227 異世界――出会い――
2025/10/19 脱字修正+文章一部修正
暗闇と閃光で何も見えなかった視界が晴れていく。
太陽の光。雲一つない明るい青空。
この二つによって時間は朝から昼のいつかだと分かる。
見慣れないひび割れて荒れ果てた大地で神谷神奈は目を開ける。
「どこだここ……そうだ! 白部君! 恵! 隼……?」
神奈は一人でポツンと見知らぬ土地に立っていた。他の人間は一切視界に入らない。
「嘘だろ……? この手に、確かにこの手に掴んでいたはずなのに! なんで居ないんだよ!」
速人は問題ないだろうが、恵は戦闘力が足りないので『神をも喰らう犬』に会ったら死は確実。戦闘力という部分では神奈よりも上である洋一も、右膝から下がない状態では満足に戦えない。つまり神奈が傍に居なければ死ぬかもしれないのだ。
「神奈さん落ち着いてください! まだ無事のはずです!」
「え、あ、ああ、悪い……ちょっとパニックになってた」
唯一腕輪だけは神奈と離れていない。
怒鳴られた神奈は焦りを消し、脳を全力で動かして合流方法を考える。
「魔力感知ならどうだ? この世界、いやこの星全体に魔力をばら撒けばあいつらの魔力も感知出来るかもしれない」
「それは無茶ですよ神奈さん。この星が地球と同じくらいの広さなら問題ないでしょうが……ここは神奈さんが居た世界とは全く違う異世界です。星の広さも、生態系も、この状況だって全てが未知なんです。それにもしも何かが襲ってきたりして、その何かが強かった場合に備えて魔力は出来るだけ温存しておいた方がいいです」
「うぐっ、そうだな。高密度でばら撒かなきゃいけない魔力感知だと、範囲が広けりゃ魔力切れで動けなくなる。何も分からない異世界で動けなくなるのはヤバいよな」
戦闘中に自身の周囲だけ使用するのが魔力感知の基本。範囲が星全体となれば消耗は計り知れない。地球全体に使用するとなれば神奈の魔力は一割消耗する。もしも今居る星が地球の十倍広ければ使用しただけで魔力が空になってしまう。
魔力切れを起こすと普通は意識を数分失う。神奈の場合は〈超魔激烈拳〉で慣れているので立つこと程度は出来るが、戦えないのは変わらない。魔力切れの間に何者かの襲撃を受ければ完全無防備。殺される危険は十分ある。
未知の場所では全てに警戒する心構えでいなければならない。リスクは極力避け、万全の状態で動いた方がいいだろう。それがきっと全員助かる道へと繋がる。
「でも早く見つけなきゃマズいのも事実。あのふざけた見た目の犬に見つからない内に元の世界に……元の世界に……元の、世界……あれ? 私達どうやって戻るの?」
「た、確かにそうですね……神音さんの〈理想郷への扉〉のようなゲートは見つけられませんし、入口や出口のような空間がありません。帰還方法がありませんよ!?」
「だよな! 咄嗟に七不思議を信じて飛び込んだはいいけど、よく考えたら戻る方法とか知らないんだけど! 下手したら一生異世界生活!? ゼロから始める異世界生活!? どうすんのこれえええ!」
緊急事態だったので神奈達は元の世界に帰る方法までは考えていなかった。それだけ『神をも喰らう犬』が脅威であり、切羽詰まった状況だったということだ。今も今で切羽詰まっているが。
「とにかく洋一さん達を捜しましょう。今は戻る方法の探索よりも、みなさんが無事か確認するのが優先事項ですよ。三人寄れば文殊の知恵と言いますし、元の世界への帰還方法を考え付くかもしれません」
「そうだな……それにしても『神をも喰らう犬』って言ったっけ。お前知ってるか?」
「いえ、残念ながら異世界の知識までは持ってません。そこまでの管理者権限が私にはないので」
管理者権限という言葉に引っ掛かりを覚えつつ神奈は足を進める。
荒れ果て、干からびた赤い大地を歩く。太陽は全てを干からびさせようと熱を放っていた。腕輪によれば気温は四十度超えの酷暑。加護持ちの神奈は問題ないが、普通の人間には厳しい暑さだ。
当てもなく歩き続ける神奈は何も起きない内に腕輪へ問いかける。
「なあ、この世界ってさ……どこなんだろうな」
異世界といっても様々なものがあるのは神奈も知っている。
異世界とは物理的な方法で行き来が不可能な世界であり、前世の地球と今世の地球は一応異世界に分類される。星の名前や歴史などがほぼ一緒であっても、不思議なものが存在しているからだ。
そんな分類で分けると魔界は異世界ではない。地上にある入口から行けるので、物理的に行けない場所ではないのだ。同じ理由で空にあるだけの天界も異世界足りえない。夢が現実となった夢現世界なら異世界の条件に当てはまりはする。
他にも剣と魔法の世界だったり、電子ゲームの中だったり、中世のような貴族社会がある世界だったりと様々だ。
「先程も言いましたが異世界については分かりません。しかしこの大地を見る限り……神奈さん、右を見てください」
神奈が右を向くと、建物の残骸のようなものが地面に転がっていた。
真っ赤で荒れ果てた大地。建物の残骸。そこから導き出される結論は一つ。
「この世界は……滅びている? 誰かに滅ぼされた?」
「その可能性が一番高いです。残骸である石のようなもの、これが破壊されてからもう十年は経っています。それに見渡す限り生物も建物も存在しません」
「こんなことが出来る奴、居るんだな。いや違うか……元の世界でもそういう破壊願望を持った奴は居た。私達が止めなかったら今頃、こんな世界になっていたのかもしれない。……ん? なんだ、あれ」
滅ぼされた世界で神奈は空を飛ぶ光を見た。
それはよく目立っていた。まるで人のような形をしているのに、全身が発光している。見つけてくれと言わんばかりのそれを神奈は見続けて、異常に気付くのはすぐだった。
「何も、ない?」
光る人型には肉体が存在していなかった。加護の力で光を無視して見ると中身が見えず、存在が見えなくなってしまう。生命体なのかすら分からない存在だ。
羽のような一対の光が生えていて、よく見れば光輪が頭の周辺に浮かび、光の糸のような長髪もある。見た目は常時光り輝いていることを除けば天使のようである。
謎の光はすぐに神奈の視界から去ってしまった。
「行っちゃった……なんだったんだ、あれ」
「あれは……」
「知ってんのか?」
「いえ、知りません……知らないですが……頭が痛いです」
「お前腕輪だよね?」
腕輪には当然痛覚などない。
「しかしあれはこの滅びている世界に関係しているでしょう。追いますか? 今は洋一さん達の無事を確かめることが大事ですが……あれも『神をも喰らう犬』と同レベルで危険だと思います」
「だろうな。魔力とも霊力とも、生命エネルギーとも違う妙なエネルギーを感じた。あれがかなり危険だってことぐらい私にも分かるさ。どうせ白部君達がどこに居るのか分からないんだ。なら、あれを追いながら捜したって問題ないだろ。追いかけよう」
神奈は飛び去った光天使を追いかけて、干からびた大地を走る。
乾いた血のような色の大地をひたすら走り、神奈は一分もかからず光天使を視界に捉える。
「意外とすぐ追いついたな」
「走った余波で最初に居た場所の地面が崩壊しましたよ。力を抑えないと走るだけで星が滅びますよ?」
「それじゃ追いつけない、あれ結構速いぞ。今時間がないのはお前だって分かってるだろ」
光天使だけに気を取られていた神奈は「ん?」と呟く。
光天使が向かう先に動く何かが見えることに気付いた。
「人影!? でも白部君達じゃない」
「驚きました。こんな世界でも……残っているなんて」
洋一達の誰かかと期待したが、全く違う外見なので神奈は少し落ち込む。
人影の正体は一人の女性。ファンタジー世界の魔法使いのような黒いローブを着ており、先が尖る帽子を被り、木製の杖を持っている。溢れ出る魔力は神奈よりも強い。
敵か味方か。それは閃光と共に知らされる。
光天使が上空から直径三十メートル程度の純白の光線を放ったのだ。その威力は直撃した場所が熱で融解する程。危ない攻撃の標的にされた女性は飛翔していて、左肩から先が消失したものの、死なずに躱すことだけは成功する。
「おいおい、なんて威力だよ」
「高密度のエネルギーを放射したようです。当たれば神奈さんでもダメージを喰らいますよ」
純白の光線はすぐ放出が止まった。
被害確認してみると、直撃した場所にのみエネルギーが集まったのか被害はその場所のみ。しかし、大地には深い穴が出来上がり、女性の左腕が消し飛ぶ程のエネルギーなので脅威的だ。
「くうっ! 腕が持っていかれた……!」
「大丈夫ですか!?」
女性が神奈の方へと逃げて来たのですぐに駆けつけられた。
左腕が消し飛んだ苦痛に顔を歪めていた女性は、信じられないと言うような驚きを顔に表す。
「嘘でしょ……生きている人間!?」
「あ、言葉が……〈ホンヤック〉。左腕抉れてるよ、手当てしないと死ぬぞ! でも手当て出来る物持ってない!」
異世界だということが頭から抜けてはいないが、言語が通用するかどうかまでは考えが及ばなかった。他国や他惑星ですら言語が違うというのに、異世界ともなれば当然通じない。言語の壁を越えるにはどうすればいいのか、それは腕輪に以前教えられた翻訳魔法で解決出来る。
「だ、大丈夫ですから……腕一本くらい下級治癒魔法で治せます」
「治せるのかよ!? てか下級治癒魔法? まるでゲームみたいな魔法だ」
女性が「〈下級治癒魔法〉」と呟くと、杖から緑色の淡い光が出て、消失したはずの左腕が肩から新たに作られていく。骨が最初に作られ、神経、筋肉、皮の順に内部から数秒で作り上げられた。
「あんたいったい……」
「話は後です! 〈下級転移魔法〉!」
焦る女性が神奈の肩を掴んでから魔法を唱えると、彼女だけが消えた。
「ええええええ! まとめて転移するんじゃないの!?」
「いや違いますよ! 神奈さんの加護のせいです!」
転移を自分からする時は加護が働かないが、強制転移させられる時は本人の同意がなければ加護が無効化する。女性は神奈も連れて転移するつもりだったのに、加護のせいで神奈だけ置いていかれたのだ。
「マジかよ。せっかくこの世界の住人に会えたのにこれじゃ――」
女性が消えた場所を見ていた神奈に極太の光が放たれた。
光天使という脅威は消えていない。棒立ちしていたら攻撃される。
神奈が居た場所は大地が深く凹み、生物の生存は絶望的な状態になる。
「危ない危ない。お前のせいで服が破れるところだった」
「神奈さん、もう少し本気で心配しましょうよ」
光天使は感情を持っていないのか、驚きもせず神奈を見据える。
光り輝いているせいで見えづらいが、目や鼻、口などは作られていない。
「さて、お前はなんなのかな?」
言葉を発する口がない。問いかけには当然無言。
答えとして返されたのは再度放たれた極太の光線。
「平和に終わる気なしか」
神奈は上に飛んで光線を余裕で回避し、瞬時に光天使の真上まで移動して蹴りつける。肉体のないエネルギー体に物理攻撃が効くか不安だったが、意外にも通用した。光天使は勢いよく地面に向かって吹き飛んでいく。
「なんだ、らくしょっ――」
楽勝だという判断はすぐに覆される。
蹴り飛ばされた光天使は、地面衝突前に体を微小な光の粒へと分解した。そして、その微小な光の粒は神奈の背後に光速移動。何事もなかったかのように元の体を形成していく。
完全に元に戻った光天使は殴りかかってくる。
神奈は光速の拳を左手で止め、真上に移動してからもう一度蹴り飛ばした。
光天使は再び体を光の粒に分解しようとしていたが、それより速く神奈が〈魔力加速〉を使用して追いつき様に殴る。落下速度が加速した光天使はなすすべなく大地に衝突して弾け飛んだ。
「液体が飛び散るみたいに死んだ……死んだのか?」
「周囲に反応はもうありません。元から生きてはいないようですが、復活し続ける不死身ではないようですね」
「――〈下級転移魔法〉! あ、生きてましたか!」
「さっきの……」
神奈の傍にいきなり現れたのは先程の女性である。
「あの光天使は……去っていったんですか?」
「いや倒しました」
「倒した……本当ですか? いやはや俄かには信じ難いですね。私が知る過去でも一人しか光天使を倒せなかったというのに、あなたのような若者が倒したとは」
女性の言葉に神奈は引っ掛かりを覚える。
「あの、過去に倒した奴がいるってことは……まさか、まだあんなのがいるんですか?」
「そんなの当たり前……まさかあなた……まあいいでしょう。私の名はシャン・ネビュラス。とにかく話は私の家でしましょう。また襲われても堪りませんしね」
「いや、それはちょっと……私は友達捜してるから」
「それならば私も手伝いましょう。おそらくあなたの目的に私は必要でしょうから」
厚意を素直に受け取ろうとしたが、何か狙いがあると感じ取った神奈は少し警戒する。
「目的? 私の目的が分かるっていうんですか?」
「ええまあ、あなたの正体も見当はつきました。異世界人でしょう? 光天使を知らない時点でこの世界の住人ではないと分かります。アレを知らない者は居ませんから」
「そこまで有名なのかアレ」
違う世界から来た神奈では異世界の常識など知らない。
作法や知識から違う世界の住人だとバレる可能性は高かった。
「この世界はアレに滅ぼされたんです、有名どころじゃないですよ。光天使はこの世界にあと何体いるのか分かりません。あなたのお友達も襲われているかもしれませんね。早いところ保護した方がいいでしょう」
「じゃあ素早く捜すためにも結構速く飛びますけど……付いて来られます?」
「あまり舐めないで頂きたいです。これでもまだ世界に人々が生きていた頃は、伝説の魔法使いと呼ばれていたのですから……! 若者にはまだ負けません。あっ、私も若いですけどね」
神奈はシャンと共に飛び上がり、本格的に洋一達を捜し始める。
シャンが神奈の全力に付いていけなかったので速度は少し落とした。
シャン・ネビュラス
総合戦闘能力値 265000
神谷神奈
総合戦闘能力値 500000
光天使
総合戦闘能力値 ??????
神奈「あれ!? 〈ルカハ〉でも見えない!」
腕輪「身体能力もなく、魔力とは違うエネルギーだからでしょうか?」




