ふん、くだらんな。お前達は噂を鵜呑みにしすぎだ、あんなものは迷信に決まっているだろう。しょせんどこぞのバカの作り話にすぎん」


 遅刻の反省文を書き終わった速人は嘲笑する。

 その反省文の用紙は本人が思ってもいないことでぎっしりと文字が埋まっていた。


「そうだよね! 迷信だよねこんなの!」


「白部君テンションおかしいぞ……」


「今から、いや証明するのは五年以上後になるだろうが、迷信だということを証明してやろう。神谷神奈、指輪をつけろ。俺達がつけて夫婦にならなければ噂はしょせん噂だと証明できる」


「なるほどね、それは面白いかもな。お前と結婚なんてするわけないし」


 そう言うと二人は指輪を左手薬指に同時にはめる。

 はめたからといって何かが起こるわけでもないので、数秒経ったら外して机の上に置く。


「……でももしも、いや、ないな。ない、よな?」


 面白がって指輪をはめた神奈だったが、万が一の可能性が脳裏をよぎっていた。

 とにもかくにも神奈達はこれで伊世高校にある七不思議全てを調査し終えたのだった。



腕輪「な、なんですかこのフラグみたいな……まさか本当に」

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