228 発光――殲滅の天使――
2025/10/25 文章一部修正
隼速人は気が付けば赤い大地に立っていた。
ひび割れて、干からびて、死にかけの大地だ。
自分以外誰も居ない周囲を見渡し、神奈達とははぐれたと悟る。
「……ここは、確か四階への階段を上がって……本当に異世界とやらに来たのか?」
異世界という存在を速人は信じていなかったし、興味もなかった。
所詮娯楽で生み出されたジャンルの一つであり、そんなものに興味を持つくらいなら刀を振っていた方がマシだとすら思っている。実際に来てしまった以上は信じるしかないが、やはり興味は湧かなかった。
目の前にあるのは荒れ果てた大地と建造物の残骸。それらを見て楽しそう、ワクワクすると思う者は中々居ないだろう。一人で放り出されてそう思える人間は心が壊れている。
「寂れている、どころではないな。これでは滅びていると言った方が正しい」
つまらなそうに前方を見ていた速人は何かの気配を感じ取って振り向く。
「何者……なにい!?」
後方に居たのは可愛らしい見た目をした犬――『神をも喰らう犬』だった。
「なっ、バカなっ! なぜ俺のところにこいつが来ている!? この犬は俺が目的なのか!?」
『神をも喰らう犬』はつぶらな瞳で速人を見つめている。
速人は数秒見つめ合うと、抜刀して刀を構える。
「ふっ、ふふっ、ふははははっ! そうだ、最初からこうすればよかったのだ……!」
飽きたのか『神をも喰らう犬』は速人から目を逸らし、何かを探すように首を回す。
「逃げる必要などなかった。所詮犬だ、一秒もかからずに斬り捨ててくれる! 死ねえええ!」
速人は新品同然に磨かれた刀を振り下ろす。
速人は敵が真っ二つになる運命だと思っていたし、抵抗されても問題ないと思っていた。しかし、可愛らしい子犬がとった行動は想定と全く違う。死を受け入れることもなく、抵抗することもなく、全力疾走による逃走だった。
「……は?」
すっかり戦う気になっていた速人は呆然と犬の背中を見送る。
「……まあいい」
姿が見えなくなってから刀を納刀しようとして、ふと気付く。
鏡のように磨かれている刀に光が映っていた。
太陽光の温かいものではなく、神の裁きのように冷めた光。
「なんっ」
上空に存在していたのは神奈が戦ったのと同じ大きさの光天使だ。
生命を感知した光天使は人間一人を軽々呑みこむ大きさの光線を放つ。
「だ!?」
驚く速人を光線が呑み込み……縦に割れた。
「まさかこの技を使うことになるとは」
光に呑まれて死亡してもおかしくない一瞬で、速人は素早く刀を振っていた。
光天使ごと縦に裂いた一撃は凄まじく速い。
「〈絶・神速閃〉。神谷神奈との戦いに備えて習得した技だが……最初に使う相手が天使の真似事をするバカだとはな」
眩しい光の中には肉体があるに違いない。
真っ二つにしてしまえば死ぬと速人は確信を持っていた。
光が元通りになって動き出すまでは確かに殺したと思っていた。
「チッ、肉体がないタイプか。空間や次元ごと斬っても意味がなさそうだ」
〈絶・神速閃〉は光すら斬れてしまう速人の奥義である。
魔力弾やエネルギー体などの本当は斬れないものを斬るために考案し、習得した技。せっかくの新技だが光天使は再生出来るので決定打になりえない。速人と光天使はかなり相性が悪い。
光天使は速人に向かって動き出し、自分の一部から光球を出して光線を放出した。
「〈絶・神速閃〉」
十本以上の光線を回避、もしくは斬って切り抜けると、光天使と速人の距離は五メートル程度に縮まる。光天使は十本同時に光線を放つが、速人は致命傷になる部分のみに対して刀を横に振る。その結果、左肩と腹部を貫かれはしたが最低限のダメージに抑えられる。
危機をなんとか乗り切った速人は〈絶・神速閃〉を放つが、光天使は体を無数の極小の粒に分解して躱す。速人はほんの少し動揺した。しかし、戦闘中なので最小限に抑え、僅かな空気のブレを肌と研ぎ澄ました感覚で感じ取る。空気の流れを追い、後ろ斜め上に光天使を感知した。
速人はもう一度刀を強く握りしめて、不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ、仕方がない……本当にとっておきだが、神谷神奈の前に使ってやる。ありがたく思え。もっともそんな感情があるのかすら怪しいがな。喰らえ! ご――」
「〈炎熱波動〉!」
「く……は?」
速人が刀を振るおうとした時、遠くから灼熱の炎が放出されて光天使を呑みこむ。
炎が消えると光天使の姿は影も形もなかった。
「大丈夫ですかあ!?」
大声を出すのはシャンであり、速人はその隣にいる神奈を見つけて舌打ちすると駆け寄る。
「ふざけるな! あともう少しでトドメを刺せたものを横取りしやがって!」
「いや私に言うなよ。隣に言え隣に。だいたい私は止めたんだぞ? 別にお前なら問題ないって思ってたからねいやホントに」
「……ふん、ならばいい。この俺があんなピカピカ光るだけしか能のないやつに負けるわけがないのだと、分かっているのならな」
「光天使が能のないって……」
「それで? そこの女は誰だ?」
「あ、私はシャン・ネビュラスと申します。この世界で伝説の魔法使いをしていました」
自己紹介された速人だが、その言葉は全く伝わっていない。
速人からすればノイズがかかっていて、記号を音として出したような言語だった。
「伝説って自分で言うのかよ。ああそういえばお前は言葉が分からないか。この人はこの世界に住んでる魔法使いのシャン・ネビュラス。まあそれより隼、残りは白部君と恵だけなんだ。早く捜さないとまたさっきの光天使が現れて襲ってくるかもしれない」
「白部洋一は片足義足がないから戦闘力が下がっている。あの女は元から実力不足か。仕方ない、早く捜しに行くぞ」
速人が光天使にあまり驚かないのは異世界という事実を受けとめているからだ。
異世界ならば生物の、光天使が生物と呼べるかどうかは別として生態系など違って当たり前である。あれが主な種族かもしれないし、もしかすれば一体しかいないのかもしれない。異世界という場所に地球の常識を当てはめては肝心なところで躓くと、速人は理解しているのだ。
飛べない速人は〈不動の空気〉で空中を跳べる。
神奈とシャンは安心し、三人で上空を移動しつつ洋一と恵を捜し始める。
「そういえば白部洋一……奴はどういう人間だ」
空の移動途中、速人は真剣な顔で神奈に問いかける。
「ああそれ、私も気になりますね。お二人の仲間ならその人も強いんでしょう?」
「どういうって、どういう? まあ強いし優しい奴なんだと思うけど?」
「人間性のことを訊いているんじゃない。甘いやつだということは出会ってほんの少ししか経っていない俺でさえ分かる。俺が訊いているのはそういうことではなく、あの男が何者かということだ」
「何者って……人間だと思うけど」
「種族の話でもない! なんというか、妙なのだ。奴とは初めて会った気がしない。既に会っていてそれを忘れているような……不思議な感覚がある。気持ち悪い」
過去に会っているのかもと思っていたが、どれだけ記憶の中を探ろうと会った記憶はない。それが気持ち悪く感じ、許せない気分になったのは速人だけである。
「うーん、でも私が最初に会ったのは中学一年の時だしなあ……しかもそれ以降会ってなかったし。お互い連絡先とかも知らなかったし。切羽詰まった状況だったからってのもあるけど名前と顔しか知らないんだよ。だから白部君が過去に何をしたとか、どうして恵にあそこまで好かれてるのかとかは何も知らないよ」
「そうか、まあいいだろう。今はあの足手まといを捜さなければいけないからな……あの女に死なれると少し面倒なことだし。生きた状態で連れ戻さなければ」
「うん? なんだって?」
速人の後半の言葉は小さすぎて誰も聞きとれなかった。
「なんでもない。それより早く見つけなければマズいかもしれん」
「なんでだよ、光る天使みたいな奴のことか?」
「違う。この世界に来た時、俺の傍にはあの犬がいた。あの時は気にもしなかったが、俺達を追いかけてくるのには多少なりとも意味があると思う。そしてあの犬が追っているのはおそらく……」
「恵、かな。最初に食べようとしてたし」
「あの! その犬っていうのは!? 私だけ除け者って酷くないですか?」
会話に入りたくても入れていないシャンが二人の間に割り込んで口を開く。
「そうですそうです! 私も話に混ぜてください!」
「いや今の声は誰!?」
なぜか腕輪も声を上げたが、それは無視して神奈が『神をも喰らう犬』のことを説明する。
この世界に神奈達が来た理由、そして犬のことを説明するとシャンの顔は青ざめた。
「そ、その犬……まさか毛とか目が赤くありませんでした? こう、小さいサイズで……」
「よく分かりましたね。その通りだったと思います。確かゴッドなんちゃらって言ってたっけ」
「『神をも喰らう犬』……なんてことなの、知らない間にゲートを通っていたんだわ。急ぎましょう! あなた達のお友達が危ないです!」
一人で納得したシャンは速度を増加させて、焦った表情で飛んで行く。そんなシャンのことを不思議に思いながら神奈と速人も速度を上げて付いて行った。




