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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十二章 神谷神奈と七不思議
433/608

225 除霊――私達のやり方――

2025/09/20 文章一部修正

2025/10/19 文章一部修正









 時は少し遡り、伊世高校三階にある音楽室。

 そこでは七不思議にもなっていた幽霊の水無月と、七不思議解明を目的とする洋一、その洋一にただ付き纏いたいだけの恵、そして神奈に執着している速人の四人がいる。

 つい先程までは洋一と共に七不思議解明を目的としている神奈と、幽霊に対して異常な攻撃性を持つ藤堂綺羅々の二人も居たが、今は校庭にて戦闘中である。


「ねえ、大丈夫かな洋一。神谷さん、一人で戦ってる」


「ふん、あんな雑魚が勝てるはずもない。神谷神奈を倒すのは……この俺なのだから」


「アンタには訊いてない。ねえどう思う? 洋一」


 窓の外を見ながら恵は心配そうに呟くが、それに対して洋一は平然と口を開く。


「問題はないんじゃないかな。確かにあの藤堂さんは強い、でも神谷さんはそれ以上に強い。そのことを僕は視なくても知っているんだ」


「そういうことだ。お前達はとっととそこの女をどうにかするんだな。俺はあの戦いを見物する」


 手伝わずに戦闘を眺める宣言をした速人に恵は大声で抗議する。


「ちょっと! アンタも手伝いなさいよ!」


「恵、彼は動かないよ。誰かがピンチの時には、助けてくれるかもしれないけどね」


「……俺のことを知っているかのような口ぶりだな。白部洋一だったか、お前からはどこか懐かしいような気配がする。初めて会ったはずなのに、見どころのあるやつだと思えてしまう。……お前は何者だ?」


 洋一は問いに答える前に窓から離れて、水無月の方へと車椅子を進ませる。


「君が知らなくても、僕が知っている。君のことは、君達のことは知っているから。……さあ、水無月さん。神谷さんが時間を稼いでいる内にあなたの未練について考えましょう」


 速人はその場から動かず神奈の戦闘を見るが、恵は洋一の方へと足を進める。

 水無月は心配そうな目をしていて、そんな場合ではないのではとオロオロしている。


「心配いりません、彼女なら勝ちます。だから水無月さん。彼女の気持ちに応えるために一緒に未練を考えましょう」


「そうよ、私達神谷さんから託されたんだから。一緒に考えてみましょう?」


「……すごい信頼ですね。分かりました、私も自分のことに集中します」


 会ったばかりでも神奈の強さを目にした二人は、勝利を信じられた。

 外での戦闘は置いておき、水無月はピアノの前にある椅子に座る。


 未練は分からないが、ピアノのある音楽室から離れられないなら、水無月が生前最も好きだったピアノ関連であろうと全員が推測している。何度弾いても成仏しないので、一人で弾くだけでは意味がない……が、今は洋一と恵がいる。何か変化があるかもしれないと思いピアノに手を伸ばす。


「いきます……!」


 水無月が演奏を開始してすぐ、聞くに堪えない騒音が音楽室内に響く。

 夏に大量のセミが鳴くような不快感すら他者に味あわせる。


「ストップ! 水無月さん今すぐ止めて!」


 焦った洋一の声により水無月の手は止まる。

 彼女の顔は強張っていて、演奏するような顔ではなかった。


「どうしたんですか水無月さん。まるで僕達が来た時と同じおかしな演奏でしたよ?」


「うっ……ど、どうしてなんでしょう。実は昔から、弾く時に誰かが傍にいると上手く弾けないんです。そのせいで小さな演奏会に出場した時は酷い失敗をしちゃいました」


「――洋一、この娘はお主らが来てから精神が安定していない」


 唐突に会話に交ざった声は、洋一の車椅子に固定される一冊の本から発されている。夢幻の魔導書と呼ばれるそれは人としての意思を持ち、ずっと洋一と一緒にいるので状況は把握している。


「ムゲンちゃん?」


「もしかして、緊張してる?」


「そういうことじゃろうな。どれ、余が精神を安定させよう」


「そんなこと出来るんだ。凄いね魔法って」


 魔導書に目を向けた恵が顔を近付けると、ムゲンが焦った声を出す。


「よ、よせ近寄るな! お主は怖い! 〈精神強化(マインドブースト)〉! そらこれでその娘は大丈夫じゃ、だから余はもう寝る!」


 精神力強化の魔法が使われたことにより、水無月の胸の辺りが淡い紅色に光る。それ以外特に変化はなく、光もすぐに消えてしまう。


「あ、黙っちゃった……嫌われてるのかな」


「恵、本当に何をしたのさ。ムゲンが君のこと怖がりすぎなんだけど」


「……ノーコメント」


 実は初めて紹介された時、独占欲が強すぎる恵は、洋一が見ていない間にムゲンのことを遠ざけようとしていた。刀で突き刺そうとしたり、ライターで燃やそうとしたりと非道なことを企み、実行に移す前に洋一が見てくるのでギリギリ阻止されていた。それだけならばまだマシだとムゲンは思っている。


 本当の地獄は恵が洋一のことを延々と語る時だった。

 好意を抱いていることは誰から見ても分かるが、その深さと重さまでは誰も想像出来ていない。誰が想像しているよりも深く重い感情を言葉にすると、次から次へと褒め言葉が出てくる。まるでベタ褒めマシンガン。洋一がトイレに一時間篭っていた時は、一時間ずっと語られていた。


 重すぎる愛を聞かされ続けたムゲンの心は疲弊して、恐怖した。

 こんな人間と一緒に居たら心が壊れる。そう確信したムゲンは、恵と二人きりになると聴覚を切断して一切の言葉を受け付けない。妥当な対策だ。鷲本恵という女はそれ程までに危険なのだ。


「とりあえずもう一度弾いてみてください。今度は違うはずです」


「……分かりました。信じます。信じて、弾きます」


 もう一度、水無月の指がピアノに触れると、弾かれたピアノから出る音は鳥のさえずりのように綺麗な音色。

 少し弾いてから大丈夫だと判断した水無月は一度演奏を止める。


「凄いです。もうおかしくならない」


 驚きを隠せない水無月は洋一の方を向いてまた口を開く。


「あの、二人共、聴いてくれませんか! 私の曲を!」


「緊張せずに弾けるなら良い曲になってるのかしら。期待してるからね水無月さん!」


「言われなくても聴かせてもらいますよ。……もしかしたらこれが?」


「ではいきます……オリジナル、魂の光」


 最初は静かなイントロだった。たった数秒の音だけで聴いていた二人は惹きこまれ、興味なさそうにしていた速人も耳を傾けている。

 次はそれに続くような静かなものかと思えば、だんだんと曲調が速くなっていく。それでいて穏やかな音を出しており、聴く者に安らぎを与える。


「あれ……?」


 気付けば恵の頬には一筋の涙が流れていた。

 心の焦りを抑えて安らぐ音楽に惹きこまれ、心が穏やかになっていく。

 その音を聴く間だけは、全てのしがらみを忘れることが出来た。


「……これは」


 異変には洋一が一番に気付いた。

 演奏に夢中な水無月は気付いていないが、彼女の体からは青白い光が発されていて、時々消えかかっている。


「思い出しました。私の想い」


 まだ演奏を続ける水無月は静かな曲調に戻してから、音楽を阻害しない小さな声で呟く。


「ただ、聴いてもらいたかった……それだけだったんです」


 弾きながら過去のことが脳裏をよぎる。

 才能があるからと両親にピアノ教室へと通わされ、ずっとピアノを弾いてきた。才能があるはずなのに、他人が居るとなぜか練習通りには弾けず失敗ばかり。最初は励ましてくれた親もある日を境に呆れ果て、教室には通えなくなった。

 それでもひたすらピアノは弾き続けた。何よりも好きだったから。


 一人で弾き続けた結果、上達し、オリジナルの曲すら作り上げた。しかしいくら上達しても誰一人聴いてくれる者は居ない。酷い演奏だと分かりきっているのに、聴こうと思う変わり者は水無月の周囲に存在しなかった。


 好きなことをしている。確かに楽しく弾けている。

 それだけで十分と思っていたのに満足出来ない。


 時は数年流れ、伊世高校という名の学校に推薦の手紙を貰って期待半分で登校した。水無月のことを誰一人知らないこの学校なら、自分の曲を聴いてくれるのではとそう思っていた。

 登校した結果は喧嘩を売られて即死。あまりにも酷すぎる最期である。


 死んだのに、気が付けば音楽室にあるピアノの前に立っていた。

 信じていなかった幽霊に自分がなったと理解してからは、演奏し続けることになる。誰かに聴いてもらえるのではと思ったが、誰も居ないのにピアノが鳴ったら怖がって近付かない。学校にも迷惑になる。聴いてもらいたいのに、迷惑を掛けたくない優しさで、誰も居ない夜に演奏することにした。


 そして、いつしか大事なことは忘れ、ピアノを弾きたい想いだけが残ってしまった。


「ありがとう……あなた達の……おかげ……です……」


 その日、水無月は大事なことを思い出す。

 未練とも呼べるそれを達成したことにより、霊体は消えかけの豆電球のように点滅している。次第に消える時間が長くなり、オリジナル曲を最後まで弾き終わると同時に洋一達の前から消えた。


「……終わった、みたいだね」


「成仏したということか。俺には分からんな。幽霊にまでなって、醜く現世に留まってまで成したい願いがあるなら、俺は生きている間に必ず成し遂げる」


「そうだね、それが一番なんだろうね。分かっていても、願いを叶えられる人間なんて一握りなんだと僕は思う。大抵の人が挫折して、願いを踏みにじられて、きっとそこまで届かない。それでも、努力し続けた人だけがきっと届く」


 誰もいなくなった席に目をやりながら洋一は告げる。


「――そうだな、夢を叶えるの大変だよな。だから夢って言うんだろうけどな」


 音楽室の扉が開いており、そこには怪我一つない神奈が立っていた。


「勝ったんだね。怪我は……ないね」


「そっちも無事に除霊出来てなによりだ。……これなら期限いらなかったな」


 除霊を終えたので神奈達は音楽室から出ていく。

 月光が入るだけの暗い廊下を歩きながら洋一は口を開く。


「それで、藤堂さんは?」


「あいつなら自力で帰ったよ。送るって言ったんだけど断られた。そっちは? なんで恵が泣いてんの?」


「え? うわっ!? 恵どうしたのさ!?」


「分からない。でもなんだか、あの音楽が励ましてくれたような気がして……気が付いたら涙が」


 目を真っ赤にする程に涙を流す恵は制服の袖で涙を拭う。


「あれ? 隼は?」


 廊下を歩いていた神奈達は一人足りないことに気付く。


「居ない……さっきまで居たのに」


「まあいいや、どうせ明日会えるだろ。ところで扉を開けっぱなしはダメだぞ。誰か閉めとけよな」


 呑気な発言はどうでもいいと思っているわけではなく、信頼している証拠である。そんな発言の後に続いた言葉に洋一と恵は疑問符を浮かべる。


「扉? もしかして音楽室かい? それならちゃんと閉めたはずだけど……だよね?」


「え、うん。私が見た時は扉閉まってたし……さっきの藤堂って女が開けっぱなしにしてたんじゃないの?」


「ああ……そうか、なら明日言っとくか。扉は開けたら閉めた方がいいってさ」


 その後も話しながら神奈達は歩き、校舎を出た。


「また夜の学校に来なくちゃな。二人はいつなら行ける?」


 今回で七不思議その五、音楽室の幽霊は解決したが、時間帯が夜の七不思議はまだ残っている。最低でもあと一回は夜の校舎に来なければならない。


「僕はいつでもいいよ」


「私は……土曜日かな」


「土曜日ね。学校の鍵開いてるかな?」


「心配要らないよ。この学校は毎日入れるみたいだから」


「え、そうなの?」


「生徒会長がそう言ってたし間違いないよ」


 神奈は凜々しい生徒会長、進藤明日香を思い出す。

 入学してから一週間も経たないのに、洋一は明日香と不自然な程に親しげだ。恵の恋の障害になると困るので、神奈は二人の関係を確かめようと質問する。


「白部君って生徒会長とどういう関係?」


「中学が同じなんだ。気軽に話すようになったのは中学二年生の頃」


「懐かしいわね。私が校舎に入ったら不法侵入とか、洋一と仲良くお喋りしていたら不純異性交遊とか言われたわ。なーんか価値観が古いのよねあの人。ミスしたら切腹とか言い出しそう」


「今時切腹って。戦国時代の武士かよ」


 入学前から恵含めて知り合いらしいので、明日香は恋のライバルではないのだろう。もし少しでも恋愛的な雰囲気になろうものなら恵が攻撃している。そんな確信が持てる程に恵は危険な女だと、神奈は短い付き合いでよく分かっている。



 *



 音楽室の扉を閉め忘れたのは綺羅々ではない。

 誰も気付かなかったのだ。神奈と綺羅々の戦闘が見られていたことも、扉を開けて水無月の演奏を聴く者が居たのも気付かなかったのだ。


 ――ただ一人を除いて。


 学校を出た神奈達と違い、速人はとある部屋の前に立っていた。

 妙な魔法陣が描かれている扉で、上には【校長室】と書かれたプレートが壁に固定されている。


「見失った……発見が遅すぎたか。しかし向かっていた先はここなのか……?」


「驚かされたな。潜伏スキルを使っていたのに気付かれるとは思わなかった」


「何者だ!」


 背後から声を聞いた速人は咄嗟に刀を抜いて後ろに振るう。しかし、背後に居た何者かには当たらず後ろに回り込まれてしまう。光がほんの僅かしかない学校内で、夜目が特別利くわけではない速人には声の主を発見出来ない。


「くそっ、暗い」


「さすがに十六歳の中で上位の強さを持つだけはある。戦闘経験も豊富なようだし、動きも無駄が少ない」


「チッ、鬱陶しい! 〈旋風脚〉! 〈旋風斬〉!」


 速人は急速に回転し始めると、回し蹴りの要領で周囲一帯に攻撃する。


「良い判断だね、見えないなら全方向に攻撃すればいい。まあ相手が近付いていればの話だけどさ。なあ、いい加減攻撃を止めてくれないかな。俺は敵じゃないから」


「敵だから攻撃しているわけではない。その試すような気配が気に入らんのだ! 〈超・神速閃〉!」


 声の方向に向かって振った刃は何かに止められた。

 暗くて見えないので状況が分からないが、速人がどうにかしようと引っ張ったり押したりしても全く動かない。


「良い動きだね。君はもっと強くなれる、どうだい? 俺の弟子にならないか」


「断る! 死ね!」


「酷いな、ちょっと頑固そうだし……まあいいか」


 謎の人物は言葉を続ける。


「この学校、夜は危ないんだ。なるべく来ない方が身のためだよ。君達生徒に死なれたら意味がないんだから」


 謎の人物が速人の後ろに回り込み、手刀を首に落とす。

 その一撃で意識を失った速人は冷たい廊下に倒れ込む。


「でも君はまた来かねないからね。俺に関する記憶は消させてもらおう」


 それから夜が明け、太陽が昇った頃。

 速人は眩しい光を受けて目を覚ますと、校門前で寝ていたことに気付く。なぜそんなところで寝ているのかは疑問だったが、昨夜のことは一部霧に覆われたように思い出せなかった。










腕輪「恵さんは悪い人じゃないんです、そこだけは理解してあげてください……彼女はただ、焦っている。それだけなんです」


ムゲン「それは……そうじゃろうが……悪人でなくとも怖いことに変わりないぞ。早くあのヤンデレをどうにかしてくれ……余の心の平穏が完全に破壊される前に」


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