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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
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232 追跡――どこまでも――


「私達はこの学校のことを怪しいと思っていたから、まずは身近なところの七不思議を解決していこうと思ったんです」


「ああなるほど、怪しいよね、それは分かるよ。なんせ学力じゃなくて強さを重要視している学校なんてウチ以外じゃないだろうからね」


 強さを重要視しているだけならメイジ学院も同じだったというのは言わないが、推薦状を送ったことが何よりも怪しさを出したということは口に出した。

 メイジ学院はネットで軽い募集はかけていても推薦などはしない。対して伊世高校はいきなり自宅のポストに推薦状が入れられるのだ。

 今まで知りもしなかった高校から、強さという点で推薦されるのだから不気味でしかない。


 そういったことを怪しまれた結果、神奈や洋一がこの学校に来ることになったのだ。

 神奈は神音から、洋一はムゲンから、頼まれれば断りづらい相手から頼まれたので調査を引き受けるしかなかった。


「それで今まで解決したのは七不思議その一、夜中に廊下を巡回している勇者。これは校長のことだと今日分かりました。その三、これもついさっきいた異世界メイザースのことです。その四、これはただの腹痛の生徒でした。その五、音楽室の幽霊は成仏したので解決です」


「ほう……この学校色々あったんだな」


「いや校長は知っとけよ、自分の学校だろ」


「その六の奇跡の婚約指輪はまだで、その七はないから調べる必要がありません」


 洋一の報告を聞いていて、アムダスは違和感に気付いた。


「あれ? 七不思議その二はどうしたのさ? 七不思議なんだから七個あるんだろ?」


「いやその七がないから七個はないですよ。その二は、夜中に廊下で勇者に追いかけられている犬がいるって――」


「ああなるほど、犬か。君達は関わらない方がいい、あの犬は危険だからね」


 七不思議その二のことを聞くと、アムダスは瞬時に理解してもう止めるように言う。

 その表情はどこか焦っているようにも神奈には見えた。


「いえ、おそらくはそうじゃないかなって犬とは会いました。それで追いかけられたので異世界に行って――」


「なんてこった……追いかけられただって……」


 アムダスは突然片手で顔を覆いながら立ち上がる。

 そして洋一の方を見て問いかけた。


「その犬、赤くなかったか?」


「え? ええはい、赤くて小さい犬でしたけど」


「なんてこった……本当に会ってたのか……」


 その直後、神奈達は驚愕することになる。

 座る時に邪魔だったので机の横に立てかけていた背中の大剣を手に取って、それを構えたのだ。


「その犬、神をも喰らう犬(ゴッドイーター)っていうんだけれど……一度マーキングした獲物のことを食べるまでしつこく追いかけてくるんだよ」


「こ、校長先生? 確かに追いかけられたけど、異世界に置き去りにしてきたのよ? だからもう――」


 四人は異常を感じ取って立ち上がり、一歩引く。

 洋一のことは恵がしっかりと立つのに手を貸していた。


「マーキングっていうのはあの犬の場合特殊でね、食べたい相手を舐めるんだ。そしてその時に奴にしか感知できない物質が染みこんで、それを追ってどこまでも追跡してくる」


「だから私ばっかり……」


「だけどそれは相手が生きている時の場合だ。もしも死んでしまえば奴は追うことを止める。こんな噂がある、神をも喰らう犬は実際に神を喰らってその名前になった。そしてその神はどんな世界に逃げても、神が住む場所に逃げても追われ続け喰われたという」


 アムダスは大剣を構えたまま足腰に力を入れる。それだけで周辺の空気が緊張して震え、振動が神奈達に伝わる。


「俺は生徒を親御さんから一時的に、朝から夕方まで預かっている身。生徒を守るということが今の使命の一つであり、そんな噂がある危険な生物を駆除するのも使命だと思っている。そしてそんなでたらめな生物だ、噂通りなら獲物が生きている限り違う世界に閉じ込めた程度では追ってくるだろう」


「ま、まさか……校長先生! 恵を殺すつもりですか!? 彼女が死ねば危険がなくなるから? そんなの噂じゃないですか、そんなことのために彼女の命を奪うというのなら……僕はあなたを倒さなければいけないことになる……!」


「スキル〈身体(フィジカル)能力(アビリティ)向上(ブースト)〉。スキル〈感覚鋭化(シャープセンス)〉。スキル〈絶つツルギ〉」


 攻撃するためか、アムダスはスキルにより能力を向上させていく。

 身体能力は上がり、全ての感覚は鋭くなり、その大剣の切れ味は全てを切り裂くほどになる。

 さらに校長室の入口真上に亀裂が入った。天井にではなく、空中にだ。


「くっ、十パーセント……!」


 洋一は魔力をむりに引き出し、速人は刀を抜いて、神奈も魔力を拳に集めていく。

 まるで読み合いのように静かな時が流れ、入口付近の亀裂が広がった瞬間にアムダスが駆けた。


「……え」


 アムダスは恵の横を駆け抜けて、剣を振る態勢に入る。

 その速度は神奈や洋一にも辛うじて捉えられるレベルであったが、剣の向く先が恵ではないことに気がつく。


 空中にできた亀裂がさらに広がると、突然噛み砕かれる。

 噛まれたのは生物ではなく……空間だ。

 人間が入ってしまいそうな空間を噛み砕く大きな口が現れて、閉じた口がまた開かれる。


 噛み砕かれた空間には漆黒の新たな空間が見えていて、それがあの生物の口内だということはアムダス以外誰も気づいていなかった。


 赤い体毛が僅かに見えるが気にならないほどに大きな口が進み、それに続いて不相応であるが両手に乗るような小さな体躯が出てくる。


「スキル〈轟破斬(ごうはざん)〉」


 全く見えていない恵の背後で、アムダスは大剣を現れた口の横に目掛けて薙ぎ払う。

 その時に視界から消えたと認識した速人も振り向いて何があったのか理解する。

 衝撃が校長室だけでなく、学校周辺にまで轟音とともに響く。


 巨大な口を切り裂こうと大剣は振り抜かれたが、全てを切り裂くことはできずに真横へと吹き飛ばす結果となる。

 校長室の壁だけでなく校舎そのものを破壊しながら突き進んでいく。

 学校が半壊した轟音で、ようやく恵も何が起きたのか気付いて振り返る。


「言っただろう。生徒を守ること、危険な生物を駆除することも使命だと思っているとな」


「助けて、くれたの?」


「だが終わっていない。予想以上に硬かったのでね、俺の剣じゃ頬を斬ることくらいしかできなかった」


「お礼は後でにしておきますよ校長先生! 神谷さん、行こう!」


「そうだなって言いたいところだけど、白部君は休んでてくれ。今はまともに戦えないだろ」


 そう言うと神奈は吹き飛んでいった神をも喰らう犬を追うように走る。

 神をも喰らう犬は意外にも伊世高校の敷地内で止まっており、剣で斬られたことを悟ると滅多に見せない怒りを顔に出していた。

 炎に包まれた時すら怒りはしなかった。その時は無傷だったことが一番大きいが、今回は傷つけられたのだ。


 目は赤く光り口を巨大化させていく。

 どんどん大きくなっていく口は三階建ての校舎に噛みつけるほどに大きくなっていた。


「おいおい、シャレにならない大きさだぞ!」


「気に入らないものを食べてしまう、それも奴の特徴の一つだよ」


「校長……! 隼……!」


 大きくなりすぎている口を眺めていると、神奈のすぐ近くにアムダスと速人がやってくる。

 恵は力不足だと悟っていて、洋一は右足のこともあるので神奈達三人に任せることにしたのだ。

 任せるといっても洋一は恵を庇うようにして立っている。


「そんなに食欲旺盛ならこれをくれてやるよ! 体に悪いけどな!」


 そう叫びながら神奈が両手から放出したのは、巨大な口と同程度の大きさである魔力弾だ。

 神をも喰らう犬は校舎を噛み砕きながら進み、その魔力弾も一緒に呑みこんでしまう。

 しかし魔力弾を喰らったというのになんのリアクションも起こさない。速度を落とさず校舎を砕いている。


「え、ちょっ、なんの反応もなし?」


「奴の口内は異空間に繋がっている、魔法だろうがなんだろうが呑みこんでしまうんだ。それで腹が膨れるのかは知らないが、とにかくこれ以上校舎を破壊させるわけにはいかない! 修復が面倒だからね!」


 既に校舎の三分の一を呑み込まれてしまっている。

 アムダスはその破壊を止めるべく、大きく跳び上がって大剣を振りかぶる。


崩剣(ほうけん)!」


 そして振り落とした大剣は神をも喰らう犬の鼻下に直撃し、地面に陥没させて動きを止めることに成功した。

 崩剣は斬ることよりも叩くことを優先させている技なので、斬撃技より打撃技に入る。

 叩いたからこそ、その手に伝わるのは神をも喰らう犬の金属すら超える体毛の硬さだった。

 以前から神をも喰らう犬を追っていたアムダスだが、戦闘形態になると体毛が硬質化することを知らなかったからこそ驚愕する。


「か、硬い……! この毛一本一本が……!」


「神奈さん、どうやらあの毛は硬質なものに変化しているようです。そのうえ魔力そのものが弾かれて魔法は効果が薄いようです」


「逆にいえば毛さえなんとかなればいいんだな? 隼、お前はあの毛を斬ることができるか?」


「誰にものを言っている、あんな犬如きの体毛など俺からすれば紙も同じだ!」


 陥没していた神をも喰らう犬は再び巨大な口を広げて、神奈達を校舎ごと噛み砕こうとする。

 その前に速人が素早い動きで口の上に飛び乗って、走りながら刀を構える。


「絶・神速閃!」


 勇者の一撃にも負けない全てを絶つ一撃が放たれて、神をも喰らう犬の鼻先から額までの体毛がばっさりと斬られた。

 一度の剣閃では生い茂っている体毛のなかに一本の道ができた程度であり、速人は今度はそれよりも上の技を出そうとする。その技ならば体毛をすぐに刈れる思い、刀を静かに構えて深呼吸する。


「ふぅ……最終奥義、極――」


「超十文字斬りいいいいい!」


「し……は?」


 そして技を出そうとした瞬間。アムダスの大剣が縦と横に一回ずつ振られ、それを合計十セットやった超十文字斬りが放たれたことにより、神をも喰らう犬の体毛は顔の部分だけかなりハゲが目立つようになった。

 速人達の狙いに気付いたアムダスの判断は早く、速人の出番を奪ってしまっていた。

 もちろん体毛だけを斬るつもりではなく、顔面も斬りつけてやろうとしていたが毛だけではなく顔の方も頑丈であり斬ることは敵わない。


「今だあ! 何かあるんだろう!?」


「あるんだよ! とっておきの技がなあ!」


 神奈は毛を斬られて怒っているのか吼えている神をも喰らう犬の上空にまで跳び、両手を後ろに突き出す。

 手のひらからは魔力加速が行われ、制御できるレベルで急加速した神奈は右手だけを高速で前へ戻そうとする。右手には魔力が瞬時に集められていて、濃い紫色の輝きを放っていた。


「超魔加速拳!」


 光は流れ星のように落ちていき、神をも喰らう犬の体毛が薄くなっている額に衝突する。

 大地よりも硬い額を僅かに砕いていく鈍い音と、大地そのものを砕く轟音が周囲に響いた。

 神をも喰らう犬はその一撃で白目を剥き、口内の牙全てが根元から折れてしまい、骨も顔の半分近く砕けていた。


「ふぅ……あ、やば、立てんわこれ」


 全身の力が抜けていく感覚に襲われて、大穴の空いてしまった場所に落ちていく。

 神をも喰らう犬の頭部の巨大化は解けて、元の可愛らしい子犬の姿に戻っているために、神奈が落ちる場所は巨大な頭部の上ではなく硬い大地だ。

 神奈ならば落ちて死ぬような高さではないが、これから来るだろう衝撃に備えて目を瞑る。


「……あれ?」


 衝撃は来なかった。

 代わりに感じたのはもうすっかり自分より大きくなった手に、自分の腕が掴まれていることだった。


「せっかくの勝者が無様に倒れていてはかっこうがつかないからな、今だけは手を貸してやる」


 そう言った速人は神奈の腕を掴みながら、不動の空気(フィックスドエアー)によって宙を蹴って移動している。


「女の手はもうちょい優しく掴もうか」


「か弱い女にならば、そうしよう」


「ワタシハカヨワイオンナノコダヨ」


「お前がか弱かったら男もそうなってしまうだろうに……」


 蹴って下りてを繰り返し、速人と神奈は右側の壁が崩壊している校長室に戻って来れた。

 自力で立てなくなっている神奈は速人が背負っていたが、気恥ずかしくなったのかボロボロのソファーに投げ捨てる。


「女には優しくしろって教わらなかったのか……」


「優しくするやつは選ばなければ後悔することになるだろう」


「おおう、それは確かに正論だ」


 二人に遅れてアムダスも戻ってきて、その手には可愛らしい子犬となった神をも喰らう犬が掴まれていた。

 首根っこを掴んでいるので、何も知らない人からみたら批判されるかもしれない持ち方である。


「すごい威力だね、あれが君の必殺技かな?」


「まあそうですね……それで、その犬どうするんです?」


「まだ生きている、僕としてはあまり殺したくはないんだけれど危険すぎるからね。君達が帰った後にこの命は終わらせるよ、もう二度と被害が出ないようにね」


 それは正しい判断だとその場の誰もが賛成する。

 神すらも殺せるという噂、それは事実だったのかもしれないと思えるほどに厄介な敵であったからだ。

 見た目で判断してはいけないという典型的な例であると全員の考えが一致している。


「校舎、だいぶ壊れちゃったですけど……明日から休校ですか?」


 敵を倒したはいいが校舎は酷い有様だ。

 アムダスの剣技によって吹き飛ばされた神をも喰らう犬が破壊した。怒った神をも喰らう犬が校舎ごと喰らおうとして校舎の半分を口の中に収めた。神奈が必殺技でトドメを刺すために校舎に底が見えない大穴を空けてしまった。

 結論としては、ほとんど自分達で壊している。


「白部君、その心配には及ばない。僕のスキルは多彩でね、修復スキルを持っているから今日中に直しておくさ」


「なんでもありか……そのスキルって私にも使えたり?」


 メイジ学院の時のように一学期の内から休校にならずに済んだことにホッと一息吐き、神奈は不安も消えたことでスキルという未知の力を習得できないかと尋ねる。

 神をも喰らう犬は一人で倒すことは困難な敵だと神奈も思っていた。もしもそれよりも強い敵が現れた時、倒せないなどということがないように力を手に入れたいと思うのは自然だ。


「いやいや、これはメイザースの住人の力だからね。この世界の人間にはおそらく使えないよ」


「そうですか、まあいいや」


 パン! という強い音が鳴った。

 音は洋一が両手を合わせたことによるものだ。


「今日は大変だったね、疲れているだろうし解散しよう。夜も遅いしね」


「あぁ、そういえば今は何時なんだ? 異世界に行ってからどれくらい経った」


「今は四月二十六日、午前一時二十三分だよ」


「校長先生ありがとうございます。どうやら異世界に行っている間は時間が経っていなかったみたいだね」


「洋一は私が送っていくわ、片足じゃ危ないものね」


 恵が洋一を背負って校長室から出ていく。

 お姫様抱っこよりは背負われる方がどちらにとっても楽であるのは分かっていても、洋一は同い年の女子に背負われるということに複雑な心境である。


「それじゃあ隼……頼む、私を――」


「彼なら一番最初に帰っていったよ? 僕が運ぼうか?」


「なんでさっきは助けてくれて今は放っておくんだよ! あと校長に運ばれるのも嫌です、コスプレしてる人に運ばれてるって近所で変な噂が立つかもしれないし」


 身動きが取れない状態である神奈は頭を悩ませるが、そんな時に腕輪から声が発される。


「神奈さん、こうなれば私が運びましょう!」


「いや、腕輪だよね? 無理だよね?」


「無理じゃありませんよ! 私だってフライを使えるんですから運べるんです! さあ行きますよ、フライ!」


 腕輪が浮いたことにより、力が入らない神奈は引っ張られるように空に浮かぶ。

 右手が痺れ始めても腕輪にそれは伝わらない。歩行者と同じような速度で空を飛んでいく。


「……もうちょっと速く飛べないのか」


「これが最高速度です」


「あ、そう……」


 朝。神谷家近所では引っ張られるように飛んでいる人間を見たという噂が広まっていた。

 それを聞く度に、神奈はすぐに走って聞こえないようにするよう心掛けた。


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