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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
436/608

226 子犬――モフモフ――

2025/10/19 誤字修正+文章一部修正









 七不思議解明を目的としている神奈達は既に二つの七不思議を解明していた。

 トイレの誰かさん。夜中のピアノ演奏。そのどちらもが幽霊の仕業。

 七不思議の内、一つはないのが不思議というふざけたものなので、未解明な残りは四つとなっている。


 土曜日。残る不思議を解明するために神奈達は、再び夜の伊世高校に来ていた。夜にある七不思議は残り三つと多いが、全てを一日で片付けようと気合いを入れて校舎に足を踏み入れる。


「それで残りはなんだったっけ? 確か勇者とか犬とか……」


「夜に調べられる残りはその一、夜中に廊下を巡回している勇者。その二、夜中に廊下で勇者に追いかけられている犬がいる。その三、異世界に通じる階段。夜中十二時丁度に三階へ上がると、なぜかないはずの四階への階段があって、上がると異世界に行ける。この三つだね」


「なんだよその繋がってるのは……巡回してる勇者が犬を追いかけてるってことで一つに纏められるじゃん。なんで分かれてんだよ」


 神奈の疑問に腕輪が推測を述べる。


「おそらく数の問題でしょう。その二つを合わせてしまえば七不思議が五個になり、七不思議の数が足りないという不思議が二個になってしまいますから」


「そんなしょうもない理由だったら作った奴ぶん殴りたいんだけど」


 拳を握る神奈をよそに、恵は洋一の車椅子を押しながら腕時計で時間を確認する。

 車椅子を押しているのは神奈の提案だ。三日前にアドバイスとして腕に抱きつくことを提案した神奈だったが、よく考えれば車椅子に座る洋一に抱きつこうとすれば恵の体勢がおかしくなることに気付いた。そもそも腕ではなく背中に抱きついていたので洋一への負担が強い。


 抱きつく作戦が無理ならと神奈は恵と一緒に頭を悩ませ、出した結論が車椅子を押してあげる優しさアピールである。押してあげると言っても洋一は性格上断るが、恵のいつも通りの強引さで押す権利をもぎ取った。


「時間はまだ十一時半。七不思議その三の異世界に通じる階段ってやつには間に合うけど、その前に勇者と犬を解明するの?」


「そうだね、できれば今日中に夜のものは全て終わらせたい。まずは巡回している勇者と、犬を見つけよう」


「今さらだけど勇者ってなんだ、違和感ありまくるんだけど。ここはいつから魔王が支配するファンタジー世界になったんだ……いや、魔王はいるか」


 魔界も天界もあると知っているので神奈は何も言えなくなった。

 数分後、暗い廊下を懐中電灯で照らしながら進む一行は不思議なことに気付く。


「なあ、なんか増えていないか?」


 最初に気付いたのは神奈だった。


「何が? 人が?」


「いや……足音が」


「お前もそう思うか。実は俺もそう思っていたところだ」


「僕もだね……何かこう、人間ではない足音っていうのかな?」


 神奈の疑問に速人と洋一もそう思っていたと返す。

 増えていたのは足音だった。人間ではなく、小さな獣が歩くような音だ。廊下では小さい音でも意外に響くので足音だろうと聞こえる。何かが神奈達の後ろを付いて来ている。


「うそ! もしかしてまた幽霊!?」


「いや、それは違うと思う。幽霊なら足音しないだろ」


 幽霊は霊体で質量がほとんどないので足音はしない。

 洋一は懐中電灯の光で足音の元を探すが中々見つからない。


「魔力感知……いやダメだ、魔力があるかどうか分からないし。まだ見つからないのか?」


 神奈なら夜でも関係なく見えるが人の姿は見つからないままだ。


「探してはいるけど……あ! 見つけた!」


「おおほんと……う、か……うん?」


 ようやく見つけた足音の正体。

 懐中電灯で照らされた場所に居るのは誰も想像しなかった者。


「……犬?」


 それは可愛らしい真っ赤な体毛の子犬である。

 クリッとしたつぶらな瞳。身長が一メートルもない小さな体躯。垂れている耳。その全てが可愛らしく、まるでぬいぐるみのような犬だ。

 捜すのに時間がかかったのは無意識に人を捜し、下を見なかったからだろう。


「わあっ、可愛いじゃない!」


 ぬいぐるみのような見た目に魅了された恵は近付いていく。


「お、おいおい、近付いて大丈夫か?」


「……危険そうには見えんな。血の臭いもしない」


「そりゃしないだろうね! こんな子犬だから!」


 血を被ったように真っ赤な子犬の頭を恵が撫でる。

 一心不乱に撫で続けている恵を見て、速人は意外そうな顔をする。


「あいつ、犬が好きなのか」


「恵って実は動物好きなんだよ。それも可愛いタイプのね。この子犬は正に理想的なんじゃないかな」


「へえ、白部君ってなんだかんだで恵のこと詳しいんだな」


「もう一年以上一緒に居るからね」


「あははっ、くすっぐったあい……ねえ見て見て! この子すっごい人懐っこい! すっごい舐めてくる!」


 恵の言葉通り子犬は小さな舌で恵の手を舐めていた。

 それを見ていた速人は呆れたように口を開く。


「女っていうのは本当に可愛いものが好きだな。神谷神奈、お前も舐められてきたらどうだ?」


「私はいいや。動物に舐められるとか不衛生みたいで嫌だから」


「そ、そうなのか……」


 速人の提案を神奈は両手でバツを作って拒否する。

 いくら可愛くても舐められるという行為は嫌いである。口内や舌には菌が多いという情報もあるので、撫でるのは構わないが舐められたくはない。そもそも神奈が近付くと動物は逃げていくのだが。


「ねえねえ洋一も撫でてみなよ! この子すっごい柔らかいからモフモフだよ!」


「そこまで言うなら撫でようかな」


 キラキラな目で見られた洋一は、撫でるくらいならと腰を曲げて手を伸ばす。


「ああ本当だ、触ってると気持ちいい……」


「あ、ダメだよ洋一。撫でる時は毛の方向に逆らわないように撫でるの。犬に不快感を与えちゃうから」


「そうなの? 嫌だったのかな。一応〈解析(アナライザー)〉で調べてみようかな」


 洋一は子犬の感情を知るために〈解析〉を使用する。

 その瞬間、洋一は顔を青くして絶句する。額や腕に汗がいきなり吹き出る。子犬を見る目は先程までの可愛い動物に向ける目ではなく、恐ろしいものを見るような目になっていた。


「どうしたの? そんなに不快だと思われてたの?」


 異常な様子を心配した恵は子犬から目を離して洋一に近寄る。元々二人の距離は近かったが、恵には打算的な考えもあって至近距離まで近付いた。そんな距離に居ても洋一の目線は足元の子犬から離れない。


「……恵、ソレから離れるんだ」


 子犬は恵の足に向けて小さな口を開けている。


「ソレ……ってこの子のこと? もう、そんな呼び方しなくていいじゃない。あ! もしかして嫉妬!? 私がこの子ばっかり構ってるから妬いてるの!? うれし――」


「いいから離れろおおおおお!」


 普段の丁寧な言葉遣いと真逆で、焦ったように叫ぶ洋一は、腕で恵のことを真横に突き飛ばした。冷静ではない叫び声に神奈と速人も何事だと驚く。


 数瞬後。目の前にあるのは、全員が絶句する程の驚きの光景。

 恵に向けられていた子犬の小さな口が……大きく膨れた。

 人間が縦に入れるくらいに大きい。可愛らしかった見た目からは想像出来ない口。内部には真っ黒な渦が存在していて、肉食獣よりも鋭く巨大な涎塗れの牙が生えている。


 恵を突き飛ばしてすぐ、洋一は車椅子の肘掛け部分を乗り越えて恵の方へと移動する。


 ――子犬の大きく開けられた口は、洋一のつま先から右膝までを車椅子ごと容赦なく噛み千切った。


 もし洋一が突き飛ばさなければ恵が丸ごと食べられていただろう。

 咄嗟の判断は最善のものだったと洋一は自身を評価する。幸い義足だから痛みはない。……だが義足だから出来た行動ではない。例え義足でなかったとしても、洋一はおそらく自分を犠牲にした。


「洋一いいいい!?」


 突き飛ばされた恵は痛みで目を瞑っていたが、目を開けた時には洋一の右膝までが食われていた。悲痛な叫びが上がり、全てを見ていた神奈と速人も事態の急変ぶりに目を見開いたまま硬直している。


 洋一の右膝から下を噛み千切った子犬の巨大化した口は、急速に元の大きさへと戻っていく。事が起きた今でも夢か幻に思える非現実的な光景。それでも、今見ているのは現実だった。


「逃げろおおおおおお!」


 事態を呑み込んだ神奈達がとる行動は逃走一択。

 神奈の怒声にも似た叫びと同時に、子犬から離れるために全員が行動する。ただ一人、洋一は片足が地につかないから走れないが、恵が横抱きで持って走ることで離れることに成功した。


 子犬は追わず、可愛らしい仕草で首を傾げている。

 人間の足を噛み千切り、咀嚼もせず飲み込んだ直後だというのに。


「白部君無事か!?」


「大丈夫だよ、噛み千切られたのは義足だから。まあ……この体勢には抵抗があるけどね」


「洋一ごめんっ、ごめんなさいっ……私を庇ったから……! 足が……!」


「君が食べられるよりマシだよ……」


 涙と鼻水を流しながら走る恵の頬に洋一は手を伸ばして優しく微笑む。制服に涙と鼻水が垂れているが、洋一は聖人のように気にしていない。助けられたことによる安心が今は何よりも強い。


「そんなことよりあの犬は何なんだ白部洋一! お前は調べたんだろう!」


神をも喰らう犬(ゴッドイーター)。信じられないかもしれないけど、こことは違う世界の生物だよ」


「神殺しの犬ってか!? 物騒なんてもんじゃないぞ!」


「洋一、違う世界ってどういうこと……?」


「マズいな。疑問は多いだろうけど今は逃げ切るのが最優先事項だよ!」


 その言葉にまさかと思い神奈が後ろを振り返ると、可愛らしい見た目に似合わない速度で『神をも喰らう犬』が追いかけてきていた。神奈達は音速超えの速度で走っているのに犬の方が速い。


「速い……鷲本恵の速度に合わせていては追いつかれるぞ!」


「悪かったわね私が遅くて! でも私だってこれがぜんりょっぷわっ!?」


 全力で走っているので仕方がないだろと抗議した恵の体は突然宙に浮いた。誰かの手が後ろから抱きつくような形で回されて、浮遊感を味わった恵だが洋一は決して放さない。


「予想以上に速い! 私が二人を抱えて飛ぶ!」


 恵を抱えたのは神奈だ。走っていた時の数十倍の速度で廊下を進んで行く。それに離されることなく速人も付いて行く。


 進む速度が速すぎてすぐ廊下の突きあたりに行ってしまうが、その前に階段を上がったり下りたりすることで逃げ回っている。しかし、速度を上げたというのに、『神をも喰らう犬』は若干離されつつも涼しい顔で付いてきていた。


「あの犬どこまで追いかけてくんだよ、いい加減にしろよ! どうする!? たぶん私達こうやって喋っている間に一階と二階を一万回以上周回してるぞ!?」


「しつこい犬だ。全く躾されてないな」


「そりゃあれは野生だろうしな! くそっ、誰か逃げ切れるいい案ないか!?」


「殺すしかないだろう! あんな危険な犬はどうせ動物愛護団体だって保護しない!」


「待ってくれ!」


 速人が走りながら刀に手をかけたところで洋一が叫ぶ。


「なぜだ! まさかあんな化け物が保護されるとでも思っているのか!?」


「違うそうじゃない! 僕だってあれが保護されるとは思っていない。寧ろ駆除されるべきだと思ってる。話はそれじゃなくて逃げ切るための案だよ。二人共、四階に行くんだ」


「四階? ここは三階建て……そうか、七不思議その三!」


 洋一が言いたいことを神奈は的確に理解する。

 十二時丁度に三階に上がると四階への階段があって、上がると異世界へと導かれる。そんな七不思議の一つを頼りにして異世界に直行し、自分達だけ元の世界に帰ることが出来れば問題ない。しかし、十二時丁度という時間のルールを守るのは難しい。


「恵、腕時計は動いてる?」


「大丈夫、この速さでも動いてる……ってあと数秒で十二時よ!?」


「まだ数秒もあるのかよ!」


 数秒しかないと普通なら考えるが、もはや音速の数百倍で動く神奈と速人にとっては長いとしか思えなかった。余裕がないせいで時間の感覚が麻痺しているのだ。


「三! 二! 一、今!」


「よし来た!」


 十二時丁度になったと恵が知らせると同時、神奈と速人は階段を一気に駆け上がり、本来ないはずの四階へ向かう階段も一瞬で上がりきる。加護の力をもってしても見通せない闇の中に神奈達は突入し、重力を感じない常識外れな空間を漂う。


 しばらくして強烈な光に包まれた。

 この先を全く予想出来ない不安を感じながら神奈達は異世界へと飛ばされる。



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